自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第九十話 「俺と同じ絶望を味わってもらう」


「刑期は三日後、城下町中央広場で路上裁判だそうッス……」

 雪の翼亭の一室にて。
 現場での情報収集から戻ってきたヴェルシェは、どんよりした声音でそう告げた。
 俺達はあくまで勇者一行として、法に基づいた魔王軍討伐を心がけねばならない。

 だから、無理やり奪還するなんて真似をしようものなら、ファルドが勇者として活動できなくなる。
 そのように、王様も決定を下したそうだ。

「その、路上、裁判とは……どのようなものなのですか?」

「裁判とは名ばかりの、石を投げ付ける処刑ッス」

 法に基づいて(笑)。
 何が法だ。変なとこで中世レベルにしやがって。

「証拠はどうなってるんだ、証拠は」

「アンジェリカが魔女だと、ただそれだけッス」

「そんな! アンジェリカさん……!」

「……」

 ファルドもまた、その表情は暗かった。
 両目に怒りを湛えて、握りしめた右手を一点に見つめている。
 そんなファルドがふと顔を上げた。
 視線の先は、ジラルドとビリーだった。

「二人は、どう思いますか、実際……まだ、あんな奴等と仲良くしようって思うんですか」

「いや? 正直、うんざりだね。ザイトンの野郎も引き渡した。契約終了だ」

「それを聞いて安心しました。もしジラルドさん達がまだ続けるって言ってたら、俺、俺……」

 わなわなと震える右手が、剣へと向かう。
 これはマズい兆候だ。
 返答次第では仲間にまで手をかけようというのか。

 俺が止めようとするより先に、ジラルドが動いた。
 ジラルドは、ファルドの肩を叩く。

「落ち着きな。ファルド、お前さんがしっかりしなきゃ――」

 ジラルドの言葉は、ファルドが掴み掛かったために止まった。

「――この状況で落ち着いてられるか! アンジェリカが魔女になっただけじゃなく、ああやって、言いがかりで捕まって! 殺されようとしているのに!
 アンタが同じ立場だったら、どうやって動く!? 教えてくれよ! 頼むよ……!」

 まくし立てられた言葉が、俺の胸を締め付けた。
 ジラルドは掴み掛かられた両手を振りほどき、肩をすくめる。

「参ったねえ……こりゃ、俺はしばらく席を外しとくかね。ビリー、行こうぜ」

「あ、ああ」

 二人は出て行ってしまった。
 俺と、ファルドと、ルチアと、ヴェルシェがその場に取り残された。

 ファルドは、ひどく弱っている。
 やっとアンジェリカの無事を確認できたその矢先に、魔女の墓場に捕らえられた。
 そりゃあ、混乱するだろうし、不安と絶望で気が狂いそうにもなるだろう。

 ……元はといえば、俺が不甲斐ないせいでもある。
 だがよ、ファルド。
 そろそろ、俺達は強くならなきゃならないんだ。

「ルチア」

「は、はい」

「俺が、やり過ぎたら、治療してやってくれ」

 目指すはファルドの頬。
 俺は、そこへ目掛けて拳を振りぬく。
 吹っ飛んだファルドが横になったのを、俺は胸ぐらをつかんで抱き起こした。

「しっかりしろ、ファルド!」

「……どうすればいいんだよ」

「知るか! 全部やるんだよ! 魔王も倒す! アンジェリカも助ける! 大司教殺害と放火の真犯人も探す! 全部を終らせるんだ!」

「どうやって?」

「お前自身の魂を、信じろ」

 アリバイを探して、信頼できる人たちに片っ端から証言してもらう。
 証拠もなるべく集めるんだ。
 トンデモ魔女裁判なんてな……!
 異議ありの一言で、逆転してやりゃいいんだ!

 俺はナルホドくんにはなれない。
 弁護士バッジなんて無い。

 だが、この世界の法曹界なんてそれこそ中世レベルなんだから、それに合わせたやり方ってもんがある。
 証拠と証言、そして後ろ盾だ。

「いつまで情けないツラしてやがるんだ。時間は待ってくれねえぞ」

「シン、ありがとう……俺、行くよ」

「せめて、自分も責任を取りたいッス」

「私も行きます」

 部屋を出て、入り口へと向かう。
 入り口近くの壁に、ジラルドとビリーは寄りかかっていた。

「いい顔になったじゃないの。男前だぜ、ファルド」

「すみませんでした」

「俺は外の空気を吸いに行っただけさ」

 そこに、店主ゴルケンが厨房からひょっこりと顔を出す。

「ン? 坊主。もう、お出かけか」

「長居は無用ですよ、親方」

「……リーファの奴にァ、俺のほうからよく伝えとくよ」

 リーファは、アンジェリカを陰で罵っていた。
 ファルドには伝えないようにしていたが、俺は聞いていたんだ。

 あの脳天気お姉さんがどういった気持ちで言ったのかは知らない。
 そりゃグリーナ村に現れた魔女は、実害があったよ。
 だが、それでも超えちゃいけない一線というのは存在するんだ。

 ――店主のおっさん、任せたぞ。


 *  *  *


 まずは証拠集めだ。
 大司教殺害とエスノキーク魔法学校への放火。
 この二つにおける現場の状況を知らないことには、連中に反証できないからな。

 モードマン伯爵の屋敷へと向かい、蓄音機を借りる。
 コイツがあるとないとでは雲泥の差だからな。

 それに、モードマンを経由して、現在出張中のキリオとも連絡が取れる。
 魔女の墓場側でどういった事を企んでいるのか、それを少しでも集めておかないと。


 ――だが、ここで俺達に次の災難が降りかかった。
 キリオはコンタクトを取ってきたが、その一番の目的はルチアを魔女の墓場に入れると告げた。

「どうしてですか!」

「本国の決定だ。第一王子ミルドレッド殿下より、お前を教会から保護せよと」

 おいおい。
 第一王子を差し置いて玉座に座ってた、あの第二王子ロカデール殿下はどうしたんだよ。

「拒否すれば、どうなるというのですか」

「端的に言えば、お前が反逆者になる」

「構いません。アンジェリカさんはきっと、色々な思いを胸に、魔女になったのでしょう。
 その覚悟に比べれば、私個人の名誉など、取るに足らないとは思いませんか」

 ルチアは断固拒否といった姿勢だ。
 表情が、目が、絶対に譲らないという意志を伝えている。
 対するキリオは、大きくため息を付いて首を振る。

「連れて行け」

 どこからともなく現れた灰色連中が、ルチアを強引にその場から引き剥がし、馬車へと運んでいく。
 それを見送るキリオは、いつかに見た時と同じ顔をしていた。

 苦虫を噛み潰した――喉に何かを詰まらせた顔だ。


 *  *  *


 そして、運命の日。
 魔女裁判が、いよいよ執り行われる。

 ここまでで、俺達はできる限りの事をやった。
 証拠も広範囲に、なるべく信用できる相手から集めた。
 それから、裁判を取りやめる為の署名も集めた。
 モードマン、リントレアの村長、ボラーロの領主、ミランダ、イザビキ。

 できれば王様とテオドラグナからも集めたかったが、こっちはタイミングが悪かった。
 王様は大陸連合の会議だったし、テオドラグナは魔王軍との戦いに向けて遠征中。
 とてもじゃないが、間に合わない。

 俺、ファルド、ヴェルシェ、ジラルド、ビリー。
 この五人だけで戦う事になる。

「アンジェリカ!」

 中央広場の一角に、アンジェリカが轡を噛まされた状態で磔にされていた。
 両手と両足には淡く光る輪っかが付けられていて、どうやらアレが魔力を封じているらしい。
 ……力ずくでは抜け出せない、って事か。

 忌々しい魔女の墓場連中が、その周りをぐるりと囲っている。

「ヴェルシェ、アンジェリカの安全確保を頼んだぞ」

「ガッテン承知ッス!」

 アンジェリカへと向かうヴェルシェを見送った俺は、灰色連中の人だかりに叫んだ。

「証拠を持ってきた! アンジェリカを解放しろ!」

 今度の俺達は、法廷バトルだ。
 この理不尽な魔女裁判を、必ず逆転させてやるんだ。

「責任者を出してもらおうか?」

「ふむ。魔術師は新たに補填しろと忠告した筈ですが」

 すると、出てきた出てきた。
 枢機卿ジャンヌ!

 魔女の墓場において、本来は統括責任者だった筈だ。
 こうして現場にやってきたのは、前回同様に視察も兼ねているのか?

「大事な人ってのは、替えが利かないのさ」

「ジラルド。貴方も、契約違反では? 何故、歯向かうのです」

「ああ、契約? ザイトンを引き渡しただろう。あれで終了じゃないのかい?」

「……」

「とにかく! 今すぐ裁判とは名ばかりの公開処刑めいた見世物を中止して、俺と正しい裁判をやれ! こっちには、その正当な権利がある!」

「世迷い言を」

 ジャンヌが指をパチンと鳴らす。
 灰色連中の集まりから、これまた見覚えのある声が聞こえてくる。

「無意味だ。そんなものは」

 人だかりをかき分けて、レイレオスがやってくる。
 ファルドの剣のメダルが、真っ赤に光った。

「――!」

 やるつもりらしい。

「俺と同じ絶望を味わってもらう」

 レイレオスは、そう静かに宣言した。


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