絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第七十六話 中央地区Ⅰ

 その頃、崇人とエスティは中央地区にあるリリーファー起動従士訓練学校、その校門前へとやってきていた。

「……にしても、荘厳というか厳かというか……」

 崇人はそう言って苦虫を潰したような表情をする。エスティもそれを見て小さく微笑む。

「……一先ず、ここにいると目立っちゃうよ。だから、どこか別の場所へ行きましょう」

 エスティと崇人は、それぞれマーズがコーディネート(正確には整備士たちが考えたコーディネートを、ただマーズがしたと思わせているだけなのだが)した服装だった。
 崇人は茶色のジーンズに黒のパーカー、迷彩柄の帽子という格好。どちらかといえば、目立たない格好だ。
 対してエスティは白いフリルつきのスカートを履き、茶色のジャケットを羽織っていた。極端に目立つ格好ではないものの、傍から見れば彼女の格好はお嬢様そのものだった。

「何というかさ……エスティの格好がすごい新鮮だよ」
「えー? 私、この前のセントラルタワーに行った時もこんな感じの格好だったよ?」
「そ、そうだったか?」

 崇人は覚えていないようだったが、以前セントラルタワーへ彼女と向かったときは、エスティは白いワンピースを着ていた。

「そうよ、私は私服はそういうのを着るんだから!」

 そう言ってエスティは頬を膨らませる。

「いや、決して悪いことを言ったんじゃないよ……済まなかった」

 エスティの怒りを抑えるためにも、崇人はそう言った。
 さて。
 そんな茶番のような会話はそれまでにして。
 彼らは一先ず中央地区をぶらりと探索することとした。勿論遊びではない。目的があるゆえの行動だ。
 中央地区にあるのは、なにも訓練学校だけではない。
 中央地区にあるもの、それは。

「ねえ、崇人。遊園地に行ってみない?」

 機械都市カーネルの最新鋭の科学技術で構成された、世界最高の遊園地『ハイテック』。
 それがある場所だ。
 ハイテックは三年前にオープンしたばかりだが、その客足は三年経っても衰えることを知らない。つまりは、現在になっても入場制限がかかるくらいの大人気なのだという。
 そんな遊園地の人気がカーネルだけに留まるわけもなく、ヴァリエイブル全体、さらには世界各国にまでこの遊園地は有名になっていた。

「私、ここ一度行ってみたかったのよね! 嬉しいなぁ……任務じゃなかったら一日中遊んでいたいのに」
「何言っているんだ。俺たちの任務はあくまでも状況把握。やることはそれ以上でもそれ以下でもない。言われたからにはやらなくちゃな」
「わ、解ってるよそれくらい。私だって任務を忘れて遊んだりしないもん!」

 崇人がそう言ったのを聞いて、エスティは慌てて反論する。
 それを聞いて崇人は小さく微笑み、「はいはい、そうだな」とその場を流した。


 ◇◇◇


 ハイテックに入った崇人とエスティは周りから見ればカップルそのものだろう。
 それに崇人が気付いていたのかは解らないが、少なくともエスティは周りの視線に気がついていた。
 それに至極優越感を持っていたし、至極恥ずかしかった。
 彼女はこういう気持ちになっていたのを、崇人は気付いていないのかもしれない。
 もしかしたら、このままだったら、気付かれないのかもしれない。

「ねえ」

 エスティが言うと、崇人が振り返る。

「どうした?」
「……手、繋いでもいい?」

 その言葉を言って、エスティは顔を真っ赤にさせた。
 エスティは今、自分がどんな表情をしているのか理解していない。
 崇人はもしかしたら疑問に思っているかもしれない。

「いいよ」

 その気持ちを知ってか知らずか、崇人はエスティが出した手を握り返した。
 エスティにとってそれは、すごく嬉しいものだった。
 彼女は、彼女の内に秘めている思いを、いつ言えるのだろうかと思っていた。崇人は知らないのかポーカーフェイスなのか解らない。だが、いつかは自分にけじめをつけなくてはならない――そんな時がやってくる。
 そんな時が来たら、彼女は逃げ出したくはない。そう決心を固めていた。
 だが、怖かった。
 もしかしたら、断られるかもしれない。
 断られたらどうしようか、と。
 普通に考えれば断られてもどうしようもないかもしれなかったが、彼女としてみればその気持ちは、たとえ断られても変わらないのである。
 タイミングは何時でもあった。
 どんなタイミングでも、彼女はその思いを伝えられることが出来たはずだった。
 だけれど、彼女はその気持ちを伝えることが出来なかった。彼女の決心が固まっていなかったのかもしれない。彼女の気持ちが中途半端だったのかもしれない。彼女はそんなことは考えていない(寧ろ完璧だと思っていた)が、タイミングを悉く逃していることを考えると、彼女はまだ気持ちが振れていたのかもしれなかった。

「……エスティ、どこへ向かう?」

 そこで彼女は我に返った。崇人は彼女に訊ねていた。「どこへ向かう」というのは、どのアトラクションに乗るか――ということだ。
 エスティは首を傾げて、その質問の意味を訊ねようとしたが、

「ああ、アトラクションだよ。別に一個や二個くらい乗っても文句は言われないだろうし、俺も少しは遊んでみたいなーって……」

 崇人はそう言った。彼の頬は少しだけ赤らめていた。
 崇人の言葉を聞いて、少しだけエスティは考えて、そして一つの答えを導いた。


 ◇◇◇


 ジェットコースターと言っても侮ってはならない。
 その正式名称はローラーコースターと呼ばれ、ジェットコースターと呼ばれるのは崇人がもともといた国『日本』だけである。由来としてはジェット噴射をしているかのように加速していることが由来であるが、勿論ジェットエンジンなどは使用されていない。
 ローラーコースターは、乗客がいる列車自体に基本的に動力が存在しない。一般にはチェーンリフトを用いレールの最高到達点まで車両を巻き上げ、そこから下りの傾斜を走らせることで位置エネルギーを運動エネルギーに変換させ、速度をつける。そしてある程度下ったら再び傾斜をかけ上がらせて運動エネルギーを位置エネルギーに転換する。しかしながら、エネルギーは摩擦等で減衰していくので頂上が徐々に低い位置になっていくのだが、今はそれを詳しく語る理由もない。
 そういうわけでローラーコースターはくねくねと畝っており、その高低差によって一瞬生じる無重力状態に人は歓喜したり、ときには阿鼻叫喚するのだ。
 エスティと崇人は今そのローラーコースターの前に来ていた。
 『サイクロン』と書かれた看板はどことなく赤い液体が垂れているデザインだった。それが血以外の何と言えばいいのか、今の彼らには想像もつかない。

「なんでこんなホラーな看板なんだ。お化け屋敷じゃあるまいし……」

 崇人の身体は小刻みに震えていた。
 それを見て、エスティは呟く。

「さあ、乗ろうよタカト!」
「ちょっと心の準備をさせてくれないか?」
「もしかして、怖い?」
「そういうわけじゃないぞ? ただ、初めての場所だから」
「よーし、行こー!」

 そう言ってエスティは崇人を強引に入場口へと引っ張っていった。
 崇人の「いやああああああ」という断末魔を、エスティが聞いていたかどうかは、彼女にしか解らない。

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