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救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

二章 帝都侵攻(2)

 その瞬間、大地が割れるような轟音が帝都全域に響き渡った。
 帝都を取り囲んでいた城壁が破壊され、穿たれた穴から二階建ての民家を踏み潰せるほどの巨影が雪崩込んでくる。
 あっという間にあちこちから火の手が上がり、悲鳴と怒号と咆哮が飛び交い始める。
 巨人や巨獣が歩くだけで雑草を刈り取るように家々が潰され、蹴飛ばされ、後には瓦礫と更地しか残らない。
 編隊を組んで立ち向かう兵士たちも取り囲む前に蹴散らされる。剣も槍も弓矢も刃が通らず、恐れをなして逃げようとしてもすぐに追いつかれて潰される。
 中には巨獣に頭から丸呑みされた兵士もいた。
 巨人と対峙することすら叶わず吹っ飛んできた建物の下敷きになった兵士もいた。
 一方的な蹂躙。
 人々は反撃することもできず、ただ群がる羽虫のごとく、圧倒的な存在の前に屈服するしかなかった。

        †

 その様子は、会食を行っていた王宮の一室の窓からも確認できた。
「ハハハハハハッ! そうか! そっちから来やがったか! 探す手間が省けたな、『巨峰の魔王』さんよぉ!」
 真っ先に椅子を倒して立ち上がったのは陽炎だった。楽しそうに哄笑するその姿が黒い霧となって消えていくのを見て、姫華は慌てて叫んだ。
「待ちなさい陽炎! 勝手な行動は――」
 だがその時には既に、陽炎の体は文字通り霧散していた。
「ゆ、勇者様が、き、消えた……?」
「お、オーレリアよ! すぐに〈集束魔力砲〉を撃つのじゃ!」
「ひぃ!? 勇者様お助けを!?」
「……(ブクブク)」
 消えた陽炎に腰を抜かした大臣もいれば、泣き叫んで助けを請う大臣もいるし、既に泡を吹いて気絶した大臣もいる。
 将軍は一目散に会食の場から飛び出し、オーレリアも毅然とした表情で勇者たちに告げる。
「私は〈集束魔力砲〉の準備に取りかかります。勇者様たちはどうかそれまでこの王宮をお守りください」
「守るだけでいいの?」
「はい。カギロイ様には申し訳ありませんが、前線に出られていた場合は〈集束魔力砲〉に巻き込んでしまうかもしれません」
 たとえ陽炎や多くの兵士たちを巻き込もうとも撃たなければならない。彼女の感情を押し殺した言葉の奥には確かな決意が読み取れた。
「わたくしは承服いたしかねますわ」
 退出しようとするオーレリアの前に夢優が立ちはだかった。
「多くの犠牲が出てしまうのであれば、勇者としてその〈集束魔力砲〉というものを撃たせるわけには参りません。わたくしたちで魔王軍を殲滅いたします」
 犠牲なしなど綺麗事だ。
 だが、その綺麗事を実現できなくてなにが『勇者』だろうか。〈集束魔力砲〉は最良かもしれないが最善ではない。姫華も夢優も『勇者』なのだ。最善の道を諦める、妥協する、などという選択肢はありえなかった。
 オーレリアは感情の起伏が乏しい表情で夢優を真っ直ぐに見詰め、諭すように言葉を紡ぐ。
「自らお呼びしておいて言えることではないかもしれませんが、全てを勇者様たちに頼ってしまうわけにはいきません。本来は無関係のお方なのですから。この世界の問題は、この世界の者で解決すべきなのです。勇者様にはそのお手伝いをしていただきたいのです」
 彼女の蒼い瞳はどこまでも真剣で、これ以上ないくらい本気だった。
「犠牲というのでしたら、既に把握できないほど出ています。冷酷かもしれませんが、どんな犠牲を払ってでも確実に勝利しなければ世界が終わってしまうのです。どうか、ご了承ください」
 大臣たちや兵士たちは完全に勇者頼りだったが、彼女だけはどこか違う。ただ国を守る。ただ敵を倒す。そんな小さなことには収まらない、世界規模の責任を背負っているように感じた。
 そこで姫華は気づいた。
 やはり彼女自身がそう・・なのか、あるいは託された者なのだと。
「美ヶ野原さん、ここは言う通りにしましょう」
 姫華が言うと、同じく気づいたらしい夢優はまだどこか納得できない複雑な表情だったものの、しぶしぶといった様子で頷いた。
「……承知いたしましたわ。要するにわたくしたちは発射するまでの時間を稼ぎ、発射後の残党を狩ればよろしいのでございますね?」
「はい! よろしくお願いします!」
 ペコリと頭を下げてから、オーレリアも速やかに駆け去って行った。
 残された勇者二人は着実と火の海が広がっていく帝都を眺める。夢優が心配そうに軽く握った手を胸の前に置いた。
「陽炎様、大丈夫でございましょうか?」
「彼なら、たぶん平気よ。私がここにいればそのうち戻ってくるわ」
「?」
 意味がわからないといった様子で首を傾げる夢優だが、今は陽炎との呪いについて説明している場合ではない。
 巨人たちが王宮に到達するのも時間の問題である。
「できるだけ犠牲を最小限に抑えるように動きましょう。敵が攻めて来ているのは東。陽炎がそっちに行ったみたいだから……私が王宮の南を、美ヶ野原さんは北をお願いできるかしら?」
「お安い御用でございます」
 勇者たちも打ち合わせを簡単に済ませ、それぞれ守護を担当することとなった区域へと向かった。

       †

 巨人巨獣の進攻に対し、前線で戦っている帝国軍隊は赤子ほどの抵抗にもならなかった。
 突然の奇襲だったこともある。巨体故に歩幅が冗談みたいに大きく、その進行速度は帝国兵が敵影を確認してから体勢を整える時間すら与えてくれなかった。敵陣を監視していた斥候なども意味はない。馬を駆っても敵はそれ以上に速いのだから……。
 とにかく。
 帝国軍は成すすべもなく、城壁を突破されてからたったの数分で、第一陣の巨人たちを王宮へと文字通りあと一歩のところまで到達させてしまった。
 だが、巨人たちはその『あと一歩』を踏み込めなかった。

「邪魔くせぇえッ!!」

 突如として飛来してきた人影が、先頭の巨人の顔面を素手で殴り飛ばしたからだ。
 ボコリ、と顔が陥没した巨人は後から衝撃波が訪れたように一拍置いて吹き飛ばされ、後ろの巨人巨獣たちを巻き込みながら転がり倒れた。
 ピクリとも動かなくなった同胞を見て、他の巨人たちも足を止める。
「ハズレか。流石に大将が先陣切ったりはしねえか」
 巨人を一撃で殴り殺した逢坂陽炎は、警戒するように自分を取り囲んでくる巨人たちを見回して舌打ちする。
「雑魚には用はねえ。ゴライアスはどこにいる?」
 問うても巨人は答えない。言葉を介するだけの知能がないのかもしれない。まあ、それならそれで陽炎は大きな魔力が集中している場所を探すだけである。
 一斉に躍りかかってきた巨人巨獣に陽炎はその場で腕を一薙ぎする。それだけで膨大な魔力が衝撃となって奔り、巨人たちを周囲の街並みごと喰らい尽くすように消し飛ばした。
 消された巨人たちが魔力の輝きとなって陽炎の口に吸い込まれていく。消し切れなかった部分は巨大な肉片と化してその辺りに転がった。
魔王喰いサタンイーター』――魔王を喰らう力。巨人や巨獣は魔王ではないが、魔王の眷属であることには違いない。
 魔王は最初『個』で生まれる。それから自らの魔力を切り分けて眷属を生みだし『軍』となる。例外もないことはないが、魔族であれば陽炎に喰えないことはないのだ。
「不味い……」
 末端になればなるほど味は酷いものだが……。
 と――第二陣、第三陣と、次々に武装した巨人や巨獣が集まってくる。彼らは一様に倒れた同胞や同胞だったものを見て怒りの咆哮を放った。
 その音波が衝撃となるほどの威力だったが、陽炎はそよ風にでも吹かれたように微動だにしない。
「次から次へとうじゃうじゃと。ま、ウォーミングアップくらいにはなるか。メインディッシュの前には前菜があった方がいいしな」
 ニヤリと口元を歪めた陽炎が高めた魔力を放出した。それはオーラとなって可視化し、猛獣のあぎとのような形を成して無数に展開される。
 雄叫びを上げていた巨人たちがたじろいだ。いくら頭の悪い雑兵でもここまで見せれば嫌でも理解してしまうだろう。
 実力の差。格の違い。そして、相手が自分たちの最高位に立つ『魔王』の一柱であると。
「どうした? 来ないのか? てめえらの仲間を『喰った』のは俺だぞ?」
 挑発しても巨人たちは動かない。畏れをなしたか、はたまた陽炎を『敵』と判断していいのか迷っているのか。
 どちらでも構わない。
「来なくても、こっちは遠慮なく頂くぞ」
 片手を前に翳す。
 オーラの顎が巨人たちに襲いかかる。見上げるほどの巨体が食い破られて魔力の光となって消えていく。それでようやく巨人たちは動き出したが、最早手遅れだった。
 陽炎に殺到しようとするも虚しく、この場にいた巨人巨獣の軍団は僅かな『食べ残し』だけを地面に転がして呆気なく全滅した。
 一瞬だけ静寂が下りる。
 そしてすぐに、どこからともなく鬨の声が上がった。
「うぉおおおおおおおおおおおっ!?」「すげえええええええええっ!?」「これが勇者様の力か!?」「あんなにいた恐ろしい巨人が一瞬で……」「一体なにをしたっていうんだ!?」「とにかく勇者様が来てくれた!」「そうだ! 我々の反撃はここからだ!!」「勇者様を援護しろ!!」
 巨人たちに手も足も出なかった兵士たちだ。隠れていたのか、無事だった建物の陰からわらわらと駆け寄ってくる。
 思い思いの歓喜に叫ぶ士気の上がった兵士たちに対し――
 あわや新しい宗教が生まれて信仰されかねない勢いで賛美される陽炎は――

「うるさい邪魔だ雑魚ども!? 援護なんかいらん! 死にたくなけりゃさっさと帝都から消え失せろ! あと俺は『勇者』じゃないからな!?」

 居心地が悪そうに嫌な顔をして吐き捨て、逃げるようにその場から飛び去るのだった。

 ちなみに――
「援護がいらない……?」「『俺に任せてお前たちは逃げろってこと』か?」「なんて優しさ!?」「流石は勇者様!」「一生ついて行きたい!」「でも勇者じゃないって言ってたぞ?」「ばっか謙遜してるに決まってるだろ!」「なんて謙虚さ!?」
 兵士たちには全力で好意的に解釈されていた。

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