天井裏のウロボロス

夙多史

Section4-6 差し伸べられた手

「なっ!?」
 紘也は反射的に駆け出した。悲鳴を上げて落下する愛沙を受け止めるために。
 しかし、あの軌道だとギリギリで屋上の鉄柵を越えてしまう。ビルの外に落下してしまう。そうなったら死は免れない。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 走る。走る。走る。
 なんとか、かろうじて、追いつく。だがやはり、愛沙は屋上の鉄柵を僅かに越える。
 紘也も鉄柵から身を乗り出し、手を突き出す。
「愛沙っ!!」
「ヒロくんっ!!」
 愛沙も手を伸ばす。まだ届きそうにない。だったら、もっと体を向こうに――
 ――掴んだ。
 ぐらり、と紘也のバランスが崩れた。視線が下に移動し、十階建てに相当する高さからの地上が目に飛び込んでくる。
 一瞬の浮遊感。紘也は、愛沙と手を繋いだまま自分も一緒に落ちてしまった。
「くそっ! 諦めるものか!」
 思考が加速する。視界に移る光景がスローモーションで流れる。掴めそうな場所を探すが、頭から落下している体勢では見つけても掴むことは不可能に近い。
 絶体絶命。そう思っても、最後の瞬間まで諦めるつもりはない。
 と、その時だった。
「紘也!」
 聞き慣れた声と共に落下感がなくなった。片足を誰かに掴まれている。
 どうにか頭を動かして見上げ――驚愕に目を見開いた。
「こ、コウくん……!?」
 ガラス戸の外された窓から、諫早孝一が上半身を覗かせていたのだ。両手で紘也の足をしっかりと掴み、二人分の重さを支えている。
「今、引き上げる……」
「どうして孝一がここに――いや、わかりきったことか。とにかく助かった。サンキュ」
「ありゃ? こういう場面は普通『手を放せ! お前まで落ちるぞ!』的なことを言うんじゃないのか?」
「言ったら放すのか?」
「はは、まさか」
 孝一は冗談っぽく笑ってみせるが、その顔に余裕はない。紘也と愛沙、二人分の体重を一人で支え、それを引き上げようとしているのだ。負荷が軽いわけがない。このままでは本当に孝一まで落ちてしまう。
「くっ……ちと、きついぜ」
「コウくん、無理しないで」
 まずい。孝一もそろそろ限界に近い。
「私も手伝うわ」
 と、孝一の横から身を乗り出してきた香雅里が紘也のもう片方の足を掴んだ。ここは屋上のすぐ下に位置する階。自身のダメージも回復し切ってないのに、彼女は助けに来てくれた。
「秋幡紘也、これでさっきの借りは返したわよ」
「ああ」
 なんにしてもありがたい。
「よし、一気に引っ張り上げるぞ!」

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