絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第五話 Peace begins with a smile.(前編)

「ところで、タカトくんって家どの辺なの?」

「え、えーと……サウザンドストリート……のほう」

 サウザンドストリート。
 ヴァリエイプル帝国首都ケルグスの中心にある高級住宅街を通る道路である。そこに居を構える人間と謂えば、たいていは政界、財界や軍の人間であるため通称≪ソルトレイクストリート≫とも呼ばれることもある。これは、かつて『塩』が財産の象徴として言われていたためである。

「さ、サウザンドストリートって高級住宅街がある……あそこよね? しかも、ただ高級なだけじゃなくて、軍の人間とかそういう人しか入れないところよね……? もしかして、タカトくんの親ってそんな有名な……?」

 これはまずい、とタカトは思った。
 さすがに家は東京にあるとは言えない。そもそもこの世界に東京という概念があるのか怪しいし、まず疑われること間違いないだろう。

「……あー、言い忘れていたけれど。俺、今居候なんだ」
「へー、そうなんだー」

 なんとか難を逃れた、と崇人は溜息をついた。

「エスティはどこに住んでいるんだ?」

 今度は崇人が訊ねる。

「えーわたしー?」
「俺だけ訊ね損だろ」
「そうだね。……ライジングストリートだよ」

 ライジングストリート。
 ケルグスの南にあるトロム湖の湖岸に広がっている比較的新しい通りである。現在では大型商業施設が建設開始されており、さらに進歩していくものとみられている。

「ライジングストリートってどの辺りにあるんだい?」

 崇人が訊ねると、エスティは小さく目を細めた。

「えーとね、この学校から……って説明するより、一緒に来た方がいいんじゃない?」
「えっ?」

 崇人が目を泳がせると、エスティは笑った。




 これは、いったいどういうことなんだろうか。
 さっきまで謎の襲撃者と戦っていて、今はクラスメートの家に行く? 誰がどう聞けばこれを現実だと信じてくれるだろうか、いや有り得ない(反語)。
 反語表現を用いるくらいには、まだ崇人は余裕があるのだろう。
 今、崇人とエスティはライジングストリートの中心部に来ていた。

「……なぁ、ほんとに行ってもいいのか?」
「大丈夫だよー、けっこううち気さくな人おおいし」

 そういう問題でもないと思うのだが、と崇人は呟く。
 それを聞いたか聞かなかったか、エスティは、

「大丈夫だよ! 別にそんな心配しなくても……。あっ、着いた」

 そう言ってエスティは「じゃじゃーん」と両手をその家のほうにむけた。それを見て崇人はそちらを見た。よく見れば綺麗な家だった。そこは店舗のようで、そこには『パロング洋裁店』と看板が掲げられていた。

「洋裁店?」
「私の家は洋裁店なの。けっこうこの辺りでも有名なのよ」
「そうなんだ」

 エスティは突然崇人の手をとって、中へ入っていった。

「ちょ、ちょっといいの?」
「何が?」

 エスティは立ち止まって訊ねる。

「……だって迷惑がかかるだろ?」
「だから、そのことなら大丈夫よ。別に心配しなくても」

 そのセリフはさっきも聞いたが、やっぱり心配だ――とも言えず、崇人は仕方なく中に入ることとした。

「ただいまー」

 エスティの元気な声と共に扉を開ける。

「……お邪魔しまーす……」

 中に入ると、カウンターにひとりの女性が座って眠り放くっていた。
 それを見てエスティはその人に駆け寄った。

「もう! お母さん、ここで寝ちゃだめだって言ってるでしょー」
「う、ううん? あ、エスティおかえりー……むにゃ、あの人はどちら様かな?」

 眠り放くっていた女性は崇人の方を見た。女性の顔を窺ってから、崇人は小さくお辞儀をする。

「はじめまして。タカト・オーノ……といいます。エスティ……、いや、エスティさんとは同じ学校のクラスメートで……」

 崇人がそう言うと「ふうん」とそれだけを言い、女性は目をこすった。

「まあいいか。お客様にはお茶を出さなくちゃね。……えーと、あれ? エスティ、今日早いって言ってたっけ?」
「言ったはずだよ。今日は三時前には帰れると思うよ、って」

 エスティがそう言うと、女性は「おお、そうだったか」と呟きながら家の奥へと消えた。
 エスティはそれを見て小さくため息をついた。

「ごめんね。うちのお母さん、いつもあんな感じなのよ」
「大丈夫さ、うちもあんなもんだよ」

 崇人は嘘をついた。思わずではなくわざとだった。彼の両親は遠い世界に居る。そこに戻れるのかも解らない今、彼は至極悩んでいたのだった。

「……とりあえず、奥でお茶でも飲みましょ、ね?」

 ふと崇人が我にかえると、エスティがそう言った。何か考え事をしている風を取り繕って、崇人はそれに賛同した。



 パロング家のリビングは小さいダイニングテーブルを中心として木材で創られた家具が壁に沿って置かれていた。何処か暖かい雰囲気を感じるのもそのせいだろう。
 テーブルに置いてある小皿にはチョコレートが散らばったクッキーが数枚載せられていた。そして、それぞれの目の前にはコーヒーカップが置かれそこには紅茶が入っていた。

「……いい香りですね」

 崇人は紅茶を一口含み、女性に言った。
 女性――エスティの母親である、リノーサはその言葉を聞いて小さく笑った。

「ごめんねー、あんまりお高いのがウチには無くって。なんでもソルトレイクストリートの人だとか。ごめんねえ、本当に」
「いや、大丈夫ですよ。お気になさらずに……。突然行った僕が悪いんですし」

 崇人はそう言ってクッキーを手にとった。
 リビングにはテレビの電源が点けっぱなしになっており、女性のニュースキャスターが原稿を丁寧に読んでいた。

『本日のニュースです。エイブル王国南部のティバモールにて自爆テロが発生し、近くにいた市民七人が死亡しました。昨日からティバモールに来ていたペイパス王国の王族ハリーニャ・エンクロイダー氏を狙ったものと見られています。エンクロイダー氏は若いながら、平和主義者として数々の場所で活動を行なっており、今回のテロはそれに対する反対派によるものと見られており――』

「まったく、物騒な世の中だよねえ。戦争やら紛争やら、何時になったら終わるんだか。平和を望む人が狙われて、戦争を望む人が守られる。どういう世の中なのかね」

 リノーサはクッキーを頬張りながら、そう呟いた。ニュースの感想にも思えるが、それを聞いてエスティは肩を竦めた。
 リノーサはエスティがリリーファー起動従士訓練学校に入ることを最初こそ認めていなかった。女性が活躍する職場でもない(最強の起動従士として知られているマーズ・リッペンバーもいるが、それは例外である)。それに戦場は危険を伴う場所だ。いつ死んでもおかしくはない。それに起動従士はリリーファーの核となる存在で、それそのものが“情報”となる。起動従士を他国から奪って洗脳させ、その国にあるリリーファーに乗せることで起動従士の不足を補うなんていうケースもあるくらいだ。
 だからこそ、リノーサがエスティを心配することは至極当たり前のことであった。それを完全には理解できていないが、崇人もどことなく解っていた。

「……なんだか暗くなっちゃったね。ごめんねー。せっかく来てもらっちゃったのに、こんなので」

 リノーサは小さく笑って、そう言った。崇人のことを察してのことだろう。
 エスティもこの場を何とか操ろうと、話を始めた。

「そうそう、今日実習でタカトくんがなんかよく解らない何かを倒そうとしてやられちゃったんだよ!」

 笑いながら言った。崇人はそれはお前もだろうと思いながらため息をついた。

「それはエスティだってそうじゃないか。まあ、結局マーズさんが来たから助かったんだけれど」

 ――あの性格が悪いあいつに“さん”付けするのも気が狂うけれどな、と本心を抑え込んで崇人はそう答えた。

「そうだけれどさー!」

 エスティは本当のことを言われたのが嫌だったのか、顔を真っ赤にさせて崇人に両手で殴りかかった(“かかった”だけであって、実際に殴った訳ではない。エスティ自身にも殴る気など毛頭ないからである)。
 そのやりとりを見て、リノーサは小さく微笑んだ。

「こんな平和がいつまでも続けばいいのにね――」

 リノーサの呟いた言葉は、誰にも聞こえることはなかった。


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