自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第百二十六話 「ああ、ただいま。そんで、お待たせ」


「これも言い掛かりなのかな?」

 おもむろに、メイが蓄音機を取り出す。
 そこから再生された音声は……、

『魔王は別のやつが倒す。あわれ、かつて勇者として祭り上げられた一行は、魔女にたぶらかされて道を外し、群衆に石を投げられ指名手配!』

『最初からお前は、俺達の手の上で踊らされてた。この世界はとっくのとうに、お前のモノじゃなくなってたんだよ。ナハト・ブレイヴメイカー』

『ふはは、はーっはっは! どうよ? 悲惨だろ? 悲劇だろ?
 お前の物語なんてな、これなんかよりよっぽどクソだ。カスだ! 読む価値すら無い!
 アレンジを加えてやった、この俺に、土下座して感謝の気持ちを伝えてくれなきゃなあ!』

 それは、ヴェルシェの数々の暴言だった。

「どこかで聞き覚えが無いかな? 陛下?」

「知らぬ。誰だ」

 すっとぼけやがって。
 どう聞いても、そこで伸びてるクソエルフだろ。

「じゃ、ルチアちゃん」

「ヴェルシェさんですね。間違いありません。そうでしょう、ジャンヌ枢機卿」

「ええ。反論は許可しません」

 あのジャンヌまでもが、認めている。
 ……ジャンヌは半ば諦めたような顔だが、どこか清々しさも入り混じっていた。

「もう良いでしょう、アイザック。私達は負けたのです。ルチアさんを解放すべきでしょう」

「ふざけるな! キミが言い出した事じゃないか!」

「ええ。ですから、終わらせるのも、私です。全責任をもって、幕引きとすべきだと主張している。当然、反論は許可しない」

「みんな、そんなんでいいのかよ! ボクは認めない! こんな終わり方なんて!」

「今回の為に、あらかじめエリーザベト……いえ、エリー・エレクトリックから承諾を得た証拠品があります。
 ……ルチアさん。あれを再生して下さい」

「仲間を売ると」

「いいえ。それを再生した上で、私が命じた事をここに宣言します」

「わかりました」

 ルチアがジャンヌから蓄音機を受け取り、メダルをはめ込んでボタンを押す。

『でしたら憂慮は不要ですわ。その魔女を、聖杯を理由に守ろうとするのですもの。もろとも殺してしまっても別に良いでしょう?』

『ジェヴェン。勇者殺しの罪は明るみになど出ません。真実を知るわたくし達が黙っているだけでいい』

『……何をしているかは存じませんけれど、こちらが約束を守って差し上げるのです。
 陛下に告発などなさったら。その時は、おわかりでして?』

 エリーザベトの音声だ。
 そういやメイが録音してたが、なるほど。ルチアの手に渡ったのか。
 だが、いいのかな……ファルド達が無実になったとしたら、エリーザベトは下手すりゃ打首モノだぞ。

「嘘だ、こんなの……ボクは知らない!」

「事実です。私が、彼女をあのように育ててしまった。しかし今、彼女は罪を償おうとしている。
 私も、私の首一つで償えるのなら、ここで償いたい。もう、終わりにすべきなのです」

 アイザックはそれ以降、黙った。
 そのまま、ダガーを引き抜く。

「嫌だね! そんなのは!」

「アイザック……」


 ――と、ここでまた周囲の空気が変わる。
 足音だ。
 それに、声が聞こえてくる。


「……創造主はこの世界を作った」

 ジラルド、ビリー、エリーザベトの“稲妻三人組サンダー・スリー”。
 出だしのフレーズは、知っている。

「いつか異世界より襲来するであろう魔王を倒すにあたって、勇者が迷わないように予言を作った」

 テオドラグナとオフィーリア率いる“新生・赤の部隊”。
 彼女らのフレーズも、覚えがある。

「創造主はやがてその世界を人々に委ねる事にした」

 ジェヴェン率いる、冒険者パーティ“帝国軍残党”。
 みんなが歌っているのは……俺が書いて、広めようとしたうただ。

「しかしある日、創造主は何者かによって、この世界に呼び出された」

 ゲルヒを護衛しながらやってきた“湾岸警備隊”。
 この詩を、誰かが広めてくれたんだ。

「世界を滅ぼす悪意を退けるには創造主の力が必要だったからだ」

 カグナ・ジャタに乗ってやってきた“ミランダ楽団”。
 彼らは、伴奏まで付けてくれた。

「何も知らない創造主は、人の姿で呼び出されてしまった。自分がどんな力を持っているかも知らされないまま」

 その周囲を護衛するのは、根茂教介ら“飛竜部隊”。

「創造主は石版の預言者として、勇者と行動を共にした」

 司祭ケストレルとクレスタを先頭とするビルネイン教の人々。

 みんなが、カグナ・ジャタの歌声に合わせて合唱しながらやってくる。
 その足取りは、まるで凱旋パレードだ。


 本物の、凱旋パレードなんだ。


 俺は……その中をいつの間にか歩いていた。
 少しずつ、少しずつ、身体の感覚が戻ってくる。
 半透明だった肉体が、色を取り戻していく。

 壇上へたどり着き、俺は振り返る。

「どうも、皆さん。知ってるでしょう?
 石版の預言者……シン、もといナハト・ブレイヴメイカーでございます……」

 まずは一礼。
 そこから、顔を上げる。

「おい、本読まねぇか?」

 ……ふう、決まった。
 北海道のローカル番組に出てきた名言だが、ちょっとお借りした。
 元ネタは、パイだがな。
 汎用性が高いよな、あのセリフ。

「シンが帰ってきた!」
「石版の預言者だ!」
「俺達を導いてくれ! あんな奴らを追い出しちまえ!」

 予想以上に圧倒的な、称賛の声。
 一応それ、本心で言ってるって信じていいんだよな?

 信じるぞ?
 さて、一方で……、

「蘇った……!?」
「一体、どんな禁術を用いたのだ!」
「いや、あれは錯覚! 我らを欺く罠だ!」

 墓場賛同者(信者って言い方は個人的には大嫌いだ)は、ガヤガヤと賑やかですこと。
 サプライズ演出としては、まあ一応は成功か……?
 まあそれはさておき。

「あのなぁ! こっちが文字通り汗水どころか血と涙にまみれて頑張ってるのに、次から次へと悪しざまにこき下ろしやがってよ!
 お前らマジでいい加減にしろよ? 文句ばっかりグダグダグダグダと!
 一つ聞かせてくれよ! お前ら、自分達のやってきた事は、自分達の子供に自慢できるか?」

「できる! 当然だ!」

「泣く子にクロスボウ突き付ける事が、テメーの息子や娘に自慢できるかよ! このガッデム馬鹿野郎共が!」

 俺は、当然だと抜かした奴に駆け寄って、ヘルメットを剥ぎとった。
 他の灰色連中は、俺達に勝てないとわかっているからか、誰も手出しをしてこなかった。
 あんまり脅迫じみた真似はしたくないんだが、こういう状況じゃないとこっちの身が危ないっていうのは……悲しいよな。

 ヘルメットを取られた奴は、慌てて逃げた。


「……ホントは解ってるんだろ? こんなの良くないってよ。
 自分を誤魔化し続けて、偽りの満足を得て、それのどこが子供に自慢できるんだ? どの面下げて、正義を語れるんだ?
 王様は立派だったよ。民を守る為に、テメーらの下らない思想の押し付け合いの責任をとる為に、自分の命を犠牲にした。
 テオドラグナだって、共和国と王国、どっちにも尽くした。連合騎士団としての本分を果たそうと頑張ってきた。女の人が、女だから云々と馬鹿にされない時代を作る為に戦ってきた!
 ミランダは古い友人との出会いをきっかけに、自分の夢を追い続けて、ついにはそれを実現した。だが、絶対にそれで驕った言葉は言わなかった! 舌を切り落とされてもまだ、人への感謝を忘れなかった!
 ミランダを慕う画家だってそうだ! 描きたい絵の為に、やりたくない仕事だって我慢して引き受けてきた! それでも、好きな人の尊厳を踏みにじる絵だけは断固拒否した!
 事情はあるかもしれない! 悲劇的な過去はあるかもしれない!
 だが、無関係だった筈の誰かを巻き込んだ時点で、それは単なる八つ当たりだ!
 戦ってきたんだよ! これからも戦っていくかもしれないんだよ!
 そこに冷や水ぶっかけて、陰で笑うのが平気でまかり通る時代にしていくのか、テメーらは!
 俺は嫌だね、そんなのは! 絶対に、嫌だ!」


「何を抜かす! そんなの貴様のわがままだろう! 創造主だからと、何でも許されると思うな!」

 灰色連中から声が上がり、そうだそうだと同意の声が加わる。
 だが、その規模は小さい。
 だったら俺からも反論だ。

「お前達が誰かを嘲笑ったとしよう。同じ事を、されるかもしれないんだぞ?」

 一応言っておくが、これは論破が目的じゃない。
 しいて言えば、道理を外れた奴らへの説教だ。
 本当は、ガラじゃないんだがな……。

「それを気に病む奴が弱いだけだろ!」

 そいつは、なおも食い下がる。

「本当は数の暴力とか、好きじゃないが、全員がお前みたいに無神経でいられるワケじゃないんだ。
 一人がそうやって無神経だったら、周りはそいつをどう思う?」

 後は誰も、反論できなかった。
 灰色連中の中には、ヘルメットを脱ぎ捨てる奴も出てきた。

「この者の言う通りだ!
 テオドラグナ! アレクライルの名において、貴公に命ず! 今から読み上げる者を全て捕らえよ!」

「はっ、御意に!」

 そうして読み上げられた奴――ミルドレッド(放心)、ヴェルシェ(気絶)、ジャンヌ(降伏)、アイザック(錯乱)の四名は、なすすべもなく捕らえられた。
 あんなに苦しめてきた連中が、こうも呆気なく……いや、ここまでにみんなが準備してくれたからこそ、簡単に捕まえる事ができたのかもな。
 ジャンヌはちょっと可哀想だと思うが。

 ある程度落ち着いたところで、ロカデールは再び口を開く。

「諸君らに告ぐ! 首謀者の殆どは捕らえた。この期に及んでも抵抗したくば、その仮面を被り続けるがいい! 捕まえるには、良い目印になろう!」

 それは、事実上の最後通告だ。
 ヘルメットを被っているなら、魔女の墓場を続ける意思があると見なすのだろう。
 逮捕されるか魔女の墓場をやめるのか、その二択を迫っているというワケだ。

 灰色連中は、全員がヘルメットを脱ぎ捨てた。
 泣いている奴、赤らめて恥じ入る奴、沈痛な面持ちで俯く奴……。
 釈然としない所は多々あるが、これで本当に終わったのだ。
 仮面という匿名性の上にあぐらをかいて、悪辣な行為をし放題だった日々が!

 素顔を見て驚いた民衆も沢山いる。
 それなりに顔を知られている奴も、あの中にはいるんだろう。

 そして……あの脳天気お姉さん、リーファもそこにはいた。
 親方ゴルケンは、泣きじゃくるリーファを抱きしめた。
 親方の背中には、赤子が背負われていた。


「ところで、私は創造主などという大それた作り話は信じない」

 ……おいおい、ひっくり返したな。

「だが、この者が奮闘してきたという事実は、父上より聞いている。その証拠なら、私の手元にいくらでもある」

 そうして取り出したのは、報告書の数々。
 それに、アリウス王の残した宣誓書だ。

『勇者一行が致命的な不利益を被った際、各国の主はその理由如何にかかわらず全責任を負うものとする。
 またこの宣誓書は、要求に応じて即座に開示するものとする。
 以上の二項目は、当代の主が死した後も有効である。
 ――アリウス・ブラムバイツ・アレクライル(Arius Blambites Arecryle)』

 これごと葬ろうとしたが、無理だったんだろうな……。

「今より皆の者に見せて回る! 熟読したくば、私に声をかけよ!」


 じゃあ、その間に……、

「――シン!? 本当に、シンなのか!?」

 っと、ファルドに先手を打たれたな。
 心配かけた事を謝りたかったんだが。

「幽霊、じゃないわよね……?」

「見りゃ解るだろ。第二王子様じゃないが、この顔が死体とか幽霊に見えるかよ?」

 ファルド、アンジェリカ、そしてメイは俺の憎まれ口で本人と確信してくれたらしい。
 両目に大粒の涙を浮かべ、ガシッと抱きしめてきた。

「シン、会いたかった!」

「生き返るならそう言ってよ!」

「おかえり、シン君!」

「ああ、ただいま。そんで、お待たせ」

 みんなの涙が、温かい。
 ……だが、こんな奇跡は一度きりにしてくれよ。
 もう死にたくない。


 後は、ルチアか……。
 そんな悲しげな顔をするなよ。
 頼むよ。素直に喜ばせてくれよ。

 色々あったが、楽しかったんだ。
 あの思い出の中に、お前の姿もあったんだ。



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