絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第五十八話 ある一日の出来事2

 電車に揺られながら、彼らは話をすることとした。

「そういえば、タカトくん。新たな『世界』が見つかったんだって。知ってる?」

 唐突に言われたその言葉に、崇人は耳を疑った。
 新しい『世界』とはどういうことだろうか。世界が再構築されたわけでもあるまい。

「なんでも新天地だ。いろんな人間がそこにかける情熱はとんでもないだろうね。場所はヴァリエイブルから西海を通ってずっと向こう。どれくらい遠いのかも、見当がつかないらしい」

 アーデルハイトの発言は何とも珍妙なものだった。崇人にとって、聞いたことがないからである。

「昨日のニュースだからな。昨日は一日中寝ていたと聞いたぞ?」
「誰から?」
「勿論マーズから」

 『勿論』という言い草に崇人は引っかかったが、今それを議論している必要もないだろう――そう考えて、それ以上そこに触れないことにした。

「新天地ってのは、実際はどういう感じなんだ?」
「それがね、まだ大使がこちらに来たばかりで解らないのよ。強いて言うなら、あっちも似たようなロボット――リリーファーみたいなのを作っているというところくらいかしらね」
「やっぱたどり着くところってみんな一緒なんだな」
「そういうもんでしょ。ああ、でも科学はこっちのほうがまだ進歩している感じらしいよ」
「ロボットがあるのに、か?」
「其の辺は曖昧だけれどね」

 アーデルハイトの言い分をつまりはこういうことだと言える。
 少なくとも、ヴァリエイブルがそれで不利益になることは殆ど有り得ない――ということだ。

「まあ、それなら別に構わないんじゃないか? 結局俺たち下っ端には決められることなんて出来ないんだからさ」
「私たちは下っ端以前に国民よ」

 今度はエスティの番だった。

「国民がそれを知る権利ってのは充分に必要だし、充分に存在価値があるものよ。だからこそ、教えて欲しいのに……全くそういう気配が無いからこまっちゃうね」
「しかしなんでもかんでも教えまくればスパイの存在も考えられないのか?」
「それは……そうだけれど……」

 エスティがそうもじもじしていると、アーデルハイトが呟く。

「何女の子いじめてるんだ、お前は? 少しはダンディな仕草でもしてみろ」
「何言ってるんだ、俺はきちんとしたことを言っているだけで」
「お前はそう思っていてもだな……まあ、いい。もう着く」
『まもなく終点でございまーす。どなた様もお忘れ物のございませんよう、ご支度をしてお待ちくださーい』

 アーデルハイトが言った直ぐに、車掌のアナウンスが聞こえてきた。
 崇人が景色を眺めると、目の前にはもう湖が、崇人が写真で見た光景が目の前に広がっていた。
 改めて崇人はアーデルハイトの方を向く。アーデルハイトは驚く崇人の表情を待ち構えていたように、ウインクをした。

「でしょ?」

 その言葉に、崇人は強く頷いた。


 ◇◇◇


 ターム湖。
 ヴァリエイブル帝国のほぼ中心に位置するこの湖は国内外から人が訪れる観光スポットだ。
 何故ならここは地熱によって冬でも暖かく、いわば天然の温水プールになっているのだ。

「いやあ……いいところねえ……」

 そう言っているエスティ、それにアーデルハイトは既に水着に着替えていた。
 エスティはセパレートの黒い水着を着ていた。面積はそれほど広くなく、かといって大胆でもなかった。
 対してアーデルハイトは……なんというか、驚きのものを着用していた。
 一般的なワンピース水着同様、前部の布と後部の布が底部で縫い合わされた構造となっており、股間部が分割されていない。背面の形状はU字形となっていて、上半身部分がランニングシャツのようになっていた。――要するに、今アーデルハイトが着用しているのは、

「なあ、アーデルハイト。どうしてお前は学校で使うスクール水着を着用しているんだ? もっといいのなかったのか?」
「お金の手持ちが無くてねえ……」

 そう言ってアーデルハイトは身体をそらせる。それは、ある場所を強調(エスティはあまり豊かではない)しているようだった。エスティがそれを見て自らのと比較し、「どうしてあんなに大きくなっているんだ……」と怨念を吐き出すかのように小さく呟いている。

「まあ、こういうのはあんまり出来ないから……いいんじゃない?」

 そうは言われても崇人にとって、そういうのは目のやり場に困るものだった。そうガツンと言ってやりたかったが、アーデルハイトがなんだか崇人を誘惑しているようにも見えるので、そうも出来なかった。

「アーデルハイトさん、ちょっとスク水ってどうなんです?」
「いいじゃない、スク水。オタク文化の象徴よ。なんでもこういうのに萌える人がいるらしいし」
「どうしてそういうことを知っているんですか!?」
「あら? その口ぶりだと知っているようね……」
「べべべべべ別に!? わわわたしは……知らないでしゅよ!!」

 噛むほどに動揺している。つまりは、知っているということだ。
 崇人はそれを見るのもさすがに疲れたのでため息をついて、一先ず彼女たちの間に入った。

「一先ず邪魔になるからほかのところで話そうな……ん?」

 このとき、崇人は割り入るために両手を彼女たちの方へと向けていた。
 その両手が何だか柔らかい触り心地を示していた。
 どういうことだ――という思いと、もしかして――という思いが入り混じりながら、彼はそれぞれの方を見る。
 すると、どうしたことかピンポイントに彼女たちの胸を触っていた。――タッチではない。鷲掴みのレベルだった。
 エスティは慌てふためき、アーデルハイトは震えていた。
 崇人はこの場を取り繕うとなんとか言葉を紡いだ。

「えーと……とりあえず、平和的解決?」


 ――その言葉が崇人の墓穴となったのは、言うまでもない。



 ◇◇◇


 崇人はエスティの膝の上で目を覚ました。既にエスティは怒っていないらしかった。

「あ、あのーエスティさん?」
「どうしたのタカト? 私はオコッテイナイヨ?」
「目が笑っていないんですが……」
「一先ず! もう少しおとなしくしていて! もしかしたら川を渡っていたのかもしれなかったんだから」
「三途の川!? やだー! まだ死にたくないわー!」

 崇人は思わず叫んでしまうが、エスティは何の反応も示さない。寧ろ、それが怖いのだが。

「大丈夫だよ、タカト。本当にもう怒っていないから」
「本当に……?」

 崇人は訊ねながら、起き上がる。辺りを見渡すと、アーデルハイトの姿が見えなかった。
 それを察したのか、エスティが言った。

「アーデルハイトさんはね、今かき氷を買いに行ったよ。今日はとても暑いし」
「そっか。なるほどね」

 崇人は頷き、一先ずエスティの隣に座ることにした。よく見ればこの場所はパラソルによって影ができていた。
 おそらくは、湖の管理者だかボランティアだかが置いてくれたものなのだろう。水に浸かってはいるものの、頭は日光に殆ど当たっている状態になる。そうなれば、熱中症にもなりやすい。

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