絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第七十三話 スリー・ペア
『パイロット・オプションを手に入れるには、凡てを解放しろ。そして……凡てを理解するほかない。怖がってはいけない。お前は戦争を嫌っているのに、戦争へと出向こうとしている。それは矛盾ではあるが、理解し難いものではない』
コルトの言葉が、ヴィエンスの頭に響く。
ヴィエンスはそれを聞いて一人考えていた。
自分は戦争を嫌っている。
なぜだ?
その理由は――母親が戦争で死んでしまったから、ほかならない。
だが、それはただ自分が戦争を嫌う常套句にしているのではないだろうか。
ヴィエンスはそんなことを考えるようになった。
いや、コルトに言われて、改めてそう向き合うようになった、というのが正しい。
コルトはそのために、わざとそのように言ったのではないか? ヴィエンスはそう考えたが、今となってはもう考えるに値しない。
ヴィエンスは考える。自分という存在が、自分を為している要素が、どのように自分に影響を与えているのか、漸く解るようになってきていたつもりだった。
しかし、コルトの言葉を聞いて、まだまだヴィエンスは自分のことを知らないものだと悟った。
そして、
「……ああ、解ったよ。俺は、受け入れるべきだったんだ。あの過去を。受け入れて、向き合うべきだったんだな」
ヴィエンスは小さく微笑んで、前を見つめた。
彼は、前だけを見つめていた。
◇◇◇
彼の身体の中から、力が沸き起こるのが感じる。
それは、彼の中にある力を受け入れたからかもしれない。
それは、彼の中にある力を彼自身が見誤っていたのかもしれない。
そして彼は――。
◇◇◇
気がつけば彼はベッドに横たわっていた。
「ここは……?」
「安心しろ。凡てが終了した。おめでとう、ヴィエンス・ゲーニック。これで君もパイロット・オプションを獲得した。君のパイロット・オプションは……うーん、これは言ってもいいのかな?」
ヴィエンスが目を開けると、そこにはコルトの顔があった。
コルトの顔は少しだけ顰め面だった。
「言ってもいいだろう」
その声は、部屋の外にいるマーズのものだった。
コルトは頭を掻いて、小さく頭を垂れる。
「……それじゃあ、教えてあげよう。君のパイロット・オプションは『鉄血の盾』だ。名前のとおり、かもしれないが、絶対的に防御力を上げる事が出来る。ただし、その場合血を代償とする。そのため……恐らく対象時間は二十分。そして、その後は十二時間程パイロット・オプションを使うことが出来ない。それが、副作用だ」
「鉄血の盾……」
ヴィエンスはコルトから言われた言葉を反芻する。
まだ彼はパイロット・オプションを手に入れたという実感はない。
「まあ、それを試すのもいいだろうが……その副作用からして、そう簡単に使ってはいけないだろうね。その副作用が一番ネックになっている。だから、その二十分は大事にすべきだ。いいね?」
そう言って、コルトは立ち去っていった。
ベッドから起き上がり、立ち上がり、辺りを見渡す。既にエスティもパイロット・オプションを手に入れたのか、コルトとともに部屋を後にしていた。それを見て、彼もそれを追った。
部屋を出ると、マーズが一同を集めた。
「諸君! これから我々はカーネルの実態を調査するため、様々な場所へと向かうこととする! 私とヴィエンスは北方、エルフィーとマグラスは南方、エスティと崇人は中央を調査する! いいか、決して無茶はするな!」
マーズの言葉を聞いて、彼らは敬礼をする。しかしながら、この騎士団のリーダーは崇人であるのだが、崇人が軽視されているという現状は、どうも否めないし、長く軍属だったマーズのほうがリーダー的役割を果たしてくれるだろうと崇人は思っているので、簡単に改善しそうにはなかった。
それを見て、コルトはニヒルな笑みを浮かべる。
「どうした、コルト?」
「だっておかしいじゃない。僕の聞いている話は、リーダーは君ではなくて、そこにいる小柄な少年だろう? リーダーはしかるべき行動を取らねばならないと思うがね」
「だが、私は副団長だ。騎士団長はまだ軍属となって日が浅い。というよりか、まだなって数日しか経っていない。そんな状況で騎士団長になることがあんまり有り得ない。本人の目の前で言ってはいけないことだが、この騎士団は『インフィニティ』を守護するための騎士団だ。本人は謂わばお飾りに過ぎないわけだ」
「お飾りの騎士団長かい? 笑えるねえ」
本人を目の前にして続けられる会話は、崇人にとっても面白い話ではない。
しかし、彼にその実力がないのもまた事実だし、それを知った上でマーズが指揮を取っているのも、当たり前のことだ。
「……まあ、そんなことを言っているのも時間の無駄になってしまうし、一先ずは行動を開始しよう。いいね?」
「我々はどうする?」
「新たなる夜明け。あなたたちは分散して調査してちょうだい。そんな大人数でずらずらいられても困るし」
「解った」
「それじゃ――作戦開始よ」
マーズの言葉に、ハリー騎士団と、新たなる夜明けは大きく頷いた。
◇◇◇
その頃、白い部屋。
「漸くハリー騎士団は行動を開始したか……。なんというかブーストが遅いよね」
「誰も彼も素早いわけではない。人間というのは煩悩と、駆け引きと、様々な負の要素がある。その柵が適当なタイミングに解き放たれないとおかしくなる。今回の彼らみたいに、だ」
帽子屋とハンプティ・ダンプティの会話は続く。
「しかし、人間というのはどこまでも愚かな行為をするものだ」
帽子屋は、本棚から一冊の本を取り出した。それは黒いハードカバーの本だった。重々しい本の表紙を開けると、そこには何も書かれてはいなかった。
「この本は……これからどう進んでいくのだろうか」
「それは君だって知っているだろう?」
その声を聞いて、帽子屋はそちらを向いた。
「チェシャ猫、仕事は?」
「終わらせたよ。さっさと。あれほどまでにつまらない仕事はもう二度としたくないね」
本をかかえている少年は、そう言ってソファに腰掛ける。
「じゃあ、顛末を聞かせてもらおうか」
帽子屋は向き合うようにして、目の前のソファに腰掛けた。
「……えーと、一先ずカーネルの新聞社にはソースを放り投げておいた。そして、反社会派の集団にもね。暫く見張っていたが、奴ら明日にも政府にデモを仕掛けるらしい」
「明日か」
帽子屋は顎に手を当てる。
「予想よりも遅かったね。てっきり当日中に行われるものかと」
「人間はそう簡単に素早い行動はしないよ。特に、きちんと計画を練っているなら、ね」
ハンプティ・ダンプティはそう言って紅茶を一口飲んだ。今の“彼女”は白いドレスを着た幼女の姿となっている。なんでもこの姿が一番活動しやすいし、一番エネルギーの消費が少ないらしい。
「しかし、どうする?」
「予定のズレは、もはやどうにもならない。作戦決行は明日に変更だ。これは、世界を変えるためのものだ。いや……その流れはもう始まっている。≪インフィニティ≫、それが大野崇人の手によって動き始めた時点でね」
「……なあ、帽子屋。お前はいったい何を考えている?」
ハンプティ・ダンプティが茶菓子のクッキーを一口齧る。
それを見て、帽子屋は肩を竦める。
「何だい、僕が悪いことをしているみたいじゃないか。そんなわけは全くないよ。寧ろこれは誰にもいい事だ。世界を凡て元通りにするんだよ。別に悪くはないだろう?」
その言葉に、ハンプティ・ダンプティとチェシャ猫は返すことはなかった。
帽子屋はそれを見て、さらにニヒルな笑いを浮かべた。
――ゆっくりと、ゆっくりと、水面下で、何かが動き始めていた。
コルトの言葉が、ヴィエンスの頭に響く。
ヴィエンスはそれを聞いて一人考えていた。
自分は戦争を嫌っている。
なぜだ?
その理由は――母親が戦争で死んでしまったから、ほかならない。
だが、それはただ自分が戦争を嫌う常套句にしているのではないだろうか。
ヴィエンスはそんなことを考えるようになった。
いや、コルトに言われて、改めてそう向き合うようになった、というのが正しい。
コルトはそのために、わざとそのように言ったのではないか? ヴィエンスはそう考えたが、今となってはもう考えるに値しない。
ヴィエンスは考える。自分という存在が、自分を為している要素が、どのように自分に影響を与えているのか、漸く解るようになってきていたつもりだった。
しかし、コルトの言葉を聞いて、まだまだヴィエンスは自分のことを知らないものだと悟った。
そして、
「……ああ、解ったよ。俺は、受け入れるべきだったんだ。あの過去を。受け入れて、向き合うべきだったんだな」
ヴィエンスは小さく微笑んで、前を見つめた。
彼は、前だけを見つめていた。
◇◇◇
彼の身体の中から、力が沸き起こるのが感じる。
それは、彼の中にある力を受け入れたからかもしれない。
それは、彼の中にある力を彼自身が見誤っていたのかもしれない。
そして彼は――。
◇◇◇
気がつけば彼はベッドに横たわっていた。
「ここは……?」
「安心しろ。凡てが終了した。おめでとう、ヴィエンス・ゲーニック。これで君もパイロット・オプションを獲得した。君のパイロット・オプションは……うーん、これは言ってもいいのかな?」
ヴィエンスが目を開けると、そこにはコルトの顔があった。
コルトの顔は少しだけ顰め面だった。
「言ってもいいだろう」
その声は、部屋の外にいるマーズのものだった。
コルトは頭を掻いて、小さく頭を垂れる。
「……それじゃあ、教えてあげよう。君のパイロット・オプションは『鉄血の盾』だ。名前のとおり、かもしれないが、絶対的に防御力を上げる事が出来る。ただし、その場合血を代償とする。そのため……恐らく対象時間は二十分。そして、その後は十二時間程パイロット・オプションを使うことが出来ない。それが、副作用だ」
「鉄血の盾……」
ヴィエンスはコルトから言われた言葉を反芻する。
まだ彼はパイロット・オプションを手に入れたという実感はない。
「まあ、それを試すのもいいだろうが……その副作用からして、そう簡単に使ってはいけないだろうね。その副作用が一番ネックになっている。だから、その二十分は大事にすべきだ。いいね?」
そう言って、コルトは立ち去っていった。
ベッドから起き上がり、立ち上がり、辺りを見渡す。既にエスティもパイロット・オプションを手に入れたのか、コルトとともに部屋を後にしていた。それを見て、彼もそれを追った。
部屋を出ると、マーズが一同を集めた。
「諸君! これから我々はカーネルの実態を調査するため、様々な場所へと向かうこととする! 私とヴィエンスは北方、エルフィーとマグラスは南方、エスティと崇人は中央を調査する! いいか、決して無茶はするな!」
マーズの言葉を聞いて、彼らは敬礼をする。しかしながら、この騎士団のリーダーは崇人であるのだが、崇人が軽視されているという現状は、どうも否めないし、長く軍属だったマーズのほうがリーダー的役割を果たしてくれるだろうと崇人は思っているので、簡単に改善しそうにはなかった。
それを見て、コルトはニヒルな笑みを浮かべる。
「どうした、コルト?」
「だっておかしいじゃない。僕の聞いている話は、リーダーは君ではなくて、そこにいる小柄な少年だろう? リーダーはしかるべき行動を取らねばならないと思うがね」
「だが、私は副団長だ。騎士団長はまだ軍属となって日が浅い。というよりか、まだなって数日しか経っていない。そんな状況で騎士団長になることがあんまり有り得ない。本人の目の前で言ってはいけないことだが、この騎士団は『インフィニティ』を守護するための騎士団だ。本人は謂わばお飾りに過ぎないわけだ」
「お飾りの騎士団長かい? 笑えるねえ」
本人を目の前にして続けられる会話は、崇人にとっても面白い話ではない。
しかし、彼にその実力がないのもまた事実だし、それを知った上でマーズが指揮を取っているのも、当たり前のことだ。
「……まあ、そんなことを言っているのも時間の無駄になってしまうし、一先ずは行動を開始しよう。いいね?」
「我々はどうする?」
「新たなる夜明け。あなたたちは分散して調査してちょうだい。そんな大人数でずらずらいられても困るし」
「解った」
「それじゃ――作戦開始よ」
マーズの言葉に、ハリー騎士団と、新たなる夜明けは大きく頷いた。
◇◇◇
その頃、白い部屋。
「漸くハリー騎士団は行動を開始したか……。なんというかブーストが遅いよね」
「誰も彼も素早いわけではない。人間というのは煩悩と、駆け引きと、様々な負の要素がある。その柵が適当なタイミングに解き放たれないとおかしくなる。今回の彼らみたいに、だ」
帽子屋とハンプティ・ダンプティの会話は続く。
「しかし、人間というのはどこまでも愚かな行為をするものだ」
帽子屋は、本棚から一冊の本を取り出した。それは黒いハードカバーの本だった。重々しい本の表紙を開けると、そこには何も書かれてはいなかった。
「この本は……これからどう進んでいくのだろうか」
「それは君だって知っているだろう?」
その声を聞いて、帽子屋はそちらを向いた。
「チェシャ猫、仕事は?」
「終わらせたよ。さっさと。あれほどまでにつまらない仕事はもう二度としたくないね」
本をかかえている少年は、そう言ってソファに腰掛ける。
「じゃあ、顛末を聞かせてもらおうか」
帽子屋は向き合うようにして、目の前のソファに腰掛けた。
「……えーと、一先ずカーネルの新聞社にはソースを放り投げておいた。そして、反社会派の集団にもね。暫く見張っていたが、奴ら明日にも政府にデモを仕掛けるらしい」
「明日か」
帽子屋は顎に手を当てる。
「予想よりも遅かったね。てっきり当日中に行われるものかと」
「人間はそう簡単に素早い行動はしないよ。特に、きちんと計画を練っているなら、ね」
ハンプティ・ダンプティはそう言って紅茶を一口飲んだ。今の“彼女”は白いドレスを着た幼女の姿となっている。なんでもこの姿が一番活動しやすいし、一番エネルギーの消費が少ないらしい。
「しかし、どうする?」
「予定のズレは、もはやどうにもならない。作戦決行は明日に変更だ。これは、世界を変えるためのものだ。いや……その流れはもう始まっている。≪インフィニティ≫、それが大野崇人の手によって動き始めた時点でね」
「……なあ、帽子屋。お前はいったい何を考えている?」
ハンプティ・ダンプティが茶菓子のクッキーを一口齧る。
それを見て、帽子屋は肩を竦める。
「何だい、僕が悪いことをしているみたいじゃないか。そんなわけは全くないよ。寧ろこれは誰にもいい事だ。世界を凡て元通りにするんだよ。別に悪くはないだろう?」
その言葉に、ハンプティ・ダンプティとチェシャ猫は返すことはなかった。
帽子屋はそれを見て、さらにニヒルな笑いを浮かべた。
――ゆっくりと、ゆっくりと、水面下で、何かが動き始めていた。
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