絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第六十六話 地下道

 サウスカーネル・ステーション北方にある基地――正式名称は南カーネル基地だ――から歩いて数分もしないうちに地下トンネルがある山へと到着した。サウスカーネル・ステーションから歩いた大通りは、古くは鉄道が走っていたらしく、廃線となった今はその土地を有効活用して道路としたらしい。
 ベルグリシ山と名付けられているその山は、決して高い山ではない。しかし、鉱脈が埋まっているためか方位磁針がうまく機能せず、結果として迷子となる人間が続出する、場所だ。
 ベルグリシ山、ビヴロストトンネル。
 その入口は高い塀に覆われているが、よく見ると上部はまだ穴が開いていた。完全に封鎖まではしていないようである。

「とりあえずあそこから入るか……」

 トンネルの入口前に立ち尽くすハリー騎士団は、崇人の呟きを聞いてまた落胆する。

「騎士団長がそんな気楽でどうするんですか。もう少々やる気ってもんを持ってくれよ」

 マーズが崇人に言う。

「まあ、追々そういうのも身につくだろうよ。それに今はそれを言う時間でもないだろ?」
「……うーん、それもそうね」

 マーズは納得したようだ。果たして納得したのか? と崇人はまだ納得していなかったが、これはこれで割り切らなくてはならない。
 さて――崇人が何とかこの壁を抜ける作戦を考えようとしたその時だった。エルフィーが手を挙げた。

「どうした、エルフィー?」

 エルフィーは咳払いを一つして塀を触る。
 エルフィーはぺたぺたと塀を触って、時偶「うん、この素材だったら……」とか呟いていた。
 一分ほど調べていると、エルフィーは元に戻り、崇人の前に立つ。

「これならば、爆発魔法を使えばいいと思います。私は、小規模の爆発魔法を使うことを進言致します」
「小規模でも爆発魔法を使っては山肌が崩れ、いや、もしかしたら山の内部にトンネルを通って爆音が伝わりカーネル側に知れ渡ることは考えられないか? あくまでも隠密に侵入せねばならないんだぞ」
「大丈夫です」

 エルフィーが胸を張って言ったが、どうしてここまで自信満々なのか崇人には解らなかった。
 崇人は他に考えられないかと頭をフル回転させるが――それよりも早く、エルフィーが塀に何かを描き始めた。

「何を――!」

 崇人が注意しようと声を張り上げたが、もう遅かった。
 地響きが鳴った。
 山を崩し、大地を唸らせる地響きだ。
 数瞬も経たないうちに塀が破壊され、トンネルが姿を現した。

「おいおい、いくらなんでもこれはバレるんじゃないか……?」

 崇人が頭を抱える素振りを見せ、マーズはグーサインをして何とか落ち着かせたが、それでも彼らの中にある一抹の不安が消えることはなかった。
 トンネルは暗く、広々としていた。閉鎖されてからは何も手をつけていないためか、まだ地面には線路が残っている。

「暗いな」

 そう言ってヴァルトは続いて、小さく何かをつぶやいた。
 すると手に持っていた枯れ枝の先端に炎が点いた。どうやら火炎魔法を放ったようだった。
 火炎魔法は種類がある。その分類は範囲とその威力によって分けられている。今ヴァルトが放ったのはその中でも一番小さい部類である『ファイア』だろう。それは詠唱のみで発動出来るリスクの少ない魔法の一つである。
 詠唱が完了し、続々と持っている枯れ枝に炎が点けられる。ものの数分もしないうちに崇人、マーズ、ヴァルトの三名が光源となって、ハリー騎士団と新たなる夜明けを照らした。

「俺が殿しんがりを勤めよう。騎士団長殿は安心して進んでくれ」
 そう言ってヴァルトは後方に退いていく。その言葉に素直に従って、崇人はトンネルの暗闇を一歩一歩と歩き、照らしていく。


 ◇◇◇


 その頃。
 機械都市カーネル、中心部にある高い塔を取り囲むように建てられた円形の建物がある。古くからある高い塔を取り囲む建物はコンクリートで出来ていて、まだ出来てから時が浅いようだった。
 カーネル起動従士訓練学校。
 建物はそう呼ばれていた。
 建物にある一階廊下、ひとりの男が歩いていた。
 法務衣を着ているのは、白髪の男だった。
 ひとりの男の隣には、少女が歩いていた。
 少女はずっとスマートフォンの画面に指をすべらせ、何かを調べているようでもあった。

「どうかしたかね、エレン」
「なんか風が騒がしいなあって」

 風? と男は空を見上げる。外は今風一つない凪の状態だった。

「風なぞ吹いていないぞ?」
「風は吹いている。騒々しい風が聞こえないの?」

 彼女にしか聞こえないものなのか――男はため息をついて歩を進める。
 エレン・トルスティソンはこのカーネル起動従士訓練学校を卒業した数少ない起動従士の一人だ。
 カーネルが鎖国を始めたのは、これが理由でもある。
 自分の場所で持つ起動従士が育ったから。
 その集大成とも言えるのが、彼女と、彼女の愛機『ムラサメ00』だ。
 ムラサメ00は今までのリリーファーとは大きく異なる次世代のリリーファーだ。到底、前世代のリリーファーと戦っても、ムラサメ00に勝つことは出来ないだろう。
 しかし、カーネルにも不安があった。
 最強のリリーファー、インフィニティ。
 それだけが、カーネルにとって唯一の不安要素だった。
 ムラサメ00を作ったラトロ――リリーファー応用技術研究機構の研究員達でさえ、インフィニティはオーバーテクノロジーであると考えている。ラトロの力があったとしても、インフィニティ級のリリーファーを作ることはそう簡単ではない。しかも、インフィニティを作ったのは、ただ一人であった。そんなことは断じて有り得ない。
 そんなことがあってはならない。
 この世界では、過去においても未来においても、勿論この現代においてもラトロがリリーファー開発では一番でなくてはならない。
 だからこそ、インフィニティは邪魔だった。そんなものがあってはならなかった。

「エレン」

 男が言うと、エレンはそちらを向いた。

「もうすぐ、大きな戦いが始まるだろう。だが、それは君一人が戦うわけではない。この学校に居る皆と戦うこととなるのだ。……怖いかもしれない。逃げ出したくなるかもしれない。だが、それだとしても、この街のために、戦ってくれるか?」

 エレンは男の言葉に、頷いた。
 そうだ。それでよかった。
 ムラサメシリーズは、ムラサメ00を筆頭として二十機存在する。
 それらは凡て、起動従士込みで開発されたものだ。つまりムラサメシリーズの起動従士たちは、それに乗ることを前提として教育されてきたということになる。
 リリーファー同士の戦争。
 それがこの世界では、至極普通に行われている戦争のスタイルだった。
 リリーファーは戦うためのモノなのだろうか――かつてそんなことを提起した学者が居た。
 だが、今ならば、そんなことを議論する暇すら与えられないはずだった。
 リリーファーは僅か二百年(現世代においては十五年)でここまで進化を遂げていた。軍事利用され、戦争へ利用され、人が死に、ラトロはただそれを開発していく。
 それは果たして、正しいことと言えるのだろうか?
 ラトロは、そんなことを考え始めていた。
 だが、世の流れにはそう簡単に逆らうことなど出来ない。
 しかし、彼らは大きな賭けに出た。
 彼らが思い描いた、疑問の答えを聞きたいがために。
 この世界を――あわよくば、この世界のシステムを変えてしまおうとも考えていた。
 しかしそれは各国からすれば非常に旨みが少なくなる。そんなことはあってはならないのだ。もはや、戦争によって経済が回っているといってもいいほどこの世界は戦争に依存していたのだった。
 戦争に依存している世界ということは、リリーファーに依存していると同義だ。リリーファーに依存している世界が、簡単にリリーファーを手放すことはない。
 だから、これは、自分たちの存在意義をも問うものとなる。
 それをラトロは理解していた。だから、今回のことをするに至った。

「……大人の我侭に子供を付き合わさせるのは、本当に心苦しい。だが、リリーファーに乗ることが出来るのは限られている。素質がなければ乗ることが出来ないんだ。それは知っているね?」

 男の言葉に、エレンは頷く。知っているのか知らないのかは解らないが、彼女の目はまっすぐ男を見ていた。それを見るとさらに男は心苦しくなる。

「私たちは、どうしてもリリーファーで戦争をしなくてはならない。それが世界のシステムと成り果てているからだ。だが、それはいつかは終わりを見せなくてはならない。こんな世界があってはならないんだ」
「戦争で、私たちが戦うのが辛い、と?」
「そうだ」
「だが、そうだとまた別の手段で戦争を行うこととなる。戦争は決して無くならない」
「そうだ。リリーファーでの戦争がなくなったとしても、人間は別の手段で戦争をはじめるだろう。魔法でも、武術でも。人間はそういう生き物だから」

 だから、と男は続ける。

「これは私たち自身の戦いでもあるんだ」

 それは、エゴであったことは、男も理解していた。
 きっとエレンも理解しているかもしれない――エレンは頭がいいから――男はそんなことを思ったが、それを顔に出さず、話を続ける。

「私たちは本当にこれをして良かったのか、行動の正当性を試すための……戦いなんだよ」
「だから、私たちは戦う」

 エレンはそう言って、胸に手を当てる。
 男はそれに頷くことしか出来なかった。

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