自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第七十二話 「割り切るのは、慣れっこさ」



 リントレア、村長宅にて。
 他のみんなは、また思い思いの場所で用事を済ませている。
 以前来た時と違って、雪道じゃないしな。

 だから今は、俺と村長の二人きりだ。
 さて、そんな村長は眼鏡を外し、眉間を揉んでいる。

「兄は、ゲルディンは、とんでもない置き土産をしてくれたものだ」

「まったくですよ」

 結局、揉めに揉めたルーザラカ達の処遇は。
 俺達が奴隷として連れ回しつつ、友好を深めるという形に落ち着いた。
 ルチアが賛成派についたのだ。


 まあ妥当っちゃ妥当だよな。
 もともとルチアは魔女の墓場に悪感情を抱いていたし。

 ただ、妥協案としてルーザラカ以外の魔女は置いていく事になった。
 置き場所は現在、検討中だ。

 あと置き場所といえば、先代守人であるゲルディンの死体か。
 これは冬の古城に、厳重に封印して安置する事になった。

 死者蘇生は禁忌中の禁忌だからと、村長も交えて説得したんだがな。
 願いが叶わないならその場で自殺するなんて言い出したもんだから、やむを得ず奴隷の首輪で自殺しないように設定した。
 この奴隷セット、精神を直接操る事はできないようだが、特定の動作を禁止する事は可能らしい。


 あ、話は逸れるが、あの屋敷で魔女共がやってた乾杯コール。
 アレは魔王が発案して、みんなにやらせてるんだとさ。


「……彼女を、頼む。兄が愛し、兄を殺したルーザラカを」

「なるべく、最善は尽くします」

 本当に、ゲルディンはとんでもない置き土産をしてくれたな。
 確かにジラルドは家業を継がなくて済むから、アイツにとっては万々歳なんだろうが……。
 いや、でも引き継いだのが身内の仇だからな。
 これもうわかんねぇな。

 このままじゃ、村長の胃袋がストレスでマッハだぞ。
 後でアンジェリカに声をかけて、胃薬を分けてあげるよう頼んでみるか。

「それはそうとして、今日はどこに泊まっていく?」

「モードマン伯爵の邸宅に向かおうかと」

 雪の翼亭は、駄目だ。
 魔女を連れて行ったら、皆殺しにされるかもしれない。
 死ねばいいのにとか言ってたからな。

「何だったら、ここで一泊していくといい。君の予言通り、温泉を掘り当てたよ」

「早いですね」

「目星をつけたらあっという間だったよ。さて――」

 村長が立ち上がり、振り返る。

「よう、ご無沙汰だね」

 ジラルドが帰ってきた。
 ボラーロで出会った時と、寸分違わぬその姿で。
 相方のビリーも一緒だ。


 *  *  *


「シン君、このお兄さんってもしかして、ラリー・ライトニングさん?」

 他のメンツも続々と帰ってくる中、メイが開口一番に俺に訊いてきた。

「なんで知ってるんだ」

「あたしにそれを訊くの?」

 ……あー、そうか。
 他の作品も読んでくれてたから、雰囲気で判るのか。
 銀髪の伊達男で、指ぬきグローブで、黒に紫の装いだもんな。
 確かに『送還士奮闘記』でのラリー・ライトニングとそっくりだ。

「やあやあ、お嬢ちゃん。俺のファンかい?」

「ふふ。正確には違うけど、そういう事でいいよ」

 仮面越しの表情は伺えないが、どことなく嬉しそうだ。
 俺は、いつも通り流れるような動作でパソコンを開く。

 ……メイは、こっちの作品も感想を残してくれたんだな。
 お気に入りユーザーに入れてくれた上に、作品まで一つ一つブクマしてくれるなんて。
 熱心なファンがいてくれるのは、創作者冥利につきる。

「シン」

 ジラルドが俺の肩に腕を回す。
 そして、耳元で囁いてきた。
 ナチュラルにそういう動作をしないでくれませんかねえ……。

「いい人と、出会ったじゃないの」

「そういう関係じゃないですよ」

 作者と読者の関係だよと言いたいが、伝わらないだろうなあ。

 *  *  *


 この世界の人肌は熱を感じないが、温泉はしっかり温かい。
 男四人、湯船にどっぷり浸かって旅の疲れを癒やす。

「ルーザラカと、またこの場所で再会できるなんてねえ……」

 ジラルドはしみじみとつぶやく。
 それを聞いたファルドの表情に、少しだけ陰が差した。

「ジラルドさんにとっては、家族の仇ですよね。やっぱり、辛いですか?」

「あいつらは、お互い愛し合ってたんだ。俺が口を挟む事じゃあないさ」

「強いんですね、ジラルドさんは」

「割り切るのは、慣れっこさ」

 そう言って、やけに爽やかな笑顔でファルドに微笑む。
 思いの外、ジラルドは冷静だ。

 もしかして前世でも色々と苦い思い出があるから、その歳で達観してるとか?
 どう見ても、推定二十代前半のする顔じゃないよな。

「だろ? ビリー」

「もちろんだ!」

 ビリーは親指をサムズアップで、ニッコリ。
 確かに帝国の兵士達が理不尽な目に遭ってきただろうというのは、想像に難くない。

 あ、そういえばジラルドにはまだルーザラカの処遇を話してなかったな。
 村長は一言も話さなかったし、俺が伝えろって事なんだろう。

「ルーザラカの件ですがね。魔王軍と戦う……その使命を以って、贖罪に代えて貰います。
 メイの提案なんですよ。なるべくルーザラカ本人の意思を尊重する形で、かつ迷惑をかけないようにと」

「そういうやり方、俺は嫌いじゃないぜ。頑張りな。お前さんなら上手くやってくれるだろう」

 上手く行ってくれるといいんだがな。
 パーティの人数は増えたし、魔王軍も俺が知ってる相手は残り僅か。
 闇の射手スナファ・メルヴァンが現れたその先は、俺の情報には無い。
 ぶっちゃけ、未知の領域だ。

 少ししてから、ジラルドは「ああそうだ」と両手をポンと叩く。

「こっちも近況報告だ。実は、ザイトンの行方を追っている」

「それはもしかして、魔女の墓場からの依頼ですか?」

 キリオはザイトン司祭とケリを付けると言っていた。
 だとしたら、優秀な冒険者であるジラルドを頼ってもおかしな話じゃない。

「ああ。海賊団を討伐した時のよしみでね。ちょくちょく色んな仕事を片付けたのさ」

 メイと話をした時もそうだが、やっぱり、この世界に住まう人々はそれぞれの時間をしっかり生きているんだな。
 改めて、実感させられる。

「そういやミランダ、有名になったじゃないの。歌姫の活動がさ。
 あの時の報酬を使って、先月ちょっと世話になったが……いい女だった」

「抱きましたか、あの人を」

「ああ。海賊の話を、それは興味深そうに聞いてさ」

「何か興味を惹かれる事でもあったのでしょうかね」

 ミランダが娼館でプールを眺めて物憂げな顔をしたのは、やっぱり海賊絡みで旧友がいたとかなのかな。
 うーん、何かを忘れているような気がするぞ。

「切羽詰まった顔をし始めた時は、流石に焦ったよ。殺してないって言ったら、安心してくれたがね」

「ちょっと待ってください。殺してないとか、え、魔女について?」

「そう、それさ。魔女が人魚だったことを話したら、えらい食いつきようでねえ」

 それだ!
 人魚の魔女!
 忘れちゃ駄目だろ、信吾!
 海賊達はその魔女を崇拝していたんだ!

「その人魚は今、どこで何をやらされているんですか!」

「ミランダが買い取るって話になって、売約済みだよ。
 危うく分解されて臓器を調べられる所だったらしい。俺はあれだけ止めたのに……」

 ジラルドの言葉は最後までは続かなかった。

「――そう言われましても! 私は、アンジェリカさんの引き締まった身体が羨ましいですっ!」

 突如、ルチアがこのような事を言い出したせいだった。

「お肌もこんなに、ツヤツヤですし! 髪の毛だって、ほら、ヴェルシェさん見て下さいよ!」

「……えーっと? 髪の毛、綺麗ッスね?」

「そうでしょう!? 枝毛が一本も無いのです!」

「なによぅ、嫌味ったらしい! アンタ達は自慢の贅肉が胸にたっぷり詰まってるでしょ! このっ!」

「あ、やめてください! そんなとこ、触ったら、きゃ! やめっ、あっ!」

「わっぷっ、ちょっと、暴れすぎッスよ!」

「ヴェルシェ! アンタも同罪よ! ご利益にあやかってやるわ!」

 敷居越しに、嬌声が聞こえてくる。
 温泉回で定番の、かしましくじゃれあうヒロイン達の百合の花園!
 それが、薄壁一枚隔てた向こう側で展開されている!

「ジラルドさん……あいつら」

「ああ。いいねえ。じゃれあう女達ってのは、絵になる」

「そうですよね! ううむ、尊い!」

「諸々の出会いに感謝だね。その先も見たい。そう思わせてくれる良さが――」

 ジラルドがそう言い掛けたところで、

「きゃあああ!?」

「アンジェリカ!?」

 今までいづらそうに沈黙していたファルドは、真っ先に湯船から上がる。
 そのまますさまじい速度で敷居をよじ登って、向こう側へと行ってしまった。
 お前は猫か!

 だいたい、いきなり女湯に突撃したらお約束の展開が来るだろ!

「きゃああ――ッ!」
「嫌ああああああっ!」
「ヒェッ!? ファルドさん!?」

 ほらな。
 向こう側から三人分の悲鳴。
 そして勢いのついた、パシィッという音がこだまする。

「ぐはぁっ!」

「やられたか、ファルド……」

 とりあえず急いで服を着て、直行する。
 マジで何があったか確認しておいたほうがいいからな。

 女湯に突撃する。
 そしたら、それはもうギャンギャン喚く声が聞こえてきた。

「――敵の襲撃なんてあるワケないでしょ! 何考えてんのよ!」

「ご、ごめん……何かあったらと思って」

 ファルドは、ほっぺたにもみじマーク作って正座させられていた。

 対するアンジェリカは、恐ろしいながらも色気があった。

 バスタオルを羽織っただけの姿で仁王立ちしている。
 濡れた髪。湯気が立ちのぼる、少し上気した肌。
 スラリとしたプロポーションを彩る、バスタオルの白と裸体の肌色の色合いがまた……。


 ――いやいや、そうじゃなくて!
 せめて、服を着てくれよ!
 なんでその姿でファルドに説教してんだ!

「ちょっと! シンも何ナチュラルに入ってきてんのよ!」

「そりゃ悲鳴が聞こえたら、敵襲を疑うだろ」

「うっさい! 開き直るな!」

「そげぶっ!」

 丸めたベルトがヒュルヒュルと見事な軌道を描いて、俺の眉間に命中した。
 いいから、悲鳴の理由を教えろよ!

 ――あ、バスタオルが剥がれた。
 こうして見るとアンジェリカ、やっぱり腰細いなあ。

「~~ッ!」

「ばげぶっ!」


 ……後から聞いた話だが、悲鳴の原因はルチアが突然の鼻血噴出だった。
 どうせまた、ろくでもない妄想でもしてたんだろうと問いただしてみたんだが。

「その……ジラルドさんとの会話が、イケナイ何かが始まりそうでしたので」

 案の定、これである。
 妄想は大いに結構だが、物理的ダメージを受けるほどに自分を追い込むのはどうなんだ。

 お陰で俺とファルドは、顔の左右に綺麗な平手マークを付けられるハメになったんだぞ。



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