絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第八十二話 胎動

 カーネルの中心地から一歩離れた廃虚では、崇人たちハリー騎士団の作戦会議が未だ続いていた。

「学校はセキュリティが高いけれど、裏口はそこまで高くない。ざる警備と言ってもいいくらいにね。ならばそれを利用する。裏口から潜入し……そうね、先ずは最高学年の教室を制圧しましょう。そして、それと同時進行でリリーファーを破壊する」
「破壊と言ったってそう簡単に出来るもんじゃあないだろ? プラスチック爆弾と地雷、それに一挺の拳銃くらいしか各個人に渡されていないんだぞ」

 マーズの説明に崇人は割り入った。確かに彼が言うのも一理ある。
 しかしながら、起動従士たる者武術も出来ないといけないのは最早常識の範疇でもある。そうでなければ、例えばリリーファーが行動不能に陥った時どう対処すれば良いのだろうか? ということになる。
 そうなれば、最早信じられるのは己の肉体のみだ。
 己の肉体で、戦場を制する。
 そうもなればリリーファーなど必要ないのだが、実際には違う。
 飽く迄も起動従士が持っている体術は『戦場を切り抜ける』ためのものであって『戦場を制する』ものではない。
 戦場を制するための力は、少なくともそのようなものではないからだ。

「破壊……そうだな、そいつは『内面的に』破壊するのか『外面的に』破壊するのかによって違いがある。外面的ならばタカトが言ったように爆弾等を用いて外装を破壊し行動不能とする方法。内面的はプログラムにハッキングをかけて行動不能にさせる方法。地味ではあるが、内面的の場合そこでコーティングをかけてしまえば外面的よりも多く時間が稼げるだろう」
「そんな方法で簡単に行くのか? そもそもプログラムにハッキングとかいうがそれをする人間は誰だ? まさかマーズ、お前じゃあるまいし」
「これよ」

 マーズはそう言ってウエストポーチから何かを取り出した。
 それはコンパクトディスクのようだった。白いコンパクトディスクの表面にはただ黒い字で『program』としか書いていなかった。

「……何じゃこりゃ?」
「メリアが開発してくれたハッキング用のプログラムコードが入っているの。これをインストールするだけで自動実行されてプログラムが正規のプログラムを完膚なきまでに食い潰す」

 その思想は聞いているだけであまりにも恐ろしいものであった。
 食い潰すという表現は誇張表現ではなく、まさにそれなのだろう。

「これを使うことでプログラムが消え去り、それに近いダミープログラムが実装される。ダミープログラムの内容は全くの無関係のシステムが構築され、リリーファーが動くことはない」
「ほんと恐ろしいプログラムを作ったなあいつは……。味方にすれば百人力だけれど、敵に回したくない人間だな」

 そう言って崇人はため息をつく。

「敵に回したくないのは私だってそうさ。だって彼女は恐ろしい程の科学力を持っている。そりゃひとつの国を破壊し、一体のリリーファーを破壊するほどの科学力を持っていても何ら不思議はない」
「不思議じゃない、と言ってもなあ……」
「不思議じゃないことを不思議と思うことがおかしな話だとは思わない? それともあなたはそういうことを不思議だとは思わず、もしくは勝手にリジェクトしてしまう?」

 リジェクトをしてしまうというかそういう訳ではないのだが――と崇人は思ったがそれ以上特になにも話すことがないと思い口を噤んだ。
 アーデルハイトは会話が終了したのを見て、手を上げる。

「あー、そろそろいいかな? もう話も終わったんだろうし、作戦を実行しようと思うのだけれど」
「作戦……ああ、そうだったな」

 マーズは小さく呟き、そして手を掲げる。

「――今ここに、『カーネル陥落作戦』を開始する!」

 その号令が、部屋に響いた。


 ◇◇◇


 エレン・トルスティソンはあるものを見上げていた。
 それはリリーファーだった。
 リリーファーの躯体は黒く、それは最高技術を持ったリリーファー――『第五世代』であった。
 カーネルが開発した最先端技術を兼ね備えたリリーファー。
 それが彼女のリリーファー『ムラサメ00』であった。
 ムラサメは最高のリリーファーだ。この世界でこのリリーファーを倒すことが出来るリリーファーはたった一台しかいないだろう。
 インフィニティ。
 インフィニティは最強のリリーファーだと言われている。
 最高のリリーファーと最強のリリーファー。
 それらが戦うことで、何が生み出されるのか。
 それは未知数だ。そもそも戦いに予測など通用しない。時に科学者が『戦闘の予測』を行うことがあるが、こんなことこそが愚かだった。
 そんなことが成り立つわけでもなく、そもそもそんなことは気まぐれが重なったことで結果が生まれるのだから、予測という冷徹な宣言が成り立つはずもない。

「……インフィニティと戦って勝つ可能性、〇.七パーセント……」

 エレンはスマートフォン端末の画面に浮かび上がる文字を無機質に読み上げた。
 まったく、何の感情も抱かずに。

「リリーファー同士の戦闘が予測によって成り立つわけではない。それは確かにそのとおりだろうな」

 声が聞こえ、振り返るとそこには黒いローブを着た銀髪の少女が居た。

「……あれ? マキナの方に行ってたんじゃあ?」
「マキナは凡て完璧に進めている。このままならば今日中にも終わるだろうよ」
「そうだね。……噂だと反政府派組織『シュヴァルツ』が明日にもデモを働くらしいし」

 エレンが呟くと、少女はニヤリと微笑む。

「なあに……まだ終わっちゃいない。どうせ『あちら側』もそのデモに会わせて行動を開始するのだろう。それにヴァリエイブル連合王国の人間も、凡てまとめてムラサメが、魔法剣士団マジックフェンサーズが破壊すればいい。そうすれば世界はカーネルのモノになる」
「でもさあ……科学者の方が言ってたよ。『巻き込んですまない』って」
「あなたは人を殺して辛いと思う? なんの理由もなく人を殺して、悲しいと思う?」
「そんなこと思っていたらこんなところには居ないよ」

 少女の問いに、エレンは答える。
 それを聞いて、少女は高らかに笑った。

「いい、いいね! エレン! それだからこそ、僕は君に『魔法剣士団』のリーダーを任せたんだ。アンドレア、バルバラ、エラ、エリーゼ、バルバラ、ドロテーア、ドーリス、エルナ、フローラ、エルヴィーラ、イーリス、イザベラ、イルマ、ハンネ……どれも僕が直々に鍛えた人間ばかりだ。だけど、君は! 最高だよ……。それでこそ、僕が認めた存在だ」
「インフィニティとの戦闘は、本当に面白いものになるんだろうね」

 エレンの問いに、少女は目を閉じて頷く。

「ああ、君が心配せずとも問題はない。インフィニティは最強のリリーファーだ。そして君はそれを倒すためのアンチテーゼだ。同じ黒い躯体のリリーファーだが、性能はムラサメの方が高い。それは間違いない」
「互角ではなく、圧倒的に?」
「それは君次第だ。君がどれほどムラサメの力を引き出せるかによるよ」

 それを聞いて、エレンは小さく頷き、目の前にある階段を上っていく。階段はムラサメのコックピットへと伸びていた。

「コックピットに乗っても?」
「構わないよ。君のリリーファーだからね」

 そう答えて、少女は踵を返し、その場をあとにした。
 エレンはコックピットに乗り込むと、背凭れに体重をかけ、顔を赤らめた。
 これから始まるのは、歴史的に重要なターニングポイントとなる戦争だ。
 いや、既にその戦争は始まっていた。
 どっちに転がっても、世界は大きく動き出す。
 その運命を握っているのは――崇人が起動従士のリリーファーであるインフィニティと、エレン率いる『魔法剣士団』が起動従士のリリーファーであるムラサメだけだ。


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