絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第四十一話 一時撤退

 死んでしまったということは、生命活動が停止したことである。
 それは確かに正しいことなのだが、生命活動が停止したから人間は死んでしまったのかという訳でもない。
 生命活動が停止するという意味を、人間は理解しているのかといえば、間違って理解しているのが殆どだろう。
 生命活動が停止したということは、心臓が止まったということ。そう考える人が多い。しかしながら、心臓が止まってもわずかの間なら脳も動いている。だから、厳密には『死んでいない』ということになる。
 しかしながら、今の崇人においてはそれは成立しない。
 彼は確実に『死んだ』ということになるからだ。その事実は変わることはない。
 彼がいる空間が凡てが闇の空間だったが、それにもだいぶ慣れてきた。

「……ここはいったいどこだっていうんだ……?」

 彼がいる空間は、何の空間なのかは、彼にすら理解できなかった。だから、誰にも理解できない空間であることは自明だった。


 ――ここは、死んだあとに行く世界なのか?


 彼は考えるが、それを確定させる情報が、あまりにも少なすぎた。
 闇の世界は、何処までも広がっていた。崇人は落ちているのか浮いているのか解らなかった。
 だからこそ。
 彼は、その出口を見つけたかった。はやく、元の世界に戻りたかった。ただ、それだけのために。

「……まだ、死にたくないんだよ……!」


 ぴしっ。


 その言葉と同時に、空間にヒビが入った。
 それは唐突のことで、崇人にもまったく予想が出来ないことだった。
 ヒビは更に入っていく。そして、空間が割れた。
 割れた後に残っていたのは、割れる前と対極的な白の空間だった。しかし、先程とは圧倒的に違う点が一つだけあった。
 それは、床があったことだった。そして、そこに一人の少女が立っていた。その少女こそが、先程崇人が出会った銀髪の少女だったのだ。

「君はどうしてここに居るんだい?」

 崇人の言葉に、少女は何も反応することは無かった。
 しかし、暫く続いた沈黙を破いたのは、他でもない少女自身だった。

「まだ、死にたくない?」
「……当たり前だ。まだ、生に執着していたい。それが人間というものだろう」
「生への執着……あぁ、確かに人間は死に物狂いで生に執着している。そんなことをしたって、何れは死ぬのに、だ」

 少女の言っていることは正しいのだが、しかし、そうだからとはいえ、それには従えなかった。
 人間は確かに生に執着している。だが、だからといってそれが悪い点なのかといえば、そうでもなかった。
 人間にも他の動物にも一致出来ることとして、寿命があげられる。人間の寿命は、大体八十歳あまりだ。寿命があるから、限りある命だから、人々は生に執着するのだ。

「……ならば、意志を聞こう。タカト・オーノ。生きたいか?」

 崇人はその言葉に大きく頷いた。
 その刹那、崇人の周りが急に輝いた。はじめ、何があったのか解らなかったが、一先ず崇人はこのままで待つことにした。
 少しすると、崇人の身体が軽くなった感じがした。

「……このまま、戻りなさい。もう、あなたはこの空間に居るべき存在ではない。そして、世界を救う存在に――」

 そして崇人の意識が――途絶えた。


 ◇◇◇


 その頃。

「……本当に蘇るんですか?」

 高台に居るリーダーと『赤い翼』の男が会話をしていた。

「解らん。だが、白いあいつが言っていたんだ。可能性はあるだろう」

 男はため息をつくと、観察を再開した。


 崇人の身体はすっかり冷たくなっていた。にもかかわらず、アーデルハイトはずっと彼の身体を揺さぶっていた。
 しかし、反応はまったくなかった。

「どうして……どうしてだよ……!?」

 アーデルハイトは大粒の涙を零す。エスティもまた同様だった。

「アーデルハイト、あの高台から銃を撃ってきたんだ……! そいつらを倒そう……!」
「……もう逃げているよ。とにかく……崇人を……」

 崇人を抱きかかえ、アーデルハイトは涙を流す。


 その時だった。


 ――ドクン


 その時、彼女は確かに崇人の身体が脈打ったのに気がついた。
 だからこそ、初めは信じられなかった。

「……………………え?」

 アーデルハイトはそれに驚いて、思わず涙が止まってしまった。
 そして、
 崇人がゆっくりと目を開けた。

「た、タカト…………!」

 アーデルハイトはもう一度、強く抱きしめた。
 それを高台で見ていたリーダーは、その状況に目を丸くさせた。
 確かに、銃弾は心臓を貫いたはずだった。心臓を貫かれては、生きていくことなど出来ないはずだった。
 しかし。
 崇人は、生きていた。目を開けて、手を動かして、アーデルハイトと手を握っていた。目の前にある状況が、理解できなかった。
 そして、リーダーはシニカルに微笑む。

「……ほんとうにあいつは世界を変える人間だということか……」

 リーダーはそう言って、踵を返す。

「り、リーダー、どうなさるおつもりで」
「態勢を立て直す! まだあいつらは『大会』の警備を名目で居るはずだからな……。この恨みは……必ず晴らしてやる」

 そう言って『赤い翼』は高台から後にした。
 変わって、アーデルハイト。

「タカト……大丈夫か?」

 崇人が起き上がり、それを心配したアーデルハイトだったが、そんなことを気にしていないようだった。

「俺は……いったいどうしてこうなったんだ?」
「記憶が混濁しているんだな。そうか……。けれども、無事でよかった。タカト」

 そう言って、アーデルハイトは崇人の身体を抱き寄せる。崇人は突然のことで、顔を赤らめた。

「お、おい……何してんだよ……」
「だって、心配したんですよ……?」
「そ、そうだけれど……」

 そのやりとりを、エスティは呆然と眺めていた。
 ただ単純に、悔しかった。
 崇人の傍には、自分がついてあげたかったのに。
 崇人の事は、自分が一番助けてあげたいと思っていたのに。
 エスティはそんなことを考えていた。

「……一先ず、マーズに連絡かしらね……。それで合流して、あなたたちだけでも置いていきましょう。どちらにしろ、作戦は成功だし」
「作戦? ……あの、大量殺戮のことを言っているのか?」
「ティパモールは抵抗勢力のアジトがある場所だから、そういう芽は出来ることなら早めに摘んでおかなくてはいけないのよ」
「だとしても……そんなことをして許されるのか……」

 崇人は力が入ってしまったのか、胸を抑える。

「一先ず戻りましょう。話はそれからよ」

 アーデルハイトの言葉に、崇人は頷くほかなかった。


「――これで、第二段階もクリア、か」

 白い部屋で、ハンプティ・ダンプティが帽子屋に話しかけた。

「そういうことになるね」

 テレビを見ていた帽子屋はシニカルに微笑む。

「まあ……我々にとっても、新しいメンバーが入ってきたわけだ。そのあたりは『チェシャ猫』を褒めることとして……使えるのか? もとは人間だぞ?」
「そんなことを言うならば、僕だって近しい存在だ」
「そうなるな」

 ハンプティ・ダンプティはそう言って、テレビの画面を見る。
 そこには崇人の顔が映し出されていた。

「タカト・オーノ……これから、彼にはたくさんの試練が待ち受けることだろう。だが、それはこの世界のため、この人類のため、ひいては君のためにもなる。……君がどう試練を乗り越えるのか……、楽しみでしょうがないね」

 帽子屋はそう言って、テレビの電源を切った。

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