自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第四十一話 「貴様、日本人か」


 帝国の黒船に乗った俺達は、フォボシア島へと向かっている。
 道中の魔物は、先の海賊退治のついでに船員達が片付けてくれていたらしい。
 デッキから見える青空は、いたって平和だ。
 俺のすぐ近くで顔を青くしてる奴を除けば、だが。

「んぶ……ぎ、ぎもぢわるいッス……」

 ヴェルシェはさっきからずっと、この調子だ。
 情報収集をしてくれる時は、すごーく頼もしい奴だと思ったんだがな。

 その情報にしたって、ろくな物は無かった。
 クラブの歌姫はミランダという娼婦で、何らかの目的で稼ぎまくってるとか。
 娼館で男共の相手をして、その合間に歌っているとか。
 舞台に一番近い席で歌声を聴いてる奴は、画家なんだとか。
 そして大した稼ぎも無いのに、クラブの常連だとか。
 その画家は今やクラブの名物客として、従業員の間でも噂なんだとか。
 あと、その画家の童貞疑惑とか。

 そういう下世話な内容ばかりだった。
 ヴェルシェ君は本当に有能(笑)ですねえ……。

「悲劇の滝が春の訪れを感じさせるッス……喉がジワジワって」

「またぁ!? さっき酔い止め飲んだばっかりじゃない!」

「厳しいッス……馬車よりバイヤーのどいひーッス」

「ええ、お気持ちは解ります。正直、私も……」

「ルチアまで!? もう酔い止め切らしちゃうわよ!」

 隣でルチアとアンジェリカが介抱しているが、あまり思わしくない。

 それもその筈、この船は快速の代償として乗り心地が最悪なのだ。
 揺れる。とにかく揺れる。
 元帝国兵の人達曰く、安定装置の設計が間に合わなかったそうだ。
 モードマンが亡命したせいだと思うが、きっと地雷だから言わないでおこう。

 ファルドは昼寝中。
 クラブでの騒ぎ以来、寝付きが悪いらしい。だから睡眠時間を稼ぐとか言ってた。

 ちなみに俺はと言えば、その最悪な乗り心地の船で腕立て伏せをしている。
 晴れ渡る空と水平線を眺めながら、腕立て。
 これはこれで、ちょっとした風情がある。カモメの鳴き声は聞こえないが。

「ふう。ちょっと休憩すっか」

 ざっと六十回だ。
 アンジェリカが、ジト目で俺を見てくる。

「アンタも、よくこんな環境で腕立て伏せなんてやれるわね」

「到着までは暇だし、鍛えておける時に鍛えときたいじゃないか」

「いいじゃないの。痺れるだろ?」

「ジラルドさんが何を言ってるか、私ちょっと解らないんですけど」

 今、俺達一行にはジラルドが同行している。
 海賊を退治して暇になったというのもあるが、この高速船の船員達との橋渡しも兼ねている。

 連合騎士団も一枚岩じゃあないらしく、連合軍に所属せずに冒険者まがいの活動をしている派閥もあるそうだ。
 この高速船の船員達が、まさしくそういった立場だ。
 かつて刃を交えた他国の兵士達と呉越同伴になるのがどうしても嫌で、だったらいっそのこと帝国残党軍とでも名乗ってやろうという話らしい。

「しっかし、また一緒に仕事できるとはねえ……これも何かの縁かね」

「そういえば、この船のみんなにも、もう名前を明かしたんですか?」

「ああ。誰かがバラしちまったらしい。つっても俺は末っ子だし、扱いは変わらないさ」

「ラリー、こんな所にいたのか!」

 ジラルドを呼ぶ、知らないおじさんの声がする。
 この気安い感じからすると、割と親しい仲なんだろう。

「ん? ビリーじゃないか。どうした?」

 歪みねえ名前だな。新キャラか?
 ――と思ったら、いつぞやの傷顔だ。
 初対面の時はムスッとした印象だったが、今の傷顔はフランクすぎる程にフランクだ。
 それにしても惜しいな。
 ビリーじゃなくて“バリー”だったら、ラリーと揃って某デスロードの素敵なウォー・ボーイのエア友達だったのに。

「少しばかり、潮風に当たりたくてな。む、君はいつかの黒髪じゃないか」

 え……逆に怖い。何コイツ。
 ジラルドのチャラチャラ光線にやられてファンキー野郎になっちまったとかじゃねーだろうな?

「私は名を改め、ビリー・ブリッツと名乗っている」

「……そうですか。シンっていいます、よろしく」

 ライトニングと来て、ブリッツねえ。『送還士奮闘記』には影も形も無かったキャラだ。
 クロスオーバー時空の影響で因果律に歪みが生じてるに違いない。
 何処の誰だか知らないが、余計な事しやがって。

「よろしく! そういえば同僚に、君とよく似た肌の色をした、顔が平たい男が居るな」

「え……そうなんですか」

 顔が平たいとかいう表現するなよ。まるでローマの風呂職人みたいじゃん。
 ていうか、それってもしかして日本人って事か?
 いや、よく似た東洋人っぽい人種ってだけかもしれないからな。
 だがここに来て、俺と同じ世界から召喚された人だったら……もしかしたらっていう希望もある。

「何処にいますか?」

「甲板で待機中だ。会ってくるといいぞ。エルフより珍しい人種だろうからな」

「ちょっと会ってきます!」


 *  *  *


 甲板には綺麗に整列させられた飛竜が、じっと佇んでいた。
 どいつもこいつも、例外なく鱗に切り傷があったり剥がれかけだったりする。
 って事は、みんな大陸戦争を生き延びた歴戦の猛者なのかな。
 本に書いてあった爆撃兵の飛竜ってのは、もしかしてこいつらなのかもな。

 飛竜達は俺が近寄っても、ちらりと視線を寄越すだけで何もしてこない。
 俺を味方と認識してくれてるのか、それとも脅威とすら思われてないのか。

「貴様、日本人か」

 背後から声が掛かる。

「え!」

 俺は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
 だが“日本人”という単語を少しして思い返して、さっきビリーが言っていたのがこの声の主だろうって思い至った。

「あ――はい」

「……そうか」

 振り返る。
 そこには、間違いなく俺と同じ東洋系の顔立ちの男。
 その男は連合騎士団の鎧の上に、古臭いフライトジャケットを羽織っていた。

「あなたも、日本人に見えます」

「やはり、わかるか。此処の世界では米英の顔立ちばかりだからな。貴様も、この世界に呼び出されたのか?」

「はい。気が付いたらこの世界に」

 目を細め、頷く男。
 居るのかどうか半信半疑だったが、やっぱり居たんだ日本人!

「そうか……大儀だろう、この剣だの術だのと奇妙な世界で生きるのは。銃の代わりに弓矢と来た。
 耳の尖った者達のみならず、悪鬼や魑魅魍魎のたぐいも跋扈している。」

「思い通りにならない事は沢山ありますが、悪いことばかりでもないですよ」

「なかなかどうして剛胆な精神を持っているな」

 久しぶりの同胞に出会えただけでなく、褒められた!
 俺くらいの世代は普通、上の世代の人達に馬鹿にされるんだけどな。

「しかし斯様な異世界で、まさか妻以外の同胞に巡り会えるとは。祖国の英霊も、粋な計らいをしてくれる」

 ……ちょっと待ってくれ。祖国の英霊?

「その、僕はそういったスピリチュアルな事には疎いのですが」

「待て。そのようなハイカラな言葉を使われても解せぬ。日本男児なら祖国の言葉で表せ」

 ハイカラって何だ?
 パソコンを開き、ググってみる。
 昔の人が西洋風な物をそう言ったようだ。

 ……文学部のお方ですかねえ?
 元の世界では大正文学が好きな先生が居たが、確かこういう感じだった。
 ただこの人、何かこう……根本的なところが違う気がするんだよな。
 一応、カマ掛けとくか。

「えーと、ちょっとこれを見て貰っても?」

「何だこれは。石で出来た本か」

 案内人さんと同じ事を言い出した。
 まさかまさか。いやそんな事は無いでしょう。
 だが、ここで決め付けるのは早計というものだ。

「パソコン、ええっと、個人で携帯する演算器です」

「何と! 演算器だと! 斯様な代物は……これが、どうかしたのか」

「その画面、何が書いてあるか見えますか?」

「いや、見えん。白い光だけだ」

「そうですか……」

 やっぱり使えるのは俺だけか。

 ――ていうか、待て。もっと大事な情報があるだろ。
 この男は日本からやってきた筈なのに、ノートパソコンを見た事が無いと言ったのだ。
 言動も妙に古臭い。さっさと違和感に気付いておけば良かったんだ。

「単刀直入にお聞きしますが“どの時代”の日本から?」

「どの時代……奇妙な事を訊くのだな」

「僕と貴官では呼び出された時代が違う可能性があります」

「昭和二十年だ」

 二十年……俺は咄嗟にググった。
 西暦にすれば、1944年か……つまりは第二次世界大戦の最中だ。

「おれは敵地にて特攻、玉砕した。その二年後に、おれが戦死したという報せを聞いた妻も、自ら命を絶ったという」

 なるほどな。道理で言葉遣いが古臭いワケだ。

 それから俺は、この元日本兵の人と色々な事を語り合った。
 だが、話しているうちに、どうにも違和感があった。

 ……ネットで書いてあるような知識しか無いのだ。
 調べればすぐにでも解るような事しか話さない。
 最初は俺に解りやすいように気を使ってくれてるのかと思ったが……そうじゃない。

 何というか。
 すごく、にわかっぽい。


 こうして、なりきり日本兵さんへのインタビューは幕を閉じたのだった。
 若干、時代考証に難はあるが……その徹底ぶりを異世界に飛ばされてもなお続けるっていうのは、相当なツワモノだな。

「そろそろ時間だ。達者でやれよ」

「――あ、待って下さい!」

 名前だけでも聞いておこう。
 たとえなりきり日本兵だったとしても、貴重な日本人だ。
 俺は握手を求めて、手を差し出す。

「僕は、志麻咲信吾しまざき しんごです」

 なりきり日本兵は少しの間俯いて考え込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げた。
 それから、苦笑しながら手袋を外す。

「この世界における帝国人は、実力を認めた相手にのみ名乗るというが……まあ貴様とは同郷のよしみだ。特別だぞ」

 手を握り返される。この男も、体温が低いらしい。
 それともこの世界の法則で、相手の体温が伝わらないのか?

「――おれの名は根茂教介ねも きょうすけだ」

 あー……マジか。此処に来て、その名前が来ちゃうか。
 その名前、知ってるよ。

 俺のエタったコレクションの一つ『異世界で世界大戦の続きをやる』の主人公だ。
 異世界で再会した妻ってのは、夕月小百合ゆうづき さゆりって人だろ。
 全部、知ってるよ。
 セルフでギアス掛かっちゃって、全力で見切り発車した作品だ。

 なんで、そっちの可能性にも思い至らなかったのかな。
 ラリー・ライトニングと(嬉しくもない)セルフクロスオーバーしてたんだから、他にも出て来てるって考えられなかったのかな。
 同じ日本人だから、舞い上がっちゃったんだろうな。

「では」

 とんだぬか喜びだった。

 まったく、何処の誰だか知らないが余計な事しやがって!

 まあいいか。恥ずかしい思いをしなくて済むんだから。
 この世界の人達にとっては、此処が現実だろう。
 だが俺みたいに外からやってきた人達が、この世界が何をモチーフにしているかって事を知ったら……俺はきっと耐えきれない。



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