自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
第百二十九話 「俺だって大人になったんだ」
――ヴェルシェが脱獄した。
その報せは、俺達を震撼させた。
厳重な警備だったし、俺達自身も何度も見に行った。
尋問しなきゃいけないしな。
だが、ヴェルシェはずっと眠ったままだった。
魔術を隠しているかもしれないから、かつて魔女の墓場が使っていた封印用の道具もしっかりとはめ込んだ。
にもかかわらず、それらは水泡に帰した。
壁に穴があるワケでも、見張りが殺されたワケでもない。
ある日、突然姿を消した。
大勢の見張り達がいる、その中で。
初めは誰かが手引したものだと思われていた。
みんなで示し合わせて、作り話でもやったのだと。
だがどんなに調べても、それだと辻褄が合わないのだ。
荷物の出入りがあったワケでもない。
近くの牢屋に繋がれていたジャンヌやアイザックに尋ねても、首を振るばかりだった。
この牢屋に新しい仲間、クロムウェルも加わったが、コイツも知らないようだった。
ヴェルシェ。
お前、一体どんな手品を使ったんだ?
行方不明になっていたレイレオスにでも協力してもらったのか?
* * *
それから二週間が過ぎる頃、俺達はヴィッカネンハイムの屋敷から城下町へと招集された。
案外、早くに見つかったそうなのだ。
謁見の間の向こう側(この世界の城は、玉座の奥に部屋を配置するのが常識らしい)で、俺達は地図とにらめっこする。
「――斥候からの報告によれば、敵はドリトント鉱山に籠城しているとの事だ」
また随分とサクサク進んだよな。
罠じゃなけりゃいいんだが……。
「シン。私を見くびって貰っては困る。父から話は聞いているぞ」
「あ、また顔に出てました……?」
ロカデールは苦笑しながら頷く。
「今回はラリー・ライトニング殿が斥候を務めた。貴公らの戦友である筈だが、不足か?」
「アッハイ……充分です。後で一杯奢りたいと伝えてくれませんか?」
「貴公が自分で伝えれば良いではないか……」
「そうですよね」
周囲から失笑が漏れる。
この緊急事態に何をやってるんだって話だが、こうでもしないと緊張で駄目になっちまうだろ。
それに、その……。
ルチアはまだ、ファルドやアンジェリカと完全には打ち解けていない。
二人は別に気にしていないってスタンスなんだが、ルチアが引きずっちまってる。
遠慮気味というか、罪の意識がみんなとの間に壁を作っているようなのだ。
いや、言っておくけどお前はめっちゃ頑張ったんだからね!?
殆ど他人に頼らず、一人で事態解決に尽力したんだからもっと評価されるべきだからね!?
そりゃあ、結果的に関わってきた人が総出で手を貸してくれたが……お前の度胸は俺が知っているんだ。
頼むよ。
早く、前みたいに柔らかい顔に戻ってくれ。
「シン君、悩み事が顔から漏れてきてるよ」
「おお、すまん」
「世話が焼けるなあ」
「……ゴホン。飛行船は帝国との戦争でその全てを失ったが、飛竜への対策があるのは間違いないだろう。
キリオ・ドレッタ。心当たりがあるという話だが?」
「ええ。魔王軍が強奪して使用した大型浮遊魔旋盤を、彼らも保有しています。
そこでファルドさん達は低空から侵入、対空砲火をかいくぐり、彼らを無力化して下さい」
「との事だ。残存兵力を考慮すると生け捕りからの尋問が望ましいが……もはや、生死は問わぬ。好きな方法で頼む」
「ぶん投げたわね……でも、いいんですか? 皆殺しにするかもしれませんよ? しないですけど」
「構わん。一度降伏勧告があったにもかかわらず、ヴェルシェの呼び掛けに応じたのだ。覚悟の上とみなしても良いだろう」
そうなのだ。
あの時、みんながヘルメットを脱ぎ捨てた。
だが……それでも、ヘイター精神までは脱ぎ捨てていない奴がいたんだろう。
そいつらが、ヴェルシェに手を貸した。
結局、ヴェルシェがどうやって抜け出したのかはわからずじまいだ。
だが、今度はとどめを刺す。
向こうも、そのつもりだろう。
「また、今回はヴィッカネンハイム卿が手を貸してくれる。およそ三百人の魔女を動員するそうだ」
「心配はいらないんでしょうが、乗り気なんですかね?」
「士気は極めて高い。何と言っても、彼女らは魔女の墓場には煮え湯を飲まされていたからな。
むしろ、自らの手で復讐したいと、ほぼ全員が名乗り出たそうだ」
「やっぱりそれが人の業って奴なのか……」
抗えない、サガという奴なのかな。
まあ、止める理由も無いんだが。
「ただ、厄介なのは、シンが創造主であると主張する輩だ。
彼奴らの流言の広まり方次第では、戦力が想定より多くなるやも知れぬ」
「……」
「私は信じない。貴公はどう見ても人間だ。他人より少し熱意が暴走しがちなだけの、単なるお人好しの人間にしか見えぬ」
「そう言って頂けると、助かりますよ」
俺だって人間だ。
理不尽な死を目の当たりにすれば悲しくなる。
理不尽な暴虐には怒りを覚える。
……嫌な感情だけじゃない。
素敵な事があれば、みんなと一緒に楽しみたい。
だが、もういい加減それだけじゃ駄目なんだろうな。
作戦の内容を詰めたら、俺達は挨拶もそこそこに雪の翼亭へと戻った。
そして、俺は……。
* * *
「みんなには、改めて伝えなきゃとは思ってたんだ」
俺は、ファルド達に改めて打ち明ける事にした。
「シンが創造主って話でしょ? 眉唾よね、実際」
みんなはもう(事情を知っているメイ以外の全員が)、驚いたりしなかった。
アンジェリカは俺が改まって何を話そうとしていたかを即座に察して、呆れたような笑みを浮かべる。
「だが、ホントの話だ。予言と言っていたのも、俺があれを書いたんだ。
あれは、この世界が歩む筈だった筋書きだった。魔王が現れたのも、アンジェリカが魔女になったのも……」
絶交されるのは覚悟のうえだ。
人の生き死にまで、俺は筋書きで定めていたのだから。
だが。
それでも、誰も怒ったりはしなかった。
こういう話をすればいの一番に激怒するだろうファルドですら、冷静だ。
「怒らないのか?」
ファルドは首を振る。
「シンがこの世界を作ったとしても、それは弄ぶ目的なんかじゃないって思うよ」
「ファルド……」
「だいたい、その世界に生まれたからって、何から何まで運命を決められるワケじゃない。
結局、自分の生き方は、自分で決めるんだと思う。その結果、予言の通りになったり、ならなかったりして……。
それに、俺、思うんだ。シンの書いた予言は、あくまで可能性の一つを書いただけなんじゃないかって」
「優しいな、お前も」
「俺だって大人になったんだ」
そこまで割り切れるのは正直すげぇよ。
どんな成長速度だよ……涙が出るから、これ以上感動させないでくれ。
ファルドの事は、解った。
他のやつは?
「ルチアは、どう思う?」
「実は、シンさんが異世界からやってきたのは、気付いていました」
「らしいな」
「あまり、驚かないのですね」
弱ったな。
あの超常現象は、どう説明していいものか。
「見えたんだ。うまく説明できないが、その、心を?」
「話が早くて助かります。けれど、私の恥ずかしい部分までご覧になっていませんよね?」
「ファッ!? いや、その時のルチアは復讐の鬼と化したシリアスモードだったし……」
「なら、良いでしょう。あんまり覗き込まれると、メイさんが嫉妬してしまいますから」
「ルチアちゃん、気を使わなくていいんだよ?」
「そうだよ、ルチア。好きだって気持ちは、伝えなきゃ」
ファルドのとんちんかんな発言に、ルチアは死んだ魚のような目で首を振る。
「いや、ないです」
何もそこまできっぱり言わなくても……。
ちょっとだけ傷付くぞ。
「考えてもみてくださいよ。ファルドさんは攻めで、シンさんは受けですよ?
そこに私の入る余地などありません。私はあくまで空想の観測者としてその情事をねっとり楽しみたいのです、たとえそれが現実のものでなくても、うへ、うへへ……」
「シンが見る前に自分からさらけ出してるじゃない」
「ホント、それな」
久しぶりにその一面を見れたから、安心したが。
やっぱルチアは、そう来なくちゃな。
「……コホン。えっと、何の話でしたっけ?」
「俺が創造主って話だな」
「どうせ予言通りではないのですし、途中からシンさんは予言……原作?
それを回避して、なるべく良い方向へと事態を導こうとしていました」
「だが、魔王を考えたのも俺だぞ。恨んでないのか?」
「たとえシンさんが魔王を、というよりもその概念を生み出したのだとしても、人は争い続けるでしょう。
それならああいった、判りやすい悪の枢軸が反面教師になって下さったほうが、この世界の人々の為になるとは思いませんか?」
「私もそれは思うわ。そもそも、アンタみたいな、どう見ても凡人……ごめん。言い過ぎたわ」
「構わん。続けてくれ」
「そりゃシンは瀕死の重傷でも次の日にはピンピンしてたり、挙句の果てに生き返ったり、人間離れしてる所はいっぱいあるわよ。
けれど、シンがこの世界を作ったって言っても、正直あまりピンと来ないの。預言者って言われたほうがまだ理解できるわ」
ああ、やっぱりみんな、最高だよ。
俺、こんなに素敵な仲間に恵まれてるんだ。
「みんな、ありがとう……」
「シン君の悩みが杞憂で良かったよ。あたし、確証が持てなかったから」
「あら、心外ね? そんなに私達が信じられなかった?」
アンジェリカが意地悪な笑みでメイを小突く。
メイは苦笑交じりに顔を背けた。
「そういうワケじゃあないけどさ」
そこにルチアが二人の間に入り込み、ぎゅっと抱き寄せる。
よし! よし!
素晴らしい構図だぞ!
百合の聖女様ありがとう。
心のシャッターを切りました。
「この件はたった今、解決しました。さっさと次の問題も済ませちゃいましょう」
「ああ。俺達全員でヴェルシェと決着を付けようぜ」
「……そうだな!」
今度こそ、エンディングを迎えてやるんだ。
最高の仲間達と共に!
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