絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二十一話 密会(後編)

「……つまり、どういうことだ。あんたはスパイってことか」

 崇人はその名刺を見てから、明らかに態度を変えていた。
 なぜなら、役職を偽っていたからだ。しかもその正体が今も戦争をドンパチやっている他国の起動従士だというのだから、信じられなくなるのも解る。

「……詐称していたのは謝る。だが、これはペイパスとヴァリエイブルで取り決めた密約によるものなんだ。私は、つまるところ、何も悪くはない」
「ペイパスとの密約?」
「そうだ。私はペイパスの起動従士でもあるが、隠れてこの国の学生として居たんだ。勿論、今回の『大会』に参加するまで、上から言われたシナリオ通りだったがね」
「シナリオ通り……? つまり、これは元々決められていたものだってことか」

 崇人の言葉を聞いて、アーデルハイトは頷く。コーヒーを一口飲み、ポケットからあるものを取り出し、それをテーブルに載せる。それは写真のようだった。写真に映されていたのは、少年だった。

「……これは?」
「『アリス・シリーズ』という単語を聞いたことがないかな。彼はその元締めと呼ばれている」

 そこに写っていた少年は中肉中背で、髪が白かった。果たして、これは人間と言えるのかも怪しい存在だった。

「最近、国を襲っているのが居るだろう? 襲っているのが彼らでね。ああ、主犯格って意味でだよ。彼らが直接手を下したのは、恐らく今まで無かったはずだ。今回の……、あのときの演習のことは覚えている?」
「ああ。それって、最初のリリーファー演習のときの、か?」
「そう。リリーファー演習の時に出た、あの化物……いや、化物なのかな。生き物なのは確かなのだけれど、まあ『化物』ってことにしよう。『怪異』でも、あるいは正しいかもしれないが」
「……それで、それがどうしたんだ?」

 崇人はうんざりしたように呟く。
 アーデルハイトはそれを見て、小さく頷いた。

「話が進んでいなかったね。だけれど、これを話さなくては、話が進まないってものがあってね。……えーと、『アリス・シリーズ』ってのは、どうやらこの世界に元々住んでいた存在らしいんだ」
「どうしてそれが?」
「この前の化物の体内の構成成分を調べた。そうしたら、人間に限りなく近い構成成分が含まれていることがわかった。つまりは、人間に遠くて近い存在であり、かつこの世界に元から住んでいたということだ」

 崇人にはアーデルハイトの言葉が理解し兼ねた。アリス・シリーズ。今までの崇人の常識では考えられない存在。果たして、それは本当に実在するものなのか、崇人は一切解らなかった。
 けれども、崇人は実際に見てしまった。『アリス・シリーズ』のひとつ、『ハートの女王』を。
 アーデルハイトは、理解していることを前提に、理解してもらいたいがために話しているわけではなかった。
 アーデルハイトは、そう考えながら、話を続ける。

「ところで、『アリス・シリーズ』という存在は、未だに解らないことが多くてね。それが何なのか、まだ調べきれていないんだ。アリス・シリーズが何なのか、完璧に解明出来れば、この世界ももう少し平和になれるだろうに……」

 崇人は暫く、アーデルハイトの話を聞くだけに留めることにした。まだ、崇人はこの世界を完全に理解していない。ならば、口を出さないほうがいいだろうと思ったからだ。アーデルハイトは、崇人の本当の正体を知らないからだ。
 そう暫く話していると、アーデルハイトはお金をテーブルに置く。

「すいませんね。突然に。奢りですんで」

 そう言ってそそくさとアーデルハイトは去っていった。
 崇人はその姿を見て、残って、氷が溶けてしまい、少しだけ薄くなったアイスコーヒーを飲み干した。


 ◇◇◇


 家に帰ると、マーズはスマートフォンを弄っていた。スマートフォンには幾つかのタブが表示されていた。

「……お帰り。どうだ、今日も?」
「今日は……いや、今日もいつも通りだったな」
「アーデルハイトとは出会ったか?」
「……やはり、あんたと繋がってたか」

 そう言って睨みつけると、マーズは乾いた笑い声を出した。

「マーズ、いい加減に凡てを教えてくれないか。……この『計画』の凡てを」
「教えてあげられるなら、教えてあげたいんだけれどねえ。そうもうまくいかないんだ。難しいんだけど、それはほんとうに教えてあげるには、タカト。君へ提供できる情報が少なすぎる」
「あれほど、『参加しろ』とか言っておいて、情報は隠しておくってか。ならば、参加しないよ。俺はずっとここにいる。『大会』にも参加しない。俺がでないってことは≪インフィニティ≫も出ないってことだ」
「そりゃ困るねえ……。だって、≪インフィニティ≫が出ないと困るもの」

 崇人はソファに腰掛け、テーブルに置かれた小さいケイジに入っているチーズの包を剥がし、口に入れる。直ぐに口の中にペッパーの香りが広がった。

「チーズの美味しさに浸っているのはいいけれど、私の話も聞いてくれないかな。いいかい? 『アリス・シリーズ』は確かに人間よりも昔から居たとされているんだ。そして、そいつは別世界への干渉もしていると考えている科学者もいる」

 それを聞いて、崇人はマーズの方を向いた。

「それってつまり……」
「ああ」

 そう言ってマーズはスマートフォンを仕舞った。

「科学者はこういうことを考えている。『アリス・シリーズ』が持つ力を利用すれば……別世界へ干渉し、交流することも可能ではないか、とね」

 別世界への干渉。
 それは、意味を少し変えれば、崇人が元の世界へ戻れるかもしれないということを示唆していた。
 アリス・シリーズ。
 崇人のいた世界には、当然居なかったであろう『異形』。

「……しかし、まだ解析が必要でね。シリーズのどれかによっては意味をなさないのもあるらしい。そういうのをするためにはシリーズ凡てからサンプルを取る必要があるわけで……」

 崇人はそれをうんうんと頷くだけで、マーズからしてみればちゃんと話を聞いているのか? と疑問を抱くほどだった。
 しかし、そんなこととは裏腹に崇人はきちんと話を聞いていた。
 シリーズの解析は、崇人が元の世界へ戻る足がかりになる。
 それは、崇人にとって重要なことで、崇人には成し遂げなくてはならないことのひとつでもあるのだった。

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