自作小説の世界に召喚されたので俺は未完放置する(エタる)のをやめました!

冬塚おんぜ

第五十九話 「大丈夫、ただの特製ドリンクだよ!」


「もう店仕舞い――おう、おかえり。
 するってェと、つまり、そちらのお嬢さんが……」

 雪の翼亭の、店主のおっさんこと親方がキッチンから顔を出す。
 何か久しぶりな気がするが、そんな事は無い筈だ。
 メイはいつぞやにジェヴェンにやったのと同じような、仰々しい一礼をしてみせた。

「はじめまして、メイ・レッドベルです」

「何、親方! お客さん!? おー! めんこいじゃーん」

 そしてリーファが無遠慮に駆け寄って、メイにハグを決める。
 忙しい奴だな。

「お姉さん、あんまり熱烈な歓迎は勘弁してくれるかな?
 その、あたし……どっちかっていうとタチだから」

「タチでもネコでもばっちこいだ! いいよ、お姉さんは大歓迎だよ!」

 奔放すぎるだろ。
 今しがた、タチとかネコとかググってみたんだが……。
 ふえぇ、こんなの言えないよぉ。

 この脳天気お姉さん、マジで意味解っててそれ言ってるの?
 解ってるんだろうな、きっと。
 じゃなきゃネコまで言わないもんな。

 それにしても、女性メンバーが増えるとこういう展開になるのか。
 尊い。実に尊いぞ。

「それはそうとして。坊主くん」

 急に、リーファが真顔になる。
 そして、ツカツカと早足でやってきたかと思ったら、両肩を掴まれた。

「まず、おれ達に言うこと、無い?」

 あー、これ土下座パターンや。
 流石にアレだから、頭を下げるだけにしておくが。

「ご心配をお掛けしました」

「この子を助けに行ったんだろうってのは、あの赤毛メガネからの話で察しは付いたけどサ。
 駄目だぞ。今度から、そういうのは周りの大人に頼らないと」

 メイが魔女扱いされてるから、頼れる相手がいなかったんだよなあ。
 なんて、言い訳にしかならないか。

「罰として、皿洗いは君がやるんだ! わかったか!」

「ウェッ!?」

「リーファよゥ、そりゃお前さんがサボりたいだけなんじゃねェか?」

「おれが一枚も洗わないって誰が言ったのかな? さあ坊主くん、一緒に洗え!」

「やれやれだな……」

 俺と親方が頭を抱えたのは同じタイミングだった。
 何かデジャヴだな。どこであったんだっけ、これ。
 まあいいや。


 *  *  *


 夕食を終えて、皿洗いを済ませた俺は“三部屋目”へと向かった。
 今回から部屋割りが変わったのだ。
 ファルドとアンジェリカ、ルチアとヴェルシェ、そしてメイと俺って具合だ。

 何やら親方とリーファと元露天商が気を利かせてくれたらしい。
 一体、どういう気の利かせ方をしたのかさっぱり解らん。

 今までみたいに男女別でいいじゃねーか。
 四人でも充分な広さだろ。
 ガランとした部屋なんだから。

「ったく、リーファお姉さんも大概だな」

 あの脳天気お姉さんと来たら、皿洗いの最中も色々と突っ込んだ話を訊いてきたのだ。
 メイとの馴れ初めとかそういう話を。
 馴れ初めも何も、この世界に呼ばれた時に案内されたくらいだぞ。
 現時点で話せるのなんて。

 俺の作品の熱烈なファンって説明じゃ、納得はしてくれないんだろうな。

 ちなみに、メイが魔女であるというのは、まだ広まっていない。
 あくまで俺達、勇者一行だけの秘密だ。

 リーファも魔女を毛嫌いしているからな。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い理論だ。
 バレたら、下手すりゃ料理に毒を盛られかねない。

 みんなも、よく信用するよな。
 俺がたぶらかされてるって可能性も(考えたくないが)ゼロじゃないってのに。
 予言者だから信じようって事なのか?
 それはそれで、ありがたいんだが……。


「ツーペア!」
「ブタだったよ……」
「自分もッス」
「私はスリーカードでした」
「だったら私と同じ役ね。数字は、と……私のほうが強い! やったー!」

 なんで、みんなして部屋に集まってポーカーなんぞやってるんだ。
 騒がしいわ、まったく。

「シン! 丁度良かった! 俺、負け越してたんだ!」

「やらねぇよ!?」

「なんでよ」

「そうッスよ! これは謂わば神聖なる儀式ッスよ! レクリエーションと名付けられた、魂と魂の戦いッスよ!」

 一体誰が提案したんだか知らんが、勝負事は弱いんだよ。
 負け越したら大抵の人は嫌になってくるだろ。
 ファルドはあんましダメージが無いように見えるが。

「一回だけ、ね? シン君!」

「しょうがねえな」


 ……結果。


「な? だから嫌だったんだよ」

「いやロイヤルストレートフラッシュまで出しといて何を言ってるんスか。
 こんなウルトラレア役、滅多にお目に掛かれないッスよ!」

 圧勝でした。
 何だこれ。
 勝ち越してた時は途中でどんでん返しでもあるのかと思ったら、特に何も無かったし。

「石版の力でイカサマしてないわよね?」

「ねーよ。どんだけ後出しチートすりゃ気が済むんだよ」

 まず知識チートだろ?
 それに、パーティメンバー全員の能力底上げだろ?
 マジックアイテム強化だろ?
 他にも異能生存体じみたしぶとさは確定、だと思う。

 ほら、割と充実してるじゃねーか。
 加えてトランプ限定でイカサマとか、いらねーよ。

 まさか惚れられやすい効果まで無いよな?
 いや、これは無い。まず無い。

 あったら今頃、アンジェリカがファルドを放って俺とのルートを開拓するという最低最悪のNTRシナリオになってただろうし。
 メイの感情も、吊り橋効果だろうし。
 ルチアとヴェルシェはお察し下さい。

「何か悶々と考えてるみたいだけど、シン、疲れてるでしょ? そろそろ休む?」

「悪いな。誰の提案かは知らんが、こうして打ち解けやすいレクリエーションまで企画してくれたのに」

「次は私が無敗で通してやるわ」

「いや俺だよ!」

「自分、ロイヤルストレートフラッシュ引きたいッス」

 お前等……。

「ちょっと飲み物取ってくる。ファルド、付き合ってくれるか?」

「ん? ああ、いいぜ」

 ルチアが腰を浮かせてそわそわしているが、いつもの事だから無視しよう。
 ありゃ多分、一生治らないな。


 廊下に出てから、俺はファルドに小声で話し掛ける。

「……ここまでは順調そのものだった。だが、そろそろカグナ・ジャタやら諸々の連中が攻めてくるかもしれない」

「俺もそれは色々と考えてみた。けど、やっぱり不安なんだ。その時にならないと判らない事ばかりで」

「そう、何が起こるか判らない。だからアンジェリカを魔女にさせない為にも、あいつを適当なタイミングで励ましてやったほうがいいと思うんだ」

「どういう事だ?」

 俺はメイがひどく落ち込んでいたのを(運良く)どうにか立ち直らせた話をした。
 それと、予言されているアンジェリカの魔女化は、劣等感が直接の引き金になるという事も。

「――そういうワケだから、ここからはガチの正念場だ」

「気を引き締めていかないとだね」

 そのあと俺達は、明日に備えて仕込みをしているリーファの所へとお邪魔した。
 飲み物を貰うって言ったからには、ちゃんと貰ってきたいからな。

 朝一で謁見というか報告があるからあまり長居はできないが、リーファにも話しておきたい事がもう少しある。
 皿洗いの時は人がいたからな。
 今なら親方も寝ているみたいだし、チャンスだ。

「俺はメイの分を持っていくから、他は頼んだ」

「ああ」

 先に飲み物を幾つか運んでおくようにとも付け加える。
 それから俺は、リーファと正対した。

「魔女って、どう思います?」

「みんな死ねばいいと思う」

 即答。
 やっぱそうなるよなー。
 こりゃあ、相当根が深いぞ。

「それで、藪から棒にどーしたのサ?」

「今後、あちこちに出向く事が増えたら、必然的に魔女と戦う事も増えると思いまして」

「そっか……でも、そっちは魔女の墓場に任せて、魔王軍との戦いに専念したらいいじゃん?」

「そうも行かないんですよ。魔王軍と戦うにしたって、魔女が妨害してこないとも限らない」

「難しいんだなあ。もっと単純にできないのかね?」

「単純に行けたら俺みたいな奴は呼ばれてませんよ……」

 魔王軍だけが相手なら良かったのにな。
 この世界も一筋縄には行かない。
 それでも、元の世界に戻るっていう明確な目標があるから頑張れるが。

「あ、そうだ。あの子、攫われてたんだよね?」

「はい」

「ちょっと待ってて。お姉さんが特製ドリンクを作ってあげよう」

 特製ドリンクって、また面妖な。

「変な物入れませんよね?」

「大丈夫、ただの特製ドリンクだよ!」

 何だよ、ただの特製ドリンクって。
 まあサービスだっていうのなら、貰っておくが。


 *  *  *


 部屋に戻ると、メイはベッドの上で足を交互にぱたぱたと動かしていた。
 ローブも仮面も脱いで、あのボディスーツ姿だ。
 尻尾を軽く振っているせいで、お尻のラインが。
 ううむ、これでタイツじゃなくて生足だったら良かったのに。

 メイは俺に気付くと、ベッドの端に腰掛けた。

「おかえり。何のお話だったの?」

「ああ、世間話な」

 ……馬鹿正直に全部言ったら、きっとまた悲しむだろうな。
 だって、即答で「死ねばいいのに」だぞ。
 ここは誤魔化しておこう。

「メイは疲れてるだろうからって、怪しげな特製ドリンクくれたぞ。一応、毒味しとくか?」

「あはは……大丈夫。宿屋の店主さんと仲良しみたいだし、いい人なんでしょ?
 シン君の小説に出て来るキャラの、その関係者だから、信じるよ」

 そう言って、メイはドリンクを一気に飲み干す。
 よっぽど喉が渇いたのか、無鉄砲なのか。

「ん。おいしい」

「まあ、親方直伝の製法だろうからな」

「原作でも美味しそうな料理、いっぱい出てきたもんね」

「ボキャブラリーが貧困すぎて“うまそう”とか“一流レストランみたいな”とかしか表現されてないがな」

「後のほうになってきたら、ちゃんと描写も細かくなってき、て……」

 急にメイが俯く。
 あれ、どうしたんだ。
 やっぱり、特製ドリンクに変な物でも入ってたのか?

「お、おい。気持ち悪くなってきたら、ちゃんとトイレで吐くんだぞ。肩を貸してやるから」

 と、俺がメイの手を取ろうとした瞬間だった。
 何故か俺はベッドにそのまま引きずり込まれ、上に跨がられてしまった。

「シン、くん……の、ど、かわいた……」

 メイの様子がおかしい。
 頭を抱えながら息を荒げていて、こっちを見下ろす目は虚ろだ。
 それなのに、さっきから下腹部に微弱な刺激が。
 腰でもグリグリしているらしい。

「身体が熱い、溶けちゃう……シン君、欲しいの……!」

「ちょ、ちょ、待て! そういうのは心の準備ができてからだろ!」

「そんなの、かんけぇ、らい……」

 あー。
 舌なめずりまで始めちゃったよ。
 マジであの人、何を入れたんだ!?
 何が“ただの特製ドリンク”だ!

 もちろん俺はその夜、全く眠れなかった。



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