自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第二十六話 「自分、罠が得意ッス!」


 雪の翼亭にて、気を失ったボロ布の人を、俺達は介抱した。
 まずは身体を包み込んでいたボロ布を、アンジェリカとルチアが脱がせた。
 男手には任せたくないっていうのもあるんだろうな。

 フードで判らなかったが、金髪の綺麗な女エルフだった。
 やっぱり居るんだな、エルフ。原作でも途中でエルフの集落とかに立ち寄る話があった。
 ただ、中盤を過ぎた頃だし、何よりアレクライル王国には居ない筈だ。
 このエルフはかなり薄汚れた格好だから、きっとワケありの旅人なんだろうな。

 着ていた服は、何て言うんだろうな。
 紺色のノースリーブの燕尾服みたいなワンピース?
 スカート部分は両脚と後ろに大胆なスリットが入っていて、下手をするとめくれそうだ。
 黄色のスカーフと、八つの鈍く輝く金色のボタンがワンポイントか。
 長手袋とニーハイブーツも、かなり柔らかそうな素材だな。

 どこを見ても、決して安っぽくない。
 どっかのエルフの里の令嬢が問題起こして人里に旅に出たって感じがする。
 ちなみに背は高くて、胸はそこそこ大きい。DからEくらいはあるんじゃないか?

 一つだけ気になるのは、妙にボロいスコップを布の中に背負っていた事くらいだ。

 そんなエルフが、食堂の端っこに並べた椅子で寝かされた。
 運悪く、ベッドは片付けられていたのだ。
 全く、何てタイミングだ!

「こいつぁコトだ。まさか、エルフが人の街にやってくるたァな。
 ツキが回ってきたと見るべきか、ヤキが回ったと見るべきか……」

 店主のおっさんが頭を掻く。
 そこに、コーヒーを片手にキリオと執事が頷いた。
 お前等、今日一日で何杯コーヒー飲むつもりなの? カフェイン中毒なの?

「或いはそのどちらも、という考え方も出来ますな」
「そうですねえ。私も同感です」
「こりゃ一本取られちまいましたな! ウハハ! ――あ、こりゃあ失礼。ご挨拶がまだで……雪の翼亭の店主、ゴルケンでさァ」
「キリオ・ドレッタと申します。妹がお世話になっております。こちらは執事のバージル・ラガンティ」
「どうぞ、今後ともよしなに」

 商売人の皆さんは流石、打ち解けるの早いなー。
 キリオに至っては名刺渡してるし。
 俺達の時は渡さなかったのは、ルチアが居たからか。
 はたまた商売相手として見ていなかったのか。

「って、アレ? ドレッタ商会、妹……そうか、おたく等がルチアの」
「然様でございます」

 気付くの遅いよ。

「それで、如何でしょうか? 此方のほうは」

 キリオが指でコインの形を作る。
 店主のおっさんはと言えば、苦笑しながら後頭部を掻いた。

「いやあ……ドレッタ商会の皆様に比べりゃ砂粒ですよ、ウチの店は!」
「またまたご謙遜を! 勇者ご一行様御用達のお店なのですから!」
「その割にゃあ客入りは思わしくねェというのが実情でさァ」

 おっさんが俺のほうを見る。
 あー……最初に、沢山来るって言っちゃったからな。
 出来ればあの予言、当たってくれるといいなあ。

「確かに、ファルドさん自身の知名度はあまり無いようですからね。これはもう、頑張って頂くしか!」
「そうでしょうな! ウハハ!」
「あ! 実は私達、独立して新しい事務所を立ち上げましてね。お得意様第一号になっては頂けませんか?」

 なるほど、よそ行きではそういう風に話すのか。
 たとえ親父を良く思ってなくても、身内の恥を出したがらないのはどこも同じか。

「こいつァ夢みてェな話でさぁ! ツキが舞い込んで来ちまった!」
「来週から忙しくなりますな、お坊ちゃま」
「あのクソ親父の事務所からも引き抜いてやろう」
「爺も手配致しましょう」

 話を進めるキリオと執事に、アンジェリカが割り込む。

「ちょっと二人とも、頼んで置いた例の件も忘れないで下さいよ?」
「無論ですよ!」
「爺達にお任せ下され!」
「ホントに大丈夫かしら……」
「アンジェリカさん。兄はともかく、爺やは……バージルさんは信頼出来る方です。兄はともかく」

 二度も言った! 大事な事だからなのか!?
 ヘーイ! あんまりだ! いくら赤もやしとはいえ、割と身体を張ったんだぞ!

「な、なあルチア、キリオさんはルチアの為にドナートさんに立ち向かったんだ。あんましさ、悪く言ってやらないでくれ」
「そう、ですね……」

 ルチアは、そう言って遠くを見た。

「いや、良いのです。殴ったのは私が勝手にやってしまった事ですから」
「然様! 止めなかった爺も同罪ですぞ!」

 と、かぶりを振るキリオとバージル。
 そこに、店主のおっさんも合流する。

「それに、お陰で俺の店が繁盛するんだ! な? 人助けしたと思って――」
「――それは関係無いでしょう!?」

 ルチアの渾身の叫びが、店主のおっさんを襲う。
 完全に空気が固まってしまった。

「あ……! す、すみません。私、何という事を……」
「いや、いいんだ。俺ァ何があったか知らんが、ちょっと迂闊な事を言っちまったみたいだな……」

 哀れなおっさんは涙目になりながら、ホットケーキの残りを食べる。
 一回り以上も年下の女の子に噛み付かれたら、そりゃあ心中穏やかじゃないよな。
 ぶっちゃけ俺も、どうすりゃいいか解らない。

 いや、謝るべきだな。
 元はと言えば、俺が蒔いた種だ。

「ルチア、すまん。あんまり、力になれなかった」

 俺が頭を下げると、ルチアは意外そうに目を見開く。
 ルチアの中で、俺はどういうキャラ付けがされてたんだろう?
 何にせよ、ルチアはむしろしょげかえったような顔をした。
 ちょっと極端とも思うが、こうもしおらしくなると逆に申し訳ない気分になるな。

「……その。こちらこそ、ごめんなさい。家族の事になると、つい、冷静さを失ってしまって」

 キリオがルチアの頭を撫でるが、ルチアはその手を思い切り払い除けた。
 うん、冷静じゃないね。
 キリオが執事の胸に「の」の字を描き始める。
 執事はそんなキリオの頭を撫でていた。
 何だろう……今日一日、こんなんばっかりだな。
 みんな、もっと仲良くしようよ。

「――むむっ!」

 突如、エルフが寝顔のままガバッと起き上がった。

「うわぁ!」
「ひっ!?」
「どわ――あ痛ッ!」

 くそ、後頭部が痛い! 俺はそういう芸風じゃねーから!

「甘い匂いがするッス! ついに天国ッスか!? ヘヴン!? アイム・イン・ヘヴンって奴ッスか! オーバー・ザ・サンズリバーって奴ッスね!」

 このエルフはまた……! 随分と強烈な奴だな!
 おもむろに立ち上がったかと思ったら目を閉じたまま、辺りの匂いを嗅ぎまくるし。

「ああっ! これもしかして! 自分、お腹が空きすぎて行き倒れになったんスね!」

 かと思ったらいきなり手をポンとやって、勝手に自己完結しやがった。
 頭頂部で揺れるアホ毛と、口を開けると見える八重歯がチャームポイント!
 ……こんなキャラだと台無しだな。
 いや、逆にテンプレ通りか? もう何が何だか。

 俺は咄嗟にファルドを見る。
 だがその反応は、俺が期待していたものじゃなかった。

「なあファルド……俺とコイツを見比べてそういう顔すんのやめてくれねーかな」
「坊主……」
「爺はよく解りますぞ」
「私もです。おや? ファルドさん、私達までご覧になって。これはまた! ははは……照れますね」

 俺はアンジェリカとルチアに視線で助けを求める。
 が、二人も微妙な顔をしてる。くそっ、まともなのは俺だけか!

「う、うわぁ……一度だけじゃなくって二度もヘンなの拾うとは思わなかったわ」
「いや全然違うだろこんなの! 俺の何処が変な奴だって証拠だ……いや、ごめん。心当たりしか無かった」
「うん……私こそごめんね……今度何か奢るわ」
「ジュース9本でいい」
「流石に無理」
「やっぱ駄目か……」
「うん」

 エルフは自分が奇想天外な事をやらかしたのを自覚したのか、辺りをきょろきょろと見回した。
 ちなみに目は相変わらず閉じたままだ。
 というか、俗に言う糸目って奴みたいだな。
 これで錬金術師だったら、妹を探さなきゃならなくなるフラグが立ちそうな気がする。

「は、はじめましてッスね? 皆様、もしかして、自分を助けて下さったんスか?」

 そうッスよ。と、みんなが頷く。
 相変わらず引きつった顔のまま。多分、俺も同じような表情なんだろうな。
 最初に前に出たのはファルドだった。

「えっと、俺はファルド・ウェリウス」

 名乗った後、順番に指差しながら紹介していく。

「で、魔法使いのアンジェリカ・ルドフィート。僧侶のルチア・ドレッタ」

 とまで言った辺りで、エルフがにわかにそわそわし始めた。

「え? えっ! って事は……勇者様じゃないッスかァー!」

 エルフは飛び上がってから両膝を突き、そのまま土下座した。
 リアルのジャンピング土下座なんて初めて見た。綺麗に決まるもんだな。
 お尻のラインがくっきりだが、相変わらずスカートのガードは鉄壁だ。
 エルフはそこから流れるような動作で、祈るようなポーズをする。
 両目からは滝のような涙が。
 そして顔の周りにキラキラしたようなものが見える……気がする。
 きっと、気のせいだ。

 さらっと俺がスルーされたが、悲しくなんてない。

「ありがとうございますゥー! まさか勇者様に命を救われるなんて! きっと、これは! 運命! そう! ディスティニー! 人生山ありグンタイアリとはまさにこの事!」
「……それを言うなら山あり谷ありな」
「そうとも言うッス! いやいやいやいや、そんな事より皆さん! 自分は生きる意味を見付けたッス!」

 そしてこのエルフは四つん這いでカサカサとファルドへ近付き、ファルドの手を両手で包み込むようにして強く握る。

「自分、何でもしますので! 荷物持ち! 靴磨き! 炊事洗濯育児に送迎爆弾設置に見張り番、口利き宣伝交渉お茶汲み用途を問わず何でもござれ――さあさあ、何なりとお申し付け下さいッス!」

 コイツ……早口で、ほぼ息継ぎ無しで言い切りやがった。

「も、猛烈なアピールに、爺は執事として危機感を覚えましたぞ……」
「そうかしら? 私はシンと同じニオイがしたわ」
「奇遇ですね。私もです」
「やっぱり、ルチアも思った?」
「ハハハ。シンさんは大人気ですね!」
「ホント、坊主にゃ敵わねェな」
「じゃかぁしいわボケ。そいつぁすげぇや」

 ひどいやお前等。俺が何をしたっていうんだ。
 俺は此処まであからさまな三下キャラじゃないだろ。失礼な奴等だ!
 むしろこの手の変人はモードマン寄りだろうが!

「……で? ファルド、どうするんだ。これ」

 俺はエルフを指差す。
 いよいよのっぴきならねえ事態になってきやがった。
 ファルドは少し考えた後、土下座してたヴェルシェを立ち上がらせる。

「名前を、教えてくれないか?」
「自分はヴェルシェ・ロイメ、フリーの冒険者ッス!」

 元気に敬礼するヴェルシェ。

「ヴェルシェだね。解った。得意分野を教えてくれるかな?」

 ファルドは周りに目配せしながら、質問を投げ掛ける。
 一応アンジェリカの顔色を覗ってはいるが、アンジェリカが何か言う前に動いてる。成長したなぁ……。

「自分、罠が得意ッス!」
「罠、ですか?」
「落とし穴とか、引っ掛ける網とか、あと爆弾なんかも扱えるッスよ! 解除なんかもお手の物ッス!」
「じゃあ、そのスコップは罠に使うのね」
「その通りッス!」

 なるほど。
 流石に錬金術師とかモンクじゃなかったか。ポジション的にはシーフだ。
 道理で、スコップなんてもんを背負ってたワケだ。

 キャラクター設定資料集には記述が無いが、それはもうこの際無視しよう。
 一覧に無いって言うのなら、俺だって同類だし。
 この物語の原作者であるという、ただ一つの事実を除いてはな!

「どうッスか? 勇者様!」
「大歓迎だ! けど、その呼び方はやめてくれ。ファルドでいいよ」
「ファルド様で! 命の恩人を呼び捨てなんてとんでもないッス!」

 エルフ改めヴェルシェは、ビシッと敬礼する。

「じゃ、じゃあせめて、さん付けでお願いできるかな?」
「ご命令とあらば! ああ、有り難き幸せ! 一生付いていくッス!」
「そうと決まれば、次の目的地を探さないといけないわね」

 おお、アンジェリカがついに渋らなくなった。
 いや、俺の時は明らかに非戦闘員だったからな。対応を変えるのは当然か。

 突然、エルフの腹からぐぅと音が鳴る。
 アンジェリカが俺を見てきたので、俺は首を振りながらヴェルシェを指差した。
 ヴェルシェの奴、あざとく「テヘペロ」しやがって!
 それを見たルチアが、店主のおっさんに目配せする。

「その前に、何か食べさせてあげましょう。お腹、空いているみたいですから」

 おっさんは察して、厨房へと歩いて行った。

「食ってくか? ホットケーキ」
「お願いします。ヴェルシェさんの分だけで結構ですので」
「どうしたんだよ? 連れねえじゃねェか。まさかダイエット――」
「――私達はもう食べて来ちゃったのよ」
「そ、そうか。すまん」

 おっさん、ぼっち歴が長すぎて地雷判別スキルが無いんだな。
 流石に可哀想になってきた。
 とはいえ、レディの扱いに慣れてる奴なんて近くに居ないしな……。
 キリオもファルドも論外。執事さんは微妙にすっとぼけた性格だし。
 当然、俺も論外グループの一角を担う、いっぱしの鈍感野郎だ。

 あーもう!
 なんでこの世界は不器用な奴ばっかりなんだ!
 そこで幸せそうにホットケーキを頬張る、ヴェルシェとかいうクソエルフが羨ましいわ!

 異世界に召喚されたらパーティメンバー全員が不器用すぎて俺の胃がストレスでマッハな件について――とかいうタイトルが頭に思い浮かんだが、まあそれは捨て置こう。
 ファルドもなんでホイホイと拾っちまうかな。
 俺が言えた義理じゃないんだろうが……。

「それで、ヴェルシェさんはどうして冒険者に?」
「自分、集落から追い出されたんスよ」

 ルチアの問いに、ヴェルシェはホットケーキを飲み込み、そう語った。
 よくある話だな。
 そこへアンジェリカが興味深そうに、ヴェルシェの顔を覗き込んだ。

「どこの集落? 私達はエルフの集落がどこにあるか、長い歴史の中で全く知らされてないのよ」
「うーん……」
「ごめんね。話しづらいなら、黙っててもいいわ。良くない思い出も、いっぱいあると思うから」
「いや、そうじゃないッス。えっと、その……」

 ヴェルシェはもじもじとし始めた。

「自分、方向音痴なんで、どこからどうやって来たのか覚えてないんスよ」

 俺とヴェルシェを除く全員が、ガクッと脱力する。
 まあそんなもんだと思ってたよ。
 このポンコツエルフめ!

「アンタね……」
「大きな町を目指して、ビッグになろうって思って冒険を続けてたら路銀も尽きて、かといって商売道具を売り払うのも気が引けて、路頭を彷徨ってたら、此処で皆様に拾われたッス」

 ……なんて無計画な。大丈夫なのかな、コイツ。
 まあいいや。

「ファルド、拾ったからにはちゃんと世話しろよ。散歩は一日に二回。トイレの場所も教える事」
「自分、犬じゃないッスよぉー!」
「犬とは言ってない。猫かもしれないじゃないか」
「どうでもいいわ。目的地、決めるわよ」

 それな!
 俺はパソコンを開き、予言(笑)の内容を確かめる。
 どれに従うかは自分でよく考えて決めろって王様は言ってたが、相談できる相手がこの場には居ない。
 順当に考えれば、南西の港町ボラーロ経由でフォボシア島へ行くべきなんだろうが。

「そういえば、グリーナ村の外れに魔物が湧いたって話らしいッス」
「グリーナ村だって!?」

 確か、作物を荒らす邪教集団をお縄にしただか倒しただか、そんな話だった気がするが。
 やっぱり別の奴が出て来るのは仕方が無いのかね。

「どんな魔物が湧いたの?」
「大きい羽虫みたいな奴が沢山ッスね。噂によると」
「うッ! 虫かぁ……」

 アンジェリカの顔が青ざめていく。
 お化けだけじゃなくて虫も駄目なのか。虫とお化けが苦手なツンデレ幼馴染み。
 ……ますますテンプレじみてきたな。
 それくらい解りやすい奴のほうが、助かるには助かるが。
 ルチアはおとなしすぎて、何考えてるか判らない時があるからな。

「アンジェリカ、大丈夫か?」
「最悪、丸ごと焼いてもいいかしら」
「それが、倉庫が木造らしくって気を付けないと賠償金で報酬がパーになっちゃうッスね」
「うげ……」

 木造建築に虫ってお前……それヤバいパターンじゃねえの?
 その魔物がシロアリみたいな奴で、しかも大きさがそれなりだとしたら、三日もすればボロボロだぞ。

「早く行かなきゃ建物が駄目になっちまう。ファルド、今すぐ出発だ」
「ああ! アンジェリカは留守番する? 此処なら安全だろうし」
「ううん。私がんばる……」
「無理はしないでね」
「うん。ありがと……」

 そうして俺達はキリオと執事を宿屋に残し、馬車の発着場へと向かった。

「まいどあり! お前さん達の部屋はいつでも空けてるからなー!」
「どの部屋も空室でしょ!」
「言わないでくれぃ!」
「お嬢様、ご武運をお祈りしておりますぞ!」
「はい。バージルさんも、新しい就職先でも頑張って下さい」
「キリオさんも!」
「ええ! 幸い、商談の時間はたっぷりありますからね」

 いざ行かん! 東のグリーナ村へ!
 ちょっと予定からは外れるが、無視するワケには行かない。虫だけに。

「くしゅんっ!」
「アンジェリカ、風邪?」
「わかんない……」



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