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救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

一章 英雄学校の大魔王(4)

 転送装置の門をくぐると、一瞬の酩酊感の後に急激な大気の変化が肌を嬲った。
 空調の利いた室内の清純な空気から、異物の多く混じった異世界の外気へと。
「……異世界、か」
 視力が回復する。
 陽炎たちが転移した場所は、周囲を深い森に囲まれた石造りの祭壇だった。
 足下には巨大で複雑な魔法陣が描かれ、淡い輝きを放っている。なにかを祭っているわけではなく、ただ召喚の儀礼を行うためだけに造られた場所のようだ。
 まさか、魔王が勇者として召喚されるなどこの世界の人間は夢にも思っていないだろう。
「異世界〈アディンセル〉……それがこの世界の名称でございます」
 メイドのように静かに屹立する美ヶ野原夢優が丁寧な口調で告げた。
「魔王の侵略はかなり進んでいるようね。こんななにもないところにまで嫌な魔力を感じるわ」
「そうだな」
 周囲を見回す姫華に同意し、陽炎は天を仰いだ。空は分厚い黒雲に覆われており、風も強い。すぐにでも嵐になりそうな雰囲気だ。
「めんどくせえ。さっさと終わらせるぞ。まず魔王の情報を教えろ。場合によっては対策を立てる必要がある」
 陽炎はなにも猪突猛進に魔王を喰らってきたわけではない。集められる情報は可能な限り集めてから挑むようにしている。自分の力に自信はあるが、無知のまま突撃して圧勝できると思うほど自惚れてはいない。
 特に今回はAランク指定の魔王なのだ。
「……」
 と、夢優が目を僅かに見開いて陽炎を見詰めた。
「あ? どうした?」
「いえ、初めて異世界を訪れたにしては、陽炎様はずいぶんと落ち着いてございますね。なんとなくでございますが、場慣れしているように思えます」
「き、気のせいよ! 私がいろいろと心構えをレクチャーしたからだと思うわ!」
 ギクリとした様子で姫華が慌てて誤魔化した。今のは陽炎も迂闊だったと反省する。
「まあ、そうでございましたか」
 一応、夢優は納得してくれたようだ。
「それで美ヶ野原さん、この世界の魔王について学校側はどの程度把握しているのかしら?」
「はい、それは――」
「それは私どもの方から説明いたします、異界の勇者様方」
 鈴を転がしたような澄んだ声が割って入った。
 そちらの方を振り向くと、祭壇の階段を一人の少女が丁度登り終えたところだった。
 日本の巫女装束を西洋風にアレンジしたような衣装を纏った、スカイブルーの髪が目立つ綺麗な少女である。手には身の丈以上の錫杖を持ち、蒼玉の瞳が陽炎たちをまっすぐに見詰めてくる。
(この世界の〈召喚の姫巫女シャーマン〉か)
 気配は祭壇の下からずっと感じていた。歳は陽炎たちよりも少し若いくらいだろう。勇者や魔王には及ばないが、かなりの力を秘めていることは見た瞬間にわかった。
「あなた様が召喚者でございますか?」
 チームの代表は夢優になっているので、彼女が最初に異世界人とのコミュニケーションを取った。
「はい、私は〈アディンセル〉のミール帝国に仕える宮廷魔術師――オーレリア・アズールと申します」
 向こうの言葉は理解できる。こちらの言葉も通じた。
 学校から支給される意思疎通の術式が込められた魔導具――〈言意の調べ〉のおかげだ。その形は様々であり、陽炎はペンダント、姫華はブレスレット、夢優はネックレスとして装備している。ちなみに陽炎は自前の術で同じことができるけれど、今は勇者として召喚されているため下手に能力を使うと夢優にバレてしまう。まあ、無駄に力を使わなくて済むから楽なのだが。
「わたくしは美ヶ野原夢優と申します」
「私は久遠院姫華よ。よろしくね」
「……逢坂陽炎だ」
 自己紹介などする気はさらさらなかった陽炎だが、姫華と夢優に両端から視線を向けられては口を開くしかない。
「ミカノハラ・ムユウ様、クオンイン・ヒメカ様、オウサカ・カギロイ様ですね。三人もの勇者様にお越しいただき、恐悦至極に存じます」
 膝をつき、恭しく低頭するオーレリア・アズール。恐悦至極、なんて言葉をこの魔導具はどうやって変換しているのだろう。
「オーレリアさん、早速で悪いけど、魔王について教えてもらえる?」
「はい、ですがこのような場所で立ち話は勇者様に失礼かと。馬車をご用意しておりますので、詳細は王宮にてご説明させていただきます」
 どこか壁を造っているように淡々と告げると、オーレリアは踵を返して階段を下りて行った。夢優も特に警戒などせずその後に続く。
「なんだか、冷めた娘ね」
 オーレリアの姿が見えなくなってから姫華が呟いた。
「魔王軍が侵略中なんだ。テンションなんて上がらないだろ」
「う~ん、でも普通、勇者が召喚されると泣いて喜ぶと思うんだけどなぁ」
「……お前、どんだけ意識高いの?」
「客観論よ! 私の経験上、そういうことが多かっただけ!」
 流石は年間救世数百二十の第一位様である。経験上、という言葉がこれほど重く聞こえる現役勇者は他にいまい。
「ま、この世界の魔王が滅ぼされたら笑顔くらい見せるだろ。笑ったらそれなりに可愛いんじゃないか?」
「陽炎、あなたってもしかして年下好き?」
「なんの話だよ?」
 意味がわからず問い返すと、姫華は「なんでもない」とそっぽを向いた。
「お二人とも、なにをしてるのでございますか? 置いて行きますわよ?」
 オーレリアについて行った夢優からお呼びがかかったので、陽炎と姫華も急いで祭壇を下りることにした。

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