絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

プロローグ 後編

「――おい、フロネシス聞こえるか?」
『イエス、マスター。ご指示を』
「……これはいちいち俺が指示しなくちゃ動かないものなのか?」

 崇人は気になった疑問をフロネシスにぶつけてみた。

『そうですね。――このリリーファー≪インフィニティ≫は旧型のリリーファー……さらに言うなら「はじまりのリリーファー」と言われるものです』
「そんな古くからあるものなのか?」
『ええ。リリーファーが造られたのは、今から百年前のことだとされています。そして、私のように起動・運転を補助するオペレーティングシステムが備え付けられました。しかし、現在はこのタイプが普及していないのが現状です』
「なぜだ?」
『――それは私にも解りません。ですが、それ以外なら質問は受け付けられます』
「そうか。……それじゃ、どうやってこれを操縦すればいいんだ?」
『簡単です。それで操作すればいいのです。なお、思考の大抵はコックピット内部で読み取れますので……、あなたが私のことを巨乳眼鏡キャラで妄想している、ということもです』

 ぐむむ。どうやらフロネシスが「言っていた」ことは間違いではないようだ。
 そう考えて崇人がレバーを手前に引くと、その通りに≪インフィニティ≫は前進する。そして、微妙にレバーを左にずらすと、方向を左に転換した。
 そう考えると簡単な制御システムである。レバーのひく方向に応じて≪インフィニティ≫は動く。

「……簡単じゃないか」
『――来ます』
「へ、何……?」

 刹那。
 ≪インフィニティ≫が横からの衝撃をモロに受けた。
 それと同時にオペレーティングシステムが危険を察知し、コックピット内の重力を平衡状態に保つ。

「……な、なんだよ今の! さすがに酔ったぞ!」
『マスターが酔う基準を知りません故、どれくらいで酔うのかは存じかねますが、そういう冗談を言っている場合ではないということをお分かりいただけるとありがたいです』
「まさか――」

 崇人が慌ててコックピットからその視界を見た。
 目の前には黒い躯体があった。それは≪インフィニティ≫を鏡で写したような躯体だった。唯一違うものというのなら、胸にある一線のピンクのカラーリングくらいだろう。
 崇人はそれを見て、まず初めに考えたことは――逃げる、ことだった。

(……おいおい会社員にあんなもん倒せるわけねーだろって、どうすりゃいいんだよ……)

 彼は考えた。

(いっそ逃げても、誰も攻めやしないだろう)

 人には、できないことだってある。

(――だけれど、さ……)

 だが。

「それだけで済ましちまったら、ダメなんだろうなあ……!」

 そして。
 崇人は大きく息を吸って、声をだした。

「フロネシス! インフィニティこいつが出せる攻撃手段を全て言ってみろ!」
『了解しました。そう申されると思い、既にご用意してあります。このリリーファー≪インフィニティ≫にはその高すぎる反動故製造が中止された荷電粒子砲「エクサ・チャージ」、現在のリリーファーには通常装備されているレーザーガン、そして「リパルジョン」、コイルガンを用意してあります』
「『エクサ・チャージ』の反動と、『リパルジョン』について教えてくれ」

 はい、となめらかな声と共にフロネシスは語りだした。
 まず、『エクサ・チャージ』の反動について。しかしながら、その前に、荷電粒子砲そもそもの定義について語らねばなるまい。荷電粒子――電荷を帯びた粒子が粒子加速器により亜光速まで速められ発射されるというのがそもそもの定義である。
 それをこの≪インフィニティ≫は自らが生み出すエネルギーのみに於いてまかなう。無限といっても、このリリーファーが作りだすエネルギーは限りある無限だ。数値化すれば、毎時十エクサ電子ボルトのエネルギーを得る。
 そのうち、基本的な動作で使うエネルギーが毎時一エクサ電子ボルトに満たないので、エネルギーをフルに使うこともなく、生み出すエネルギーもそれに合わせて減少させる。
 しかし、『エクサ・チャージ』では一発で九エクサ電子ボルトのエネルギーを消費する。場合によっては強制的に稼働が停止することも有り得るのだ。
 莫大な加速度が生じ、それがエネルギーに値する。無限に加速すればそのエネルギーは理論上無限となるということだ。
 次に、『リパルジョン』について。リパルジョンは『エクサ・チャージ』に次いで稼働させることが出来ない。エクサ・チャージ程ではないが莫大なエネルギーを消費するためである。
 リパルジョン……Repulsionは日本語で『斥力』という。例えば、正負の異なる電荷をある一定距離離れて置くと斥力、互いに離れようとする力、が生じる。互いに離れようとする力はその二つのものの距離が近ければ近いほど大きくなり、遠ざかれば小さくなっていく。つまり電荷における斥力は距離に反比例していると言える。
 つまり、これを電荷ではなく、リリーファーとリリーファー、もしくはリリーファーと他の何かに見立てることとしよう。
 リリーファー同士の場合、少なくともリリーファーには電流が流れている。電流が流れているということは電子がある。電子があるということは電荷がある。それを考えると、そこにある電荷はマイナスかプラスのどちらかということになる。それを≪インフィニティ≫はどちらか確認し、≪インフィニティ≫はそれとは異なる電荷を躯体の表面に帯電させる。
 すると、何が起こるだろうか。
 プラスの電荷とマイナスの電荷のように、正負が異なる電荷の間には斥力が生じる。さらに、それは距離に反比例する。
 つまりは。
 距離を極限まで小さくすることが出来れば?
 その力は増大である。無論それは≪インフィニティ≫にもかかる。しかし、それを残りのエネルギーで強引に塞き止めるために≪インフィニティ≫だけはノーダメージで済むということだ。

『――以上がその二つの意味です。理解いただけましたか?』

 フロネシスはそう呟くと、崇人へ理解を求めた。

「あ、ああ。……ひとつだけ質問があるんだが、その……リパルジョンでは、パイロットが死ぬみたいなことはないのか?」
『……? 何を言っているのか解りかねますが、インフィニティのコックピットは絶縁体で完成されております。そのため、電流が流れていても問題はありません』
「そ、そうなのか……?」

 そう言って崇人はどうするか素人なりに戦略を考えていると――

『あっ、マスター。通信が入っています。どうしますか?』
「いや、誰から来たのかを言えよ」
『「ペルセポネ」の……目の前にいるリリーファーの起動従士からです』
「……なんだと?」

 突然の通信だった。
 しかも相手は的であるペルセポネの起動従士からであった。だいたいこういうケースにおいて敵からの通信は和解をするためのものだと相場が決まっている――と考えた崇人は通信機を手にとった。

「――もしもし」
『ああ、もしもし。こちら、≪ペルセポネ≫。そちらは≪インフィニティ≫で相違ないか?』
「ああ」
『和解を申込みたい。こちらにとっても、そちらにとっても得しかないと思われる。貴君もご存じのとおり、そのリリーファーは最強のリリーファーだ。それを起動されてしまえば、我々にとっても勝ち目はない。……どうだろうか?』
「俺にとってもこのリリーファーの価値がどうだか解らんし、どう動かすかも解らん。そう言ってもらえると助かる」
『それでは……「和解締結」のやり方は知っているかな?』
「すまんがこの世界に来て、まだ数時間しか経っていなくてな」
『貴君の言っているセリフが理解できないが……まあ、いい。リリーファーには「白旗」を出すボタンがある。詳しくはオペレーティングシステムに聞いてみてくれ』
「フロネシス、ほんとうか?」

 崇人は一旦通信を止め、フロネシスに訊ねる。

『ええ、しかし、この≪インフィニティ≫には白旗の装備こそありますがそのボタンはありません』
「……は?」
『大丈夫です。マスターが願えば、白旗は上がります』
「なるほど」

 崇人は再び、ペルセポネの起動従士との会話に戻る。

「……解った。今、オペレーティングシステムに聞いてきた」
『では、私の方から白旗を上げる。それを見て、白旗を上げてくれ』
「了解した」
『では、通信を終える』

 通信を終えて、暫く見ていると目の前のリリーファーから小さな花火のようなものが打ち上がった。そして、直ぐに再び通信が入った。

『――白旗を上げた。頼む』
「解った」

 通信を切って、崇人は改めてフロネシスに訊ねた。

「……あれは、ほんとうに『白旗』ってやつなのか?」
『ええ、間違いありません』
「ならば、安心して『白旗』を出せる」

 そう言って。
 崇人は白旗を出すことを念じた。




 **



「一応、それで戦争は終結した、と言いたい訳かしら」
「間違ってはいないはずだが」
「何を言っているのよ! ≪インフィニティ≫の力さえあれば! あんなものを倒せたはずなのに!!」
「だが、君はそのあんなものにやられたんだろう?」
『マスター、女心を少しは理解されてはどうかと』
「いやあ、そういうの理解できてたらもうちょっと前に結婚出来てたね!」

 崇人とマーズ、そしてフロネシスは救護がくるまでの間話をしていた。
 マーズは話をしながら、崇人という存在を疑問に思っていた。
 彼は――この世界を救いに、来たのだろうか?
 そうでなければ、訓練も受けていない人間に≪インフィニティ≫が操縦出来るという理由がつかない。

「……タカトと言ったっけ」
「大人に呼び捨てとは」
「リリーファー起動従士の中じゃ私の方が先輩なのよ」
「……うーん、まあ、確かに、そうか」

 崇人は納得しきれていないらしく、うんうん唸っていた。
 それをマーズはしかたないという目で眺めていた。
 それでも。
 彼は――この世界を変える存在だということは、まだ誰も知る由もなかった。


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