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救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

一章 英雄学校の大魔王(3)

 全く理解に苦しむ。
「――ったく、俺なんか放っておけばいいだろ」
「何度も言うけど、あなたはこの私が唯一討ち損じた魔王。放っておけるわけないじゃない」
「その理屈が既に理解できん。だいたいグロルやアンゴルモアだって討ち損じてんじゃねえか」
「あ、アレはノーカンよ! どっちもあなたが余計なことしなければ私一人でも倒せたんだから! 寧ろグロルの時はあなたがいなければ変な呪いにかかることもなかったのよ!」
「言うじゃねえか」
 陽炎がいなければいないで、恐らく別の呪いをかけられただろう。『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンはその辺の魔王とは格が違う。奴が本気を出せばアンゴルモア程度の雑魚魔王が束になってかかっても一瞬で蹴散らされるだろう。
 陽炎たちにかけられた呪いを解くシンプルな方法ならある。
 殺し合えばいい。
 片方が死ねば『一定距離を離れられない』という呪いの制約は意味を失くす。グロル本人も『どちらかが死ぬまで』と口にしていたことから、消し炭にした死体が再生して転移してくるなんてホラーにはならないだろう。
 だが、陽炎も姫華もそうしない。
 姫華は完全に戦意を失くしているし、陽炎も姫華クラスの勇者を相手にするにはリスクが大き過ぎる。最悪、この学校にいる全勇者と戦うなんて展開だってあり得るのだ。流石の『魔王喰いの魔王』もそれは死ねる。
 だからこそ、もう一つの確実な方法を取ることにした。
『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンを探し出して今度こそ討滅する。術者が死ねば解けるのは呪いに限らず鉄則だ。
 陽炎が自分からクエストを受けるとしたら、グロルに関係していると思われるものだけだ。
 故に今回は――
「まっっったくやる気出ねえ……」
「……こんな無気力な魔王見たくなかったわね」
 姫華に半ば引きずられるようにして、陽炎は校内の中央掲示板の前へと連行された。
 ここは学校側の受理したクエストを勇者たちが選択する場所である。選択したクエストを学校に提出し、承認が得られれば勇者として異世界へと転送される。五台の特大電子掲示板の画面には今も多くのクエストが表示され、その前では勇者たちがどれを受けるか悩みながらうろちょろしていた。
 異世界への転送装置は掲示板の奥にある。それぞれが個室になっており、一度に百ヶ所の異世界に次元転移することが可能だ。自分の力だけで次元を渡れる魔王には不要の長物だが、ここでの陽炎は一応勇者という立場。それに一度も訪れたことのない世界には自分の意思で行くことはできない。
 世界を指定して移動するには対象世界とのコネクションが必要なのだ。英雄養成学校は勇者召喚を逆探知することでその辺りを確立している。さらにコネクションが得られれば相手側の世界と交信まででき、クエストの詳細諸々を訊き出しているのだとか。
 全く凄まじい技術である。
 これを初代勇者が一人でやってのけたとは陽炎にはとても信じられなかった。
「う~ん、どれを受けようかしら?」
「Eランクの五分で終わるようなやつを頼む」
 人差し指で顎を持ち上げようにして悩む姫華に、もう諦めることにした陽炎は適当にそう言って大きな欠伸をした。
 クエストは予測された難易度からランク付けがされている。最低ランクのEから最高ランクのSまでバリエーションは実に豊かだ。実際、陽炎や姫華の実力であればEランクは本当に五分で終わりかねない。

「あらあらまあ、これはこれは姫華様ではございませんか。ご機嫌麗しゅうございます」

 姫華が選び悩んでいると、丁寧でゆったりとした少女の声がかけられた。
 金細工のように細い金髪に小柄で整った顔立ち。背は姫華より若干低く、だが胸元の膨らみは姫華を圧倒している少女。垂れ気味の目は澄んだ青色をしており、イギリス人だかフランス人だかのクォーターらしい日本人離れした美しい容姿は、姫華と並んだことで周囲の注目をより一層集めた。
 年間救世数三十三の第五位。
(『玲瓏の勇者』美ヶ野原夢優……)
 陽炎は我関せずを装いながら内心で舌打ちした。別に美ヶ野原夢優が嫌いだとか苦手だとかではないが、著名な勇者に出会うとどうしても反射的に拒否反応が出てしまう魔王の性だ。
「ご機嫌よう、美ヶ野原さん」
 声をかけられた姫華も丁寧に挨拶する。どこの女子校だ。
「美ヶ野原さんもこれからクエスト?」
「はい。これを受けようかと思っております」
 そう言って夢優は学校指定のタブレットを取り出し、その画面を姫華に見せた。画面にはクエストの申込用紙が表示されており、そこに書かれていたランクはAだった。Sランクのクエストは滅多にお目にかかれないため、実質Aランクが最高難易度だと言ってもいい。それでも彼女の実力なら妥当だろう。
 デジタル申込用紙の項目に定員は三名とあるが、名前が入力されているのは美ヶ野原夢優だけだった。
(……確かに、雑魚魔王からすりゃこいつらは化け物だな)
「あら? そちらの殿方はわたくしになにか言いたいことがございますのでしょうか?」
 ニコッと夢優は上品な笑顔を陽炎に向けた。笑顔の奥の恐ろしい感情が伝わってきて陽炎は「いや、なんでも」とだけ答えてさっと顔を逸らす。
「私はこの人をいい加減クエストに連れて行こうと思って」
「ああ、編入して三ヶ月経つのに一度もクエストに挑戦していないダメ勇者様とはあなた様のことでございますか」
 丁寧な口調でバッサリ切りつけてくる夢優。とはいえ、勇者として馬鹿にされようが陽炎には痛くも痒くもない。魔王だから。
「だからなんか丁度いいクエストないかなぁって探してたの」
「そうでございますか。普通であれば、Eランクの簡単なクエストがよろしいかと存じ上げますが……今、Eランクのクエストは全て埋まってしまっております」
 最易関のEランクもSランクほどではないが数は少ない。なければ仕方ないのでDランクのさくっと終われそうなクエストを探そうと陽炎が掲示板を見上げると――

「であれば、わたくしと一緒に参りませんか? 丁度、空きに二枠ございます」

 Aランククエストから余計なラブコールが飛んできた。
「いや、俺はあのDラン――」
「それいいわね! 私も一度美ヶ野原さんとチームを組んでみたかったの!」
 ぱぁあああ! と直視したら灰になりそうな笑顔を咲かせて姫華は夢優の手を取った。
 瞬間、ざわっと周囲の様子が一変する。
「第一位と第五位がチーム組むってよ」「マジか、なんだあの花園」「お守りクエストでAランク行くのなら、あり?」「くそう、これは是非近くで見たい!」「てかあの編入生両手に花かよ」「編入生コロス」「ちょ、勇者がしちゃいけない顔になってるぞ」「マジ受けるんですけど」
 最高クラスの勇者二人がチームを組むというのだから、話題にならないわけがない。救世数ゼロのダメ勇者がAランクに挑戦することも異常だが、こうなるとそんなものは些細ですらない。
 姫華はそんな周囲になど気にも留めず、夢優の端末を受け取って申込用紙に自分と陽炎の名前を入力してしまった。拒否権はないらしい。
 チームを組めば、救世数のカウントはチームメイト全員に付与される。だからダメ勇者がベテラン勇者におんぶにだっこされようが、世界を救えばカウント一なのだ。ベテラン勇者も低難易度で楽できる大義名分を得られるため、新入生育成には積極的だった。
 しかし、今回はAランク。
 最高クラスの勇者が二人いるとしても油断はできないクエストだ。
「学校の承認が得られましたわ。三十六番の転送室でございます」
 タブレットを操作していた夢優が先導する形で、三人は中央掲示板奥の個室に入った。
 個室には空港の金属探知機のような形をした機械が中心に設置されている。『次元の門プレナーゲート』と呼ばれる転送装置は既に起動しており、内側の空間がぐにゃりと僅かに歪んでいるのがわかる。
「では、お二方、いざ出陣でございます」
「おーっ!」
「……」
 景気よく拳を突き上げる姫華のテンションに陽炎は若干引いていた。
「おーっ! でございます」
「……」
「おーっ! でございますよ、陽炎様」
「……おー」
 こいつらのノリにはついて行けない。異世界に行く前からどっと疲れが押し寄せてくる陽炎だった。

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