自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第八十二話 「いかにも。俺が魔王さ」


 濃霧の立ち込める、黒い森とメルツホルン線の境界線にて。
 俺とアンジェリカは、自律人形ガンツァの群れを相手に撤退戦を繰り広げていた。

 アンジェリカは炎属性しか使えない為、早々に対策されてしまった。
 だから俺がどうにかなぎ払うしかないんだが、奴等は見た目通り、とにかく重たい。
 ちょっとやそっとじゃ、受け流してしまうのだ。

 かといって物理攻撃も、決死の覚悟で試してみた。
 だが、駄目だった。

 とにかく硬い。
 俺は色々な魔物を一刀両断できた筈なのに、こいつらにはちっとも効かないのだ。
 迂闊に攻め入ると囲まれてリンチされかねないから、結局は逃げるが勝ちだな。

「久しぶりの劣勢ね……」

「弱音を吐くな。逃げ足が鈍るぞ」

「ごめん」

 別に倒せなくてもいいんだ。
 最悪、足止めだけしていればいい。

 例えば、ぬかるみをがっちり凍らせたりな。

絶対零度攻性防壁ブリザードオブジェクト!」

 オリジナル魔術をガンツァ共の足元に放つ。
 ガンツァ共の足元が途端に凍りついて、そこを起点に氷の柱が生えていく。

 ただ、これも気休めなんだよな。
 ピキピキと音を立てて、氷があっという間に破壊される。


 逃げた。
 ひたすらに逃げた。

 だが、俺達はいよいよ追いつめられたのだ。

「嘘……」

 今まで霧のせいでよく見えなかったが、どうやら俺達は崖の下に誘導されていたらしい。
 目の前に、絶壁が立ちふさがる。

 これを登れだなんて、冗談キツいぞ。
 そんな魔術は今まで色々試してきたが、一度とて使えた試しがない。

 ガンツァが両手から魔術を放ってくる。
 雷属性だ。
 この湿気った空気じゃ、雷はよく通る。
 咄嗟にパソコンで防御しても、防ぎきる事は不可能だった。

「ぐああ!」

「シン!?」

 やっぱり、大きい魔術だと無理か……。
 バチバチと全身に焦げ付くような熱と痛みが駆け巡る。
 嫌な匂いで鼻が曲がりそうになりながら、俺は体制を立て直そうとする。

 だがそれも無理だった。
 首根っこを掴まれた感触がある。

 グリーナ村で錆野郎と戦った時を思い出す。

 視界が急にぐるんと回転し、俺は背中をしこたま打ち付けられた。
 痛みで滲む視界は、駆け寄ってくるアンジェリカを捉えた。
 同時に、その後ろで緩慢に押し寄せるガンツァの群れも。

「だ、め……に、げ……!」

 ああ、畜生。
 妙に冷静な心とは裏腹に、言葉が上手く発音できない。
 肋骨をやっちまったらしく、肺のあたりが痛い。

「どうすればいいのよ……!」


 ――ブオォオオン!
 低く唸るエンジン音が、俺の意識を繋ぎ止める。
 この典型的ファンタジー世界で、車のエンジン音を響かせる事が可能な奴は一人だけだ。

 そのエンジン音の主は、炎の轍を作ってガンツァと俺達の間に割り込んできた。

 禍々しい鎧を着込んだ何者かが運転席に座っている。
 その後ろでふんぞり返っている男に、俺は注目した。

 二メートル程のがっちりした体型を包むのは、赤紫に白のストライプで彩られたスーツだ。

 頭の両側から伸びる山羊のような角。
 青白い皮膚に、オールバックに整えた薄紫色の頭髪。
 整った彫りの深い顔立ちの、その顎には髭がある。
 白い眼球の中心に添えられた眼は、赤い。
 そして、瞳は金環日食のように黄金色のフチがあった。

 見る者を恐怖させる異質さ。
 ひと目で解ってしまった。
 理解させられてしまった。


 ――こいつが、魔王であると。


「アンタは……!」

「いかにも。俺が魔王さ」

 魔王はまるで俺達の心を読んだかのように、不敵に笑って告げる。
 そして車から降り、仰々しく一礼した。

「はじめまして、お嬢さん。どうやらお困りの様子だが、どうかな?」

「……」

「ふはは! 怖い顔するなよ!
 知ってるぜ。その坊やが、お前さんの恋人にとって、大切な人間だって事を」

 そう言って、魔王は指をパチンと鳴らす。
 すると、辺りに黒々とした鎖が幾つも生えてきた。
 鎖は俺達と魔王の車を取り囲み、ガンツァを寄せ付けない。

「……アンタに余計な首を突っ込まれるいわれは無いわ」

「もしも、その坊やを助ける方法があるとしたら?」

「どうせ、私に魔女になれって話でしょ」

「話が早くて助かるぜ。今それを言おうと思っていた所だった」

「嫌よ。絶対」

「見捨てるのか? 薄情者だな……」

「アンタの白々しさには吐き気がするわ」

「死なれて困るのは俺にとっても同じでね。だったら助けろって? これはお生憎様だ。
 今の俺は、力の殆どを失っちまった。こうして結界を作るか、魔女を増やすくらいしか能のない、ボンクラ魔王なのさ」

 よし、よし、何とか回復してきたぞ……。
 立ち上がるくらいはできる。
 武器は、まだ手放していない。

「こいつらは何の感情も持たずに動いている。坊や、お前さんの能力は通じない」

 何の話だ?
 そういう能力があるのか?

「ハハハ! とぼけるなって。薄々勘付いてたんじゃないか? お前さんが今まで一刀両断してきた相手を思い返してみろよ」

 ……敵意のある奴だけを、俺は両断できるって事か。
 じゃあ、初めから物理攻撃は無理だったんだな。
 北の最果てでドアをぶち破る事ができたのは、あれはたまたまドアがボロかったからか。

「さてお嬢さん。俺が結界を解けば、この坊やはくたばる。生存戦略をしようじゃないか。
 お嬢さん。賢く生きるには、何が必要なのかは明白だろ?」

 ああ、畜生。
 もしかして、俺達はずっと魔王の手の上で踊らされてたってオチじゃねえだろうな。

「時間稼ぎでもしてみるか? いつ助けが来るかも判らない、こんな状況で」

「だ、駄目だ、アンジェリカ! そいつの、言葉に、耳を貸すな……! 魔王の、策略だ!」

 魔王は右手の指を左右に振る。
 ひどく残念そうな顔をしている。

「心外だなあ……この件に、俺は噛んでないのよ」

「怪しいところね」

「嘘だと思うか? 何だったら、世界を滅ぼす猶予を証拠が見つかるまで伸ばしてやってもいいがね?」

 でたらめな事を抜かしやがる。
 さんざん、この世界を弄んだんだろ、どうせ!

「……坊や。俺は、お前さんが四年間、どういう気持ちでいたかをよく知ってるんだぜ」

 ――!
 四年間。
 それを知り得るのは、普通じゃ有り得ない。
 魔王、お前は本当に何者なんだ。

「もしもケリを付けたいなら、まずは生き残る事だ。で、その為にどうする?」

 嘘だ! 嘘だ!
 こんなの嘘だ!
 叫びたいのに、喉はすっかりカラカラになって、掠れた呻き声しか出ない。

「魔王。私を、魔女にしなさい」

「契約成立だ」

 駄目だ、アンジェリカ!
 その力に手を出してしまえば、もう後戻りは利かない!

 どうしてそうやって、地獄への片道切符を切っちまうんだよ!
 少しでも、嘘だと疑わないのかよ!

「ごめんね。シン」

 振り向いたアンジェリカの顔は、寂しげに笑っていた。



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