絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第八十一話 白の歓談(後編)

 ハンプティダンプティの話は続く。

「……まあ、そういうわけで、インフィニティというリリーファーはこの世に生を受けた」
「生を受けた? あれは生きていないはずだろう。ロボットの完成に『生を受けた』という表現は少しばかりおかしな気もするが」

 指摘を受けても、ハンプティダンプティはそれに対して修正することはなく、まるでその指摘を聞いていないかのように話す。

「インフィニティは完成した。しかしさっきも言ったが、ある一人の人間にしか運転することができないという厄介な代物だ。当然というか必然というか、それは森の奥にある倉庫に置かれ暫くの間放置されることとなった。運転が出来る『起動従士』が来るのを待って」
「それが――あの男だというのか?」
「まあ、少し話が飛んでいる。どうして彼がああいうことになったのか……いや、それを話すとつまらないな。リリーファーのシステムについて、少々補足しておこうか。リリーファーを造ったのは人間たちの記録ではラトロというリリーファー製造機関ということになっている」
「違う、と?」

 少女の言葉にハンプティダンプティは頷く。

「ああ、違う。違うんだよ。だって私たちが作ったんだから。いや、正確にはアリスが造ったということになるかな」
「アリスが? リリーファーが出来たときには既にアリスは居なかったはずじゃあ……」
「いいや。アリスは存在していたよ。ただし、初代のアリスではない。つまり私たちを生み出したアリスではないがね」

 その言葉の意味を、少女は理解しかねた。
 その言葉は、アリスも転生し続けるということを意味しているからだ。

「アリスも……転生し続けている、というの……? だとすれば、それは一体誰が……」
「それは僕たちにも解らない」

 そこで、第三者の声が入った。
 少女とハンプティダンプティはそちらを向いた。
 そこに立っていたのは、帽子屋だった。

「帽子屋……!」

 少女は立ち上がり、帽子屋に掴みかかる。

「どうしたんだい、綺麗な顔が台無しだ」

 対して、帽子屋はこんな場面においても涼しい表情を見せる。

「あなたは……何処まで世界を変えるつもりなの……! 私たちは飽く迄も『観測者』!! 世界を眺め、世界を管理し、カミからその代行者となった存在! にもかかわらずあなたは……何を……!」
「そんなことか」

 少女の声を遮るように帽子屋は言うと、彼女の手を払った。
 少女はそのままゆっくりと踵を返し、元居た席へと戻る。
 それを見て、帽子屋は小さく笑った。

「うん。今はそれが賢明だね」

 帽子屋は彼女の隣に座り、ハンプティダンプティに右手を差し出す。

「さあ、話を続けてくれよ」

 それを聞いてハンプティダンプティは小さく頷く。

「……そうだね、話を続けよう。インフィニティは主を得て、真に目覚めた。活動を開始した、といってもいいだろうね。そうしてインフィニティは様々な試練を乗り越えていった。……これからは、帽子屋。君が言った方がいいんじゃあないか? なにせ君が計画の発起人なんだから」

 ハンプティダンプティから話を振られた帽子屋は口に手を当て小さく微笑んだ。

「ああ。そうだね。それじゃあ……続きは僕から話すことにするよ。インフィニティはリリーファーとは違うあるシステムが組み込まれているんだ。リリーファーのシステムは話したかい?」
「そういえば、さっき話が流れてしまった気がするわね」
「そうか。……リリーファーがシリーズと同じシステムというのは聞いたね?」

 帽子屋の言葉に、少女は頷く。

「システムが一緒ということは、リリーファーは単なる機械ではないということだ。単なる機械ではないとはどういうことか? リリーファーは生きているということだ。……まあ、それはどういうことかは教えてあげられない。しかしそれが計画には重要なことであるのは変わりない」
「……なんだい、勿体ぶって」
「勿体ぶらせてもくれよ。ただ、君も世界を観測していくのであれば、いつかはそれを知ることになる。嫌でもそれを知ってしまう」

 少女は首を傾げる。

「何だかなあ……。初めて会ったんだけど、君が興味深く思えてきたよ」

 対して、帽子屋はニヒルな笑みを浮かべる。

「そう言ってもらえて嬉しいよ」
「あのー、ところで……どうしてここに来たんですか?」

 そう言ってチェシャ猫は紅茶を注いでいく。どうやら今まで席を外していたのは紅茶を入れ直していたからのようだった。

「チェシャ猫はさっきもそれを聞いていたわね。……まあ、久しぶりに暇だったから」
「暇、というか。君は旅をするのが好きだからな。私たちみたいにこの部屋でモニター越しに観測するのがつまらないと言いたげに」
「実際そうだもの。嫌よ、そんなつまらない生き方は」
「生き方、ときたか……」

 ハンプティダンプティはほくそ笑む。
 少女は立ち上がり、窓から外を眺める。

「ほんっと、このだだっ広い白はいつ見ても無機質でつまらないわね」
「そうかな? 白は何でも生み出せる。無限の可能性を秘めているよ。しかし何も生み出さなければそれは何もないままということで何も起こらない。ただの空間に過ぎないし、もしかしたらそれすらも定義されないかもしれない」
「……小難しいことを話しているが、嫌いではないね」

 少女はそう言うと、モニターを見つめた。
 モニターは今、砂嵐となっていた。つまり、電波を受信していないということである。

「モニター越しに観たいのかい?」

 ハンプティダンプティが訊ねると、少女は再びソファに腰掛ける。

「なにせ久しぶりだからね。久しぶりのことは思いっきり楽しんでしまおうと思うわけだ」
「珍しいね。君もあの世界では色々と興味があるものが見つかったんじゃあなかったのかい?」
「そのはずだったんだがね。まあ、結論からしてそれほどいいものはなかった。何百年と旅をしてきたが、人間は私の眼鏡にかなうほどの進化は遂げてこなかったようだ」
「君のお眼鏡って」

 ハンプティダンプティは思わず上半身を起こした。

「相当理想が高いように思えるけれど? そんなの、今後千年ほど経たないと叶いっこないさ。勿論、このままの科学レベルで進歩し続ければ、の話だけれど」
「私は人間に高望みしていたのは事実よ。だって、初めての高等知能を持った生物。そんな生き物を見ていて楽しくない?」
「楽しいのは事実だし、それが私たちの仕事だからね」
「ハンプティダンプティはこれだから頭が固いんだ。私たちに課せられた仕事をもっと楽しまなくちゃ。つまらないよ?」
「それはそうだがな……」
「まあ、いいや。話だけ聞ければそれで充分。さあ、モニター越しに世界を見てみようじゃないか。私にとっては久しぶりだからね。それだけで楽しめるんだ」
「そうか。それじゃあ見ることにしようか――」

 そして、ハンプティダンプティは彼女の名前を口にした。

「――バンダースナッチ」

 それを聞いて、バンダースナッチはニヤリとした。

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