絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第七十九話 作戦会議(後編)
「先ず、私たちの狙いは起動従士訓練学校だった。あそこは起動従士を育てている学校だ。当然リリーファーに載れる人間も多いだろう。そいつらを片っ端から殺す」
それを聞き、崇人は思わず肩を震わせる。
それを見て、マーズは小さくため息をついた。
「……だから言いたくなかったんだ。タカト、お前は優しすぎる。そんな性格は戦争ではやっていけない。だから、私は、なるべく作戦の情報を知らせたくなかった。どうにかしてタカトを蚊帳の外に追いやろうとした」
「マーズ、それも甘えよ。あなたは仕事についてはそんな優しい人間ではなかったはず。『女神』などと呼ばれるのはあなたが居た戦場は十中八九ヴァリエイブルが勝利しているから。畏怖する他国がつけたコードネームみたいなものだった」
「だけれど、それを知ったヴァリエイブルはそれを正式な名前に仕立て上げたのよ。おかげで、リリーファー『アレス』と私は揃って、戦場の女神等と揶揄されるようになった。その勢いは公式のファンクラブが、会員規模一万人を超えるまでにね」
「だけれど」
ここでアーデルハイトは話を転換させる。
「今のあなたは少しおかしいわ。優しすぎる」
「戦争を知らない人間を邪険に扱うことの、何が甘えなのかしら?」
アーデルハイトが今のマーズに深く切り込んで話をするには、幾つかの理由があった。
一つとして、出来ることならチーム内での隠し事は避けておくたいということ。これは『チーム』で戦う上ではかなり重要となる案件だ。
第二に、マーズが何らかの思いを隠しているのではないかということ。
それは彼女の話している雰囲気からして、恐らくアーデルハイトの推論は正しいものであるだろう。
「あなたは何かを隠しているのではないかしら?」
だから、アーデルハイトはそれを確信して話を続ける。
マーズはその言葉を聞いて目を細める。
「……どういうこと?」
「だってあなたは何かを隠しているふうにしか見えないもの。結局、どうなの? あなたは何か隠していないの? 隠していないというのなら、このチームで協力するというのなら、あなたは凡てを曝け出して欲しいのだけれど」
アーデルハイトとマーズは向かい合って、睨み合った。
お互いがお互いを敵視している形となり、基地の中では緊張が走った。
その緊張の糸を解したのは――。
――ぐう。
誰かのお腹から鳴った、腹の音だった。
「……」
一体誰からのものなのか、誰も探ろうなどとはしなかったが、直ぐにエスティが顔を赤らめているのが、アーデルハイトの目に映った。
しかし、彼女はそれを追求しようなどとはしなかった。
それを問い質そうなどとする必要もなかった。
対してマーズは、その腹の音に感謝すらしていた。
「……ともかく、作戦の続きを話しましょう」
マーズの言葉に、アーデルハイトは小さくため息を付きながら、頷く。
「一先ず、作戦の最初として、訓練学校へと向かい、そこにいる未来の起動従士たちの息の根を止める。その後、残った現行の起動従士の居る場所を突き止め、そのまま殺してしまうか、捕虜にする」
「そう簡単にうまくいくものかしら?」
「うまくいかせなくては行けない。そうでなくては、生きていけないよ」
「……ふうん」
「それに、カーネルはもうこんなことをしないように軍備を縮小、あわよくばゼロにしてしまいたいものね。そうでなくては、この世界の安寧があっという間に消し飛ぶこととなる。カーネルは世界のリリーファーのほとんどを製造している。それゆえ、世界の最先端技術が一同に集まっている。これがどういうことだか、言わずとも解るよね?」
カーネルを倒すことは、どの国にとっても躍起になるべき事象だ。
カーネルを統治すれば、最先端技術が丸々入ってくる。
カーネル自体は自治権を持っているため、統治とはいえ貿易の優先を図るなどといった外部的支配に過ぎないのだが、それでも貿易が優先されるということは、リリーファー等最先端のものがいち早く手に入るということになる。
これはほかの国と戦争していく上では重要となることだ。
戦争は、どの国も知らない技術を使っていれば、それによって相手の隙を狙うことが可能となる。
だから、どの国も躍起になってカーネルを手に入れようとしているのだ。
今回の戦争でヴァリエイブルがカーネルを倒したとしても、それで戦争は終わったと言えない。それにより、漁夫の利を狙おうと企む他国が現れてもおかしくないからだ。
「……カーネルは結局今回の戦争の顛末をどうするつもりなのだろうね」
アーデルハイトは小さく呟き、腰につけたポーチから小さいペットボトルを取り出す。
ペットボトルの中に入っているのはどうやら緑茶のようだった。蓋を開け、一口飲んだ。
「それは解らないんだよ。現時点においても、カーネルが何をしたいのかが見えてこない。恐らくは世界から独立するのが目的なのではないかと思われているが、それとは違うようにも見える。……ならば、何だというのか? それは私の推測に過ぎないが……カーネルは『凡てを終わらせたい』と思っているんじゃないだろうか」
「凡てを終わらせる?」
マーズの言葉が、アーデルハイトの考えていることの斜め上をいったからか、彼女は気持ちが抜けたような、そんな中途半端な声を上げた。
「……考えてもみれば解る話よ。カーネルは世界的に科学崇拝の場所よ。科学を知らない人間は虐げられるし、それだけで存在意義を失ってしまう場所。そんな彼らのプライドは恐ろしい程に高いでしょうね。プライドの高い彼らが他国に吸収され、顎で使われ、ただただ作っていくことが飽きてしまったのだと思う。そうして彼らは発起し、凡てを終わらせてしまおうとした。これはただの戦争なんかじゃあない。リリーファーとリリーファーがぶつかる、勝者によっては世界が大きく変わる戦争よ」
「世界が変わる……、それは文字通りの意味か?」
崇人が訊ねると、マーズは小さく頷く。
「ええ、その通りよ」
世界が大きく変わる。それは言葉通り、文字通りの意味だった。
もし、カーネルがマーズの考えている通りの意味で戦争を起こしているのだとすれば。
カーネルが勝てば、リリーファーによる絶対的な権力のもと、世界から離脱することすら考えられる。
ともなれば、リリーファーや、それ以外の科学技術は大きく衰退する。リリーファーはこの二百年という時間で恐ろしい程の機体が現れ、カーネルが新機体を発表する毎に世界の期待も大きく膨らんでいった。
世界の期待を大きく背負う機体は、それに見合う価値を産み出し、世界へと羽ばたいていく。それは開発者からすればどのような気持ちだったのだろうか? 自分の発明が、世界を破壊し、混沌の根源となっているのを見て、どう思っていたのだろうか?
その気持ちは――誰にも解らない。
しかし、いい気持ちではないはずだ。
だとすれば、どのような行動をとるか――それは直ぐに理解できる。
「……だったら、どうする?」
崇人は、マーズとアーデルハイトに告げる。
マーズは少なくとも今、自分を庇っている。自分は無力な存在だ――崇人はそう考えていた。
しかし、崇人は男だ。
そして、前の世界では企業戦士として日夜戦ってきていた。
そして、この世界に来て、『自分の世界とは違うから』とあまり戦いたいとは思わなかった。
だが。
それがどうしたというのか。
リリーファーによる戦闘と戦争。
間に合わない納期とデスマーチ。
似て非なる二つは、どれも似たようなものではないか。
彼は考える。ここで、どの結論を導くのがベターなのか。
そして、崇人は。
ひとつの結論を導いた。
「……教えてくれ、マーズ」
それは、マーズにとって、出来ることならその選択をして欲しくなかった結論。
しかし、現時点においては最善の選択でもあった。
「その、もともと伝えられていた作戦というのを」
彼の目はまっすぐ、マーズの目を見ていた。
それを聞き、崇人は思わず肩を震わせる。
それを見て、マーズは小さくため息をついた。
「……だから言いたくなかったんだ。タカト、お前は優しすぎる。そんな性格は戦争ではやっていけない。だから、私は、なるべく作戦の情報を知らせたくなかった。どうにかしてタカトを蚊帳の外に追いやろうとした」
「マーズ、それも甘えよ。あなたは仕事についてはそんな優しい人間ではなかったはず。『女神』などと呼ばれるのはあなたが居た戦場は十中八九ヴァリエイブルが勝利しているから。畏怖する他国がつけたコードネームみたいなものだった」
「だけれど、それを知ったヴァリエイブルはそれを正式な名前に仕立て上げたのよ。おかげで、リリーファー『アレス』と私は揃って、戦場の女神等と揶揄されるようになった。その勢いは公式のファンクラブが、会員規模一万人を超えるまでにね」
「だけれど」
ここでアーデルハイトは話を転換させる。
「今のあなたは少しおかしいわ。優しすぎる」
「戦争を知らない人間を邪険に扱うことの、何が甘えなのかしら?」
アーデルハイトが今のマーズに深く切り込んで話をするには、幾つかの理由があった。
一つとして、出来ることならチーム内での隠し事は避けておくたいということ。これは『チーム』で戦う上ではかなり重要となる案件だ。
第二に、マーズが何らかの思いを隠しているのではないかということ。
それは彼女の話している雰囲気からして、恐らくアーデルハイトの推論は正しいものであるだろう。
「あなたは何かを隠しているのではないかしら?」
だから、アーデルハイトはそれを確信して話を続ける。
マーズはその言葉を聞いて目を細める。
「……どういうこと?」
「だってあなたは何かを隠しているふうにしか見えないもの。結局、どうなの? あなたは何か隠していないの? 隠していないというのなら、このチームで協力するというのなら、あなたは凡てを曝け出して欲しいのだけれど」
アーデルハイトとマーズは向かい合って、睨み合った。
お互いがお互いを敵視している形となり、基地の中では緊張が走った。
その緊張の糸を解したのは――。
――ぐう。
誰かのお腹から鳴った、腹の音だった。
「……」
一体誰からのものなのか、誰も探ろうなどとはしなかったが、直ぐにエスティが顔を赤らめているのが、アーデルハイトの目に映った。
しかし、彼女はそれを追求しようなどとはしなかった。
それを問い質そうなどとする必要もなかった。
対してマーズは、その腹の音に感謝すらしていた。
「……ともかく、作戦の続きを話しましょう」
マーズの言葉に、アーデルハイトは小さくため息を付きながら、頷く。
「一先ず、作戦の最初として、訓練学校へと向かい、そこにいる未来の起動従士たちの息の根を止める。その後、残った現行の起動従士の居る場所を突き止め、そのまま殺してしまうか、捕虜にする」
「そう簡単にうまくいくものかしら?」
「うまくいかせなくては行けない。そうでなくては、生きていけないよ」
「……ふうん」
「それに、カーネルはもうこんなことをしないように軍備を縮小、あわよくばゼロにしてしまいたいものね。そうでなくては、この世界の安寧があっという間に消し飛ぶこととなる。カーネルは世界のリリーファーのほとんどを製造している。それゆえ、世界の最先端技術が一同に集まっている。これがどういうことだか、言わずとも解るよね?」
カーネルを倒すことは、どの国にとっても躍起になるべき事象だ。
カーネルを統治すれば、最先端技術が丸々入ってくる。
カーネル自体は自治権を持っているため、統治とはいえ貿易の優先を図るなどといった外部的支配に過ぎないのだが、それでも貿易が優先されるということは、リリーファー等最先端のものがいち早く手に入るということになる。
これはほかの国と戦争していく上では重要となることだ。
戦争は、どの国も知らない技術を使っていれば、それによって相手の隙を狙うことが可能となる。
だから、どの国も躍起になってカーネルを手に入れようとしているのだ。
今回の戦争でヴァリエイブルがカーネルを倒したとしても、それで戦争は終わったと言えない。それにより、漁夫の利を狙おうと企む他国が現れてもおかしくないからだ。
「……カーネルは結局今回の戦争の顛末をどうするつもりなのだろうね」
アーデルハイトは小さく呟き、腰につけたポーチから小さいペットボトルを取り出す。
ペットボトルの中に入っているのはどうやら緑茶のようだった。蓋を開け、一口飲んだ。
「それは解らないんだよ。現時点においても、カーネルが何をしたいのかが見えてこない。恐らくは世界から独立するのが目的なのではないかと思われているが、それとは違うようにも見える。……ならば、何だというのか? それは私の推測に過ぎないが……カーネルは『凡てを終わらせたい』と思っているんじゃないだろうか」
「凡てを終わらせる?」
マーズの言葉が、アーデルハイトの考えていることの斜め上をいったからか、彼女は気持ちが抜けたような、そんな中途半端な声を上げた。
「……考えてもみれば解る話よ。カーネルは世界的に科学崇拝の場所よ。科学を知らない人間は虐げられるし、それだけで存在意義を失ってしまう場所。そんな彼らのプライドは恐ろしい程に高いでしょうね。プライドの高い彼らが他国に吸収され、顎で使われ、ただただ作っていくことが飽きてしまったのだと思う。そうして彼らは発起し、凡てを終わらせてしまおうとした。これはただの戦争なんかじゃあない。リリーファーとリリーファーがぶつかる、勝者によっては世界が大きく変わる戦争よ」
「世界が変わる……、それは文字通りの意味か?」
崇人が訊ねると、マーズは小さく頷く。
「ええ、その通りよ」
世界が大きく変わる。それは言葉通り、文字通りの意味だった。
もし、カーネルがマーズの考えている通りの意味で戦争を起こしているのだとすれば。
カーネルが勝てば、リリーファーによる絶対的な権力のもと、世界から離脱することすら考えられる。
ともなれば、リリーファーや、それ以外の科学技術は大きく衰退する。リリーファーはこの二百年という時間で恐ろしい程の機体が現れ、カーネルが新機体を発表する毎に世界の期待も大きく膨らんでいった。
世界の期待を大きく背負う機体は、それに見合う価値を産み出し、世界へと羽ばたいていく。それは開発者からすればどのような気持ちだったのだろうか? 自分の発明が、世界を破壊し、混沌の根源となっているのを見て、どう思っていたのだろうか?
その気持ちは――誰にも解らない。
しかし、いい気持ちではないはずだ。
だとすれば、どのような行動をとるか――それは直ぐに理解できる。
「……だったら、どうする?」
崇人は、マーズとアーデルハイトに告げる。
マーズは少なくとも今、自分を庇っている。自分は無力な存在だ――崇人はそう考えていた。
しかし、崇人は男だ。
そして、前の世界では企業戦士として日夜戦ってきていた。
そして、この世界に来て、『自分の世界とは違うから』とあまり戦いたいとは思わなかった。
だが。
それがどうしたというのか。
リリーファーによる戦闘と戦争。
間に合わない納期とデスマーチ。
似て非なる二つは、どれも似たようなものではないか。
彼は考える。ここで、どの結論を導くのがベターなのか。
そして、崇人は。
ひとつの結論を導いた。
「……教えてくれ、マーズ」
それは、マーズにとって、出来ることならその選択をして欲しくなかった結論。
しかし、現時点においては最善の選択でもあった。
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