絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第六十話 ある一日の出来事4

 マーズはため息を一つつくと、ポケットからスマートフォンを取り出す。
 スマートフォンには様々な情報が書かれている。今や、この世界においてもスマートフォンは必須であり、これを持っていない人間は遅れている――そんな文句があるほどだ。
 スマートフォンを起動し、シミュレーション中にメールが来ていないかどうかを確認する。
 案の定、メールが一件届いていた。
 ラグストリアルからのラブコールだったら消してしまおうか――マーズはそんなことを考えていたのだが。
 ふと、宛先を見て――それを止めた。

「……アーデルハイト?」

 彼女といつの間にメールアドレスを交換したのか、マーズも覚えてはいなかったが、そんなことはどうでもよかった。
 寧ろ気になったのは、件名の方だ。

「『とある新興宗教の教祖演説』……? 何か気になるタイトルだこと」

 本文を見ると、そこにはなにも書かれていなかった。
 強いて言うなら、添付ファイルが一つ、動画ファイルとしてあったくらいだ。
 仕方がないので、マーズはそれを見てみることとした。
 そこには、『光の教会』とタイトルが付けられていた。
 動画の長さは三分弱だ。その中で白い服を着た男が延々と話している。
 それは全て、あるものに関することだった。


 ――神など、いない。


 それは、宗教として如何なものか――しかしカミサマを信じない宗教も確かにあるわけで、それを無宗教のマーズが信じようにも無理な話だった。
 男の演説は続く。

『神などいないのだ! 考えても見てくれたまえ! もし神がいるとするならば、祈れば神は助けてくれるはずだ、君たちの信じている「神」とやらは! そのために君たちは毎日祈っているのだろう?』
「カスタマーセンターじゃあるまいし」

 マーズは男の演説にツッコミを入れるも、まだ演説は終わってなどいなかった。

『だからこそ――私は、神などを信じなくてもいいのだと思っている。ならば、何を信じるか? リリーファーを信じれば良いのだ! 人間によって造られた異形は最早、神と言っても過言ではない! 世界を守ってくれる存在は、君たちにとって何者だ? 戦争が始まったとしたとき、何が守ってくれる? ……そうだ、リリーファーが守ってくれるのだ! リリーファー――ひいてはそれに乗る起動従士! 私はそれを崇めるべきだと思っている!』

 男はそう言って、拳を高く掲げた。

『何もしない神など、最早神ではない! 信じるべきは……リリーファー、起動従士なのだ――!』

 それを聞いて、マーズの顔がこわばった。
 とうとう出てきてしまった。
 いや、寧ろ今まで出てこなかったことがおかしいとも言えるだろう。
 リリーファーは、現時点において人類同士が戦う上での唯一の手段で最強の手段といえるだろう。それを持たない人間は、リリーファーに守ってもらうほかないのだ。
 とすれば、リリーファーを神格化する人間が現れてもおかしくはない――いや、もしかしたら彼女が知らないだけで以前からいたのかもしれない。
 しかし、どうしてアーデルハイトはこのタイミングでこれを報せることとなったのだろうか? そのことは、マーズには解らない。
 気になったので訊ねてみようともしたが――それはやめることにした。
 何れ、自分が目の前で見ることだろう、とマーズは独りごちり、立ち上がった。


 ◇◇◇


 結論から言って、湖はとても崇人にとって有意義なものだった。きっとそれは、アーデルハイトやエスティにとっても同じだったに違いない。
 なぜそういうことが解るのかといえば、彼女たちは今崇人を支えにして寄っかかって眠っているためだ。電車の中で眠っているので、崇人が寝るわけにもいかない。

「まあ……はしゃいだもんな」

 崇人は独りごちると二人の顔を眺める。その顔は至極満足そうな表情を浮かべていた。
 崇人はひとつ欠伸をした。彼も疲れが溜まっているのだ。とはいえ、眠るわけにもいかない。寝過ごすのはあまりよくないからだ。
 眠気覚ましにも彼はこれからのことを考えてみることとした。
 騎士団――と国王、ラグストリアルは言った。
 騎士団とは、実際にどういうことなのか。
 定義だけ考えても、意味は違うものとなるだろう。
 しかし、三十五年日本で企業戦士として生活してきた崇人に、そんなことは到底解らなかった。
 だとするなら。

「黙って受け入れるしかないってわけか……」

 崇人は独りごちる。
 たまに崇人は、こう考えてしまう時がある。


 ――もし、戻れなかったら。


 この世界で一生生きていくことになる。
 だが、それでも特に悪くはない――崇人は最近そう思うようにもなった。
 この世界は、巨大ロボット『リリーファー』を戦争に使う世界で、不運にも起動従士として選ばれてしまったわけだが、幸運にもこのような人物と仲良くなっていった。
 このまま行けば、確実に戻れなくなる。
 崇人は、そんなことを考えて、騎士団結成のことを聞いていた。
 だが、それに反対することも出来ない。
 そんな意志など、許されているとも思えなかったからだ。

「……そんなものは戯言だ」

 崇人はどこかで読んだミステリー小説の主人公の口癖を真似てみた。それはとても無意味な行為だったが、たまには無意味な行為をしたくなるのが人間というものだろう。
 しかし、確かにそんなことをしても意味などない。
 ならば、どうすればいいか。

「そんなことは、自分で切り開くしか……ないよなあ」

 そう言って、崇人は空を見る。空には夕焼けが広がっていた。そして、それを斬るように飛行機雲が一閃していた。


 ◇◇◇


「……しっかし骨が折れた」

 白い部屋で『白ウサギ』が湯呑に入っている茶を啜っていた。

「ご苦労さまだ。まったく」

 帽子屋がそう言って、白ウサギの横に座る。

「なによ、あの坊や。まったくもって恐ろしいじゃない」
「人は見かけによらない……って言うだろ?」
「そうかもしれないけれど……」

 そう言って白ウサギは卓袱台に置かれている皿に入っているマカロンを一つとってそれを口に入れる。直ぐに彼女の口内には甘い味が広がる。

「ああ……仕事のあとのマカロンは最高ったらありゃしない」
「甘ったるいものがあんまり好きじゃないんだよな、僕は」
「そういうのって好き嫌いって言うんじゃない?」
「いいや、違うね」

 帽子屋は微笑んで。

「それは食わず嫌いって言うんだ」
「自分で言うかなそれ……」

 そう言って白ウサギはもう一個マカロンを頬張った。



 ――そうして、それぞれの一日が過ぎ去っていった。

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