自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第二話 「僕はシン、石版の予言者です」


 あの案内人が、どういった意図で俺にメモ書きを寄越したのかは解らない。
 だから俺はこの“雪の翼亭”に来るまで、町中を歩き回りながらあれこれと考え続けた。


 ここは異世界だが、いかんせん『勇者と魔女の共同戦線レゾナンス』がモデルだ。
 できればとっととオサラバしたい。

 だが俺だけで地道に方法を探しても、死ぬまで帰れないかもしれない。
 楽な道ばかりを進んで、ちっとも強くならないかもしれない。
 その間に、魔物に襲われたりでもしたら、それこそ無駄死にだ。

 ほどほどに異世界を満喫して、さっさと帰る。
 それを両立するのなら、案内人のメッセージに従ったほうがいいのだ。
 確証は無いが。

 などと考えながら、客の居ない店内でウロウロしていると。

「なあ、ひやかしなら帰ってくれねェか」

 ガラの悪いスキンヘッドのおっさんに両肩を掴まれた。
 このおっさんは、雪の翼亭の店主だ。

「い、今は手持ちが無いんで下見に……」

 俺は震えた声でそう答えるしかなかった。
 少なくとも、ファルドに会うまでは此処を動きたくない。

「はァ……素寒貧すかんぴんかよ。余所で働き口でも探すんだな。この店は、人の働く所じゃ無ェ」

 などと言ってるが……このおっさん、悪い奴ではないのだ。
 原作の序盤では拠点として、中盤では生き証人として、主人公達を支えてくれる。
 終盤以降の展開は考える前にエタったが、きっと支え続けてくれるんじゃないかな……。

 問題は、今が原作ではどの時間軸なのかだ。
 これを確かめる方法は、一つだけある。

「あ、その、ところで話は変わりますね。この街に勇者様はお見えに?」

「楽隊がそんな事を歌いながら行進してたな。俺ァまだお目に掛かっちゃいねェが」

 しめた。
 まだ会ってないってことは、序盤だ。
 だいぶ思い出してきたぞ。
 多分、グリーナ村に襲い掛かってきた魔物の群れを追い払って、すぐ後だ。

「で、この店と何の関係があるんだ?」

「勇者様は、この宿をお選びになるんですよ!」

「根拠は?」

「根拠は無いけど、確信は――あ痛ッ」

 容赦の無い拳骨が俺の頭蓋骨を襲う!
 これガチなやつじゃねーか! 涙出て来たわ……。

「ンのクソガキが。適当ぶっこいてんじゃねェ。今夜の晩飯の具にしちまうぞ!」

「信じて下さいよ!」

 案内人の奴、まさかこうなることを解ってて書き置きを寄越しやがったのか?
 これはレベル上げて逆襲確定だな……原作にレベルの概念は無かったが。

「そら、出てった出てった」

 店主にうなじの辺りを片手で掴まれて(なんつー馬鹿力だ!)それこそ家に侵入した野良猫を放り投げるみたいに、俺は追い出されようとしていた。
 その時だった。

「すみません、ここなら宿が空いてるって聞い、て……?」

 俺より少し年下っぽい青年一人と少女二人が、入り口前で俺達を見て固まっていた。

 赤い鉢巻きを巻いた金髪と、色の濃い碧眼、整った顔の優男。
 鎧は青と白のコントラストが映える。
 間違いなく、こいつが勇者ファルド・ウェリウスだ。

 その隣はファルドの幼馴染み、アンジェリカ・ルドフィート。
 焦げ茶色のセミロングに、灰色の目、凛とした顔立ち。
 淡いピンクのブラウス。スカートとニーソックスの絶対領域(素晴らしい)。
 ベルトには指揮棒のようなロッドが引っ掛けてある。

 最後のおっとりした雰囲気の子は、誰だっけ。
 それなりに大事な役回りだったと思うんだが。
 服装は聖職者が着るような、ゆったりしたローブみたいなものだ。
 髪は背中までの長さで、少し藍色がかった黒。目は茶色。
 肌の色は少し不健康なくらいの白さ。

 全員が、当時仲の良かった絵描きさんに無理を言って描いて貰った姿そのままだった。
 感慨深いと同時に、気恥ずかしいな。
 こうして、自キャラと顔合わせをするのは。

「……お取り込み中だったかしら?」

 アンジェリカが、苦笑しながら問い掛ける。
 俺はすかさず両腕をバッと広げ、声を張り上げた。

「勇者ご一行様ですよね!?」

「そ、そうだけど……」

「お待ちしてました!」

「そうなんだ……」

 ファルドが顔を引きつらせながら答える。
 そうだよな。絵面がおかしいよな。
 どう見ても襟首摘まれてポイッとされかけてる奴が、大歓迎ポーズでそんな事言うとか。

「絶対、此処に来てくれると思ってました!」

 ドヤァ……!

 歓迎の言葉を述べた俺は、今日一番の決め顔で振り向いて店主を見る。
 店主は、ぎょっとした顔をしていた。
 ふははは! どーよ、俺の華麗なる完全勝利!
 晩飯の具になんてされねーかんな! 

 店主は空いた片手で頭をぽりぽりと掻き毟りながら、少し遠くを見るような目をした。
 それから暫くして、咳払いをする。よっぽど恥ずかしいのか?
 原作より可愛くなってませんか?

「……あー、その、邪険に扱ったことは謝る。すまん」

 そっと降ろされた。
 こっから上手い具合に、不自然にならないように話を繋ぐとしようじゃないか。

 幸い、俺はある程度の展開を覚えている。うろ覚えだがな。
 これを怪しまれない程度に使って、みんなの心を掴んでみるとしよう。
 知識チートとは少し違うが、やってみる価値はあるんじゃないか?

「ですが、親方」

「誰が親方だ」

「貴方が親方だ! 勇者様がこの宿をお使いになるって事はですよ? 謂わば最大の宣伝効果。噂が飛ぶは電光石火。
 今後の売り上げはうなぎ登り、あっちこっちから客は押し寄せ、大賑わいでしょ!」

「ンなワケねェだろ」

「あるんですよ! きっと!」

 原作もそういう展開だったというのは、言わないけどな。
 公言しようものなら、頭のおかしい奴として牢屋に繋がれると思う。
 ……今後は、予言って事にしておくか。

「ったく。で、勇者殿は三名様のご利用でいいのかい?」

「ええ、そうして頂戴」

「こっちの坊主は」

 おっさんに指差される。
 俺はすかさず営業スマイルをしたが、女子二人組が引き気味だ。

「関係無い人でしょ。ほっといたら?」

「でもなんで俺達が此処に来るのを知ってたんだろう」

「さあ? 熱烈なファンかしら。何てったって私達、勇者ご一行様だもの」

「うーん、本当にそうかな」

 とりあえず、まず俺はこの状況を打破しないといけないという重大な目標があるのだ。
 ファルド達と一緒なら、脱出の方法も判るかもしれない。
 ちょっと死ぬリスクが高いのは玉に瑕だが、一人で脱出方法を探すよりは何倍もマシだ。
 俺にとって、最重要目標なのだ!

 それに、案内人の事もある。
 どういう意図で俺を召喚したのか、確かめないとな。

 とりあえず、着想はある。
 俺は咄嗟にパソコンを開く。

「石版かしら? これ、つがいになってる……珍しい」

 アンジェリカが食い付いた。
 こいつは魔法学校に通って宮廷魔術師になるよう、教育ママに育てられてきた。
 だから真新しい知識に飢えていて、冒険に胸をときめかせている。

 そうだよアンジェリカ、お前の事は俺が一番よく知ってるんだ。
 ……いや、これから思い出すんだがな。

「そう。これこそが、我が一家に伝わる秘宝、つがいの石版!」

 パソコンって言っても、どうせ伝わらねーだろ。“つがいの石版”とはよく言ったもんだ。

「これより、石版を通じて叡智の結晶に触れ、ご一行様の事について調べさせて頂こう」

「そんな事が、できるのか?」

「できるんです」

 とにかく調べ物だ。
 ここが『勇者と魔女の共同戦線レゾナンス』の世界だと判ってる以上、目星は付けやすい。
 早速、ハードディスクのフォルダを漁る。

 だが設定関係は手書きのノートから書き写してないのか、投稿していた当時の設定は殆ど残っていなかった。
 せいぜい、キャラクター設定と魔物図鑑くらいだ。
 参ったな。全く覚えてない。
 しかもそのキャラクターにしたってメインキャラが十数人と、魔王くらいしか載っていない。

 それにしても、今見ると酷い設定文だな。
 なんで顔文字とか“w”とか付けちゃうかな。
 自分の呻き声を抑えるのに苦労する。


 仕方が無いからWeb小説サイトにアクセスし、当時に投稿した原作の序盤をパッと流し読みしてみた。
 なんで小説本編のデータがテキストファイルになってないのか、昔の俺に問い詰めたいな。

 投稿フォームに直接やるとか、ブラウザが落ちたら一発アウトじゃねーか!
 案の定誤字脱字まみれだし!
 何より内容が荒削りすぎて心が折れそう!

 だが、俺の切り札はこれだけだ。
 第一話から該当シーンまでを、要約して読み上げた。

「すごいよ! 何から何まで一緒だ!」
「あ、アンタ、何者なの……!?」
「まさか完璧に一致しているなんて」

 店主のおっさんを除く誰もが、目を丸くしていた。

「僕はシン、石版の予言者です」

 別に、誰かの胸に七つの傷を付けたり、あんたって奴はと叫んだり、外泊証明書かと思ったら外人部隊の入隊手続きだったり、そういう意図は無い。
 あの案内人に“シン君”などと呼ばれたし、齟齬の無さそうな名前で通したほうがいいと思ったからだ。

 それにまさか、夜徒ナハト†ブレイヴメイカーなんて名乗るワケにも行かない。
 夜徒ナハトは犠牲になったのだ……。

 ていうか、それにしても石版の予言者だと!
 我ながら、中二病の再発が疑われる二つ名だよな。
 完治してなかったか。俺の邪気眼。

「シン、よろしく! 丁度、もう一人くらい人手が欲しかったんだ」

 こうして俺は、ファルド達に受け入れられる事に成功したのだ!


 ちなみに僧侶っぽい子は、原作を見た結果ルチア・ドレッタという名前だって事が判明した。
 あっぶねー……土下座するハメになる所だった。
 予言者なんだし、名前は把握しておかなきゃな。



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