天井裏のウロボロス

夙多史

Section5-3 向き合う気持ち

「そっかぁ。ウロちゃんはヒロくんのお父さんの契約幻獣じゃなかったんだね。ビックリしたよぅ」
 ウロボロスの隣に腰を下ろした愛沙は真剣に話を聞いてくれていた。
「だけどウロちゃんは悪くないよぅ。仕方なかったんだよね?」
「そうなんだよ! あたしも生きるため必死だったのに紘也くんってば酷いんだよ! パジャマ姿で出て行けって真性のS――ハッ! そうかわかりやしたよ紘也くん。あたしに酷いこと言って追い出して一人で泣いてるとこ見て笑ってるんでしょ! ウロボロスさんは見抜きましたよさあどこに隠れてるの出てきなさいそれ出なさいっ!」

 し――――ん。

 愛沙の手前強がって見せたが、当然、誰かが出てくることはなかった。
「ううぅ、やっぱり捨てられたのかな、あたし」
「よしよし。じゃあわたしが電話してヒロくんの本当の気持ちを聞いてみるね」
 俯いて涙を零すウロボロスを宥めつつ、愛沙はスカートのポケットをまさぐる。
「あ、あれ? あれあれ? あうぅ、携帯忘れたぁ~」
 涙目で「どうしよう」と嘆く愛沙。ウロボロスはパジャマの袖で自分の涙を拭い、
「あたしが本当に捨てられちゃったら、愛沙ちゃん拾ってくれる?」
「大丈夫。ヒロくんはそんな酷い人じゃないよぅ。きっとなにか理由があるのです」
「理由って、例えば?」
「ふぇ? ええっと……例えば……例えば……」
 ウロボロスが訊ねると、愛沙は左右のこめかみを両手の指で押さえて黙考する。
「……夢だったとか?」
「愛沙ちゃん、夢オチは一番やっちゃいけないことなんだよ」
 やっぱり嫌われて捨てられたと考えるのが一番自然でしっくりくる。嫌われて、飽きられて、世話するのが辛くなったペットみたいにポイっと捨てられて。捨てられ、捨てら……
「えぐっ……うぐ……捨てられたぁ」
「よしよし。泣かないでウロちゃん。わたしが代わりにヒロくんに聞いて――あうぅ、そうだった。携帯ないんだった」
 考えれば考えるほど悲しくなる。このまま公園にいたところでなにか変わるわけでもない。そう思ったウロボロスは寝巻の袖で涙を拭うと、意を決したように立ち上がった。
「ごめんね、愛沙ちゃん。変な話につき合わせちゃってさ。でも、おかげで元気凛々、漲ってきましたよ。うん、あたしが直接紘也くんと決着つけてくるね」
「ねえ、ウロちゃん、無理して明るく振舞おうとしなくてもいいんだよ? 泣きたい時は、思いっ切り泣いた方がいいのです」
 愛沙は柔らかく微笑んだ。慈愛の化身ではないかと疑ってしまう彼女の言葉に、ウロボロスはいつもの調子で答えた。
「いえいえ、無理なんてしてませんよ」
「でも、ウロちゃんの顔、とっても辛そうだよ? またヒロくんに拒まれるのが怖いって書いてます」
「……それは」
 図星だった。いつもおっとりしているこの少女にすら、見抜かれていた。
 もう一度紘也に『邪魔』と言われてしまったら、その場で『人化』を解いてひたすらこの世界に八つ当たりするかもしれない。それはもう、消滅するまで。
 でも、この街には愛沙たちがいる。
 できればそうならないようにしたい。心を強く持ち、もし紘也に『いらない』と言われても、一人静かに消え去ろうと自分に誓う。
 怖いからってこのまま紘也と話もしないで消えたとしても、不安とトラウマに押し潰されてしまうことは明白。
 そんなのは、嫌だった。
 怖いけど、紘也にはもう一度会わなければならない。
「あたしなら大丈夫だよ、愛沙ちゃん。紘也くんにまた拒絶されても、あたし頑張るよ。それでもダメだったら、愛沙ちゃんのところに泣きに行っていいかな?」
「きっとそうはならないよぅ。本当はわたしも一緒に行ってあげたいんだけど、たぶんこれはウロちゃんとヒロくんの問題だもんね」
 彼女から元気を分けてもらった。きっと、大丈夫。
「うん。このウロボロスさんの魅力をドドドシャキュピーン! って振り撒いて、紘也くんをメッロメロにしてもう二度とあたしを拒絶できないように籠絡してやりますよ」
 いつも以上にテンションのギアを跳ね上げて、ウロボロスは覚悟の決まった顔で愛沙にガッツポーズを作って見せた。
 と、その時――

「紘也様が拒絶しなくても、このウェルシュが〝拒絶〟します」

 静かな声が、静かな公園に響動した。
「まさか、いつの間に……?」
 ウロボロスは周囲を確認する。さっきまでそれなりに人がいたのに、今は自分と愛沙以外誰もいない。
 結界。それもその辺のザコ幻獣とは比べ物にならないほど強力な個種結界だ。結界を張られてしまってから気づくとか、さっきまでの自分はどれだけ無防備だったのだ。
『これから俺の本当の守護幻獣が来る。お前は邪魔なんだ。だから出て行け』
 紘也の言葉が蘇ってくる。今まで忘れていた、というより思い出したくなかった拒絶の言葉。その前半部分が示している意味が、今、ここに現れる。
「愛沙ちゃん、あたしから離れないで!」
 愛沙が結界内にいるということは、仲間と思われたに違いない。彼女だけ逃がすと先に攻撃されかねない。
 バサッバサッという重たい空気の振動を感じ取る。
「上!」
 天を仰ぐ。昨日から引き続く鈍色の曇天を背景に、赤い双翼がゆったりと羽ばたいていた。
 その翼はウロボロスより少し背の低い少女から生えていた。燃えるような真紅のバックツインテールに同色の瞳。服装まで真っ赤だ。
 背中の翼で既にわかったが、ドラゴン族。それもかなり上位の存在だ。
「マスターの命により、紘也様に近づいた幻獣を排除します」
 機械的な口調で宣戦布告し、赤髪の少女は両掌をウロボロスに向けて翳す。
 瞬間、その掌の前に巨大な炎の塊が出現した。普通の炎みたいにオレンジに近い色ではなく、炎色反応でも起こしているかのような深みのある赤色。
 それを、赤髪の少女は一切の躊躇いもなく射出した。

 公園内に紅の爆光が広がった。

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