自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第百一話 「ヴィッカネンハイム夫人の家に……」


 人数が増えた。
 流石にもうテレポートでの移動は厳しいな。
 メイのテレポートに便乗するには、本人に触れていないといけない。

 今の俺達は六人だ。
 ファルド、アンジェリカ、メイ、俺、ドーラ。
 そしてロミヤ。

 この人数だともう一定方向に走れないから、テレポートは発動しない。
 これがよくある漫画や小説の世界だとテレポートが都合よくレベルアップするんだろう。

 ところがどっこい……っ!
 これが……現実……っ!

 あいにく、もうひとつの現実世界なんだ。
 そう都合よく行くワケがない。

 だから徒歩だ。

 整備された道を歩いて行くのが一番いい。
 コソコソ逃げ回るのは、やめにした。


 道中、俺達は情報交換をした。
 近況報告って大事だよな。

 ファルドは既に数えきれないほどの灰色連中を消し炭にしてきたらしい。
 何と、あのエスノキーク魔法学校にもたむろしていたという。
 無人かと思ったが、倒しちまってたのか……。

 いや、奴等の殺生の是非は問わないと宣言したばかりだ。
 この際、言いっこ無しだろう。

 それと直近の問題といえば、やっぱりロミヤだ。
 コイツは何を考えているのかさっぱり読めない。

 二回しか会ってないのはともかく、ろくに会話もしてないからな。
 そのツケが回ってきたな。
 ここは一つ、アンジェリカを頼るか?
 ここまでの会話から察するに、アンジェリカはかつていじめられていたロミヤを助けた事がある。

『でも強がって、突っ張って、気に入らない事に首を突っ込んで、助けた相手にまで煙たがられちゃ世話無いわよ』

 いつかに、アンジェリカはそう言っていた。
 その煙たがった奴って、ロミヤだったんだな。

「い、行かなきゃ……急がなきゃ」

 そんなロミヤが、また何か妙な事をつぶやき始めた。
 突拍子もないセリフだが、こういうセリフが出てくるパターンは二つに一つだ。

 一つは改心して、実はこういう事に加担していましたと告白するパターン。

 そしてもう一つは、改心したフリをして罠にはめようとするパターンだ。
 俺はロミヤを睨む。

「罠に掛けようとしたら、命の保証はしないぞ。今度はアンジェリカは庇ってくれない」

「ち、違うのよ! ファルドくん、急いで!」

「急ぐって、何を……?」

「ファルドくんのお父さんとお母さんが、殺されちゃう!」

「――!」

 てめええええええ!
 そういう事は、もっと早く言え馬鹿野郎!

「急ぐぞ!」

 くそったれが!
 もっと早くに白状してくれたら、感動の再会は後回しにしたっていうのに!
 よりにもよって、親が殺されようとしているとか!

「メイ! ファルドとアンジェリカを連れてテレポートだ! 俺達は後から追い付く!」

「わかった!」


 少しでも早いほうがいい。
 そう思って送り出した。

 それからちょっとしたら、遠くで煙が上がった。
 あれは、ファルド達が戦っているんだろう。

 俺は息を切らせない程度に走りながら、ロミヤを見る。
 コイツの本性は堕落しているのか、見極めなきゃな。

 今のところはおとなしい。
 だが、それがずっと続くかどうかは判らない。
 もしかしたらヴェルシェの手駒の一人かもしれない。
 それを考えれば、油断は禁物だろう。

「少し、呼吸を整える。シン殿、そしてロミヤ。戦いに備えるぞ」

「助かります」


 *  *  *


 だが、俺達がたどり着く頃にはもう、戦いは終わっていた。

 無残に破壊しつくされた街。
 のどかな片田舎だったフェルノイエは、もはや見る影もない。

 戦いが始まる前から、こうだったのか。
 それを知るすべはない。

 そんな事より、ファルドだ。
 横たわった男の前で、ファルドは泣き崩れていた。

「親父、駄目だ! 親父……ッ!」

「あの人は、ヒルダ・フォン・ヴィッカネンハイムは……! お前の本当の、母親、だ……ッ! 行け、ファルド……」

 聞き覚えのある、厳かな声だ。

「ヴィッカネンハイム夫人の家に……」

「親父ッ!!」

 ファルドの前にいたのは、たった今死に絶えた父親……ニールだった。
 胸から腹にかけて突き刺さった太矢。
 素人目に見ても、致命傷だ。

 ……間に合わなかった。
 今度は、間に合わなかった。

「ちくしょう、こんなのって、アリかよ!」

 アンジェリカも、ファルドの隣にふらふらと歩み寄って、肩を抱く。
 それから、大声で泣き始めた。

 メイもいる。
 今までみたいに、姿を消したりなんてしなかった。
 遠くで、立ち尽くしていた。

「メイ」

「ごめん、シン君……また、あたしは役に立てなかった」

「悪いのはお前じゃない。お前は何も、悪くない」

 だって、ファルドの両親に突き刺さった太矢は、まだ刺さってからそんなに時間が経っていない。
 つまり、ついさっき誰かが放ったものだろう。
 遅かろうが早かろうが、関係無かったのだ。

 もしもこの場で誰かがメイを責め立ててみろ。
 そんな奴は、男女平等パンチで薫陶くんとうを授けてやる!

「ファルド!」

「……」

 あとは、そうだな。
 ロミヤは、嫉妬心を利用されただけだ。
 寝取ろうとしたから過失は皆無じゃないが、今のうちに釘を差しておこう。

「ロミヤは殺すなよ」

「……わかってる」

「悪いのは、あいつらだ」

 魔女の墓場。
 そしてヴェルシェだ。
 あいつらは、俺達の心を折るためなら何でもする。

 俺達が何をしたっていうんだ?
 ただ、世界を救おうと、魔王軍を倒そうとしただけだ。

 ……それが気に食わなかったんだろうな。
 元々の筋書きが気に入らなかったから、ヴェルシェは魔女の墓場を利用した。
 そうして、俺達全員の大切なものを奪おうとしている。

 徹底抗戦だ!
 泣くまで殴ってやる!

 そのためにまずは、ヴィッカネンハイムの屋敷に行かなきゃな。

「だが、ヴィッカネンハイムって誰だ……いや」

 ヒルダ・フォン・ヴィッカネンハイム?
 ちょっと待てよ。
 ヒルダ……ヒルダ……ああ、思い出したぞ。

「メイ。魔女の互助会って、確かヒルダが仕切ってたよな?」

「あ、うん……でも、屋敷は結界に守られて、姿を消してる筈だよ」

「試してみないか。もしかしたら、って事もあるだろ」

「そうだね」

 エマとニールは実の親ではないにしても、ファルドにとっては本当の親みたいな存在だった。
 その二人を失った今、ファルドに会わせないといけない。

 ……言いたい事は、山ほどある。
 設定と違うじゃないかとか、誰だよヒルダってとか。
 ファルドの両目が赤くなったのも、謎の剣も、妙に寝相が上品なのも、実はヒルダ絡みだったのか……とか。

 こんな場面で簡単に予想できてしまうのは、俺が創作者の端くれだからか?


 これを口にしようものなら、不謹慎だと言われるだろうな。
 俺だって悲しいんだよ。

 レジーナの石化みたいに、実は治せるんじゃないかって希望は無い。
 アンジェリカの時みたいに、実は生きていたパターンなんて望めない。
 王様みたいに伝聞じゃなくて、目の前で死んじまったんだぞ。
 本当は泣き崩れたいよ。

 こんなにされちまったんだ。
 夢と希望はどこに行ったんだって、叫びたいよ。

 ……だがよ。
 それをして前に進めるか?
 誰かが悲しみに足を止めている分、俺が前に進んで道を切り開かなきゃいけない。
 涙の数だけ前に進むんだよ。

 それこそが、俺が俺自身に課した役割の……その本質だ。


 *  *  *


 テレポートは三回に分けて行われた。
 ファルドとアンジェリカ、俺とドーラとロミヤ。
 それから、ニールとエマの亡骸だ。
 フェルノイエでは、まともに供養してもらえるとは思えない。

 本当は、アンジェリカの両親も気掛かりだったんだがな。
 気を利かせたメイが、それについては調べてくれた。

 ……留守だった。


 で、だ。
 ロミヤを置いて行くかどうかでちょっと揉めたが、最終的に連れて行く形になった。
 何せ魔王軍か魔女の墓場、どっちがロミヤのバックについていたとしても、使い捨てにされるリスクは否めない。

 放っておくと、また面倒事を持ってきそうな気はするしな。
 手元において監視したほうが、リスク管理の観点で妥当だ。


 鬱蒼と生い茂る森。
 鳥の鳴き声すら聞こえない静寂の森に、その屋敷は佇んでいた。

 ツタの這った古いレンガ造りの壁は、どこか時代がかったものを感じさせる。
 ここが、ヴィッカネンハイムの屋敷だろう。

 金髪に白い肌、そして赤い両目の女性がその屋敷の入り口に立っている。
 外見年齢で言えば二十代後半だ。
 ドーラとさほど変わらないように見える。

 若い頃に魔女になったのだろうから、歳を取らないんだろうな。
 ファルドの年齢から逆算して、少なくとも十七年前には魔女になってる筈だ。
 ファルドが前に出て、恐る恐る尋ねた。

「あなたが、ヒルダ・フォン・ヴィッカネンハイムですか」

「……ようこそ、ファルド・ウェリウス」

 艶のある声はしかし、母性とはまた違う。
 己にファルドの母親を名乗る資格はないと言外に卑下するような、そんな憂鬱さを感じさせた。



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