天井裏のウロボロス

夙多史

Section3-3 世界の幻獣TCG

 帰宅したところで紘也は夕食を買い忘れていたことに気がついた。
 幸いコンビニはすぐそこだ。歩いて三分もあれば着く。カバンを二階の自室に放り投げ、財布だけを持って紘也は玄関のスライド式の扉に手をかける。
 がしっ、とウロに肩を掴まれた。
「紘也くん紘也くん、あたしに黙ってどこへ行こうとしてるんだい?」
「晩メシを買いにコンビニへ」
「今晩はあたしが腕を振るうって約束したよね?」
「その戯言はまだ生きてたのか。……俺はミックスピザにするけど、ウロは?」
「じゃあ、あたしはこの爆裂テリヤキチキンピザで――ってなんでピザ頼もうとしてんのあたしが作るんだよ!」
 下駄箱の上に放置してあったピザのチラシはウロによって破り捨てられた。
「幻獣の作る料理が人間様の口に合うとは思えん」
「なんだとぅ!? 言ったね紘也くん。そう言われてはあたしも本気にならざるを得ないよ。紘也くんはリビングでモンバロでもやってなさいっ!」
 そういきり立ってウロはキッチンへ向かった。愛沙との会話からして奴が怪し過ぎる食材を使わない可能性は低い。監視しよう、そう思ったところで紘也は気づいた。
 よく考えたら、フングスもマンドラゴラも幻獣だ。たとえ幻獣でなくとも幻獣界の物質はほとんどマナによって構成されている。そしてこちらの世界にマナは存在しない。持ち込んだ時点で消滅してしまう。
 つまり、幻獣界の怪しい食材は使いたくても使えないのだ。
「なんで卵と冷凍食パンしか入ってないの!? やる気のない冷蔵庫め!!」
 とキッチンから怒声が聞こえてきたので紘也は携帯を開いた。さっき記憶した番号にかける。もちろん、ピザ屋だ。
 ミックスと、爆裂テリヤキチキン……だったか(爆裂ってなんだ?)。サイズはMでいいだろう。紘也は手早く事務的に注文を終えた。
「むむむぅ、卵だけは異常にあるから卵料理のフルコースになるけど、なにを作るか」
 ピザを注文してからキッチンを覗くと、ウロが十個入りの卵のパックと睨めっこしていた。顎に手をあててうんうんと唸っている。
「ここはウロボロス流錬金術で生成した秘伝のポーションで味付けするとして、目玉焼き、厚焼き卵、スクランブルエッグ、たまごスープ、フレンチトースト、お米もあるっぽいからたまごかけごはんもいけるね。でもやっぱり卵は殻ごと丸呑みするのが一番おいしいんだよねぇ……じゅるっ」
「蛇だな」
「オワゥ!? 紘也くん厨房に入っちゃダメでしょうが! って蛇じゃなくてドラゴンだって何度言えばわかるんだあんたはっ!!」
「あーそうそう、もうピザ注文したから卵料理のフルコースなんて作らなくていいぞ。それ朝メシ用の食材だし。あとポーションは絶対に使うな」
「ががーん! く、今日のところはこれくらいで勘弁してやらあっ! 覚えてろよ!」
「どこの悪の下っ端だ」
「明日は市街地のデパートでお買い物です! もちろん紘也くんも付き合ってもらうよ! デート的な気分でね!」
「ま、気が乗ればな」
 絶対に乗らない自信のある紘也だった。

        ∞

「そうだ、カードゲームをしよう」
 ピザを食べ終わるとウロが突発的に意味不明なことを言い出した。紘也はピザの箱を片づけながら、
「トランプを二人でやっても面白くないぞ?」
「いやいや、トランプじゃないですよ」
「UNOか? それも結局同じだろう?」
「UNOでもないんだよね」
「じゃあ花ふ」
「花札でも百人一首でもタロットでもクロノなんちゃらでもないよっ!」
 ネタを先に潰されてしまった。他になにかなかったか思考するも、時間切れとなる。
「世界の幻獣トレーディングカードゲームです!」
「さてテスト勉強でもするか」
「スルーしないで!?」
 立ち上がった紘也の足に涙目のウロが鬱陶しく絡みついてきた。このまま蹴り飛ばしてくれようか、この蛇。
「世界の幻獣TCGは昨今発売されたとてもホットなカードゲームなんだよ。なんでも連盟の魔術師が趣味で作っていたもので、それを評価した連盟が商品として販売し始めたことが流行の始まりです。幻獣界でも大人気爆発中。はい、やりたくなったぁ!」
 世界の幻獣TCGとやらは、ウロが敵の戦闘力の評価基準として用いていた謎カードゲームだ。実は魔術師連盟が開発・販売しているとなると……少し興味が湧いてきた。
「どうやって遊ぶんだ?」
「オゥ! ホントに紘也くんがやる気になった♪ じゃ、カード出しますね」
 ウロは紘也から離れると両手を大きく横に広げた。次の瞬間、その両掌辺りの空間が歪み、蛇口を全開にしたように大量のカードが流れてきた。まるで手品だ。
 湯水のごとく床に蓄積してゆくカードを眺めながら、紘也はウロに問いかける。
「これといいあの剣といい、どっから出してんだよ?」
「ウロボロスさんの秘密無限空間です。ああ、細かいことは内緒だよ。なんせ秘密なんだから」
 別に聞く気もない。魔術的に仮設異空間を作っているのだろうと想像できる。
「あたしの私物はだいたいこの無限空間に保管してあるんだよ。パジャマとか」
「あーそう。なるほど。へえ。よかったね」
「果てしなくどうでもよさそうな返事だね! まあいいけど。そんなことよりカードカードっと♪」
 ウロボロスは床に広がったカードの海から適当に数枚摘まみ上げる。どれもこれも展覧会を開いてもいいくらい綺麗で迫力あるイラストだ。
「レッツルール説明! まずプレイヤーは魔術師と呼ばれます。んで、このような『魔力カード』『幻獣カード』『魔術カード』で構成された五十枚の束――あ、これがデッキね――を用意し、自分のターンに決められた順序で行動を取りつつ、先に対戦相手のライフをアババホアチョーッ! って感じに0にした方の勝利となるのです。初期ライフは10000で、ターンの進行は――」
「あ、ここにルールブックが落ちてら」
 紘也はカードに埋もれていた小さな本を取ってパラパラとページを捲った。時折意味不明な擬音を入れるウロの説明なんかよりずっとわかりやすい。彼女の説明を右から左に聞き流しながら、紘也はルールブックに目を通していく。
「へえ、けっこう本格的なんだな」
 ファーストステップ、バインド状態、スタックなどなど、様々な専門用語が散らばっていて初心者の紘也には正直わかりづらい。それでもなんとなく大まかな流れは掴んだ。要は、地水火風光闇の六属性ある『魔力カード』を溜めて、その属性に対応した『幻獣カード』や『魔術カード』を駆使して対戦相手を叩き潰せばいいのだ。紘也は詳しいわけではないが、トレーディングカードゲームとしてはスタンダードな部類ではないかと思う。
「『幻獣カード』や持続系の『魔術カード』には維持コストが必要、か」
 幻獣契約の魔力供給システムがしっかりと反映されている。連盟の魔術師が趣味で作ったとウロが言っていたが、なるほど、得心がいった。
 対象年齢は中高生くらいだろうか。なかなか面白そうだ。
「ウロ、こんだけカードあるんだから。自分でデッキとやらを作ってもいいか?」
 孝一に影響されて紘也も『遊び』は大好きで大歓迎なのだ。自分のデッキを作ることは、こういうカードゲームの醍醐味の一つだろう。やるからには徹底的にやりたい。
「紘也くん目が輝いてるねぇ。いいよいいよ。好きなもん使いなさい。ただし、あたしは当たり前ながら『ウロボロスデッキ』です!」
 確かデッキは五十枚で、『魔力カード』以外の同名カードは四枚しか入れられない。どう構成するかが重要になってくる。属性ごとに出せるカードが違うのなら、あまり欲張らない方がいい。属性は多くても三つだ。
「あっ」
 カードを漁っていると、紘也は見覚えのあるイラストを見つけた。地獄のような荒野をバックに描かれているのは黒い犬。カード名は『ヘルハウンド』――ウロボロスに瞬殺された幻獣だ。
 攻撃力・耐久力は共に1000。フィールドに召喚された時に自分より攻撃力の低い幻獣を一体消滅させる。そういう嫌がらせ的能力は大好物な紘也である。
 コンセプトは決まった。とにかく向こうのフィールドを蹂躙しよう。
「お、『ジャイアントバット』があるな」
 攻撃力・耐久力は500と少ないが、〈飛空〉の能力で空から直接攻撃ができるらしい。それに召喚した時デッキから好きなだけ同名カードを手札に持ってこられる。ウロが群れるから厄介だと言ったのはこのことか。
「これ入れるなら四枚は絶対だよな。見つかるか? まあ、見つからなかったらそれはそれで別に――ん? これは……」
 紘也は拾い上げた一枚のカードを見て、面白い、と唇を斜に歪めた。
 本格的にデッキ作りへと移行した紘也に、早々にデッキを仕上げたらしいウロが楽しそうに宣戦布告する。
「紘也くん紘也くん、モンバロやゲーセンではボコボコだったあたしだけど、こればっかりは譲れないよ。幻獣界でも十指に入るトッププレイヤーなあたしにはプライドってものがあります。もし万が一負けるようなことがあればあたし――脱ぎますから!」


 二十分後。
「うわあああああああん!? 負ぁ――――けぇ――――たぁ――――ッ!?」
「待てウロなに全裸になろうとしてんだよ! まだお前のターンは終わってないだろ!」
 上着とスカートを一瞬で脱ぎ捨てたウロに紘也は諫言した。白いレースの下着姿となった彼女は、脱いだところでとある一部分が普段より大きく見えることはなかった。しかし小さいわけでもなく、しなやかで黄金比的な曲線美と相まってプロポーションはいい方だと思う。要するに、目のやり場に困る。
 慌てる紘也に下着姿の蛇少女は涙目を吊り上げ、
「終わってるよ! どうやっても勝てないんだよ! あたしの手札はゼロだし、フィールドは『ウロボロス』だけ。対する紘也くんは、紘也くんは、は、は、うわあああああああああああああああああああん!?」
 紘也は自分の状態を確認する。手札は三枚。フィールドは『ヘルハウンド』が一体に、『ジャイアントバット』が八体、さらに紘也のデッキの要である『ヴァンパイア』が召喚されていた。
『ヴァンパイア』は攻撃・耐久力2000の『幻獣カード』だ。能力は、魔力を消費して『ジャイアントバット』のコピーを生み出す上に、『ジャイアントバット』と名のつくカードの攻撃力・耐久力を500上昇させるというもの。さらに自身も『ジャイアントバット』を喰らうことで攻撃力・耐久力を上げられる。
 見つけた瞬間にこのカードを切り札にすると決めた。そして実際、紘也の攻撃力総数は大変なことになっている。『ウロボロス』は攻撃力・耐久力が4000・4500と高いが、〈飛空〉と〈再生〉、維持コストがかからないという能力だけでは紘也の軍団に対抗できない。なぜなら、紘也が一斉攻撃を仕掛けた場合、『ウロボロス』で止めることのできる幻獣はルール上一体だけなのだ。
 はっきり言って、詰みである。
「うわああああああああああああああん!?」
「もういいから脱ぐのやめれ! 今のなしにしてもう一回やってやるから」
「え? ホント? やったラッキー♪ やっぱあたしの運がたまたま悪かっただけだよね。そんじゃまあ改めまして、バトルスタート!!」
 目の前で『ウロボロス』のカードを紙吹雪にしてやろうかと思った。

 その後――
「いよっしゃーっ! 『ウロボロス』を召喚するぜ!」
「あ、それに『送還術の魔法円』を発動。手札に戻れ。んで、俺は『ヴァンパイア』召喚と」
「ノアアアアアアまた負けたぁああああっ!? も、もう一回。ワン・モア・チャンス」
 紘也とウロの対戦は深夜まで繰り返し続いたが、わざと負けるつもりなど毛頭ない紘也にウロは一勝もできなかった。

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