自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第八十四話 「見捨てろっていうのか!」


「ファルドさん」

 俺はルチアに呼ばれて、振り向いた。
 涙でぐしゃぐしゃになった俺の顔を、ルチアは見ても笑わないでくれた。

 アンジェリカとシンとヴェルシェが、はぐれた。
 ザイトンもレジーナもいなくなった。
 それにジラルドさんとビリーさんまで。
 ひーちゃんはボロボロになっちまった。

 情けない俺を許してほしいなんて言わないよ。
 ……俺は、勇者失格だ。


 俺は黒い森の上空を通る事を選んだ。
 みんなで集めた情報で、そう決めた。

 メルツホルン線を守る巨大兵器ギルゲス・ガンツァの砲台は、海の上まで狙える。
 沖のほうまで遠回りするにも、今の時期は大きな雷雲があるから危ない。
 けれど、それが終わるのを待つと時間が掛かり過ぎるんだよ。

 だから、俺は一番早く王国領に辿り着ける道を選んだ。
 最初の頃、シンにあれだけ「急ぎすぎるな」って言われてたのに。

 近頃は言われてなかったから、きっと俺は調子に乗ってた。
 これぐらいだろうって、そう思ってたんだ。

 その結果がこれだ。
 やっぱり、俺なんかに勇者は荷が重すぎたんだ。

「泣くのは再会してから、ですよ」

「ルチア……」

「よしよし。あんまり弱気になっちゃ駄目です。アンジェリカさんに怒られてしまいますよ」

 俺は「そうだね」という一言が、言えなかった。
 黙ったまま、俺とルチア、それとひーちゃんも一緒に歩き続ける。

「……灯りが見えませんか?」

「もしかして、みんないるのか!?」

 心臓がドキドキする。
 早くみんなに合流したい。
 俺はみんなに、謝らなきゃいけないんだ。
 許してもらえるなんて思わないけど、それでも。

「みんな……?」

 違った。
 俺達と一緒だった人たちは、その中にいなかった。

 代わりにいたのは、フェルノイエで出会ったアンジェリカの同級生たちだった。
 あと、ボラーロの路地裏で絡んできた不良たちも一緒だ。
 ……アンジェリカは、いなかった。


 この人達は、魔法学校の授業でここの近くに来てたという。
 不良のリーダーが力自慢をしたくて奥まで進んで、戻れなくなったらしい。
 偶然出会ったアンジェリカに助けられながら、なんとかここまで逃げてきた。

「アンは私達を庇ってくれたの!」
「あぁん、ファルドくーん! 怖かったよー!」

 女の子たちにもみくちゃにされる。
 けど、俺は気分が良くない。

 香水かな。匂いが強すぎる。
 こんなんじゃ、魔物に「ここにいます」って言ってるようなものだ。

 付けるなら、行き先の植物の匂いに合わせないと。
 毒性のある植物は、決まって独特な匂いを持ってる。
 各地の冒険雑貨店では、そういう植物から毒性を取り除いた香水が売られてる。
 俺は、むしろ一匹でも多くの魔物を倒したいから付けないけど。

 そんな事より、まず訊かなきゃならない。
 助けられたって言ってたよね?

「アンジェリカは、どこだ」

 魔術を使えない俺が行って助ける事ができるかは、正直わからない。
 けど勝ち目のあるなしなんて関係ないだろ。
 アンジェリカは一人だけなんだ。
 俺にとって、大切な人なんだ。

「それが、必死で逃げてきたからわかんないの」
「早くここから抜けだそ? きっとアンも出口のほうにいるわよ」
「そうそう!」

 ……頼むよ。
 一緒に探そうって、言ってくれよ。

「ま、そいつらのほうが冒険するには楽だと思うぜ? なあ?」
「そーそ、炎しか使えない乱暴な子より、役に立つかもしれないじゃん?」

 なんだよ、その言い方!
 そんなのって、無いだろ!

「見捨てろっていうのか!」

「まあまあ。考え直そうや、勇者サマ。この霧の中でどうやって見つけるっていうんだ?」

 やっぱり、こいつらに頼っちゃ駄目だ。
 俺が、自分の力で見付けないと。

「無視すんなって。オイ!」

 不良が俺の肩を小突いた、その時だった。

「――!」

 遠くで大きな爆発の音がした。
 あの爆発が何なのかはわからない。
 でも、何もないのに爆発なんてしない。

「行こう!」

 爆発のせいで、霧が薄くなってる場所がある。
 その方向へ、俺とルチアは走った。

 後ろからは、足音が聞こえなかった。
 あいつらをひーちゃんに任せるのはあまり気が進まないけど……馬鹿な事はしないと思う。


 *  *  *


 辿り着いた先は、切り立った崖の上だった。
 霧はまた濃くなってきていて、下が見えない。

「くそ! 降りれないのか!?」

 よく見ると、あちこち城壁で補強されてる。
 だったら、どこかに降りる場所があると思う!

「ファルドさん! 上を見てください!」

 飛竜だ。
 うち一匹が、俺達の所に降りてきた。
 乗ってる人は、確かネモって名前だったと思う。

「探したぞ! 無事か!」

「俺とルチアは何とか。そっちは大丈夫ですか?」

「ああ。空の者は全員無事だ。貴様は二人だけか……爆発があったから上空から降下する場所を探していたのだが」

「ここから降りられますか?」

 ルチアの一言に、ネモさんは頷く。
 俺とルチアは、飛竜に乗せてもらって、下へと降りた。

 崖の高さは、だいたい10メートルくらい。
 大した高さじゃなかったから、爆発が見えたんだ。

 降りたら、すぐ近くに見慣れた姿があった。
 ――シン。俺の親友だった。

「シン、しっかりしろ! 何があった、シン!」

 絶壁に寄りかかって、ぐったりしてた。
 体温は相変わらず低い。
 けど、脈はある。

 良かった……生きてた。

「ルチア、ヒールを頼んだ」

「ええ、もちろんです」

「他のみんなは、どこだろう」

 あるのは、ガンツァの焼け焦げた残骸だけだった。
 間違いなく、ここで何かがあった。

 なのに、それがわからないんだ……。


 *  *  *


 ひーちゃんの所に戻ると、生徒の人たちはおとなしくしてた。
 いつの間にかヴェルシェが寝てたけど、女の子たちが言うには、ここまで歩いてきて気絶したらしい。
 ルチアに、ヴェルシェにもヒールを掛けてもらう。
 念の為に、リゲインも。

 それから飛竜乗りの人たちにお願いして、先に国境沿いまで送り届けてもらった。

「探しますか?」

「ああ」

 俺は、飛竜を一匹だけ借りた。
 ネモさんの提案で、王国から捜索隊を出してもらう事にはしたけど……。
 やっぱり、俺はすぐに動きたいんだ。

「ルチア、後ろに乗ってくれるかな。ヒール、沢山使うから」

「はい!」


 俺とルチアは、日が暮れるまでずっと探し続けた。
 誰もいない。
 ジラルドさんも、ビリーさんも、レジーナもザイトンも見当たらない。

 真っ暗な中を、飛竜に乗って移動する。
 方位磁石だけが便りだと思ってた。

 けれど、途中で緑色の光が地面から出ているのが見えた。
 地上に降りてよく観察してみると、地面に指輪が埋め込まれてた。
 俺とルチアは、それを辿ったおかげで、王国まで戻ってこれた。


 *  *  *


 後から聞いた話なんだけど、指輪で道しるべを作ってくれたのはキリオさんだった。
 ルチアを心配して、迷いの森の時みたいに動いてくれたって事だ。

 あの時と一つ違うのは、動いたのはキリオさんだけじゃないって事かな。
 ボラーロとドレッタ商会はあんまり仲が良くないらしいのに、頭を下げて指輪を買い取った。

 それがどういう意味なのかは、俺は詳しくないからわからない。
 それでも、ルチアを本当に大切に思ってる事だけは、俺にもわかるよ。


 ……アンジェリカ。
 今、どこにいるんだ?



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