自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第九十二話 「俺は……もう二度と、エタらない!」

 あれから三日ぐらいか?

 今や国中を敵に回している。
 どころか、共和国も、帝国も、連邦も、みんなで俺達を敵視している。

 俺は命からがらメイを抱きかかえて逃げ、迷いの森を抜けた先へと辿り着いていた。
 そこは、俺とメイが最初に出会った場所――“秘境の祠”だった。

 すっかり日は落ちて、月明かりだけが淡く照らしている。
 パソコンの灯りが無ければ、とてもじゃないが歩けない。


「残されたのは……」

 俺と、気絶しっぱなしのメイだけだ。
 それと、パソコンか。
 パソコンを持って行かれなかったのは、奇跡だよな。
 だが、パソコンは別にいい。

 それ以外は、何もかもを奪われたのだから。


 ファルドは怒り狂って、レイレオスを追いかけたのか行方不明。
 アンジェリカは死んだ。
 ルチアは魔女の墓場にいる。
 ジラルドとビリーは囚われの身だ。
 ひーちゃんも合流できなかったが、接収されたんだろうな。

 ヴェルシェが裏切って、このザマだ。

 もう、例えるなら小説のブクマと評価が軒並み取り消されてて、気が付けば感想も消されてる状態。
 信じていたのに!
 ……なんてな。

 とんだお笑い種だよな。
 まさか流行りのジャンルをほぼ総ナメした挙句、こんな結果になるなんて。


 異世界。
 割と満喫した。

 ハーレム。
 短い夢だった。

 ドラゴン。
 仲間になった。

 魔物娘。
 一応、魔女はそういうカテゴリーでいいだろう。

 悪役令嬢。
 ……エリーザベトをそこに分類すべきか迷ったが、まあいい。

 復讐モノ。
 世界中が手のひらを返したって意味では、俺達の置かれた状況にピッタリだな。

 魔王。
 倒しに行くのは、どうやら俺達じゃないらしい。


 ……とは、いってもな。
 このままで終わらせるか?
 諦めて寝るか?
 俺だけ、元の世界に帰るか?

 無理だろ。
 無理に決まってるッ!!

 俺の全細胞が叫んでいる。
 心が、魂が、ぐつぐつと煮えたぎっている。
 ――取り戻せ! と!

 コテンパンにのされて「やられました」で済んだら、そこで試合終了ですよ。

 情熱がある。
 冒険したい世界がある。
 一緒に冒険したい仲間がいる。
 心を突き動かされる物語がある。

 だから、俺は――。

「俺は……もう二度と、エタらない!」


 以上、宣言終わり。
 じゃあ、これからの事を考えよう。

 まずは俺が祭壇の上に寝かせた、黒髪の少女。
 たぶん、これはメイの本来の姿だ。
 連れて行くうちに少しずつ薄紅色の粒子がメイから剥がれていって、こんな姿になった。

 背丈も胸も縮んでいるし、狐の耳と尻尾も無い。
 髪は、襟首周りまでのボブカットにまで短くなっている。
 上半身は野暮ったい黒ジャージに下半身短パンという、夏らしい部屋着。

 だが、赤いアイラインこそ無いものの、顔立ちはそのままだ。
 ……普段は眼鏡なんだな。
 紅いフレームの眼鏡だ。よく似合ってると思う。

 あ、ちなみに仮面とマントはポロッと外れた。
 付けられなくはないが、ジャージ短パンなのに仮面とマントって完全に変質者だからな。
 それまでの格好も充分に痴女だが。

「ん……」

 黒髪の少女、メイが寝ぼけ眼をこすりながら起きる。

「やっとお目覚めか。怪我は、治ってるみたいだが」

「あ、え!? なんで、姿、戻って……!」

 メイは自身の服装に目を移して赤面した。
 それから、両腕で顔を覆いながら祭壇の裏側に隠れる。

「み、見ないで……あたしを見ないで!」

「おい、ど、どうしたんだよ」

「怖い……!」

 ありのままの姿を見せるのは、そんなに怖いのか?
 いや、だが。
 メイの話をよく思い出すんだ。

 引きこもっていたらしいじゃないか。
 容姿に対して何らかのコンプレックスがある?
 ……顔は、俺のセンスがズレていなけりゃかなり可愛い部類だと思うんだが。

 とはいえ、本人が見るなと言ってるんだ。
 無理やりこっちを向かせるのは、紳士的じゃないな。

「助けてくれて、ありがとな」

「……また失敗しちゃった」

「何が」

「全部。ザイトンが裏で企んでた事とか、みんなの冒険を邪魔しようとしてた奴とかを、あたしはどうにか遠ざけようとしたのに……」

 メイの、すすり泣く声が聞こえてくる。

「……あたしが一緒にいると、みんなの邪魔になると思ったの。だから、裏から頑張ったんだよ?
 ジラルドに根回しして、シン君を邪魔する誰かを見張ってもらうようにして……でも、結局、全部、全部無駄になっちゃったよお……!」

 そう、だよな。
 確証はないが、魔女の力ってのは気が強くなる効果でもあるんだろう。
 その仮面が剥がれた今、メイの心は丸裸も同然だ。
 そんな状態で心が折れれば、立ち直るにも一苦労というものだろう。

「……」

「――! シン、くん……?」

 気がつけば、俺は無言でメイを抱きしめていた。
 そうする事が、今の俺にできるたったひとつの恩返しだと思ったんだ。

「俺はメイを疑った。何度も、何度も。ごめんな。本当に、ありがとう」

 助けに来たあの瞬間に、やっと俺は心の底からメイを信じる事ができた。
 というより、最後の防波堤なのかもしれない。
 これで自作自演だったりしたら、いよいよ人間不信になる。

「パソコン、貸して」

 言われるままに、俺はパソコンを貸した。
 今更、何の役に立つとも思えないが。

 画面を見る。
 小説投稿サイトで、俺のアカウントをログアウトさせ、メイは自分のアカウントでログインした。
 ユーザーページの名前には、しっかりと表示されていた。

 “紅鐘みこと”という名前が。
 なりすましなんかじゃない。

 次にメイが見せたのは、画像検索したらしい、自分の写真だった。
 ……コスプレイヤーだったんだな。
 間違いなく、メイだった。

 普通コスプレイヤーは、自分を引きこもりとは言わない。
 間違いなく何かがあった。
 どんな事情があるのか、俺はそれを知らない。
 見せるのは、きっと辛かっただろう。

 指、震えてたもんな。
 俺は再び、メイをしっかり抱きしめた。

「メイ。メロスがセリヌンティウスに殴ってもらったように、お前も俺を殴ってもいいんだ」

「やだよ。疑われたのは、あたしの落ち度だもん。あたしのほうこそ、ごめんね」

「謝るなよ。俺なんて世話になりっぱなしなんだから」


 *  *  *


 そんなに長い時間じゃなかったと思うが、随分と長い間抱き合っていたような気がした。

「……俺は、何としても取り戻す。俺の愛したこの世界を」

「どうやって?」

「それは、その」

 参ったな。
 話の通じないサイコ野郎ばっかり集まる魔女の墓場を背に、どうやって魔王を倒せばいいんだろうな?

『諦めるにはまだ早いニャ』

「ファッ!?」

 パソコンの画面が明滅し、突如としてレジーナの声が再生される。
 俺は咄嗟に画面を見るが、変なアプリは起動していない。

 してない筈、だよな?
 だってダウンロードした記憶も無い。

『ニャーニャニャーン! 今明かされる衝撃の新事実ゥー!』

「……」

『痛いニャ! パソコンは精密機械ニャんだから、叩いたら壊れるニャ!』

 イラッと来るから、あの台詞だけはやめろ。
 よりにもよってそこからパロりやがって。
 ドン・サウ○ンド、絶対に許さねえ!

 ヴェルシェに裏切られたばっかりで、こっちは激オコスティックファイナリアリティプンプンドリームなんだからな。
 修羅度合いを1から10で表せば7修羅くらいには神経逆立ってるんだからな。

 あ、ちなみにファルドは10な。
 完全にプッツンしちゃって理性が飛んでたからな。
 灰色連中も何人か虐殺したし、もう後戻りできない状態だ。

 そりゃ、ああもなるだろう。
 アンジェリカを守れなかったんだ。

「で? なんだよ。この世界に呼ばれてから何度目かも判らない、衝撃の新事実ってのは」

『アンジェリカは死んでないニャ』

 一瞬、何を言われたのか解らなかった。
 どう見たって、あれで生き延びるなんてのは無理だ。

「……マジ?」

『この場面でジョークとか、空気を読まない馬鹿野郎ニャ。普通、この手のお話では人の生死に関わる話は真面目ニャ』

 あの、あなたの存在そのものがジョークだと思うんですが。(名推理)

「早く言えよそういうのは」

『そうは言っても、メイがテレポートで、間一髪で攫って行ったのニャ! 本人から聞いてなかったのニャ?』

「ごめん、言うタイミング、逃しちゃった」

 今までみたいにテヘペロはしなかった。
 まあ、そんな元気も無いだろうしな。

「はあ……」

 どいつもこいつも、タイミングが悪すぎるんだよ。
 これまでの冒険でタイミングさえ良ければもっとマシだった展開、いくつあったと思う?
 数えきれない程あると思うぞ。

「ていうか、もっと早く出て来れなかったのかよ」

『いや、申し訳ニャい。色々と術式を遠隔操作で構築していたら、精度が悪かったもので時間が掛かったニャ』

 コイツはファンネル(仮)でも使って、パソコンの内部に術式を書き込んでたようだ。
 多分そういう事を言いたいんだろう。
 今更、驚くまでもない。
 物理攻撃も魔術も防ぐ、絶対防御パソコンだし。

「現状そうやってパソコンから話してるって事は、本体は無事なのか?」

『残念ながら、絶賛石化中ニャ。ガーゴイルの術も終わっちゃったニャ……』

 意外と長持ちしたんだな。
 いや、術が終わったのはザイトンがついに処刑されたっていう可能性もある。
 大司教暗殺の真犯人は、実はザイトンだったりしてな。
 証拠隠滅を兼ねて殺したというのなら、辻褄が合わなくもない。

『ヴェルシェの裏切りについて、早く伝えられたら良かったんだけどニャ。
 ほら、この小説のサブタイトルって、話ごとのセリフを使ってるニャ?
 二話連続で同じキャラが喋っているのは、現実世界からやってきた奴なのニャ』

「ちょっと何言ってるのかわかんないんですが」

『ふひひ! 気にしなくていいニャ!』

「そうだな。レジーナ、お前はそういうキャラだったよな……」

 知ってた。
 原作の時点でコイツは既にメタ発言を連発する奴だった。
 読者に語りかけたり、この世界には存在しないネタを使ったりするんだよ。

「レジーナ、ごめん……シン君に伝えたら、ヴェルシェが強攻策に出ると思って……」

『事実、連中はかなり焦ってたニャ。今回は勝利の女神がトチ狂って連中に味方しただけニャ。
 しかし、心配ご無用! メイには引き続き、力を使えるように前以て細工を、ちょっとニャ?』

「細工って、何をしたの?」

『聖杯同士で力を循環させるようにしたニャ。依代にした聖杯が奪われてその姿になっても、ある条件で非常電源を作動できるニャ』

「教えて。どうやったら、力を取り戻せるの?」

『その身で愛を証明する事。形式は問わないニャ』

「またえらく抽象的な条件だな」

 それってつまり、愛とやらを証明できれば何をやったっていいって事だろ?
 そもそも愛というものが何なのかだって、現代でもちょくちょく話の種になるんだ。
 哲学的すぎんだよ。コイツの提示した条件は。

『条件をそれくらい抽象的にすれば、複数の方法が取れるからニャ。フラグ管理は大変なんだニャ』

「……あたし、やる」

「やるって、何を」

「レジーナ、ちょっと外で待っててもらっていい?」

『あっ……(察し)。構わんニャ。それがメイの選択かニャ。シンはパソコンを祠の外に置いてくれニャ』

 何を察したんだよ。
 というかその括弧内はどうやって発音したんだよ。腹話術?

 そしてこの場における最重要項目は、これだ。

「一体何が始まるんです?」



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