自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
第九十六話 「往くな。貴公らは生きよ」
この私、テオドラグナ・カージュワックは……。
大陸連合会議を魔王軍から守るべく、遠征していたのだ。
会議場として選定されたのは、帝国領東端の街。
グルツ峡谷の付近に存在する街、ガルセナだ。
我々連合騎士団はガルセナへ攻め入るであろう魔王軍を迎え撃つべく、メルツホルン線の北部にそびえ立つシュトランツェ要塞を攻撃目標に設定した。
斥候によれば、会議を事前に嗅ぎ付けた魔王軍がここで兵を集めているとの事だった。
だが、会議場から出兵するまさにその刹那。
魔王軍は突如として現れ、ガルセナの街を包囲した。
先鋒に立つは、魔王。
魔王は高らかに宣言した。
「勇者を差し向けるつもりが無いなら、お前達に手は残されていないと見なす!
残念だが、俺は約束通りに攻めこませてもらうぜ。人類諸君!」
国王陛下は何も言わなかった。
もはや何を言おうと、魔王は容赦などしないだろうという事は、陛下もお見通しであったのだろう。
そして魔王軍は、悪鬼羅刹の如く押し寄せてきた。
犠牲者を幾つも出しながらも、連合騎士団は守りに徹するほか無かった。
王国以外の君主は到着していなかったため、私は国王陛下とその臣下をお守りしてさえいれば良いのではと考えていた。
たとえ刃が折れても、私の命を捨ててでも、せめてこの方々だけは。
しかし、陛下は仰せられた。
「往くな」
「何故です。我々が征かねば、陛下は討たれてしまいます」
「妻に先立たれ、十年余りが経った。子は皆、国を任せるに足る程に、立派に育った。
儂のような老骨はもう先が長くない。老境に至り、何かをしでかす前に、早々に身を退くのが作法というものよ」
死を覚悟した顔だ。
「死に場所が魔王軍との戦さ場とは。神も粋な計らいをしてくれる……妻には叱られるやもしれぬが、淑女を待たせるのは儂の趣味ではない」
「しかし!」
「往くな。貴公らは生きよ」
陛下は馬を走らせ、単騎にて突撃。
私は陛下の言いつけを守るなど、とてもできなかった。
私の祖先たる鉄拳騎士ギタンは、義にもとる行為を看過しなかった。
時には主君に背いてでも、義を貫いた。
ゆえに、私もそうしたかった。
……結論を言えば、間に合わなかったよ。
「フンッ、良き戦さであった。貴公らの顔、冥土の土産に覚えておくぞ! ふは、フハハハハッ!」
陛下は斃れた魔王軍の亡骸に腰掛け、それから地面から剣を引き抜いた。
生き残った魔王軍は、未だ多勢。
元より単騎でそれを全て討ち取るなど、常人に成し得る事ではないのだ。
「言い残した事はあるか」
先刻より陛下と戦っていた狼のような鎧の男が、陛下に問う。
「今、往くぞ。シーアレット。儂が愛した、唯一人の妻よ……」
「然様か。これにて御免」
狼が、陛下を斬った。
宙を舞う、陛下の御首。
それを彼奴めは足蹴にした!
「約束は守るぞ、アリウス。貴様の首と引き換えに兵を引く」
彼奴はそう言って、踵を返した。
残る軍勢もまた、それに続く。
私達が追いつく事は出来なかった。
戦場に虚しく横たわる、陛下の亡骸。
その上に置かれていた貝殻を、私は手に取った。
私はこの貝殻を知っている。
死者の声を伝えるという、王家に伝わる秘宝だ。
陛下が酒の席にて、私に教えてくれた。
何かがあった時、これを持ち帰れと。
『儂の命と引き換えに、民には手を出さぬと約束せよ!』
貝殻に耳を当てると、陛下の声が聞こえてきた。
連合騎士団の者達も、順々にそれを聞く。
誰もが、涙を流した。
「陛下は、民を守る為に……!」
「ミルドレッド殿下にお伝えしろ。貴方のお父上は勇敢だったと……」
「ただ、ただ、無念であります! あの汚らわしい魔物共の刃から、我らが国王をお守り出来ぬとはッ!」
「堪えろ! 陛下は死を望んでおられた。我々の敵は魔王であるという事を、その身を以て教えて下さったのだ」
「殿下に、そして勇者に望みを託した陛下の想いを無駄にするな!
これは仇討ちに非ず! 魔王軍の討伐よ! 続けェ!」
「応ッ!」
* * *
だが、戦には敗れた。
私は彼らを止めたかった。
それでも、止められなかった。
力及ばず、敗走した。
戦場には、兵士達と……陛下の亡骸が残った。
私は残り少ない兵を率いて、敗戦と陛下の討死を報せるべく城下町へと戻った。
そんな私達を待っていたのは……。
「至急、この者を捕らえよ! 我が父アリウス王を戦に乗じて暗殺した、逆賊である!」
ミルドレッド殿下は、私を睥睨してそう告げた。
先んじて帰国していた者達が、私を謀ったのだろうか。
悪しざまに歪み伝えられた情報により、私は逆賊へと貶められた。
……上等だと、私は奮起した。
元より主君を守れぬ弱者であるならば、騎士の位など無用。
しかし、ふと思った。
陛下が私に「生きよ」と仰せられた、その意味とは何だ?
イノシシ喰いの王と異名を轟かせた、陛下の事だ。
私の猪突猛進ぶりを諌めるつもりではなかっただろうか?
私は城下町を追われ、山を越え、野を駆けた。
道中にて馬が力尽き、ろくに眠れぬ夜を過ごし、追手を返り討ちにしながら、やってきたのがこの場所だった。
笑わせる。
ギタンは、義に殉じた高潔な騎士であった。
その末裔たるカージュワック家の、この私が。
今は醜く生き存えようとしている。
血は途絶えずとも、魂は途絶えたのか。
いや、その血すらも、遠からぬ内に途絶えるだろう。
兵は皆、散り散りになった。
どこへ消えたのかも判然とせぬ。
父はこの件の責任を取らされたやもしれぬ。
もし、処刑されたなら……私には何も残されてはいまい。
あるとすれば、泥に塗れた矜持の残り火だけだ。
自嘲しながら、私はこのうらぶれた城の門戸を叩いた。
門は頑として開かず、代わりに降り注ぐガラスが私を出迎えた。
飛び出してきたのは、アンジェリカ殿だった。
遠征続きで委細を知らぬ私にとって、アンジェリカ殿の姿はまるで幽鬼のそれであった。
服は破れ、悪漢に嬲られたかのような出で立ち。
しかし、その顔は口元を釣り上げていた。
何より様変わりしていたのは、目だ。
夕暮れに浮かぶ雲のように美しかった灰色の目は赤く染まり、さながら雪に血を垂らしたかのような目となっているではないか!
アンジェリカ殿は叫んでいた。
「どいつもこいつも、世界を救う気が無いのかしら! ムシャクシャするわ……さあかかってきなさい、魔物共! 私の八つ当たりに付き合ってくれたら、首を差し出してやってもいいわ!」
……首、か。
私は、アンジェリカ殿を止めようかと思った。
彼女まで命を捨てる理由は無かろう。
だが、手負いの私では、今のアンジェリカ殿を止められる力が無い。
魔女と化し、修羅に堕ちた彼女は、強すぎた。
何がアンジェリカ殿を変えてしまったのかは知らぬ。
もしや、彼女も謀られたのだろうか?
枯れ果てた堀に身を隠して様子を伺う事、暫し。
私は一向に終わらぬ虐殺に、すっかり気が萎えてしまっていた。
もう、この世は見捨てられたのではないかと。
「――その矢先に、貴公らが現れたのだ」
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