自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第三十九話 「アンタ達、私を指名しなさい」


「私はパス」

「その、私も辞退させて下さい」

 アンジェリカとルチアが首を振る。

「そうだよね……うん」

「予想はしてた」

 俺達は今、ボラーロの海岸沿いにあるレストランで昼飯を食いながら、今後の相談をしている。
 潮風の香りを嗅ぎながら、さざ波の音を聞きながら。

 今しがたアンジェリカとルチアが拒否したのは、ある店で働く事についてだ。
 情報提供者のウェイターさん曰く、短期間で手っ取り早く金稼ぎをするんだったら一番のオススメらしい。
 しかもついでに情報収集も出来ちゃったりして、一石二鳥だという。

 だが、いかんせん業務内容が問題だ。
 女の子、それも容姿に優れていないと雇ってくれないらしいのだ。
 そういった意味ではこのパーティの女子は三人とも合格点だが……。

 すると必然的に、全員の視線がヴェルシェに集中した。
 ヴェルシェは顔を指差し、きょろきょろしている。

「じ、自分ッスか?」

「いいんじゃね、減るモンでもなし」

「減りまくりッスよ! 心とか! 気力とか!」

「ええい、腹を決めろ! この世界に気力なんてパラメーターは無い!」

「腹は膨れたッス!」

「ごめん、パラメーターって?」

 ファルドが首を傾げる。
 いかんいかん。RPGじゃないんだから。

「すまん、忘れてくれ」

「とにかく! 自分はバニーさんなんて無理ッスよ!」

 ヴェルシェがテーブルをドンッと叩く。
 おわかりいただけただろうか。
 そう、バニーさんだ。

 ボラーロの中心部にある集合住宅。
 その地下には大きなクラブがある。
 冒険者や漁師達が、日々の疲れを癒やすのだ。

 なんて言うとちょっとイカガワシイ雰囲気だが、おさわりは厳禁らしい。
 実際健全。視線は釘付けだろうがな。

 ちなみに俺は、どっちかっていうとメイドさんとか魔法少女さんが好きだ。
 そういうテーマの飲食店なんて、この世界じゃ存在しないんだろうな。

 いやそれはいいんだよ別に。
 それよか、この煮え切らないエルフに頑張って貰わないとだな!

「……クラスメートがここでバイトしてたって聞いたわ。まかないが出るらしいわよ」

「まかない!?」

 アンジェリカがぽつりと出した言葉に、ヴェルシェはガタッと立ち上がる。
 飯なら今食べたばっかりだろ。食い意地張ってるなあ……。

「毎日、新鮮な魚介類の料理とお酒が出るって話よ。
 それでいて給料は日当。即金が欲しいならオススメかもね」

「ぐぬぬ、魅力的ッスけど……!」

 ヴェルシェは口元のよだれを拭きつつ、それでも悩んでいる。
 もう一押しって所か?
 思うにこいつは良く見られたい、褒められたいっていう欲求が強いっぽいからな。
 そこを突けば、自ずと勝利は見えてくるに違いない。

「有能な奴は、こういう仕事もしっかりこなせる筈なんだがなー。
 情報収集ならアンジェリカより得意そうだし。みんなに尊敬されると思うんだけどなー。どう思う? ファルド」

「え! あ、うん。そうだね! 普通は頼まれてもあまりやりたがらない仕事だと思うし!
 ヴェルシェだったらきっとかっこよくこなせるんだろうなあ」

「オーケー! そういう事なら任せて欲しいッス!」

 ヴェルシェはその豊満な胸を、ドンッと拳で叩いた。
 俺はアンジェリカとルチアにも目配せする。

「やっぱり有能な子は違うわね! さっすがヴェルシェ、私の負けたわ!」

「尊敬します!」

「ふっふーん! もっと褒めてくれてもいいッスよ?」

「今回ばかりは俺も見直した。毎日寄ってくよ。チップも多めに出す」

 もはやヴェルシェは完全に天狗だ。
 ふう、ちょろすぎでしょ。


 *  *  *


 夕方、俺達は再び同じ海沿いのレストランへと戻ってきた。
 ディナーメニューがまた美味しいらしいのだ。
 そしてテラス席から眺める、水平線へと沈み行く夕日は実に美しい。

「全員揃ったね。じゃ、それぞれの仕事を言っていこう。まず俺とシンは――」

 ヴェルシェの短期バイトが決まった所で、俺達もとんとん拍子で決まった。

 ファルドと俺は商船の積み荷の運搬を手伝ってきた。
 船乗り達も最初は拒否したが、ファルドが「ほんのちょっと小遣い稼ぎがしたいだけ」と告げると、渋々了承してくれた。
 こんな調子だから、三日連続は厳しいだろうな。
 次の一手を考えておこう。

 ルチアはいつも通り、教会で奉仕活動。
 今朝方、既にあのケストレル司祭に話を付けていたのだそうだ。

 勇者と言っても、その実態は普通の冒険者と大して変わらない。
 なんで原作では最初から勇者って肩書きにしちゃったんだろうな。
 ホント、あの頃の夜徒ナハト・ブレイヴメイカー様に訊いてみたい。
 まあ悩んでも仕方ないんだろうが。

 ……ん?
 あれ?
 アンジェリカは?

「……どうしよ。決まらなかったわ」

 珍しい事もあるもんだな。
 虫を見たとき程じゃないが、顔面蒼白だ。
 そこにヴェルシェが、指を振りながらチッチッチと横槍を入れる。

「こんな事もあろうかと! 手は回しといたッス!」

「えっ……」

 引きつった顔でアンジェリカはヴェルシェを見る。
 そうだな、俺も嫌な予感がする。

「教えて。一応、念のため」

「自分、アンジェリカさんと一緒に働くッス」

「はあぁぁやっぱりかー……」

 アンジェリカは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
 仕事を探せなかった為に、怒るに怒れなかったのだろう。
 まあ仕方が無い。
 この近辺だと、身内で固める事も多いだろうしな。

「そっか、私もアレを着なきゃ行けないんだ……」

 可哀想に。今夜は別の店に行くか。
 俺が行くと働きづらそうだしな。
 だがファルドは別だ。
 滅多に見られないチャンス……存分に活かすが良い。

「アンタ達、私を指名しなさい」

 はい?

「……はい?」

「えっ、あ、アンジェリカ?」

 アンジェリカは耳の上まで真っ赤だった。
 ちょっと涙ぐんでいる。
 ファルドは完全にテンパってる。

「待ってくれ! 俺達が行かないって選択肢は?」

「無いわよ」

 いやいやいやいや。

「なんでだよ」

「だ、だからっ! ……言わせないでよ」

 ンなこと言われましても。
 洞察力なんて俺はそれこそお察し下さい状態だからな。
 普通は来ないで欲しいもんじゃあないのか?

 こういう時は同じ女子に答えを求めるべきだな。
 というワケでルチアを見た。
 だって、ヴェルシェは女子って感じがしないし。
 ルチアは俺の視線に気付くと、咎めるような目付きをした。

「俺、なんか不味い事、言った?」

「シンは別に悪くないんじゃないかな……」

 俺とファルドは暫く顔を見合わせる。
 ルチアは一瞬だけ目を輝かせたが、すぐにぶんぶんと頭を振り、それから俺達を見据えた。
 そして、溜め息をついてから口を開く。

「見知らぬ方々を相手にするより、よく知る顔のほうが安心できませんか?」

「――! ああ、そういう事か!」

 なるほど、確かにな。
 バイト先で仲のいい友達と出会うと、緊張がほぐれるって奴だ。
 ついでに言えば、ほぼマンツーマンで接待する仕事だ。
 もしずっとアンジェリカを指名し続ければ、俺やファルドに別のバニーさんが付かなくなる。
 稼ぎは殆どが食費とチップで飛ぶが、これは後で返して貰えばいい。

「ルチア、ありがと」

「良いのです。私とアンジェリカさんの仲ではありませんか」

「――っと、そろそろ時間ッスね。アンジェリカさん、行くッスよ」

「気が重いわ……」

 ヴェルシェに連れられ、アンジェリカも席を立つ。
 その後、残りの三人で近くの宿で部屋を二つ予約した。
 宿屋でクーポン使えるかどうかアンジェリカに訊いておくの忘れてた。
 まあいいか。


 *  *  *


 クラブは大賑わいだった。
 ジャズっぽい音楽が大舞台から流れ、女性の歌声もそこに混じる。
 酒と煙草のニオイがちょっとばかり鼻に付く。
 薄暗い照明も相まって、まさしくアダルティック。

 いいのかな俺、場違いじゃないかな。
 ファルドを見やると、やっぱりそわそわしていた。


 大舞台の反対側にはスロットマシーンまである。
 それにビリヤード台、ダーツまで。
 バーカウンターではマスターっぽい人がカクテルを作っている。
 壁際とか要所要所で、黒服が立っているな。

 客層は……漁師と冒険者、それと一般市民。
 年齢層は老若男女(驚いたが、女もいるのだ)と幅広い。
 みんな思い思いにくつろいでいる。
 当然ながら、やらしい顔をしている連中も居る。

 連中の視線の先にはバニーガール。
 数にして十数人。
 この規模なら、それぐらいは必要か。
 美人さんばかりだ。

 ちなみにソファ席も用意されていて、客の隣に座って接待している子も何人か見掛けた。
 客と一緒に酒を呑みながら……いや君達ウェイトレスじゃないのかね。

 アレか。
 ピュアな心の持ち主だけが入店できる大人の社交場なのか。

 特に目に付いたのは、人だかりが出来ている席だ。
 長くて尖った耳、常に細めている目、時折聞こえてくる「~ッス!」という語尾。
 なんでヴェルシェはあんなに人気があるんですかね……。
 奴の人心掌握術はレベルがカンストしてるのか?

 いや、単純にエルフだからに違いない。
 エルフは基本的に、美男美女ばかりだしな。

「い、いらっしゃい、ませ」

 ぎこちない挨拶に迎えられ、俺とファルドは我に返る。

「本日は、お二人様で、よろしかったでしょうか」

 新人らしいバニーさんを見る。
 細いながらも健康的なメリハリのある脚は、ストッキングに覆われている。
 バニースーツに包まれた、控えめな胸。
 茶色い髪に灰色の目。
 凛とした顔立ちには、うっすらとメイクが施されている。
 あれ、どっかで見た顔だな。

「……二人とも早くしてよ。怒られちゃうでしょ」

「アンジェリカ」

 固まっていた二人組のうち、先に口を開いたのはファルドだった。
 アンジェリカは、ぺこりと一礼する。

「はじめまして。新人のアルビネです」

 腰の辺りに付けてある名札を見る。
 確かに“Albinne”とある。
 源氏名って奴か。変なところまでリアルだ。

「お席まで案内します」

 口調から仕草までガッチガチだ。
 かなり緊張しているんだろうな。

 案内されたのはソファ席。
 先輩バニーさんがアンジェリカと何か話している。
 アンジェリカが人差し指で俺達を指差すと、先輩がその手をバシッと叩いて、手の平で指し示すようにした。
 先輩は慣れた動作で俺達へと歩み寄り、深々と一礼する。

「申し訳ございません、大変失礼致しました」

「いいんです。それより、アンジェ……アルビネを指名できますか?」

 もちろん、そうだよな。
 ファルドなら、そうする。俺だってそうする。
 だが先輩バニーさんは目を丸くした。
 アンジェリカをちらっと見て、少し深刻そうな顔をした。

「よろしいのですか? 良かったら、他の者もお付けしますが」

「アルビネだけでいい」

 きっぱりと言い切るファルド。
 先輩はその態度に若干訝しそうにしつつも、すぐに一礼した。

「かしこまりました。アルビネに何か至らぬ点が御座いましたら、遠慮無くお申し付け下さい。メニューと呼び鈴はテーブルの上に御座います」

 こうして俺とファルドは、大人のお店へと華々しいデビューを飾ったのだ。
 来るのはファルドだけで良かったような気もするが。

 まあ来ておいて今更だな。
 途中で、気分悪くなったフリでもして抜け出そう。
 ヴェルシェにも声を掛けておかないとな。

 ……そういやこいつら、酒は初めてじゃなかったか?



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