絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三十五話 敗北者の抗い

 崇人はただじっと男の話を聞いていた。男の目を見ていたのは、逃げるタイミングを見計らっていたわけではなかった。
 少なくとも、崇人のもともとある力では、ここを抜け出すことなどできない。

「それでな、俺の母親はずっと働いていたんだよ。遊女ってのはまともな働き先も無くてな、かなり苦労していたよ。何故なら、毎日みるみるうちに痩せていったんだから」

 崇人は目を瞑る。これからの結末が、どことなく予想できたというわけではない。この話から、逃げ出したくなったからだ。
 この世界にもしもカミサマというのが居るのであれば、そいつは薄情すぎる存在だと崇人は思った。

「それでもなんとか俺の母親は頑張って稼いでくれた。だけれど、それはとても俺と母親が食えるほどの稼ぎではなかった。だから俺も働いた。銃を持ち、地雷原に突入し、敵を殲滅する。リリーファーの起動従士を夢見ていた頃とは大違いのことだ。……最初に撃つ時は酷く怖かったよ。撃って殺した相手が夢に出るんだ。『なぜ殺した』『お前も殺してやる』とな」
「今も……夢に出るのか」
「ああ。今も、だ」

 男は小さくため息をつく。

「だが、この職について後悔したことはないよ。……目的もあるからな」
「目的?」
「クルガード独立戦争を覚えているだろう。そこで、ティパモールも戦争の被害にあった。それで……俺の母親は殺されたんだよ、ヴァリエイブル率いる連合軍にな」

 男はそう言って、椅子に立てかけてあったアサルトライフルを手に取り、それを舐めるように見る。

「……俺はそれを目の前で見た。そして、殺したヴァリエイブル軍を一人でメッタ刺しにした。何十人殺したかも覚えちゃいねえよ。……そして、殺した人間の返り血で真っ赤になった俺を拾ってくれたのは、赤い翼のリーダーだった」

 男の過去は、崇人が予想していた以上に、残酷だった。
 だが、崇人はそれを聞かないわけにはいかなかった。
 現実から、逃げてはならなかった。

「それから俺は『赤い翼』の構成員として生きたよ。ヴァリエイブル軍に奪われた母なる大地……それを取り戻すために、俺は何だってやった。何だって、な。生きるため、大地を、生まれた場所を、取り戻すために」

 男はライフルを椅子に再び立てかける。

「そして、俺らは漸く『インフィニティ』という最強のリリーファーがヴァリエイブルにあることを掴んだ。そして、それが誰も動かすことのできないものだということも、な。インフィニティがどこにあるのかは解らなかったから、まずそれを探さなくてはならなかった。インフィニティは、倉庫に保管されていることだけが解っていたが、さすがに国の重要機密。そう簡単には見つからなかった」
「なら、どうしたというんだ?」
「だから、その時にある情報を手に入れた。『インフィニティを操ることができる人間が現れた』とね。そして、その名前も同時に判明した」
「それが俺、と」

 その言葉を聞いて、男は頷く。
 男は大きな欠伸を一つして、話を続けた。

「そして、俺たちはこの大会に合わせて準備を進めた。目的はお前を捕まえること。そして、それによってヴァリエイブルに交渉を持ちかける。それにより、ティパモールを解放する」
「……果たして、そんなことができるのか?」
「それはお前の価値に限ってくる。お前の価値は高い。なぜなら、誰にも扱えないリリーファーを扱えるのだからな」

 確かにその通りだったが、崇人は自分自身の価値を未だに理解できてはいなかった。
 自分の価値とは、自分自身で理解するには一番に難しい。
 それは、自分を客観的に見ることのできる人間が、あまりにも少ないからだ。崇人もその大部分に入る。だからこそ、彼はその意味が理解しかねた。自分がそれほどの価値を、果たして持っているのかと疑っていた。

「気を落とすな。お前自身は知らねえがな、俺らにとっちゃ金の卵だ。何を生み出すか解らねえが、すげえものを生み出すってのは誰にだって理解できる。お前はそういうものなんだよ。だから、俺らはお前を誘拐した」
「ちょっと待て。……ならば、ヴィーエックは誘拐していないということか?」

 ここで、崇人はひとつの疑問をぶつけた。
 ほぼ同時刻に誘拐された、ヴィーエックのことだった。もし彼らが誘拐したのであれば、何か知っているはずだからだ。
 しかし。

「……ヴィーエック? 知らねえな。俺はお前しか捕まえる命令をもらってねえし」

 男は小さく首を振って、言った。


 ――ならば、ヴィーエックはどこへ行ってしまったのか?


 そんなことを考えながら、崇人は上を見上げた。そこには煤けた天井が広がっていた。


 ◇◇◇


 その頃。
 ヴィーエックが目を覚ました場所は、白い部屋だった。
 何もない、白い部屋。凡てが白で覆われた空間だった。

「こ、ここは……?」

 ヴィーエックが身体を起こすと、そこには先ほどの少年が立っていた。少年は小さく微笑んで、言う。

「ここは、『世界の始まりの場所』なんだよ!」
「世界の……始まり?」

 ヴィーエックのその言葉を聞くと、少年は持っていた本を開く。

「これは世界の始まりから何まで凡てが書かれている本です。それの第一項には『白の部屋』が完成したことが書かれています。即ち、ここが歴史の始まりとなった場所。転じて、世界の始まりなのです」
「世界の始まり……に、なぜ僕はいるんだ?」
「それは、世界の始まりを理解するためです」
「理解するため?」

 ヴィーエックは首を傾げる。

「そうです。世界の凡てを理解する……そうでなくては、先ずなにも出来ません。特に、強い力を手に入れるためには、ね」

 そう言って、少年は指を弾く。
 すると壁が競り上がり、壁の外の風景が漸く見ることができた。
 そこに広がっていた光景は――まったくの『無』だった。何もない。白という一色で表現できる空間とはまた違う。何もない、無の空間がそこには広がっていた。

「世界は、こんな小さな箱庭を最初として始まったんだ。勿論、生き物なんて最初は何にもなかった。……けれどね、気まぐれかどうかは知らないけれど、あることが起きたんだよ」
「あること?」
「この部屋が、崩壊しかけることさ」

 そう言って、少年は手に持っている本のページを変える。そこにはそう書かれているのだろう――とヴィーエックは思った。

「この部屋が崩壊したら、この時点では生き物が育つことはなかった。けれども、元々そこには生き物はいなかったわけだから、意味はない。だけれど、ちょっとした切欠があれば、生き物は繁栄することができた。その切欠というのが――部屋の半壊によって得られた、外空間だよ。この部屋は自動的に修復されるのだけれど、その際誤って『少し広く』直してしまった。そして、それが……運良く生き物を作ることに成功してしまった、というわけさ」

 ヴィーエックは立ち上がり、部屋の様子を見る。現時点では、部屋はただの部屋である。ベッドがあり、その横には天井までつくほどの大きさの本棚があり、なんとテレビまで備え付けられている。
 物珍しい目で見るヴィーエックに少年は言う。

「ああ、これは今の君たちの文明レベルにあった部屋構成だからね。勿論、僕が言った時代にはこんなものなんてなかったよ。……ベッドも勿論無かったさ」
「文明が発展するごとに……ここも発展していく、ということか?」
「That's right! そのとおりだよ。ただし、文明が衰退しても、ここの文明レベルは変わらないけれどね。発展するときは、発展していくんだ」
「それでも、ここの部屋の壁紙は変わらないのか」

 ヴィーエックは壁を触りながら言う。壁の感触はざらざらと粗が目立つ感じではなく、ツルツルとしていた。ニスでも塗ったのかというくらい照り付けがあるほどだ。

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