自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第二十話 「もちろん、蹴っちゃいました」


「じゃ、話も纏まった事だし、そろそろ私達の生活について考えないとね」

 アンジェリカがポンと両手の平を合わせる。ルチアも隣でそれを真似する。
 女の子ってそういう便乗ネタ大好きだよな。
 それにしても“私達の生活”だって? まるで新妻の殺し文句だな。
 意図している内容は全然違うだろうが。例えば……。

「それは、お金の話か?」
「大正解。シンもやればできるわね」
「言ってろ」
「シンばっかり褒められてずるい」
「お前はガキか! 俺が褒めてやるからほら頭出してーなでなでしましょうねー!」
「なでなでですか!?」

 ルチアが目を輝かせてガタッと立ち上がる。
 本当にルチアさんは貪欲ですね。ちょっと座ってろ。
 君の腐れっぷりにはいい加減慣れっこだが、今はそういうのいいから。

「いやーそれはちょっと……」

 ほら、ファルドも引き気味だぞ。
 ルチアは露骨につまらなそうな顔で両手の人差し指をツンツンしながら俯いている。
 少しずつ化けの皮がはがれてきてやがる。筋金入りの腐女子め。腐っても聖職者だろうが。いいのかそれで。

「――あのさあ。話、続けていいかしら?」
「あ、はい」
「一応、国からは援助金が出たけど、これ以上は自力で稼ぐしかないでしょ。
 けど、稼ぐアテが今のところ、ちょっと微妙じゃない? なるべく節約しながら稼げばいいんじゃないかって思って」

 此処までは宿代が実質タダだったから、装備品とか日用品とかだけしか費用が無かったもんな。
 ファルドが首を傾げる。なんだ。細かい計算はやっぱり苦手なのか?

「でもアンジェリカ、村とか町とかに着いたらまず一番安く売ってる所を探すじゃないか」

 そうなの!? いつもファルドに荷物持ちさせてから俺の所に運んでくるから、ファルドも詳しいのか。

「限定品とか、タイムセールとか狙ってるから、いつも通りでいいんじゃないかな?」
「そ、それとこれとは! 話が、別なのよ……」
「顔を赤くしてる意味が解らないよ、アンジェリカ……」

 アンジェリカの買い物のしかたが完全に主婦のそれじゃねーか!
 俺は衝動買いしちゃうタイプだからな。世の中には、機会を逃すと買えないって代物も一杯あるんだ。
 ゲーム(特に近頃の親切な作りのもの)だと入手するチャンスがあったりとか、攻略済ダンジョンを再チャレンジできたりするシステムとかもある。
 が、お生憎様だ。
 この世界がゲームじゃない事を俺は知っている。
 さて、パソコンでの帳簿の付け方をググるか……。

「で? 頭脳明晰なアンジェリカ様の事だ。帳簿は付けてるんだろ?」
「もちろんよ。ただ、防水ペンは高くて手が出せないのよ。今使ってるペンだっていつ駄目になるか」
「クックック……君はつがいの石版の隠された力を目にするであろう」
「仮にその石版で帳簿を付けてもアンタにしか見えないから却下ね」

 見抜かれた上に速攻で却下された。
 何、こんなの想定の範囲内だよ。俺はブラウザをそっと閉じた。

「シン、泣いてるのか?」
「泣いてねーし! 後光が眩しいだけだし!」
「とにかくっ! 魔物の死骸ばっかりじゃ、小遣いにもならないのよ。
 ましてや魔女なんて、魔女の墓場なんかに引き渡したら何をしでかすか」
「それにシンの話を聞く限りだと、魔女は悪い奴ばかりじゃないんだろ?」
「どうだろうな、それでも悪い奴が大半なんじゃないかな」

 だって、そう設定したのは俺……いや、やめよう。
 この考えは一旦、捨て置くべきだ。ここは原作とは似て非なる世界。

「俺はそれでも諦めないよ。魔女の中には魔王に従わない奴も居るというのなら、何とか説得する」
「ご熱心な事で。まあ嫌いじゃないぞ。ファルドのそういう所。
 アンジェリカはファルドに色目を使う魔女が居ないか、しっかり見張っとけよ」
「なんで! 私に! そういう話を! 振るのよッ!」

 アンジェリカが俺の襟首を掴んで揺らす。
 やめろ、俺の脳細胞が霧散していくだろ。
 いい加減、そのすぐに手が出る性格を直しなさい。
 そんなんだからファルドが俺に殴り掛かるんだ。
 ペットが飼い主に似るとは、よく言ったもんだ。
 ……揺らされすぎて気持ち悪くなってきた。シカトして遣り過ごそう。

「だがファルド。自分だけで解決しようと思うな。必要なら誰かを頼るのも手だぞ。
 魔女は大抵、その地域に居着いて人間関係を構築する。冬の聖杯の守人みたいにな。
 リントレアの村長を見ただろ? あれは、今のお前の鏡写しだ」

 何か俺、割と久しぶりにかっこいい事を言った気がするぞ。
 さっきまでの駄目駄目クソ野郎モードが嘘みたいだ。
 ファルドは顎に手を当てて考え込む。思い当たる節があるのか。

「その役目は、俺じゃなくてもできるのか?」
「焚き付けるのはお前だ。お前じゃないとできない。悔しいかもしれないが、自分の立ち位置を精一杯利用していくしかないんだ」
「そういう事。だから安売り情報は私が集める。でもねファルド、シン。
 共有財産はある程度決めておいて、残りを自分達で管理するの。自分達の出来る事を精一杯やっていく為にもね?」

 また強引に元の話に引っ張り込んだな!
 今は三枚目の俺が珍しくまともな事を言った所にしみじみする場面だろ!
 ……まあ、アンジェリカは自分のやろうとした事を曲げられるのがどうも嫌いらしいしな。
 俺だって成長したんだ。大人の対応を見せ付けてやる。

「俺が何かしらの商売をした稼ぎは、俺の小遣いと共有財産になるって事だな?」
「そういう事。私達三人も同じくね。どうやって稼ぐかは話し合って決めましょ」

 さて、問題はどうやって稼ぐかだ。
 物語の語り手とかいいかもな。孤児院とかで、パソコン片手にweb小説を読むだけの簡単な仕事だ。

 ……いや、それじゃあ駄目だ。
 勇者一行なのにそれ以外の物語を読めばガッカリさせるだろうし、何より人様の物語だ。
 異世界とはいえ、他人様の創作物をダシにして自分の懐を潤わせるなんて、最低じゃないか。
 やめたやめた。やっぱ無し!

 ……ん?
 思い付いたぞ! こういうのはどうだ!?
 荒廃した地域で、森林伐採と薪割りと料理サイトによる知識チートとアンジェリカの炎魔法を利用して、飯の炊き出しをしてみるとか。
 ……費用対効果を考えたら微妙だな。

 うーん、何かいい案は無いのか、俺!
 せっかく、某検索サイトっていう最強の知識チートを手に入れたんだぞ!
 ……ま、追々考えてみるか。アンジェリカが俺の顔を覗き込んでるし。

「随分考え込んでるわね」
「ああ。有名な彫像みたくなってるだろ?」
「彫像……そんな彫像あったかしら」

 この世界にあるワケ無いよな。
 オーギュスト・ロダン作の考える人なんて彫像は。
 俺は気が付けば、あのポーズを取っていたのだ。

「とりあえず、無い頭で考えても無駄よ?」
「余計なお世話じゃボケェ! 一切の望みを棄てたくないからこうして必死に考えてんだろ!」
「元気、取り戻したみたいですね」
「俺も、やっぱりシンは向こう見ずなほうがいいと思うよ」

 碌でもない励まし方しやがって。
 嬉しくて言葉も出ねーよ!

「っていうか、アンジェリカとルチアは何か収穫あったのかよ? 俺がしおれてる間に何やらお出かけしてたみたいだが」
「あー。それね……」

 アンジェリカとルチアが顔を見合わせる。
 二人とも、微妙な顔してんなー……碌でもない目にでも遭ったか?

「教会に足を運んだのですが、兄と再会しまして」

 うわー。それはご愁傷様だな。

「俺、あいつが知らない男のニオイがするとか言ってたの見ちゃったんだよな……」
「お察しの通り、ジラルドさんについて根掘り葉掘り訊かれました。
 無論、私がお答えした内容もお察しの通りです。その後は兄に連れられて実家に。父と話をしてきました」
「えっと、それはジラルドの件でか?」
「いえ、別件です。父曰く、国としての援助が駄目なら個人として支援するのは有りだろうと」

 それは有り難い話だな。
 俺達はその援助を貰える事で、魔王軍との戦いに専念できるって事だよな?

「で、ルチアはパパからのお小遣いを貰う事にしたと」

 ルチアが途端に表情を険しくさせる。だがそれも一瞬で、にっこりと笑った。

「もちろん、蹴っちゃいました」
「はい!?」
「私の父がドレッタ商会の取締役である事は、シンさんもご存じですよね?」
「ん。ああ……そうだけど」
「父は商売事には敏感な嗅覚を持ってはおりますが、売った相手のその後にまでは責任を取りません。
 寧ろ、争い合う二つの勢力にも同時に商売してみせる、そのような狡猾な人なのです。私の父、ドナート・ドレッタという人は」

 そう言って、ルチアは窓の外を眺める。
 眉根を寄せた表情は、複雑な感情が入り交じっているように見えた。

「……私はそうして得られたお金を、受け取るわけにはいかないと思っています。理想論なのでしょうけど」

 ファルドが頷く。

「そうだろうね。俺も同じ立場なら、そうするよ」

 アンジェリカが指を噛む。
 あー。始まったよ嫉妬癖。バレてないとでも思ってるのか。
 俺はお見通しだぞ。そういうの。

 頃合いだし、話題を逸らしてやるとしよう。

「なるほど。ルチアは解った。アンジェリカは?」

 俺が問い掛けると、アンジェリカは懐から便せんを取り出す。
 封は切った後だ。中身にはもう目を通したって事だな。

「これを店主から受け取ったの。差出人は不明よ」
「なになに……」

 俺とファルドはその内容を見て、言葉を失った。

 その手紙には
 “ザイトン司祭に気を付けろ、何か企んでいる”
 とあったのだ。

 こんな手紙を勇者一行に送り付けた奴は、相当な糞度胸の持ち主だな。
 中世つったら、宗教関係者は割と権力あるだろ。
 検閲されたら一発アウトじゃねーか!

「この手紙が意図している事が何なのかまでは解らないわ」
「筆跡は調べられないのか?」
「それを調べて貰う為に、最近できた王立魔法学校に立ち寄ったの。知り合いの先生が居るから」

 地元じゃないんだ。ていうか、こっちにも魔法学校ができたんだ。
 宮廷魔術師を育てるならお膝元のが好都合だろうし、まあ妥当っちゃ妥当なんだろうが。
 問題はそこじゃない。

「大丈夫なのか? 内容的に考えて」
「もちろん、信頼できる人よ。明後日には結果が出るらしいわ。私が出掛けたのはそういう事情。ちゃんと話そうと思ってたんだから」
「解った解った。隠し事をする意図は無かったって言いたいんだろ」
「そゆこと」
「ルチアを迎えに行った訳じゃあないんだな」
「この宿の前の通りでばったり会って、丁度いいから打ち合わせしたのよ。隣の部屋を貸して貰って。
 で、終わったらアンタ達が話をしていたのを耳にしたってワケ」
「ぶっちゃけ、怖くなかったか? 自分が魔女になるなんて予言を聞いて」
「……怖くないと言えば嘘になるけど。その予言通りになったとしても、私は私のままでしょ?」

 アンジェリカが僅かに目を逸らす。
 声が少し震えているな。これはケアが必要だ。
 だがそれをするのは俺の役目じゃない。
 焚き付けるのは俺かもしれない。
 だが、ファルド。
 アンジェリカを助けるのは、お前じゃないといけないんだ。


 *  *  *


 その日の夜。
 俺は眠るふりをしつつ、薄目を開けてファルドの動きを追った。ドアをゆっくり閉める音がする。
 それから廊下で話し声が聞こえた。

「ファルド……」
「アンジェリカ、眠れないのか?」
「まあ、あんな予言を聞いちゃったらね。馬鹿みたいだよね。
 何だかんだで予言に頼ってきたクセに、悪い予言を聞いたら今度はそれを、あんな大口叩いて否定しちゃって……」
「でも、当たるとは限らない。シンもそう言ってたじゃないか」
「……此処までは細かい所こそ違ってたらしいけど、大筋は一緒だったんでしょ?
 もしかしたらを考えたらキリが無いけど、私、その通りになっちゃうんじゃないかなって思うの」
「そんな事、俺がさせない!」
「……私の親の事は、話したよね」
「ああ。アウロスおじさんと、アデリアおばさんの事だね。俺の親父やお袋も、あの人達を尊敬してる。けど、アンジェリカは……」
「そう。私はお父さんもお母さんも大嫌いだった。お母さんは昔から、ああしなさい、こうしなさいって。私がどんなに頑張っても、次はこれって課題を追加するだけ。自分が出来なかった夢を、私に押し付けて。お父さんはそれに何も言わずに、仕事ばっかりで」
「うーん。仕事は仕方ないんじゃないかな」
「お父さんは逃げてるのよ、私を育てる事から。私の人生に介入する事に、責任を負いたくないのよ」

 そういう設定にしたのは、俺だ。
 嫌なところばっかり、忠実に再現してくれるんだな、この世界は。

「私はね。冒険者に憧れてた。フェルノイエからも何人か、冒険者が旅に出てたでしょ。戻ってきた人達から冒険の話を聞くのが大好きだった」
「うん」

 俺は心臓を何かに貫かれたような気分になった。
 アンジェリカの言葉はまるで、俺が児童館でラノベを読み聞かせた事を暗示しているかのようで。

「だからファルドが勇者に選ばれた時、これが最初で最後のチャンスだと思ったの。親にはもちろん、最初は反対されたわ。死んだらどうするって。
 でも、飼い殺しにされて決められたレールの上をなぞるだけの人生なら、私がそれを歩む必要は無い。それが本音」
「……うん」
「建前では、将来的にファルドが魔王を倒して、その従者として活躍した私なら、宮廷魔術師どころか、もっといい職業で安定して稼げるって。そう説得したの。
 だって女が宮廷魔術師になっても、お茶汲みくらいしかやらされないし。それなら……って。
 でも、私が魔女になったら、それも許されないのかな」

 アンジェリカの啜り泣く声が聞こえてくる。
 気丈に振る舞っても、やっぱり心の奥底には不安で一杯だったんだ。
 俺にそれが見抜けない筈が無いだろ。

「それに、魔女になっても、私が私でいられるかなんて、そんな保証はどこにも無い」
「俺は……」
「もしも私が誰かを殺すようになったら、その時は魔女の墓場じゃなくて、ファルドに止めて欲しいの。
 残酷なお願いかもしれない。でも、どうせ殺されるなら、そのほうが私も納得出来ると思うから」
「アンジェリカ。一人一人の力じゃ変えられない運命でも、俺達全員が力を合わせればきっと乗り越えられる。その為にはまず、俺自身が強くなるよ」
「月並みなセリフだね。でも……ありがとう」

 ファルド、アンジェリカ。
 不謹慎にも聞き耳を立ててる、この俺を許してくれ。

 だが、お前達の絆が強くならなきゃ、俺も不安なんだ。
 不吉な予言、俺がそうしてしまったシナリオ。
 そして何者かに改変された、この世界。
 俺も正直、押し潰されそうだ。

 確信させてくれ。
 運命は変えられるって事を。



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