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救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

終章

『巨峰の魔王』ゴライアスの消滅と同時に、残存していた魔王軍の軍勢もまた黒い霧となって空気に溶けた。
 帝都の大半は瓦礫すら残らず消し飛んでおり、残っているのは王宮周りの僅かな建物ばかりだった。帝国兵も大半が戦死し、収束魔力砲に費やされた魔術師たちの命も少なくはない。
 甚大過ぎる被害だった。もはや国として機能できるか危ぶまれるほどに。
「そこはトップの裁量でございましょう」
 勇者たちに割り当てられた王宮の一室で、美ヶ野原夢優は淡々とした口調でそう言った。
 破壊されたのは魔王軍が進軍したルートと帝都だけであり、『国』としては無事な場所の方が多い。上が舵取りを間違えなければ復興も可能だろう。
「それでも、帝都を戦場にしちゃったのはマズかったわね」
「仕方ありませんわ。これほど早く魔王と戦うことになるなんて想定外でございましたし」
 経験豊富な勇者たちでも今回のケースは稀だったようだ。ただ世界を渡り、人間側の事情など見向きもせず魔王を撃滅していた陽炎にはわからない。
 姫華が窓から変わり果てた街並みを眺める。
「なんか、勿体ないわね。けっこう好きな雰囲気の街だったんだけど」
「戦いが終わった後の楽しみが減ってしまいましたわね」
 そういえば帝都のスイーツ店を回るとかそんな話を彼女たちはしていた気がする。陽炎はどうでもいいが、彼女たちにとっては落胆するほどのショックだったらしい。

 じー。

 姫華と夢優がジト目で陽炎を睨んできた。
「……俺が悪いのかよ?」
「そうは言ってないわ。ただ、陽炎がもうちょっと周りを気にして戦ってくれたらこうはならなかったはずよ」
 言っている。言外にだが、陽炎のせいだと。
 悪かったとは思わない。それでも溜息だけは出る。
「ゴライアスはその辺の雑魚魔王じゃなかった。お前らだって力のぶつかり合いになれば余波だけでこうなるのは必然だ」
「あら? 陽炎様はわたくしたちが市街地戦を未経験だとお思いでございますか?」
「あんまり舐めないでもらいたいわね。あの程度の魔王だったら周囲を防護しつつ被害を最小限に抑えて滅ぼすことくらいできるわ」
「それなら俺が戦ってたんだから、お前らは防護に全部の力を回せただろうが」
「そうね。魔王級同士のぶつかり合いで被害が帝都の大半だけで抑えられたのは私たちの功績よ」
 胸を張られてそう言われると、陽炎は目を逸らすことしかできない。彼女たちがいなければ帝都どころの騒ぎではない。最低でも国そのものが物理的に形を変えていただろう。
 なんとなくこのまま反省会に突入しそうな空気だったので、陽炎は先手を打って席を立った。
「どこ行くの? オーレリアさんにここで待機するように言われてるでしょ?」
「散歩だ。すぐ戻る」
 それに、勇者ではできない『やるべきこと』が陽炎にはまだあった。

        †

 謁見の間。
 誰も座っていない玉座の前に、帝国の大臣たちが顔を揃えていた。
 彼らの表情には魔王が討伐された喜びもなく、かと言って帝都がほぼ壊滅したことに対する悲嘆も伺えない。ただニヤニヤと下卑た笑みを貼りつけ、目の前に膝をついて頭を垂れている者を見下ろしている。
「現在、動ける魔術師は私も含めて五十六名です。そのうち二十名で〈降誕の祭壇〉にて送還術式を準備しております。彼らのご帰還は明朝に行う予定です」
 オーレリア・アズール。
 平坦な声で粛々と現状報告をする宮廷魔術師は、次に大臣が放った言葉に思わず頭を上げてしまった。
「送還術式? なにをしている。そんなものは必要ない。今すぐやめさせろ」
「は? え? ですが、それでは勇者様たちが元の世界に帰れなくなります」
 オーレリアにしては珍しく、困惑した表情が顔に浮かぶ。大臣がなにを言っているのかわからない。いや、本当は理解できるのだが、オーレリアの良心がそれを拒絶していた。
「なぜ帰す必要があるのじゃ?」
「……なにをお考えですか?」
 人手が少ない今、彼らにも帝都の復興作業を手伝ってほしい――ということならオーレリアも一考する。勇者たちも快く承諾してくれるかもしれない。
 だが、ここにいる大臣の中でそんな殊勝な考えの者はいない。
 クツクツと嗤いながら、大臣たちは楽しそうに話し始める。
「あの力、手放すには惜しい」
「収束魔力砲と勇者の力があれば我が国は敵なしじゃ」
「その力で他国を攻め落とせば、我らが帝国は以前よりも繁栄するだろうて」
「やがては世界全てを帝国の領土にすることも夢ではないな」
「お待ちください!? 勇者様の力を戦争に使うおつもりですか!?」
 オーレリアは堪らず声を荒げた。大臣たちの中では勇者が収束魔力砲と同列の扱いになっている。つまり――『兵器』と。
 焦るオーレリアの声に、大臣たちは不快そうに眉を顰めた。
「戦争? 違うな。一方的な蹂躙だよ。魔王ゴライアズでさえそうだったのだ。それを倒してしまう勇者であればなおのこと、戦いになどなりはすまい」
「勇者とはいえまだ子供。美味い汁を吸わせておけば喜んで我々に従ってくれるはずじゃ」
「そもそも帝国のために召喚に応じてくれたのだろう? ならばその命尽きるまで我々に尽くしてもらわなねばなぁ」
「当分は『まだ魔王が復活するかもしれない』とでも言っておけば残らずにはおられまいて」
 大臣たちは魔王を滅ぼすほどの力を見せつけられてなお勇者たちを侮っている。下に見ている。自分たちの言葉には逆らえない召喚獣かなにかだと思っている。
「……勇者様たちが従わなければ?」
「従わせろ。召喚者は貴様だろう。洗脳でもなんでも使ってな」
「……」
 オーレリアは僅かに目を細めて大臣たちを睨んだ。異世界人だからなにをしてもいい。『洗脳』なんて言葉を躊躇うことなく口にする彼らを、オーレリアは前々から忌々しく思っていた。
 でも、逆らえない。
「反抗的な目じゃの、オーレリアよ。歯向かえば王がどうなるかわかっておるじゃろう?」
「――ッ!?」
 人質を取られているからだ。
 家族ではない。オーレリアに家族はいない。だが、血が繋がっていなくてもいいのなら、一人だけ家族と呼べる人がいる。
 それが、この国の王。
「今までのように微量の毒で弱らせるだけではない。伝令一つですぐにでも命を絶つことができる」
「お前は王に多大な恩があるのだろう? ここで見殺しにはできぬよなぁ?」
「そ、それだけはやめてください!? お願いします!?」
 孤児だったオーレリアの才能を王は見抜き、周囲の反対を押し切って拾ってくれた。養子のような扱いだが王族に入るわけではなく、王宮で魔術師として暮らせるようにしてくれた。
 おかげで残飯を漁り泥水を啜る生活をしなくてよくなった。
 その恩に報いるために、収束魔力砲という恐ろしい兵器も開発した。帝国を脅かす魔王にも立ち向かった。
 決して、大臣たちのためではない。
「わかったなら即刻送還術式の作業を止めよ。勇者どもを帰還させるな」
「……了解しました」
 歯を食いしばり、オーレリアはどうすることもできず頭を垂れた。
 その時――

「ああ、そうだな。権力者って奴はどいつもこいつも屑野郎ばかりだ。反吐が出る」

 謁見の間に第三者の声が響き渡った。
「ゆ、勇者……様……?」
 オーレリアが振り返ると、どう対応していいかわからないといった様子の兵士たちに道を譲られながら一人の少年が歩み寄ってきた。
 逢阪陽炎。
 オーレリアが召喚した『勇者』の一人だ。
「これはこれは勇者様。いかがいたしましたかな?」
「媚びを売るフリはプロ級だな。送還術式なんていらねえよ。やろうと思えば、俺は自力で世界を渡れる」
「なんですと!?」
 大臣たちに動揺が走った。
「ま、待ったいただきたい勇者様! 実はこれから勇者様方を交えて祝勝会を開こうと――」
「誤魔化すな。全部聞いた。俺らを戦争の道具に使うつもりなんだろう?」
「「「「……」」」」
 無言になる大臣たち。恐れと怒りが綯交ぜになって顔色が青くなったり赤くなったりしている。
 やがて大臣全員が同じ考えに至ったのか、無言のまま目配せをしてから逢阪陽炎に視線を向け直した。
 逢阪陽炎はとても勇者とは思えない虫けらを見るような目で嘲笑する。
「目に敵意が浮かんできたな。俺を今すぐ洗脳する算段でも考えてんのか? これだから生まれながらに権力を持った人間はゴミなんだ」
「勇者様。いくら勇者様といえど、言っていい言葉と悪い言葉がありますぞ?」
「あー、それと一つ訂正しておく。俺は、勇者じゃない」
「なにっ!?」
 驚愕する大臣たちに、逢阪陽炎は凶悪な笑みを向ける。その瞬間、オーレリアは彼から吐き気がするほど禍々しい魔力を感じ取った。
 今まで彼から感じたものとはまた質が違う――一瞬、自分たちが一人残らず屍に変えられる風景を幻視してしまうほどの、圧倒的な破壊の意思。
 これではまるで――

「俺はてめえらが一番恐れている滅びの象徴――魔王だ!」

 パニックになるまでそう時間はかからなかった。
「ひえあぁあああああッ!?」
「誰か! 誰か我々を助けろ!?」
「オーレリアよ! 今すぐ奴を殺すのじゃ!」
「勇者様!? 勇者様を呼べ!?」
 形振り構わず逃げ出そうとする大臣たちを、逢阪陽炎は魔力の腕を伸ばして捕縛した。握り締められた大臣たちは成すすべもなく持ち上げられ、彼の下まで運ばれる。
 助け出そうと動く兵士たちはいない。大臣たちにそこまでの忠誠がないこともそうだが、なにより彼の魔力にあてられてその場を一歩も動けないでいた。
「安心しろ。怖ぁーい勇者が二人も目を光らせているからな。殺しはしない。だが、てめえらゴミ屑が二度と権力を振るえないようにだけはさせてもらうぞ」
 逢阪陽炎は今にも失神しそうな大臣たちを目の前に並べ、告げる。
「さあ、俺の目を見ろ」
 綺麗な黒色だった瞳が、不気味に赤く輝いた。

        †

 翌日。
 明朝の祭壇は、昨日の戦いが嘘だったかのような静けさに包まれていた。魔力が注入されていく送還魔法陣を眺めながら、陽炎は眠たげに大きな欠伸をした。
「くっそ、五分で帰るつもりだったのに一日経っちまった……」
「そもそも五分で終わるわけないでしょ。私の最短記録でも十八時間よ」
「流石は姫華様でございます。わたくしは最短でも三十二時間はかかっておりました」
 この怪物たちは、と陽炎は心中で毒づく。人間側に味方して、事情や状況を聞いたり世界観を把握したりと面倒なことが多い勇者のくせに、召喚から魔王討伐して帰還するまで二日もかからないとか頭がおかしい。
 そういう諸々を端折れば一瞬で片がつくというのに、勇者とはつくづく面倒な生物だと思う。
「カギロイ様、少しよろしいでしょうか?」
 と、少し離れた場所からオーレリアが手招きしていた。姫華に目配せすると、彼女はちょっと面白くなさそうなムスッとした顔をして「行けば?」と答えた。
 陽炎がオーレリアの前まで歩み寄ると、彼女は深々と頭を下げた。
「昨日は、ありがとうございました」
「俺は俺の衝動に従って動いただけだ。礼を言われるようなことはしていない」
 陽炎は大臣たちを逆に洗脳し、オーレリアの指示がなければ最低限の生活しか送れない廃人に変えただけである。
 その後、城の者全てにも『大臣たちは魔王ゴライアスの恐怖でこうなった』と思い込ませた。これで毒を盛られていたらしい王は助かり、陽炎が最も嫌う腐った人間が実権を握ることもないだろう。
「それでも、私も含め、救われた者は大勢います」
 オーレリアだけは洗脳しなかった。彼女が拒んだ上で事態を受け入れたからだ。
「カギロイ様はご自分を『魔王』と仰いましたが、私は違うと思います」
「俺が、『勇者』だと言いたいのか?」
「いいえ。それも違うでしょう」
 オーレリアは否定すると、片手を自分の胸元にあてた。
「あなたの力には、私の中にある『守護者』の意思が拒絶しません。確かにアレは魔王の魔力でしたが、あなたの心は『人間』なのではないかと思います」
「力は魔王、心は人間……ハハッ、そんな奴がいるのかよ」
「はい、私の目の前にいらっしゃいます」
 ニコリ、とオーレリアは可憐に微笑んだ。今まで機械のような無表情が多かった彼女に、陽炎は不意打ちをくらった気分になった。
「お前、少し明るくなったか?」
「え?」
「なんでもない。さっさと俺たちを元の世界に帰してくれ」
 キョトンとするオーレリアから視線を逸らし、陽炎はぶっきら棒にそう言って姫華たちの下へと戻った。
 すると、姫華は心なしか冷たい視線で陽炎を射た。
「昨日、あなたがあの後どこでなにをしていたのかは目を瞑ってあげる。本来、魔王討伐以外のことには干渉しないのが勇者の掟だけどね」
「それはどうも」
 流石に王宮内で魔力を解放して気づかれないほど甘くはない。全てを知っていて、姫華たちは陽炎の行為を見逃したのだ。
「陽炎様が動かなければ、今ごろは恐らく大臣様と衝突していたと存じます」
「魔王の力を解放した時はどうしようかと思ったけれど」
「目を瞑るんじゃなかったのかよ。もうやめろ、その話は」
 陽炎が大臣を殺そうとしたなら止めに出てきただろう。その場合、陽炎もこればかりは自分を曲げないため戦争が勃発していた。下手すると世界そのものが巻き添えで消えてしまうほどの、勇者と魔王の戦いが。
 それを避けるために対処を改めたのだから、オーレリアの言う通り陽炎はまだ『人間』なのかもしれない。
 と、祭壇の魔法陣が力強く輝き始めた。
「送還術式が起動したようでございます」
 そう言って、夢優が先に魔法陣の中央へと歩いて行く。続いて前に出た姫華が陽炎を振り向き、どういうわけか手を差し伸べてきた。

「帰りましょう。私たちの学校に」

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