自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第五十二話 「それでこそ、お兄ちゃんだ!」


「色々と、ありがとうございました」

「礼を言うのは私のほうです。ありがとう。これからも、よろしくお願いしますね!」

 白々しいキリオをよそに、俺は次に進む事を考えた。
 できればカグナ・ジャタと戦う前に、キリオを説得したい。
 遅くとも、アンジェリカが魔女になる前には。

 復讐を望むあまり心が歪んでいたとしても、キリオにはルチアがいる。
 ルチアは俺達の、掛け替えのない仲間だ。

「蓄音機、快諾して頂けて良かったですね」

「ノリノリでしたもんね、伯爵」

 まだ今は、無難に相槌を打っておけばいい。
 キリオを説得する材料も無いしな。

 だが、必ず見付けてやるんだ。
 現状でコイツが考えているよりも、ずっといい道を。


 さて、ヴァン・タラーナからの帰り道は楽だ。
 その日の内に、城下町に帰れる。


 ……と、そう思っていた矢先の事だった。
 粗末な馬車が、猛スピードで俺達の馬車の進路上を横切っていく。
 御者はオークだったし、馬車を引いていたのはバッタを四足歩行にしたみたいな虫だった。
 明らかに、魔王軍だ。

「キリオさん、あの馬車!」

 俺は、あの馬車を咄嗟に指差した。
 何故なら、荷台に載せられていたのは案内人だったからだ。
 キリオが魔女と決め付けて忌み嫌っている、案内人だったからだ!

『助けて』

 横切る瞬間、確かに案内人は俺を見て、そう言った。
 弱々しく、手を伸ばしていた!

「今すぐ追い掛けて下さい!」

 だが、キリオは手綱をぴくりとも動かさない。
 それどころか、俺に向き直りもしなかった。

「銀狐でしょう? 追い掛ける理由など――」

「――違うだろ!」

 俺は身を乗り出し、キリオの襟首を掴んだ。
 もしも途中で振り落とされたって、知った事か。

「確かにあんたには感謝してるよ! 俺のアイデアに嫌な顔をせず乗ってくれた!
 だが、それとこれとは話が別だ! あんた自分で何やってるか判ってるのか!」

「……」

「何を言ったか、判ってるのかよ!」

「……」

「あんたの家族を殺したのは魔女かもしれない。だからって、魔女は皆殺しにするのかよ!?」

 それでもキリオは振り向かない。

 ……ああ、キリオ。
 心の底から失望したよ。
 確かに、案内人を助けたいのは俺のエゴだ。
 その為にこうして説得するのは、筋が通っていないかもしれない。

 もういいよ。
 お前が頑なに拒むなら、俺一人でやってやろうじゃないか。

「馬車を置いて降りろ! 俺が運転するから!」

「……」

「聞こえなかったのかよ!
 もうワケも判らないまま振り回されるなんて、御免なんだ!
 俺は、俺の目で、俺がここにいる理由を知りたいんだ!」

 襟首を掴んだ俺の手が、パシッと払われる。

 ほらな。
 自分で走っていけって事だろ。本当にお前は――、

「……しっかり掴まっていて下さい。少し揺れます」

 ――え?

「聞こえませんでしたか? あの馬車を追うと言った!」

 何だよ。
 どういう風の吹き回しだ?
 いきなり心変わりするなんて。
 だが、見直したぞ。

「それでこそ、お兄ちゃんだ!」

 俺達の馬車はぐんぐん加速していく。
 途中で何度か投石攻撃を受けたが、それらは馬に当たる前にキリオが魔術で撃ち落とした。

 そうして魔王軍を追っていると、林に突っ込んだ。
 木々を器用に避けながら突っ切っていく。
 林を抜ける頃には、魔王軍との距離はますます縮まっていった。

「横付けして、魔旋盤ディスクで魔術を使います」

「はい、頼みます!」

 キリオは、四つの車輪を順番に攻撃していく。
 魔王軍の馬車はガタガタと揺れだして、やがて停止した。

「てめェ……」

 馬車から降りて出てきたのは、オークが二匹。
 槍を持った奴と、弓を持った奴が二匹ずつだ。
 どちらもそれなりの手練れのようで、キリオの魔旋盤を油断無く睨んでいる。
 対するキリオもまた、二匹のオークを交互に睨む。

「魔王軍、無駄な抵抗はやめて、魔女を引き渡しなさい!
 彼女の身柄は、この魔女の墓場が預かる!」

「灰色野郎共が……!」

 呪詛を呟く、射手のオーク。
 ギリリと、弦の軋む音がした。

「その矢が私に届く前に、貴方の眉間へと跳ね返るでしょう」

「試してみても――いいんだぜ!」

 確かに矢は放たれ、そしてオークの眉間へと綺麗にUターンした。
 だがそれを射手のオークは手で掴み、へし折って棄てる。

「ケッ、確かに分が悪いかもしれねェなァ」

 射手の声音は忌々しげだが、余裕がある。
 なるほど、印象通りの手練れだ。
 一筋縄には行かないだろう。

 気になったのは、キリオの宣言だ。
 ホーミング・エンチャントを応用したのか?
 加護のたぐいはビルネイン教が独占していたように見えるが……。
 まあ抜け目の無いキリオの事だ。どこかで習ったのかもしれないな。

「しょうがねェから、馬車は明け渡すぜ。どうぞ、中身を存分に漁れや」

「ご協力、感謝します。この場は見逃しましょう」

「この場は、ねェ……」

「シンさん、私が二人を見ておきます。貴方は馬車を」
「はい」

 言われるままに、魔王軍の馬車を見る。
 しかし、案内人の姿は影も形も無かった。
 確かに見えていた筈だろ。

「どこに隠したんだ」

「ヒョロガリもガキも、とんだ間抜けだぜ!」

「騙したのか……!」

「そっちから仕掛けておいて、よく言うよなァ! 先生ェ、出番です!」

 オークが手を叩いてから、先生とやらはすぐにやってきた。
 ミニスカートとマントをひらりとはためかせ、鎧の金属音を静かに鳴らす、その女は。

「訂正しろ。私は先生ではない。オフィーリア・アーケンクランツだ!」

 その女は、瞳が赤かった。
 何より俺が衝撃を受けたのは、その女が名乗った名前だ。
 オフィーリア・アーケンクランツって名前の女騎士ってさ。
 本当なら、ファルド達の仲間になる筈じゃないか。
 なんで魔女になってるんだ?

 しかも、オフィーリアは案内人を左肩に担いでいる。
 またしても俺は、俺の知らない何かを目の当たりにしてしまったのか?

「っへへへ、オフィーリアさん、今回も軽くバシッと頼みますよ。その雌狐の時みたいに」

 あいつが、あいつがやったのか!
 嘘だろ……!
 だって案内人は、灰色連中に囲まれていても余裕そのものだったじゃないか!
 どんなに強くても、数の暴力はそれに勝るのが世の常じゃないか!
 それを覆すほどの強さなんだぞ!

 しかもオフィーリアってお前、素早い相手や魔法使いにはめっぽう弱いだろ?
 なんでその悪条件が二つ揃ってる案内人を相手を、そんなボロぞうきんみたいにブッ倒してるんだよ!
 ますます、ワケが解らない!

「お前、王国騎士団じゃなかったっけ……」

「旧態依然な軟弱者の集まりに与する理由など無い。魔王様こそが、私の主に相応しいのだ」

「解ったぞ。お前、操られてるんだよ。魔王に洗脳の魔術でも喰らったんだろ?」

「ぷっ、ふは、ふははははは! 私が、私の意思で、私の為に決めたのだ!
 結果、魔王様の側近へと昇進するに至った! 矮小なる王国を革命する為の力を授かった!」

 幹部クラス……グラカゾネクやドゥーナークに匹敵するだけの力があるっていうのか!?
 やめてくれ、頼むよ。
 これ以上は無理だよ……。

「この女のように、無力を承知で抵抗して、惨たらしく地に伏してみるか?」

「……」

「存外、悪くない提案かもしれません」

 絶望する俺を余所に、キリオは余裕たっぷりに微笑んで見せた。
 それは魔女が相手だからなのか?

「ほう?」

「アーケンクランツ卿。私と手合わせ願いたい」

 予想通りの言葉だが、だからこそ俺は精一杯の抵抗をしたいと思った。
 勝算も無しに突っ込んだのは俺の落ち度だ。
 だったら俺が責任を取るべきじゃないか。

「キリオさん、この件は俺が責任を取ります。だから、キリオさんだけでも逃げて下さい」

「いや、しかし……!」

「私は空気が読める。今のうちに作戦会議でもするのだな。貴様等、その二人には手を出すな。私の獲物だ」

「へい!」

「合点でさァ!」

 オフィーリアの設定はあまり詳しく書かれていない。
 それは即ち、何を考えているかも判らないって事だ。


「ほら、どうした? 早く決めろ。いいと言うまでは動かないでおいてやろう」

「ではお言葉に甘えて」


「私が戦っている隙に、銀狐……案内人さんでしたか。彼女を連れて逃げて下さい」

「嬉しいですけど、キリオさんはそれでいいんですか」

「後のことはバージルが便宜を取り計らってくれるでしょう。悔やんだりはしませんよ」

「ルチアが泣きますよ」

「……アーケンクランツ卿。始めましょう」

「心得た!」


 *  *  *


「粘り強い奴だったが、所詮は素人。私の美しい剣術には、足下にも及ばぬようだな」

 結果は惨敗だった。
 俺とキリオが束になっても勝てなかった。
 フォボシア島の時みたいに、ピンチを救う能力なんて発動しなかった。
 なんで。何か条件でもあるのか?

「だがいいぞ! 童貞臭いその執念、私は気に入った! こっちのシンとやらを連れて行く」

 腹に何かが当たる感覚と、浮遊感。
 どうやら俺は今、オフィーリアの肩に担がれているらしい。
 案内人も一緒だろう。何て馬鹿力だ。

「やめろ、手を出すな! シンさんは、ファルドさんの大切な……!」

「なら勇者ファルドに伝えておけ。大切な男が、磔刑の塔にて待っているとな。
 あの泣き虫坊やの、美しい友情とやらに期待してみようじゃないか? くくく、はははははは!」

 薄れ行く意識の中、オフィーリアの高笑いが響いた。



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