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救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

一章 英雄学校の大魔王(5)

 馬車に揺らされること約一時間。
 陽炎たちは森を抜け、ミール帝国の帝都〈オールダム〉へと到着していた。
 全体的に暖色を基調とした明るく美しい街並みだ。林立する建物はゴシック調で、どことなくドイツの街並みを想起させる。魔王侵略の影響で雰囲気が殺伐としていなければ、人々の活気溢れる賑やかな風景を見物できたかもしれない。
 人通りのほとんどない石造りの街路に馬蹄の音を響かせ、陽炎たちを乗せた馬車は都の中心部に座す王宮を目指す。
「こんなに大きな街なのに、人が兵隊しか歩いていないわね」
「はい。民間人はまだ魔王軍の手が及んでいない北方の各都市へと避難させています」
 外の景色を見ながら姫華が言うと、彼女の正面に座っているオーレリアが機械的に淡々と答えた。
「厳戒態勢でございますか。つまり魔王軍はいつでもこの帝都を襲撃できる、という認識で間違いございませんでしょうか?」
 オーレリアの隣で姫華と同じように窓から外の様子を窺いつつ、夢優も確認の言葉を投げかける。
「仰る通りです。状況としては、今すぐにでも帝都が戦場と化すこともありえるでしょう」
「こんな綺麗な街が戦火に呑まれるのは見たくないわね。魔王を倒した後で観光とかしてみたいし」
「異世界観光……勇者の特権でございますね。わたくしも戦いが終われば、お洒落なお店で美味しいお茶を飲むくらいのことはしておきたく存じます」
「あ、いいわねそれ! ねえ、オーレリアさん、戦いが終わったら美味しいお店とか案内してくれないかしら?」
「私がですか? あまりそういうことには詳しくないのですが、勇者様のご要望とあっては応えないわけにはいきません。オススメのお店を探しておきます」
「やった♪ この前行った世界のスイーツも美味しかったけど、この世界のも楽しみになってきたわ」
「わたくしが四回前に召喚された世界〈エーンルート〉ではアイスクリームが絶品でございました」
「へえ、どんなの?」
「綿雪のようにふわりとした舌触りに苺に似た果実の味が――」
 いつ魔王軍が襲撃してくるかわからない状況なのに、馬車内はいつの間にかスイーツがメインの女子会会場のような空気になっていた。
「どうでもいいが」
 そんな馬車内の様子に、会話に入ることもできず不機嫌そうに頬杖をついている男が一人。
「一刻を争う状況なんだろ? だったら馬車でのんびり移動せずさっさと魔王の情報を話せばよかったんじゃないか?」
 言うまでもなく、さっさと終わらせて帰りたいオーラ全開の逢坂陽炎である。
「カギロイ様、その話は王宮の正式な場でご説明することになっております。軍の機密に触れる内容も含まれますので、私の権限で今お話しすることはできません」
「上から命じられてるってわけか。要は俺たちがまだ信用ならないから、そこを見極めてから情勢を話すって流れにしたいわけだろ?」
「ゆ、勇者様を信用していないなど……っ!」
「いや、いい。当然だ。一国どころか世界の命運を預けることになるんだからな」
 陽炎は勇者として召喚されたのは初めてだが、無条件で持ち上げられるよりはずっとマシだと思っている。もしも陽炎が権力者なら肩書きが勇者というだけで得体の知れないガキに頼りたくはない。自分が権力者になった想像に吐き気がしそうだったのは置いておく。
「だが、俺は別にこの世界と共闘するつもりはない。そこの二人はどうだか知らんが、俺はあんたらに信頼されようがされまいがどうでもいいからな。軍の機密どうこうなんて教えてもらわなくて結構。魔王の名前と能力と居場所だけわかればいい」
「ちょっと陽炎、あなたまたそんなこと言ったら」
「陽炎様は勇ましいのでございますね。初の魔王討伐ですのに。流石は姫華様がお目にかけているだけの殿方でございます。ですが――」
 微笑んでいた夢優が、唐突にすっと目を細めて陽炎を見た。
「陽炎様、人間勢力を甘く見てはいけません。いくらわたくしたち勇者が一騎当千当万とはいえ、彼らの助力なしでの勝利は難しいと存じ上げます。孤独な勇者が格下の魔王相手に虚しく散っていった話はよく耳にすることでございますよ」
「そりゃ勇者の話だ」
「はい、勇者の話でございます」
「あーあーっ! えーとつまり要するにアレよアレ! 私たちは勝手に退治しに行くんじゃなくて、王様とかとちゃんと会って作戦会議しとかないとマズイよねってこと!」
 一人テンパってわたわたしている最強勇者がそこにいた。陽炎は一つ溜息をつき、それ以上は口を開かないことにした。一時間前は迂闊なことを言って反省した陽炎だが、こうも長く美ヶ野原夢優と行動を共にするとなると話は別だ。
 どの道、戦いになれば陽炎の力を彼女に見せることとなる。
 だったら、隠す意味などないのではないか?
(ここは異世界だ。美ヶ野原夢優は油断ならない勇者だが、一人だけならどうとでもできる)
 陽炎が最悪のケースも想定に入れたところで、オーレリアが根負けしたように小さな息を吐いた。
「わかりました。間もなく王宮に到着しますが、謁見の準備が整うまでしばらくお待ちしていただくことになるかと思います。ですので、今のうちに私が口にできる範囲のことをご説明いたします」
 オーレリアは蒼玉の瞳を静かに閉じる。
「この世界を脅かしている魔王は『巨峰の魔王』ゴライアス。その名の通り、山のように巨大な魔王です。配下の魔族も巨人や巨獣ばかりで、我々人間の力など遠く及ばず一夜にして数ヶ国が攻め落とされました」
「『巨峰の魔王』ゴライアス……チッ、やっぱハズレかよ」
「は、ハズレ……?」
「な、なんでもないわ! 先を続けて!」
 姫華に睨まれる。陽炎は気づかないフリをしてそっぽを向いた。期待はしていなかったが、『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンではなかったことに陽炎の興味関心は八割ほど失われていた。
 だが、聞かない名ではない。
『巨峰の魔王』ゴライアス。魔王として世界を渡っていた時に幾度と耳にした名だ。その巨大さ故に圧倒的な侵略速度で世界を滅ぼして回っている巨人の魔王。
 強敵だろう。
 もっとも、負けるつもりは毛頭ないが。
(喰いごたえだけはありそうだな)
 近い未来の『食事』に『魔王喰い』が一人喉を鳴らしている間に、四人を乗せた馬車は王宮の門をくぐった。

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