自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第百十三話 「厄介事は待ってくれないわ」

 なんかもう戦闘が始まってる件について。

「帝国軍と魔女の墓場だ……!」

 ファルドは双眼鏡を片手に、つぶやいた。
 飛行船が援護しながら、内陸側から飛んできた飛竜の群れと戦っている。
 魔術が飛び交っているが、この辺は元の世界での戦闘と本質的には変わらないな。

 アンジェリカがうんざりした表情で、肩をすくめる。

「魔王軍が現れたら、一巻の終わりね」

「どっちに付く? ジェヴェン隊長殿」

「私は、どちらにも付かん」

「心変わり?」

「名目上は、帝国とは袂を分かつ形になった。これからは、あくまで個人として戦う」

 また随分きっぱりと言うんだな。
 やっぱり、未練を断ち切ったんだろうか。
 だがなあ……見た目と違ってジェヴェンはうじうじ悩むタイプだからな。
 注意深く見ておかないと、またどっかでころっと帝国に戻るリスクがある。
 ペゼルとの話の内容だって、まだまだ不透明だ。

「どっちの陣営も、あたし達には気付いてないみたいだね」

「頼むから、俺達の事はそっとしといてくれ」

「それな!」

「アンタ達、ほんっと暢気よね……」

「修羅場をくぐりすぎると、肝が据わるんだよ」

 ギャリゾック半島は、海に突き出た細長い地形だ。
 もう上空から見ればすぐに解る。
 情報にあった灯台は……根本から破壊されて瓦礫の塊になっていた。


「――気付かれた!」

「アンジェリカ! 炎の壁を使え!」

 と俺が言うよりも先に、砲撃が炎の壁に着弾する。
 なんつう弾速だ!
 速すぎるだろ!

「大陸大戦時代は、ここまでの速さではなかった……改良型か」

「接近して、中から潰すのは?」

 ファルドの提案に、ジェヴェンは首を振る。

「おそらく不可能だ。あれの弾幕は飛竜の迎撃に特化している。誰も、近寄る事などできなかった」

 そうか、飛竜兵の経験もあるんだよな。
 経験者の言葉は重みがある。

 会話している間にも、ボコスカと砲弾が炎の壁を叩く。
 あんなバケモノを設計した奴は誰だ!
 ……帝国だった!

 自分達が戦争で勝つために設計させたものが敵国の手に渡り、こうして苦戦させられてるって状況。
 これって、皮肉以外の何物でもない。

「しっかり掴まっていろ。急降下する」

 言い終える前に急降下しないでくれませんかねえ!
 ママ! お、落ちる!

 その次は半島の上の山脈に隠れるようにして、低空飛行だ。
 ジェヴェンが途中で大きな水しぶきを上げさせたのは、敵の目を欺く為か?
 お陰で、追撃はされていない。


 *  *  *


 チェックポイントに到着した。
 ゾ・ハの大空洞と呼ばれる洞窟は、確かにカグナ・ジャタでも余裕で通れる場所だ。
 浅瀬から数えきれないほどの岩の柱が、天井に向かって伸びている。
 海が長い年月をかけて山脈の中を削って、こんな地形になったらしい。

 険しく高い山脈の中が、こんな空洞っていうのも恐ろしいが……。
 ファンタジーの物理法則は俺達の世界とは違うんだろう。
 リントレアの古城でも学んだじゃないか。

 柱の間を縫うようにして飛んで行く。
 こんな場所を通って、どうやって灯台に行くのか。
 そりゃあ船だろ。
 本来なら、船を使って向こう岸へと渡るんだ。
 飛竜だとその辺、スピードがダンチだな!


 目的地に到着した。
 焚き火の灯りが見えたから、あっという間だった。

 カグナ・ジャタの巨体が、薄ぼんやりと灯りに照らされている。
 遠目だと顔しか浮かんでいないから、生首みたいで怖い。
 しかも心なしか生気がないから、尚更だ。

「汝らか……相変わらず、その蝿に乗っておるのか」

 蝿っていうのは、ひーちゃんの事だろうな。
 ジェヴェンは、無い眉をひそめる。
 無い眉をひそめるって言い方もおかしいな。

「汝は見ない顔だな? いつぞやの小娘はどうした」

「話せば長くなるからまた今度でいいですかね?」

「良い」

「で? 天下無双の歌い竜カグナ・ジャタ様がどうしてこんな辺境で隠遁生活なんてしてるのよ?」

「……疲れたのだ」

「我はもう、戦わぬ……我の愛した者が傷付けられ、命を歪に削られた。
 これ以上、どうしろというのだ。我には、解らぬ」

「え……?」

 傷付けられ、命を歪に削られた……何だよ、それ。
 歪められたんじゃなくて、削られたって?

「どういう事ですか」

「……一目でも見れば、汝も理解できよう」

 俺達が返事をする前に、

「あー! お前ぇー!」

 素っ頓狂な声と共にカグナ・ジャタの陰から現れたのは、画家だった。
 画家は何故か、ケンカキックで襲撃してくる。

「うっわ!? な、何、俺!?」

「そうだよ、お前だよ! シン! お前のせいで、俺は、俺は!」

 暗がりからやってきたから気付かなかったが、その画家の手は……。

「どうしたんですか、その、手!」

 ぶらりと下げられていた画家の両腕は、ケロイド状に焼けただれていた。
 まるで火の中に突っ込んだみたいに……!

「お前の故郷には、足で踏む絵はあったか?」

「――踏み絵、ですか」

 そういやボラーロで、ちょっとだけ話を聞いたぞ。
 よりにもよって、コイツに描かせたのか!

「そう。ミランダさんの絵を描かされた。あいつらは次々と、街の連中にそれを踏ませた!
 強く、強く踏んで、キャンバスはボロボロに擦り切れた。そしたら次の絵を描かされた」

「むごい事をするわね……」

「当然、拒んださ。そしたら、焼かれたんだよ。しかも、指の骨も粉々だ。飯を食うにも一苦労さ」

 画家は鼻をすすり始めた。
 泣きたくなる気持ちは、よく解る。
 むごい。こんなの、むごすぎる。

「お前に関わって、その結果がこれだ……! お前が変な夢を見させたりしなけりゃ、俺は絵を描き続けられた! たとえ、望まない絵だったとしても!」

「それは違うと思うなー」

「お前に口出しされるいわれは無ぇ!」

「わ!? わっ!? なんで!? あたし間違ったこと言ってないよね!?」

「蹴るんじゃない!」

 八つ当たりは良くないだろうが。
 俺とファルドでどうにか止めるが、画家はまだ鼻息を荒くしている。

「クソが! なんで、よりにもよって俺の師匠と同じなんだ……」

「師匠?」

「ちょっとした事故で大やけどして、利き手を失っちまったんだ。
 もう片方の手で描く事自体はできたんだが、思うように描けなかった。ある朝、俺が食事を運びに行ったら……自殺してたんだ」

 マジか……。
 くっそ、ここに来て、またしてもこれか!
 俺は、どうやって声をかけてやればいいんだ!?
 俺と関わって抱き枕を作ったが為に魔女の墓場に目をつけられて、画家は俺を恨んでいる。

「俺も、何度も自殺を考えた。だがよ、俺はその為の手すら無いんだ!
 こんな手じゃ、何も掴めねえ! お前、責任取って俺をこの場で殺せよ!」

 パシッと乾いた音が、突如として響き渡る。
 これまた見覚えのある人物が、画家の頬を叩いたのだ。
 俺が人生を狂わせた、そのもう一人だ。

「ミランダさん……!」

 ファルドが表情を緩めたが、すぐに顔色は困惑を帯びた。
 ミランダはお辞儀をするだけで、何も言わないのだ。

「どうして喋らないのかしら」

 やっぱり、嫌われちまったのかな……。
 いや、だがそれだとビンタの理由が解らない。

「違う。“喋れない”んだよ」

 画家が、悔しさを湛えた声音でそう語る。

「――!」

「舌を切り取られて、歌えなくなっちまったんだ……」

 ふざけんなよ……!
 なんでこんな事をされなきゃいけないんだ!

 喋れなければ、歌えない。
 まして、ミランダ達には高度なヒールを使える奴は一人もいない。
 ルチアが言うには、失われた器官は三日以内に治療しないと元に戻らない。

 もう、タイムリミットはとうに過ぎているだろう。
 ……じゃあ、もう無理じゃねえか。

「ミランダさんは、俺を恨んでいますよね……」

 俺の問い掛けに、ミランダは笑顔で首を横に振った。
 そのまま、俺の手をにぎる。

 やっぱ凄いな、ミランダ。
 こんなにされても、俺を恨まないでくれるんだな……。

 ふと、ミランダは何かを書くようなジェスチャーをした。
 俺はその意味を正しく理解できているか不安なまま、紙とペンを渡す。

《どうか、魔王を、魔女の墓場を、止めて下さい。
 この二つが止まれば、きっと、もう私のような悲劇はそう簡単には生まれないでしょう》

 紙にはそう書かれていた。
 いや、まだ続きがある……?

《貴方は私に、夢を見させてくれた。
 とても幸せな夢でした。
 もう叶わないと諦めていた夢を、一瞬でも見させてくれた貴方をどうして恨むことなどできましょう?》

 添えられたメダルは、蓄音機に使うものだ。
 そうか……このメダルに、ミランダの歌声がしまってあるんだな。

「ありがとう……」

 ああ、ちくしょう。
 涙が止まらない。
 久しぶりに泣かせやがって!

 オーケー、判った。
 止めてやる。
 この悲劇を二度と繰り返させるものかよ。


「……と、とにかく、みんな生きてて良かったと思います」

「良くねえ。ちっとも良くねえ」

 慌てて取り繕うファルドに、画家は腕組みをして座り込みながら吐き捨てる。
 その様子を見て、アンジェリカはまた肩をすくめた。

「あっそ。でもごはんは食べさせて貰ってるんでしょ」

「あ、いや、まあ、その……そりゃ、そうなんだがよ……」

 なんて解りやすい。
 めっちゃ恩恵に預かってるじゃねえか。
 ……絵を描けないのは、辛いだろうがな。

「ひょっとしたらシモの世話もして貰ってるんでしょ」

「あぎ!? し、下!?」

 あのさあ……。
 そういう畳み掛け方は、正直どうかと思うんだよ。

「こーら、アンジェリカちゃん。女の子がそんな事を言っちゃ駄目だゾ」

「うっさい。アンタに言われたかないわよ」

「とりあえず、カグナ・ジャタ。アンタが閉じこもってたいなら、そうしなさい。それも一つの選択よ。間違っちゃいないと思うわ」

 一拍置いて、アンジェリカは続ける。

「けど、いつまで持つかしら? 魔女の墓場はアンタ達を追い詰めようとしている。理由は判らないけど、帝国はここを戦場に――」

 突如、ドスンと重たい音が辺りに響いた。
 パラパラと、破片が天井から落ちてくる。

 俺達は一斉に、カグナ・ジャタの下へと隠れた。
 屋根にして悪かったな、カグナ・ジャタ!

「――何だ!?」

「外からだ!」

「ミランダさんはどこ行った!」

 いない!
 忽然と姿を消しているのは、どういう事だよ!?

「な、何ぃいいい! ミランダさん! どこだぁ! まだ危ない!」

「安心しろ。彼女は仲間の安全を確保しただけだ」

 ジェヴェンの落ち着き払った声が、俺と画家の狼狽を止めた。
 声の元を辿れば、ひーちゃんが空を飛んでしっかり守ってくれていた。
 その下には、ルーザラカやセレジー、そして楽団の姿もあった。

 ひとまず、胸を撫で下ろす。
 いは、無事で良かった。
 急にいなくなるの、マジでトラウマだからやめてくれ。

「厄介事は待ってくれないわ」

 アンジェリカはため息混じりに言う。
 カグナ・ジャタは反論できず、黙っていた。
 他の連中は、カグナ・ジャタがこれから何を言うかを伺っているようにも見える。

「これでもまだ、逃げ隠れするの?」

 アンジェリカはいつになく真剣な眼差しで、カグナ・ジャタに問う。
 カグナ・ジャタ……お前は、どっちに転ぶんだ?



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