救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)
二章 帝都侵攻(9)
魔力砲が魔槍を喰い破り、ゴライアスの山のような巨体をも呑み込んだ。
周囲数キロメートルはなにもかもが吹き飛び、溢れた魔力が瘴気となって充満している。普通の人間など一歩足を踏み入れただけで魔力に蝕まれて死に到るだろう。
「まさか、ここまでやるとは……ッ」
「そろそろくたばっとくか?」
膝をついたゴライアスの顔面に陽炎は拳を放つ。ゴライアスは腕をクロスさせてガードしたが、蓄積したダメージのせいで力を受け止め切れず、踵で地面を抉りながら大きく後退する。
だが、倒れない。
踏み止まり、両の手に膨大な魔力を集結させる。
「〈巨神の槍〉!!」
両手に握った魔力で構築された二本の巨槍を、今度は投擲ではなく薙ぎ振るう。陽炎は舌打ちして魔力障壁を展開。飛燕のように猛スピードで飛び回りながら巨槍の乱舞をかわす。
だが、直撃などしなくとも圧倒的な魔力の『圧』が陽炎の障壁をごりごりと削っていく。
(厄介だな。槍自体が振動して電動ノコギリみたいに破壊力を底上げしてやがる)
諸に受ければいかに陽炎でも障壁ごとミンチにされてしまうだろう。巨体が高速で乱舞しているのだ。気流もめちゃくちゃになっている。いつまでも避け続けられないことは自明だった。
しかし、対策がないわけではない。
(アレは奴の武器だが、魔力だ)
魔力なら――魔王の魔力であるなら、陽炎は喰える。
「やってみるか」
「どうした! 考え事か! ハハハ、いい隙だぞ!」
ほんの僅かに動きが鈍った陽炎へ振動する巨槍の刺突が襲い来る。陽炎は魔力の腕を伸ばして槍を受け止めた。
拮抗は一瞬。
バシュッ! と。
マヌケな音を立てて『魔王喰い』の腕が弾け飛んだ。
「なら、こうするしかないか」
恐らく無理だと予想していた陽炎は、一瞬だけ生まれた空隙の間に両手をそれぞれの槍へと翳した。
魔力砲。
あの槍より超大な力をぶつければ破壊できることは実証済みである。わざわざ受けたり避けたり喰らおうとしたりする必要はない。
槍を、ゴライアスが手放してさえいれば。
「らぁああああああああああああああああああああああッ!! おらぁあああああああああああああッッッ!!」
陽炎の星さえ砕く威力を持つ魔力砲を、ゴライアスは気合いの咆哮を放って上空へと受け流した。
威力は絶大でも単調な光線でしかない魔力砲など、やろうと思えばいくらでも防ぐことはできるのだ。
防ぎ切ったゴライアスがニヤリと笑う。
だが、彼の視線の先に陽炎の姿は影も形も存在しなかった。
「――ッ!?」
ずぶり。
表現するなら、そんな音。
霧化していた陽炎が元の位置に出現するのと、二本の振動する巨槍を握った両腕が肩口から抉り取られたかのように落下したのは同時だった。
「ば……か……な……」
ブシャアアアアアッ! と、文字通り鮮血の雨が更地と化した帝都に降り注いだ。抉り落された腕から二本の〈巨神の槍〉が零れ、呆気ないくらい簡単に霧散する。
「俺の魔力砲を防げて満足だったか? ハハハ、いい隙だったぜ!」
無論、陽炎は受け流されることをわかっていて魔力砲を撃ったのだ。いくらなんでも超威力を受け流せば隙は生じる。避けられたら困ったが、ゴライアスの巨体では不可能だと判断した。
その判断は正解だった。
魔王を喰らう触腕がゴライアスから削り取った両肩の魔力を主に献上する。陽炎は圧縮されたそれを口へと放り込み、飲み下す。
ペロリと舌なめずりをすると、陽炎は凶悪な笑みを浮かべてゴライアスの顔前へと瞬時に移動した。
そして、なにが起こったのか未だ理解できてない様子で呆けているゴライアスに、魔力を乗せた拳を遠慮なく叩き込む。
ゴッ!!
顔面を陥没させたゴライアスは、成すすべもなく背中から地面に倒れ込んだ。
「……歴然だ」
粉塵が舞い上がる中、ゴライアスは空中に浮かんだまま見下している陽炎に不敵な――それでいて全てを悟ったような笑みを向けた。
「魔王同士、もっと力が拮抗していれば決着は遠かっただろうに、この俺がこうもあっさり二度も地に背をつけることになろうとはな。〈巨神の槍〉も破られ、腕も失ったとなると……俺が貴様に勝つことはもはや叶わぬだろう」
負けを認める。
ゴライアスは言外にそう告げていた。
陽炎は意外に思って目を見開く。
「潔いな。俺は今まで多くの魔王を喰らってきたが、お前のような奴は珍しい」
ほとんどの魔王は消滅するその瞬間まで抗うか、もしくは命乞いして逃げようとするかの二択だ。強大な魔王ほど前者であることが多い。
腕が捥げようが、足が斬り飛ばされようが、上半身と下半身が分離しようが、生きてさえいれば戦意を喪失することなく戦い続けられる。
滅ぼすか。
滅びるか。
陽炎が喰らった中で最も強大だった魔王はそう言っていた。他者を滅ぼす絶対的な『悪』を主張する以上、自分が滅びることもまた必然。ならばその一瞬まで『魔王』であれ、と。
そういう意味ではゴライアスも同じだろう。
くだらない矜持だと陽炎は思う。まだアンゴルモアのように恐れを成して逃げ出す雑魚の方が共感できるというものだ。
「俺は元々、とある世界に存在する巨人族の騎士だった。いや、正確にはその騎士の抱いていた歪んだ騎士道が具象したと言うべきか」
「昔話なら聞く気はないぞ」
陽炎は掌をゴライアスに翳した。彼の秘技を破り、さらに何発も撃っていてなお圧倒的な魔力がそこに収斂する。
確実に滅ぼせる力を見せつけているのに、ゴライアスに恐怖の色はない。あるのは敗北を受け入れた虚無感と、少しばかりの屈辱だった。
「故に勝敗はハッキリさせる性分だと言いたかっただけだ」
少し名残惜しそうにゴライアスは瞑目した。
「最後に訊きたい。貴様が我ら魔王を喰らい続ける理由を」
「てめえらが気に入らない。他に理由がいるか?」
勇者のような御大層な正義感など陽炎にはない。気に入らないから潰す。実に魔王らしい動機だろう。
と、ゴライアスはなにが面白かったのか大口を開けて笑った。
「気に入らない――そんな陳腐で矮小な理由で俺は負けたのか! だがまあ、負けは負けだ! 見ての通り、俺はもう指先一つ動かせん。好きにしろ、『魔王喰い』」
笑われたことにはイラッとしたが、陽炎はその怒りを呑み込んで改めてゴライアスを見下す。
「わかった。お前に対する慈悲などないが、せめて苦しまないように喰らってやる」
騙し討ちはない。あったところで陽炎には通用しない。
魔力の腕を無数に展開する。それらを一つに束ね、『巨峰』と称されるその躰を一撃で握り潰せるほど膨らませていく。
「お前の魔道はここで終わりだ、『巨峰の魔王』」
圧縮した魔力の塊となる直前、ゴライアスは最後に一言だけ呟いた。
無念、と。
周囲数キロメートルはなにもかもが吹き飛び、溢れた魔力が瘴気となって充満している。普通の人間など一歩足を踏み入れただけで魔力に蝕まれて死に到るだろう。
「まさか、ここまでやるとは……ッ」
「そろそろくたばっとくか?」
膝をついたゴライアスの顔面に陽炎は拳を放つ。ゴライアスは腕をクロスさせてガードしたが、蓄積したダメージのせいで力を受け止め切れず、踵で地面を抉りながら大きく後退する。
だが、倒れない。
踏み止まり、両の手に膨大な魔力を集結させる。
「〈巨神の槍〉!!」
両手に握った魔力で構築された二本の巨槍を、今度は投擲ではなく薙ぎ振るう。陽炎は舌打ちして魔力障壁を展開。飛燕のように猛スピードで飛び回りながら巨槍の乱舞をかわす。
だが、直撃などしなくとも圧倒的な魔力の『圧』が陽炎の障壁をごりごりと削っていく。
(厄介だな。槍自体が振動して電動ノコギリみたいに破壊力を底上げしてやがる)
諸に受ければいかに陽炎でも障壁ごとミンチにされてしまうだろう。巨体が高速で乱舞しているのだ。気流もめちゃくちゃになっている。いつまでも避け続けられないことは自明だった。
しかし、対策がないわけではない。
(アレは奴の武器だが、魔力だ)
魔力なら――魔王の魔力であるなら、陽炎は喰える。
「やってみるか」
「どうした! 考え事か! ハハハ、いい隙だぞ!」
ほんの僅かに動きが鈍った陽炎へ振動する巨槍の刺突が襲い来る。陽炎は魔力の腕を伸ばして槍を受け止めた。
拮抗は一瞬。
バシュッ! と。
マヌケな音を立てて『魔王喰い』の腕が弾け飛んだ。
「なら、こうするしかないか」
恐らく無理だと予想していた陽炎は、一瞬だけ生まれた空隙の間に両手をそれぞれの槍へと翳した。
魔力砲。
あの槍より超大な力をぶつければ破壊できることは実証済みである。わざわざ受けたり避けたり喰らおうとしたりする必要はない。
槍を、ゴライアスが手放してさえいれば。
「らぁああああああああああああああああああああああッ!! おらぁあああああああああああああッッッ!!」
陽炎の星さえ砕く威力を持つ魔力砲を、ゴライアスは気合いの咆哮を放って上空へと受け流した。
威力は絶大でも単調な光線でしかない魔力砲など、やろうと思えばいくらでも防ぐことはできるのだ。
防ぎ切ったゴライアスがニヤリと笑う。
だが、彼の視線の先に陽炎の姿は影も形も存在しなかった。
「――ッ!?」
ずぶり。
表現するなら、そんな音。
霧化していた陽炎が元の位置に出現するのと、二本の振動する巨槍を握った両腕が肩口から抉り取られたかのように落下したのは同時だった。
「ば……か……な……」
ブシャアアアアアッ! と、文字通り鮮血の雨が更地と化した帝都に降り注いだ。抉り落された腕から二本の〈巨神の槍〉が零れ、呆気ないくらい簡単に霧散する。
「俺の魔力砲を防げて満足だったか? ハハハ、いい隙だったぜ!」
無論、陽炎は受け流されることをわかっていて魔力砲を撃ったのだ。いくらなんでも超威力を受け流せば隙は生じる。避けられたら困ったが、ゴライアスの巨体では不可能だと判断した。
その判断は正解だった。
魔王を喰らう触腕がゴライアスから削り取った両肩の魔力を主に献上する。陽炎は圧縮されたそれを口へと放り込み、飲み下す。
ペロリと舌なめずりをすると、陽炎は凶悪な笑みを浮かべてゴライアスの顔前へと瞬時に移動した。
そして、なにが起こったのか未だ理解できてない様子で呆けているゴライアスに、魔力を乗せた拳を遠慮なく叩き込む。
ゴッ!!
顔面を陥没させたゴライアスは、成すすべもなく背中から地面に倒れ込んだ。
「……歴然だ」
粉塵が舞い上がる中、ゴライアスは空中に浮かんだまま見下している陽炎に不敵な――それでいて全てを悟ったような笑みを向けた。
「魔王同士、もっと力が拮抗していれば決着は遠かっただろうに、この俺がこうもあっさり二度も地に背をつけることになろうとはな。〈巨神の槍〉も破られ、腕も失ったとなると……俺が貴様に勝つことはもはや叶わぬだろう」
負けを認める。
ゴライアスは言外にそう告げていた。
陽炎は意外に思って目を見開く。
「潔いな。俺は今まで多くの魔王を喰らってきたが、お前のような奴は珍しい」
ほとんどの魔王は消滅するその瞬間まで抗うか、もしくは命乞いして逃げようとするかの二択だ。強大な魔王ほど前者であることが多い。
腕が捥げようが、足が斬り飛ばされようが、上半身と下半身が分離しようが、生きてさえいれば戦意を喪失することなく戦い続けられる。
滅ぼすか。
滅びるか。
陽炎が喰らった中で最も強大だった魔王はそう言っていた。他者を滅ぼす絶対的な『悪』を主張する以上、自分が滅びることもまた必然。ならばその一瞬まで『魔王』であれ、と。
そういう意味ではゴライアスも同じだろう。
くだらない矜持だと陽炎は思う。まだアンゴルモアのように恐れを成して逃げ出す雑魚の方が共感できるというものだ。
「俺は元々、とある世界に存在する巨人族の騎士だった。いや、正確にはその騎士の抱いていた歪んだ騎士道が具象したと言うべきか」
「昔話なら聞く気はないぞ」
陽炎は掌をゴライアスに翳した。彼の秘技を破り、さらに何発も撃っていてなお圧倒的な魔力がそこに収斂する。
確実に滅ぼせる力を見せつけているのに、ゴライアスに恐怖の色はない。あるのは敗北を受け入れた虚無感と、少しばかりの屈辱だった。
「故に勝敗はハッキリさせる性分だと言いたかっただけだ」
少し名残惜しそうにゴライアスは瞑目した。
「最後に訊きたい。貴様が我ら魔王を喰らい続ける理由を」
「てめえらが気に入らない。他に理由がいるか?」
勇者のような御大層な正義感など陽炎にはない。気に入らないから潰す。実に魔王らしい動機だろう。
と、ゴライアスはなにが面白かったのか大口を開けて笑った。
「気に入らない――そんな陳腐で矮小な理由で俺は負けたのか! だがまあ、負けは負けだ! 見ての通り、俺はもう指先一つ動かせん。好きにしろ、『魔王喰い』」
笑われたことにはイラッとしたが、陽炎はその怒りを呑み込んで改めてゴライアスを見下す。
「わかった。お前に対する慈悲などないが、せめて苦しまないように喰らってやる」
騙し討ちはない。あったところで陽炎には通用しない。
魔力の腕を無数に展開する。それらを一つに束ね、『巨峰』と称されるその躰を一撃で握り潰せるほど膨らませていく。
「お前の魔道はここで終わりだ、『巨峰の魔王』」
圧縮した魔力の塊となる直前、ゴライアスは最後に一言だけ呟いた。
無念、と。
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