自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!
第九十三話 「私を笑いたければ、どうぞ」
こうして地の文にて皆様に心中をお見せするのは、おそらく初めてだと思います。
改めまして、ルチア・ドレッタです。
このような事を申し上げると「メタい」と言われてしまいそうですね。
ただ、そうせねば心の平静を保てないのも、人が持ちあわせてしまった弱みです。
どうかご容赦頂ければ、助かります。
レジーナさんとは一度だけ、お話しました。
その時に私の持つこの特性を“第四の瞳”と名づけて頂いた事をここに独白します。
* * *
周りの大人は、いつも勝手です。
……それに振り回されるだけの私も、巡り巡って数多くの方々にご迷惑をお掛けしているのは、否定しようのない事実なのでしょうけれども。
私は魔女の墓場へと所属を移され、本部の寄宿舎で軟禁されています。
「ルチアさん、どうしたんスか?」
ヴェルシェさんと、二人きりで。
「考え事です」
かつてはザイトン司祭の奸計に掛かり、ファルドさん達の所へと人質という形で出向させられていた私。
その私をどうして、アンジェリカを手に掛けた魔女の墓場が迎え入れたのか。
これもまた、何かしらの策略なのでしょうか。
……或いはあのお節介な兄が、私だけは失うまいと奮闘した結果なのか。
「アンジェリカさんの無実を、晴らしたかったのですけれど……ある日突然、実は生きていました! ――なんて事、ありませんよね」
「残念ながら、生存は望み薄ッスね」
「そう、ですよね……どうして、皆さんを助けられないのでしょう……世界を救う為に戦ってきたのに、どうして謂れ無き罪を背負わねばならないのでしょう」
非現実的すぎて、あまりにも唐突すぎて、涙も出ません。
ファルドさんは今や、国に仇をなす逆賊だそうです。
シンさんはメイさんと共謀し、ファルドさんをそそのかした、魔王の手先だとか。
……飛竜は、魔女の墓場が接収しました。
なんでも、元々はジェヴェンさんが乗っていたそうです。
それらを勘案するに、やはり私が魔女の墓場へ移された事に、兄も一枚噛んでいるのは間違いないでしょう。
皆が助からないのでしたら、私一人の命など紙くずにも劣るというのに。
「……みんなの事は、その、残念だったッス」
「やはり、どうにもできないのでしょうか」
「残念ッスけど……でも、でも、ルチアさんだけは守るッス! キリオさんと約束したッス!」
「魔王は、誰が倒すのですか?」
「連合騎士団が総力を挙げて討伐に動いている所ッス。聖杯は魔女の墓場から受領したから、何とかなる筈ッス。もう、ルチアさんは戦わなくていいんスよ」
「そうですか……」
箱入り娘として蝶よ花よと過保護に育てられた私を迎え入れてくれた教会すらも、私を薄汚い争いのダシに使っただけでした。
そして、勇者と共に旅に出る事すらも。
それでも、私は幸せでした。
私の捻じ曲がった臆病な心に、勇気をくれたファルドさん。
自分を貫くことの大切さを、自ら行動することで示してくれたアンジェリカさん。
狭い世界で育った私に、世界の救い方にはこんな方法もあるんだって教えてくれたシンさん。
鉱山では命を救って頂いた。
口では文句を言いつつも、私の趣味を否定せずに見守ってくれた。
こんな私でも居場所があると、言葉にせずとも表してくれた。
みんな、私にとっては特別でした。
返して下さいよ。
私がやっと、好きになれたあの日々を。
ただ恐怖するばかりだった臆病な私を、強く育ててくれた冒険の日々を。
それを授けて下さった、大切な仲間達を。
「あの、少し、一人にさせて下さいませんか? すぐ、戻ります……」
「辛い事ばかりッスからね……自分にできる事があれば、何でも言って下さいッス! 自分は、ルチアさんの味方ッスから」
――嘘ですよね?
ヴェルシェさん。
怪しいのは貴女だけでした。
アンジェリカさんの髪の美しさを、貴女は具体的に挙げられなかった。
女子力(笑)に疎い私ですら、枝毛なきキューティクルを褒める程度はできたというのに。
他にも、怪しむべき点は幾つもあります。
私達がフォボシア島へ向かおうとしていた矢先の、ヴェルシェさんの加入。
グリーナ村での井戸潜みの発生。
フェルノイエ到着直後に現れた、黒い馬車。
ボラーロへ到着するや、船が出払っていてフォボシア島へ向かえなかった事。
……やっとの思いで到着したら、今度は魔女の墓場と居合わせた。
どれも、偶然にしてはタイミングが良すぎました。
まるでフォボシア島へ向かう事を予見していて、私達をわざとそのタイミングに合わせたかのようです。
だからこそ、レジーナさんがスナファ・メルヴァンとして現れた時。
メイさんから聞いたと嘘をついて、私を分断させたのでしょう。
見当違いの方角から遠回りすることで、時間稼ぎをするために。
それに貴女、本当は物語によく出てくる“転生者”ではありませんか?
私も小説家を志す、創作者の端くれ。
この手の展開が存在しないとは思えません。
現にシンさんは見るからに異世界人でしたし、メイさんだってあの言動はこの世界からは隔絶された何かを感じます。
“ありえない”なんて事はありえない。
超常現象は必ず存在します。
……これを言葉にしようものなら、私も異端者として裁かれていたかもしれません。
ですので、頑なに口を閉ざしておりました。
けれど、貴女はどう見てもこの世の存在ではありませんもの。
だって、シンさんやメイさん同様、貴女からも体温を感じなかったのですから。
貴女が何を思って謀ったのか、私には解りかねます。
でも、いずれは白日の下に晒してご覧に入れましょう。
それこそが志半ばに散っていった親友への、私の手向けと代えさせて頂きます。
カグナ・ジャタさんとミランダさん、それに名も知らぬ画家さんは、台頭した魔女の墓場によってボラーロを追われました。
なんでも人々の心を乱すとか、そういった理由だそうです。
好きなものを好きと言っただけです。
作りたいものを作っただけです。
何も、あの方々は人道に反した行いを尊ぶような輩ではありませんでした。
なのに、魔女と触れ合っただけであの仕打ち。
少々、身勝手が過ぎるのではありませんか?
どうして世界は、女を斯くも蔑ろにできるというのでしょう。
私にも堪忍袋というものはあります。
幼い頃の経験ゆえ大抵の些事は笑って流せる私ですけれど、彼らは明らかにやりすぎました。
……ドレッタ家の家訓に、このようなものがあります。
『度を越した悪事にはその三倍の苦痛を以って報いるべし』
また、このようなものも。
『鉄槌を下すにあたって、他人の手を借りる事を躊躇するな』
父は嫌いです。
けれどそれは、父の行いが嫌いなだけです。
かつては尊敬していましたもの。
都合よく家の名を使うなんて、私もどうやら血は争えないみたいですね。
……魔女の墓場と因縁浅からぬ関係にあり、且つ女性の自立を至上の命題としているお方を、私は知っています。
今こそ、テオドラグナ・カージュワックさんの手を借りるべきではないかと思うのです。
ヴェルシェさん。
貴女は、皆さんが好きだと仰った。
けれどその気持ちが本物でない事を、私はよく存じ上げているつもりです。
貴女が最後の最後で裏切ったように、私も貴女の計画を根本から崩して差し上げます。
失敗しても、私の紙くずにも劣る命を差し出すだけでしょう。
「私を笑いたければ、どうぞ」
愚行は先刻承知です。
それでも、私は絶対に許さない。
――情熱を冷笑する人たちを、絶対に許さない。
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