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救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

一章 英雄学校の大魔王(7)

 勇者が仲間割れを起こしたように見えたのか、VIPルームの大臣たちは少し戸惑ったようにざわついていた。
 だがすぐに問題ないと判断し、荷馬車に縛られている灰色の巨人を解放するように命じる。
 兵士たちが剣でロープを切断し、動き出した巨人を見るや短い悲鳴を上げて即座にその場から離脱した。
 解放された巨人が立ち上がろうとする。邪魔だとばかりに荷馬車を引いていた十頭の馬を掌で薙ぎ払う。壁に叩きつけられた馬は一匹残らず即死した。
 二本の足でしっかりと地面を踏み締めた巨人が天に向って咆哮する。獣じみた雄叫びはそれだけで凄まじい衝撃波を生み、VIPルームの強化窓ガラスを粉砕した。
 そして目の前の陽炎たちは無視し、みっともなく悲鳴を上げる大臣たちに振り向く。ギラつく血色の凶眼が恨みや怒りや憎しみを込めて彼らを睨む。
「はえ?」
 遅まきに大臣たちは自分たちが狙われていることに気づいた。巨人が大人しく勇者と戦ってくれるわけがない。
 自分たちは狙われない。絶対的に安全である。
 彼らはそう無意識下に思い込んでいた。傲慢な権力者によくある無能な危機意識に陽炎は思わず吹き出しそうになる。
 豪速の巨拳がすっかり腰の抜けてしまった大臣たちを狙う。将軍らしき人物だけが果敢にも抵抗しようと剣を抜くが、無駄だろう。
 彼らを助ける気など毛頭ない。
 陽炎には。

「あなたの相手は私たちよ!」

 巨人の拳は大臣たちをミンチにすることはなかった。
 VIPルームに届く寸前に割って入った姫華が、オーロラのように輝く大盾で防いだのだ。巨人の圧倒的な膂力に姫華の小さな体が吹き飛ばされることはない。寧ろ逆に巨人が衝撃に負けて背中から倒れた。
「なん……という……」
 白目を剥いて泡を吹き始めた大臣たちに代わり、将軍が極光の大剣と大盾を持って宙に浮かぶ姫華の神々しさに目を丸くする。驚愕に上手く言葉を紡げず、口だけがパクパクと動いていた。
「陽炎! こっちは私が守るから、その巨人を早く片づけちゃって!」
 言われるまでもない。
 陽炎とて、いつまでもこんな茶番に付き合ってなどいられない。
「すぐ楽にしてやるよ」
 言うと、陽炎の体が黒い霧と化して霧散した。そして数瞬後、呻きながら起き上がろうと地面に手をついた巨人の背後に出現する。
『恐怖の魔王』アンゴルモアを喰ったことで奪った霧化の能力だ。『魔王喰いサタンイーター』は魔王の存在の核とも言える魔力を喰らう。つまりその力を全て吸収できる。喰らえば喰らうほど強くなる理屈だ。
 陽炎はかつて多くの魔王を喰らってきた。だがアレもコレも吸収したわけではない。中には競合してしまう能力もあった。だから今の陽炎は無駄を切り捨てることで最適化している。
 アンゴルモアは雑魚のくせに意外と便利な能力を持っていた。
 陽炎の気配に気づいた巨人が振り向き様に腕を振るう。だが霧化した陽炎を捉えることはできず空振りに終わる。
 この程度の相手。一割すら力を出す価値もない。
 陽炎は右手の人差し指を立て、その先端に魔力を集中させる。
 巨人を指差す。指先から放たれた光線が巨人の心臓を貫いた。
 ゴパッ! と巨人が喀血し、そのまま倒れて動かなくなる。
 呆気ない。
(さて……)
 地面に下り、陽炎は考える。消し去ると言った手前、死体を残すのはよろしくない。魔王でもないし正直不味そうだが、魔力に変えて喰らうのが妥当だろう。それで今使った魔力分は補填できる。
 だが、その光景を人間に見せて大丈夫だろうか?
(まあ、関係ねえな)
 どう思われようと知ったことではない。そう結論して『魔王喰い』を発動させようとしたその時、戦いを見守っていた兵士たちから歓声が上がった。
「うおおおおおおおおおおおっ!?」「すげーっ!?」「あの巨人が赤子のように!?」「我々が五百人がかりでようやく捕えた化け物だぞ!?」「たった三人で……」「いや、実際に戦ったのは一人だ!」「何者なんだあの少年は!?」「だから勇者だろ」「大臣たちを守った少女も凄かった!」「勇者とはこれほどのものなのか!?」
 口々に叫ばれる驚嘆と賞賛に、今まさに勇者らしからぬ食事をしようとしていた陽炎の食欲が失せてきた。そこに姫華が舞い降りてくる。
「よかったわね。大人気よ」
「嬉しくねえ」
「でもこれで信用してもらうことができそうね」
「当のお偉いさん方は白目剥いてるがな」
 陽炎はVIPルームに視線をやる。将軍以外の全員が恐怖のあまり気絶していた。これでは誰に力を示したのかさっぱりわからない。
 と――

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああッッッ!!」

 地獄の底から轟くような、恨みの籠った負の叫び声が轟いた。
 振り返ると、即死させたはずの巨人が立ち上がり陽炎に向かって拳を振り下ろそうとしていた。
「おいおい、なんてタフさだ。心臓を貫通したはずだぞ」
 驚いたのも一瞬、陽炎はすぐに冷酷さを瞳に宿して巨人を指差す。心臓は貫いたが、恐らくそれで即死するような魔族ではないのだろう。もしくは、左胸に心臓などなかったのか。
 だったら頭だ。普通の生物と同様に、生物型の魔族もそこを潰せば再起できないはずだ。
 陽炎が指先を頭に狙い定めたその時だった。

 リィイイイン、と。

 金属同士を打ち合わせたような、それでいて楽器が奏でるような美しく澄んだ音色が闘技場内に響き渡った。
 次の瞬間、拳を振り上げていた巨人の体が見えない衝撃に跳ね飛ばされた。降りかかる巨体に兵士たちが慌てて三々五々に散る。轟音と土煙が上がる中を、そいつは悠然と歩み寄ってきた。
 巨人を吹っ飛ばしたのは陽炎でもましてや姫華でもない。
 そうなると、この場で考えられるのは一人。

「流石でございます、姫華様、陽炎様。ですが、油断は禁物でございますね」

 陽炎が催眠術で大人しくさせていたはずの、『玲瓏の勇者』美ヶ野原夢優だ。
 青い瞳にはしっかりと彼女自身の意思が宿っている。陽炎の催眠術が解けていることは確定だ。
 一体、いつ?
 催眠が解けてしまうほどのダメージなど負っていない。精神が揺さぶられたわけでも、ましてや陽炎自身が無意識に解いてしまったこともない。
 陽炎に原因がないのであれば――美ヶ野原夢優が自力で打ち破った以外にないだろう。
「では、トドメを刺させていただきます」
 夢優は尚も起き上がろうともがく巨人に二本の短剣を投擲した。それは巨人の両肩に一本ずつ刺さる。
 短剣になにかが括りつけられている。美ヶ野原の手元まで伸びているそれは、目を凝らさないと見えないほど細い鋼糸だった。
 夢優が鋼糸を指で弾く。
 リィイイイン、と先程と似た玲瓏な音色が響いたかと思えば、不可視の衝撃波が鋼糸を伝って巨人の上半身を抉り飛ばした。
 血を撒き散らしながら下半身だけとなった巨人は倒れ、今度こそ動かなくなった。
「美ヶ野原さんは音と衝撃を操る勇者よ。攻撃する時の綺麗な音色から『玲瓏の勇者』って呼ばれてるの」
 姫華が夢優の能力を説明する。二つ名に似合わずえぐい殺し方するな、と思っていると、ニッコリと微笑んだ夢優が陽炎に振り向いた。
「催眠術で操れるほどわたくしは甘くありませんよ、陽炎様」
 ゾクリ、と。
 嫌な汗が流れる。それでも陽炎は余裕を崩さずに言う。
「かかったフリをしてたのか。全く気づかなかった」
「いいえ。お恥ずかしながら、正確には一分ほどかかってしまいました。強力な催眠術でございますね。並の勇者であれば自力で打ち破ることはできなかったでしょう」
 怒っている様子ではない。寧ろ第五位の勇者を一分も催眠状態にしていた陽炎を誉めているような節もある。陽炎もまさか自力と解かれるとは思ってもいなかった。その点については素直に夢優を賞賛する。
 だが――
「……一分、か。となると、ギリギリで見られたな」
 陽炎の力を知られてしまった。魔王だとバレたかもしれない。たとえまだバレていなくとも、陽炎の魔力を感じたのならば魔族に関わっていることは明白に伝わったはずだ。
 今ここで処断するか?
「待って陽炎!」
 殺気を放ち始める陽炎を姫華が制した。勇者同士が剣呑な雰囲気になったことを感じたのか、周りの兵士たちは歓声を収めて我関せずと巨人の死体を回収し始めている。
 夢優が微笑みながら顔の横で指を二本立てる。
「わかったことは二つございます。陽炎様は異世界で魔王と戦った経験がありますね? それも恐らくわたくしより……いえ、もしかすると姫華様より多く経験されているのではないでしょうか? 学校での公式記録に存在していないということは、転入する前の話でございますね」
 これは前々から勘ぐっていたことだろう。陽炎は何度も異世界が初めてじゃない態度を取っているからだ。
「そして陽炎様の能力ですが……わたくしの勘違いでなければ、魔王の力を使われていたように存じます。感じる魔力も魔族に限りなく近いものでございました。どういうことでしょう?」
 やはり、気づかれていた。第五位の勇者に気づかれない方がおかしい。
「美ヶ野原さん、えっと、これには深い理由が」
「隠してもしょうがねえ」
 姫華はまだ誤魔化そうとしていたが、陽炎はもう開き直ることにした。
「美ヶ野原、お前の言う通りだ。俺はあの学校に転入するまで多くの異世界を旅していた。能力は『魔王喰い』――文字通り、魔王を喰らって吸収する能力だ」
 正直に自白すると、夢優は驚いたように目を瞠った。
「『魔王喰い』……なるほど、合点がいきました」
 夢優は納得した。
 次はどうなる? 魔王即滅を掲げて戦闘になるか? 陽炎が夢優を殺そうとすれば姫華とも戦うことになる。強大な勇者二人を相手するのは死ぬかもしれないが、この場を保留にして後に全勇者を相手にするよりはマシだ。
「美ヶ野原さん、陽炎のことは学校には黙っていてくれないかしら?」
 姫華は方針を変えて美ヶ野原を仲間に引き込むつもりだ。だが陽炎の正体が魔王とバレてしまった以上、正義感の塊である勇者が味方するとは思えない。
 案の定、夢優は首を横に振った。
「姫華様が陽炎様のお力を隠したい気持ちは理解いたしました。ですが、いくら姫華様のお願いでもそれはできない相談でございます」
「そこをなんとか」
「いいえ、わたくしは今見たこと聞いたことを包み隠さず全て報告いたします」
 夢優は姫華がなんと言おうが絶対に意志を曲げない。もはや戦うしかない。

「陽炎様は『魔王喰い』――魔王の力を奪い扱える前代未聞の勇者・・であると!」

「「は?」」
 夢優が拳を可愛く握って告げた内容に、姫華と陽炎は素っ頓狂な声を上げた。放出しかけていた殺気が急激に萎んでいく。
「かつて魔王の力を使役できた勇者は存在いたしません! 陽炎様のお力は非常に貴重だと存じ上げます! 陽炎様のお力を分析することで、勇者の死亡率を激減させることも可能かもしれません! 魔王の力、魔族の魔力、そのせいで陽炎様が迫害される恐れがないとは断言できません。ですが、それでもやはり公開するべきでございます! もし陽炎様が迫害されるようでしたら、わたくしが全力で陽炎様をお守りいたします!」
「お、おう……」
 なんか瞳をキラッキラさせて熱弁を始めた夢優に陽炎は引いていた。姫華はその発想はなかったとでも言いたげな顔で納得している。
 確かに見方によれば、陽炎は魔王の力を奪う能力を持った勇者と言えなくもない。学校にもそういう風に伝えれば陽炎が勇者と全面戦争する未来は避けられるだろう。
 だが、忘れてはいけない。

 陽炎を最初に召喚したのは人間ではなく、魔族側であることを。

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