自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

間話ii 忍び寄る虚像


「“オブリビオン”より“サレンダー”へ」

 仮想身体アバターをスリープ状態にして、夏目倫人なつめ りんどはサレンダーに報告した。

「第二段階は順調に進行中」

《お疲れ》
《こっちも準備を進めている》
《それでは、また》

 仮想身体から分離する際は強烈な虚脱感を伴うが、幾度かの報告でそれも慣れてきた。
 それよりも知識を仕入れる為に『勇者と魔女の共同戦線レゾナンス』を読み進める作業のほうが、何倍も苦痛だった。

 メリハリの無い展開。
 場面に似合わないパロディ。
 誤字脱字に満ち溢れた文章。
 子供騙しとしか思えない設定と、キャラクターの能力。
 伏線など無く、あるのはただチートとハーレムと、寒いコメディ描写だけ。
 どこからどう見ても、駄作そのものだった。
 だがこんな作品にすら、十件も感想を寄せられている。

 同じ作者の小説も、どれを読み進めても同じだった。
 ただ、前述した『勇者と魔女の共同戦線』よりも『異世界で世界大戦の続きをやる』や『愛犬と共に異世界転生 –ロギーと僕の冒険記-』のほうがブックマークの伸びがいい。
 相変わらず感想は一桁だったが、だからこそ倫人はその事実に苛立ちを隠せなかった。


 倫人の作品『シュバルツバルトの子供達』に、感想は一つも無かった。
 ブックマークも、少しも伸びなかった。
 構想に十四年もの歳月を費やした。
 精一杯に綿密に推敲を重ねた。

 十全に設定を練り込んだ、会心の一作となる筈だった。
 主人公レイレオス・カーツの苦難に満ちた人生を綴った、長編ダークファンタジー。
 ……だが間もなく二百話に届くだろうという所で、電子の海の藻屑となった。


 倫人は己が“底辺”という一つのカテゴリーに属している事を認めている。
 だが同時に、あの作者も本来は底辺の筈なのだ。
 何故こうも、差が付いてしまったのか。

「奴の作品にはどれも、ハーレムかチートのどっちか、或いは両方の要素が入ってたな」

 もはや倫人にとってそれらは、手垢の付きすぎた属性だった。
 にもかかわらず、読者がそれを求める。
 倫人は腸が煮えくりかえる思いだった。

「どいつもこいつも、異世界転生ハーレムチート……てめえを慰めるだけの低脳なブタ共が!
 あいつらのせいで! あんな物を量産するクソ共のせいで!」

 久しぶりに、倫人は怒り狂った。
 ここには当たり散らすような物が無い。
 だから、ガス状の両手を地面に叩き付けた。

「クソが……クソが!」

 サレンダーがレイレオスを『勇者と魔女の共同戦線』に介入させたのは僥倖とも言えた。
 あの作品の主人公ファルドを圧倒する力は、まさしく一方的な戦いだった。

 レイレオスの力は、単に死を代償としただけのチートではない。
 レイレオスは髪の色を理由に虐待され、戦争で捨てられ、辿り着いた先の小さな村で女の子に拾われて恋をする。
 しかし女の子は領主の貴族に奪われ、挙げ句に魔女の容疑を掛けられ、殺されてしまう。
 レイレオスは女の子を庇うが、一緒に殺される……筈だったが、世界に対する絶望と憎悪が彼を蘇らせた。

 そもそもレイレオスという名前は、その時に自身で付けた名前だ。
 滅びの獅子という意味を込めた、通り名だ。

 そこから復讐劇がずっと続き、悪習を命と共に刈り取る。
 苦戦して、死にかけて、嘆いて、苦悶して、それを繰り返した末の強さだ。

 説得力からして違うのだ。
 まして、この『勇者と魔女の共同戦線』に合わせてアレンジが施されている。
 乗用車を相手に戦闘機を送り込むようなものだ。

 にもかかわらず、あの作者はファルドが窮地に陥った途端、怒濤の反撃を見せた。
 あんな能力、サレンダーが与える筈が無いのだ。
 本来、現実世界そのままの能力で召喚される筈だったのだ。

「ふざけやがって!」

 気掛かりな事はもう一つ。
 実験の第一段階を開始した時点で、サレンダーは意味深なメッセージを残した。

《原作より設定がかなり細かい》
《介入の影響か、何者かが感付いたのか》
《情報を仕入れないと》

 サレンダーに、因果律や世界設定を改変する力は無い。
 あくまで人員を送り込むだけだという。
 それ故に、倫人が仮想身体を用いて展開を遠回しに改竄する必要があった。
 そして、介入する作品世界に元々居たキャラクターを仮想身体として用いる事は不可能だ。

 幸いにして作品世界は現実世界同様、よほどの理由が無い限りはあらゆる人物に名前が付けられている。
 それを利用し、倫人は怪しまれないように、自然に介入できる“設定”のキャラクターを仮想身体として作成して潜り込んだ。

 結果は上々だろうと確信していた。
 誰にも怪しまれる事なく、むしろ歓迎すらされているように見える。
 シンもとい夜徒ナハトが倫人の仮想身体を、あくまでキャラクターとしてしか見ていないのがまた滑稽だった。

「さて……」

 呼吸を整えた倫人はモニターのタッチパネルを操作し、原作のページを読み進める。
 作品世界は、原作よりも展開が早い。

 魔王軍を裏から操る事はできない為、定期的にサレンダーのサポートを受けて間に挟む必要性が出て来る。
 アンジェリカが魔女になれば、こちらの手駒である魔女の墓場を差し向ける事も可能になるだろう。
 あの作者を含め、誰もがそれを“予言”とやらの通りだと思っている。
 そして誰も、魔女の墓場が倫人の手駒だと気付いていない。

「あと少し、あと少しなんだ……」

 倫人は再び、仮想身体へと潜り込む。
 心折れた創作者に、己以上の絶望を与える為に。



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