絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二十二話 プールの三角関係(前編)

 次の日、崇人のクラスはやけに盛り上がっていた。まず、朝から一時間目の先生の授業を受けている人数がいつもより少ない(受けている人数は変わりないのだが、『ちゃんと聞いている』人間で換算すると、少ない)。崇人はなぜそうなっているのか、最初は理解できなかったが、一時間目が終わって壁に貼られている時間割を見て、漸くそれを理解した。

「……なるほどね、今日の午後は体育か……」

 体育という科目は勿論この学校にも存在しており、大抵実技等のあとに置かれることが多い。理由は簡単で、この体育という科目はあるひとつの競技のみに絞られていたからだ。
 それは。

「……大きいな、やはり見てみると」

 ちらりと崇人は窓からそれを眺める。崇人のいる教室は一階にあるので、その大きさは把握できないが『それ』の大きさは恐らく体育館程の大きさがあった。

「今日、プールだよね。水着、新調しちゃったんだ」

 エスティが楽しそうに言ってくるので、崇人は茹だった頭をなんとか回転させて、答える。

「プールねえ……。どうして五月にプールに入るんだ? 別に暑い時期でもいいだろうよ」
「ここの売りとなってるのが、あの温水プールなんだよ。なんでも流れるプールもあるしジャグジーもあるんだよ!」
「なんだよ、そのレジャー施設ばりの設備の良さは」

 崇人は思わず突っ込んだが、崇人はプールに行こうとは未だに決め兼ねていた。
 別にプールが嫌いというわけでもなく、崇人は寧ろ小さい頃から(あくまでも『前の体』で、というわけだが)水に慣れ親しんでいる。

「プール、なあ……」

 そんなことを言って崇人は外を眺めた。外は太陽がぎらぎら照りつけていて、朝聞いたラジオでは今日は真夏日になるなどと言っていたのを、崇人は今更ながら思い出した。


 ◇◇◇


 プールの時間が来てしまった。
 崇人以外の学生は男子と女子で各々に着替えに行ってしまった(ただし男子更衣室は存在しないため、男子は教室での着替えを強いられてしまうのだが)。
 着替えようとしない崇人に、男子学生が尋ねる。

「タカト、お前着替えないのか? 水着がないとか?」

 水着がないから、というのは言い訳に過ぎない。確かに崇人は水着を持っていなかった。しかし、この学校に入るときに水着は買っていたし、今日は何を考えていたのかマーズが崇人のカバンに水着一式を入れていたのを確認したので、何となく「入れ」というご命令があるのだろう――崇人はそんなことを考えていた。

「いや、俺は別にいいよ。見学してる」
「泳げないのか? まさかなあ。まさかお前が泳げない、だなんて言う訳ないもんなあ」
「フィナンス……」

 そこに居たのは、ヴィエンスだった。
 フィナンスは黒のサーフパンツを着ていた。なんというか、準備が早い。

「なんだ、別に泳げないわけじゃないぞ。ただ『そうする気がない』だけだ」
「逃げていることには変わり無い。……しかしなぁ、まさかお前が泳げないだなんてなぁ……。くくく……」

 何かを思い付いたのかいやらしい笑い方をするヴィエンス。崇人は仕方ない、と呟いて漸く着替えるのを開始した。
 プールに入ると体育教師のキャメル・ミキシバールが競泳用水着を着て、自らのボディラインを見せ付けたいのか、はたまたただ単に体育教師という名目からか、見張り台になっている高台に座っていた。ちなみに、いつも黒のサングラスをかけているため、素顔を見た人間はそう居ない。

「入る前には、きちんと準備体操をしてから入りなさい! 助けませんから!」
「せんせー、ってことはリリーファーが水上に不時着して、そこから逃げ出す時も一々準備体操しなくちゃいけないんですか?」
「こういう時は頭が回ること……。ええい、準備体操は各自やりたい人だけやりなさい! ただし、助けてやらないんだからね!」

 学生に論破されたのが悔しかったのか、はたまた素なのか、キャメルの言葉は若干ツンデレが含まれていた。だからこそ学生に人気があるのかもしれない(余談だが、去年行われた『先生総選挙』では二位のアリシエンスを三倍もの得票差で離し、堂々の一位だった)。
 崇人は適当に準備体操を済ませ、水へ飛び込む。水温は外気温の変化によって変化させているようで、常に『気持ちいい』心理に沿って作っているらしい。
 気持ちいい。
 やはり、泳ぐのは気持ちいいものだと崇人は再認識する。
 そして、それを見るアーデルハイトの姿があった。ほかのクラスメイトは男女混合で水球をしていたり、二十五メートルを泳いでいたり、流れるプールに居たりと様々だったが、アーデルハイトにいたってはビート板に凭れ掛かり、崇人の姿をみているのだった。目的は、監視。未だ崇人がアーデルハイトの仲間になるとは決まっておらず、そのため、崇人がどう行動を起こすかというために監視をしているのだ。

「……何を見ているのかしら、アーデルハイトさん?」

 アーデルハイトは声をかけられ、振り返る。そこに居たのはエスティだった。エスティは黄緑のビキニを着ていた。わかるとおり、ボディラインが際立っている。そして――強調される、胸。

「……あなた、何を強調しているの?」
「いいや? 私は何も、普通の格好をして、普通のポージングをしているだけですよ?」

 そう言ってはいるが、エスティは腰に手を当てていて、胸と腰を強調させているし、もう片方の手でVサインを横にして目の前に置いている形になっている。それを見せつけられているアーデルハイトはお世辞にも胸の大きさはエスティより大きくはない。おそらくはそれを狙っているのだろうが、アーデルハイトはそれに気づいているにもかかわらず、突っかかってしまうのだった。

「なによ、その見せつけるようにしてさ。なにこれ? これぞ胸囲の格差社会ってやつ? そうなの?」
「何を言っているか解らないし、別に私はそういうつもりはなくてよ」
「ああ、そうかい……」

 アーデルハイトは最早この会話をしているのが馬鹿馬鹿しくなってきたので、エスティから目線を外し再び崇人の方を見た。


 崇人の方は、ヴィエンスと会話をしていた。

「よし、タカト。五十メートル泳いで競争するぞ」
「どこからそうなった、ちゃんと話せ」
「てめえがさっさとやらないのが悪いんだ。泳げないのかと思ったじゃないか。何が、『泳げないんじゃない、もっとほかの理由がある』だ」
「俺がそんなことを言った覚えはないんだが」
「いったことあってもなくてもいいんだ! さっさと戦え!」

 理不尽すぎる内容である。仕方ない――崇人はため息をついて、ヴィエンスの隣のコースに立った。

「……やる気になったか?」
「売られた喧嘩だ。買うしかないだろ」
「――その通りだ」

 それと同時に、ふたりはプールの中に飛び込んだ。
 崇人は水泳が得意というわけでもないが、苦手というわけでもない。水泳の大会で優勝経験があるくらいには得意だが、それも中学生の頃の話である。今は、いくら身体能力がその状態に戻っているとはいえそれから二十年以上も経っている。ブランクがそれくらいあると、そのスピードに戻るのにそれ相応の時間がかかるというものだ。しかし不思議と、今回崇人が水に潜った時には、久しぶりであるにもかかわらず『速く泳げる』感じがした。
 水に溶ける気分。
 それが崇人が一番好きな状態だった。水に溶けて、水と一緒になって、一体となって、水の力を借りる。水に抗うのではない。それを受け流すのだ、と。
 水を『受け流す』。
 勢いに任せて泳ぐのではない。水の勢いに身体を預ける。すると自然に水が――力を貸してくれる。

(……まだ、行ける……!)

 そう考えて、崇人は水をゆっくりと蹴った。

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