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救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

一章 英雄学校の大魔王(2)

 逢坂陽炎は極普通の人間として日本の一般家庭に生を受けた。
 家はどちらかと言えば裕福な方であり、両親と弟と妹が一人ずつ。長男として過度な期待を押しつけられることもなく、なに不自由なく暮らしていた。
 十二歳の誕生日を迎えるまでは。
 学校から帰宅した陽炎に与えられた誕生日プレゼントは、両親と弟妹の無残にも惨殺された死体だった。
 その日、逢坂家は強盗に入られ、陽炎以外の家族の命を含めたあらゆる財産が奪われた。
 心が真っ黒になるほど絶望した。涙が枯れるほど悲しんだ。怒りで我を忘れそうになるほど犯人を憎んだ。
 けれど、犯人が捕まることはなかった。
 どうやら当時の権力者の関係者らしく、裏で取引されて揉み消されたのだ。陽炎は十二歳の子供とは思えない執念でその真実を暴くも、なんの力もない言葉など権力者の前では塵のように吹き飛ばされてしまった。
 挙句の果てに、権力者は陽炎を暗殺して口封じしようと企んだ。
 殺されるくらいなら殺す。陽炎はそのつもりだったが、やはり子供の力ではどうしようもなかった。
 異世界に召喚されたのは、暗殺者に殺される寸前だった。
 だが、それは普通の勇者召喚とは大きく違っていた。
 陽炎を召喚したのは、異世界の人間たちではなく、魔族だったのだ。
 力の弱い魔王だった。その代わり術には長けており、人間たちがするように魔族にとっての勇者となり得る存在の召喚に成功した。
 地球人は異世界に召喚されることで異能を得る。
 理屈はわからないが、確かに陽炎はこの時に力を手に入れた。
 魔王喰いサタンイーター
 文字通り魔王を喰らい、その魔力と能力を奪い取れる外道の力。
 陽炎はその力をまず自分を召喚した魔王に使った。そいつが陽炎を侵略の道具として使い倒そうと考えていた屑だったからだ。
 最初の魔王を喰らったことで、陽炎は召喚された世界で新たなる魔王として君臨した。
 だが、陽炎はどの魔王もするような殺戮や略奪になど興味はなかった。元が人間だからだろう。多少の破壊衝動はあるが、『魔王喰い』は魔力に宿った元の魔王の意志を問答無用で捻じ伏せて屈服させる。故に陽炎が逆に魔力に支配されるようなことはなかった。
 魔王には次元を渡る力がある。その力で様々な世界を侵略して回ることが魔王の本分だが、陽炎は行く先々でその世界に進攻していた魔王軍の方を喰らっていた。かと言って人間の味方をすることもなく、時には気に食わない人間の権力者を捻り潰したりもした。
 人間にも魔族にも仲間などいない。
 陽炎は常に一人で、魔王らしくなく侵略はせず、魔王らしく己の意志のみに従って戦い続けた。
(……久遠院姫華め)
 学校に戻った陽炎は自分の席で頬杖をついて溜息を吐いた。久遠院姫華に見つかってしまった以上、サボリを続けられなくなったのだ。
 あの勇者に出会わなければ、陽炎は今も同じように異世界を気ままに旅しつつ、気に入らない連中なら人間だろうが魔族だろうが片っ端から潰して回っていたことだろう。
 もっとも、あの女に出会ったせいで魔王としてありえない学校に通うハメになったのだが。

        †

 逢坂陽炎と久遠院姫華は、とある異世界の人間と魔王軍が激しくぶつかり合っていた戦場で出会った。
「見つけたわよ、魔王!」
「ああ?」
 出会いは最悪だった。陽炎の正面に堂々と現れた女勇者は、問答無用でオーロラのように輝く剣を斬りつけてきたのだ。
 洗練された超人級の剣技を陽炎はひょいひょいと難なくかわす。
「この世界に呼ばれた勇者か? 悪いが魔王違いだ。俺はこの世界を侵略している魔王じゃねえ」
 陽炎に勇者と戦う意思はない。基本的に自分の気に入らない奴――主に権力やら暴力やらで立場の弱い者を虐げて悦に入っている屑ども――だけを対象に狩っている。勇者にもいろいろいるが、陽炎が本気でぶっ潰したくなるような勇者は極々稀だった。
「なにを言っているの? その力はどう考えても魔王じゃない!」
「ああ、俺が魔王なのは否定しねえよ」
「だったら勇者わたしが討伐しない理由はないわ!」
「なるほど、それもそうだ」
 陽炎にとっては戦う価値のない勇者だが、向こうからしてみれば当然違う。いくらイレギュラーでも魔王は魔王。勇者にとっては宿敵以外のなんでもない。
「久遠院姫華よ。あなたの名前も教えてもらえるかしら、これから私に討伐される魔王さん?」
「逢坂陽炎だ。別に覚えなくていいぞ、これから俺に返り討ちに遭う勇者様」
「日本名? 珍しい名前の魔王もいたものね」
 互いが名乗りを終え、剣が振るわれ、魔力がぶつかる。
 勇者は剣と同じ極光を自分自身にも纏い、超人的な速度と力で連撃する。魔王もその動きに楽々とついていき、やはり同じように魔力や徒手での攻撃を繰り返す。
 極光と紫光の奔流がまるで生き物のようにのたうち回る。
 気づけば辺り一面が消し飛んでいた。
 放っておけば幾日幾夜も戦い続けそうな二人の間に割って入ったのは、不気味な笑い声だった。

「ヒャッホホホ! こいつぁは驚いた! 『極光の勇者』に『魔王喰いの魔王』とは! まさか我々魔王業界を騒がす二大問題児が揃っているとはね! 実に僥倖!」

 陽炎と姫華は戦いの手を止め、声がした方角を同時に振り向く。そこにはシルクハットを被った道化師のような格好の男が宙に浮いていた。
 陽炎は獲物を前にした肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべる。
「ようやくお出ましか、『呪怨の魔王』グロル・ハーメルン」
「ヒャホッホホ! やはり私を喰らうことが目的か、『魔王喰い』」
「『魔王喰い』……?」
 新たに現れた魔王の言葉に、姫華は怪訝そうに眉を顰めて陽炎を見た。だがそんな姫華などもはや眼中にないように、陽炎は獲物である魔王だけを睥睨する。
「わかってんなら大人しく俺の腹に収まってもらおうか」
「そうはいくかい! ヒャッホホ! 今まで幾多の魔王を喰らってきたのか知らないが、この『呪怨の魔王』がそう易々と破られることはないぞ!」
「どの魔王も大抵そう言うんだ」
「ま、待ちなさい!? 魔王同士で争っているっていうの!?」
 状況を理解できていない姫華が声を張り上げて割って入った。魔王が二人いるのなら喋っているうちに斬りかかればいいものを。陽炎はそう思ったが、勇者様はそのような卑劣な考えには至れないらしい。
 グロルも陽炎と同じことを思ったのか、愉快そうに嗤って姫華を見た。
「ヒャホホッ! 妙なことを訊く、『極光の勇者』よ。なにも不思議なことはなかろう。それとも人間同士は争わないと言うのかい?」
「それは……」
 言葉に詰まる姫華。寧ろ魔王同士よりも人間同士の方が争いは絶えない。元人間の陽炎もこれに関しては返す言葉もなかった。
「まあ、ヒャホホッ。『魔王喰い』と同時に『極光の勇者』の相手は流石に厳しい。いやはや、姿を現さずどちらかが倒れるのを待つべきだったと後悔したよ」
 グロルはニヤケ顔でわざとらしくそう言い――パシン! と柏手を打った。
「だからここは退こう。この世界の侵略は諦めようではないか」
「……諦めたら見逃すとでも思ったの?」
 この世界の侵略をやめても別の世界が侵略される。勇者として見逃すわけにはいかないだろう。姫華は極光の剣を構え直して『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンに斬りかかった。
 常識外れのスピードで迫る姫華を、グロルは避けられない。
 ――いや違う。
「おい馬鹿勇者!? やめろ!?」
「え?」
「ヒャッホホ! もう遅い!」
 陽炎がそれに気づいて静止を叫ぶが、遅かった。勇者の剣はグロルを袈裟斬にし、傷口から黒い血液が噴水のように噴き出した。
 姫華はもちろん、その後ろにいた陽炎まで返り血をたっぷりと浴びてしまう。
 瞬間、ガクンと陽炎の膝が折れた。体に力が入らない。見れば姫華も同じように地面に伏せている。
「てめえ……」
 陽炎はグロルを睨む。奴はわざと姫華に斬られた。この返り血を浴びせるために。
「お前たち二人にはげふっ! 呪いをかけた。ヒャホホ。愉しい愉しい呪いを、な」
「……くっ」
 呪いこそが『呪怨の魔王』の十八番である。まさに肉を切って骨を断つ。グロル自身も相当なダメージを負っているが、陽炎たちはまんまと術中にハメられてしまった。
「なあに、呪殺などとつまらないことはしないさ。お前たちはただ、一定距離を・・・・・離れられない・・・・・・。どちらかが死ぬまで永遠に付き纏うことになる。がふっ。これがどういう意味になるか、すぐにわかるだろうよ。ヒャッホホ!」
 それだけ言い残し、グロル・ハーメルンは空間に溶けるように姿を消した。
 この世界を去り、別の世界へと渡ったのだ。そうなると同じように次元を渡れる陽炎でも追うことは難しい。無限に存在する世界のどこに逃げたのかわからないからだ。
 残された陽炎と姫華は、身体が動くようになるまでの一刻を、二人きりで空虚な戦場のど真ん中にて過ごすこととなった。

        †

 おかげで一つの世界は救われたが、その代償に一人の勇者と一人の魔王が呪われた。
 一定距離を離れられないという、地味でいてかなり嫌がらせの利いた呪い。
 なにせ、勇者と魔王なのだ。
 しかも都合が悪いことに、呪いの基点は実際にグロルを斬りつけた姫華の方にあった。陽炎がいくら遠くへ行こうとしても、異世界に飛ぼうとしても、姫華の傍へと強制送還されてしまう。試しに計測してみると半径三キロメートルが限界だった。
 この基点が陽炎だったならば、姫華の事情などガン無視して今まで通り行動していただろう。勇者を気遣う魔王などいない。
 けれど逆は違った。姫華は陽炎が元人間だったことも、主に魔王軍ばかりを狙って戦ってきたことも知っている。身体が動くようになるまであまりにも暇だったから、つい余計なことまでお喋りしてしまったのだ。
 それから姫華は陽炎を気遣うようになり、討つことをやめた。それどころか、英雄養成学校という監獄に無理やり編入させられてしまった。
 確かに姫華から離れらない以上、学校の生徒になった方が周囲の目からして自然だ。だが、三ヶ月過ごしてみて陽炎は悟った。
 姫華は陽炎を魔王ではなく勇者にしようとしている。
「――ったく、迷惑な話だ」
「あら? なにが迷惑な話なの?」
 ひょこり、と。
 陽炎の前から黒髪の少女が顔を出した。英雄養成学校の教室は大学のように段々状になっている。陽炎の席より一段下から顔を覗かせて小首を傾げる彼女は、言うまでもなく年間救世数百二十の第一位『極光の勇者』久遠院姫華その人である。
「お前がこうして俺に付き纏うことだ。教室違うだろ。なんでいんだよ?」
「残念。ぼーっとしてたからこっそり近づいたつもりだったけれど、気づいてたのね」
「馬鹿にするな。お前はもっと自分の影響力を知った方がいいぞ」
 陽炎は視線だけ動かして周囲の様子を見る。周りの会話は聴き耳を立てずとも勝手に聞こえてきた。
「うわぁ、姫華様だ。本物だ」「やっべ、やっぱ近くで見るとすっげえ美人」「つーかあの野郎姫華様と親しげにお話しやがって」「羨ましいぞコノヤロー」「あいつが魔族だったら容赦なくたたっ斬ってるのに……」「俺、勇者だけど闇討ちしてもいいよね?」「そこはやめとけよ、勇者として」「あの二人って幼馴染って話じゃなかった?」「は? 姫華様にそんな設定あったのかよ?」「設定言うなよ」「マジ受けるんですけど」
 姫華が教室に現れた途端、周囲の人間がここまで騒ぎ散らせばどんなマヌケでも流石に気づく。ちなみに陽炎は姫華の友人ということで一応学校には浸透していた。
 姫華と話しているだけで四方八方から羨望やら嫉妬やら敵意やらの視線が突き刺さる。羨望や嫉妬はともかく敵意は大歓迎な陽炎である。やはり魔王的に勇者は敵対者であってくれた方が落ち着く。この敵意はなんか違う気もするが……。
「で、なにしに来やがった?」
「考えてみたの。あなたが自分からクエストを受ける気がないなら、私が引率すればよかったのよ!」
「なるほど、お帰りはあちらになります」
「帰らないわよ!?」
「ん? そうか。なら俺が帰る」
「うん、気をつけてね――ってならないから!?」
 鞄を担いで席を立った陽炎の肩を姫華はがっしと掴んだ。周囲が姫華のノリツッコミに驚愕している中、彼女は背後からゴゴゴゴと効果音がなりそうな恐い笑顔で――
「今日は逃がさないわよ。このままじゃあなたは退学一直線なんだからね!」
 痛いところを突いてきた。
 チッ、と陽炎は舌打ちする。こんな学校になどいたくないが、呪いが解けないまま退学になるのは流石に面倒だ。

「だから、逢坂陽炎。あなたは今から私とチームを組んで世界を救うのよ!」

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