天井裏のウロボロス

夙多史

Section3-4 旦那様

 暗闇の中に少女たちはいた。
 蝋燭の火ほどの明かりも存在しないため、どこかの室内ということしかわからない。しかし、視力による知覚情報に頼らなくてもよい彼女たちには関係のないことだ。
「任務失敗ですぎゃ。仲間がたくさん殺されたぎゃ」
「しっぱいしっぱい♪」
「……申し訳ありません、旦那様」
 蝙蝠娘たち――ムル、シエ、ラゴは片膝をついて頭を下げた。いつ怒られるかわからない恐怖に身を竦める。
 だが、目の前にある旦那様の気配は一向に怒気を纏わなかった。それどころか、ご苦労様、と優しげに労ってくれる。
「相手はあのウロボロスだ。しかも陰陽師まで味方につけている。無事に戻ってきてくれた君たちを労いこそすれ、怒ることはしないよ。だから、顔を上げて」
 三人は顔を上げるが、不安は拭い切れていなかった。代表してラゴが開口する。
「……でも、我々は任務に失敗しました。旦那様から罰を受けるべきです」
「僕が言った命令はどんなものだったかな?」
 旦那様は余裕たっぷりにそう返す。次はムルが答えた。
「ウロボロスと、その契約者の捕縛ですぎゃ」
「おや? おかしいな。僕は捜索を頼んだはずだよ。ウロボロス相手に君たちだけで捕縛するなんて無理があるからね」
 旦那様は、ウロボロスとその契約者を捕えろ、などと一言も言っていない。蝙蝠娘たちの早とちりだった。
 となると、奴らの姿を見、魔力の気配を覚えて戻ったのだから任務は成功と言える。ジャイアントバットの探知能力ならば、この街にいる限りどこに隠れようとも見つけられる自信がある。
「にんむせいこうにんむせいこう♪」
 一番言動の子供っぽいシエが万歳で喜びを表現している。旦那様が柔らかく息を吐く。
「君たちはウロボロスが誰かと戦ったり退治されたりする伝承を知っているかい?」
 唐突な質問に、蝙蝠三人娘は同時に首を横に振る。
「そう、ないんだ。どんな神話や言い伝えにもね。でも、あの〝貪欲〟なウロボロスが大人しく自分の尻尾だけを噛みついているはずがない。誰とも戦わなかったとはおかしいと思わないかい?」
 旦那様がなにを言いたいのかわからず、少女たちは小首を傾げる。
「つまり、ウロボロスは全ての戦闘に勝利し、敵を存在ごと喰らい尽すんだ。だから伝承には残らない。たとえこの僕、アンデットの帝王であるヴァンパイアでもまともに戦って勝てる相手じゃない」
 今まで雲に隠れていた月明かりが窓から差し込む。漆黒のマントに包まれた、線の細い美青年の姿がスポットライトを浴びるように照らし出された。旦那様だ。
「だから、僕はそれほどまでに強力な〝血〟が欲しい。ついでにウロボロスほどの幻獣と契約している人間の魔力もね」
 優雅な仕草で旦那様は窓に歩み寄り、月夜を見上げる。月光に照らされる旦那様は実に絵になっていた。ステキ過ぎて陶然と見惚れてしまう蝙蝠娘たち。
「君たちの働きでウロボロスを釣る餌も見つかったし、仕掛けるのは明日にしよう。それまでに体を休めておくように。いいね?」
「はいだぎゃ!」
「りょうかいりょうかい♪」
「……明日までに全快にしておきます」

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