救世魔王の英雄譚(ヒロイックテイル)

夙多史

二章 帝都侵攻(5)

 ビルのような高さの巨人や巨獣たちが、まるで紙吹雪のように宙を舞った。
 そんなとても現実とは思えない光景を生み出している二人の勇者、もとい勇者と魔王は、攻め入る巨人巨獣たちを一撃で薙ぎ払いながら突き進んでいる。
 もう守りを固める必要はない。
 収束魔力砲のおかげで包囲を崩された魔王軍は、本陣のあった東側からのみ帝都へ侵攻している。襲撃箇所が一点であるならば、あとはそこを突き崩して大将の首を取ればいい。
「はぁああああああああっ!!」
 姫華が極光の大剣を逆袈裟に振るう。突き上げるような光の衝撃波が奔り、周囲へ展開しようとしていた巨人たちを切り刻みながら吹き飛ばした。
「雑魚どもは消えろ! 鬱陶しいだけだ!」
 陽炎が掌に魔力を集中させる。展開された多重魔法陣の中心を穿つように、紫光の魔力砲が巨人巨獣の群れを塵芥残らず消し飛ばした。直撃を免れた者もその余波を浴びで宙空に投げ出され、絶命する。
「少しは加減しなさい。もしかしたらまだ生き残ってる人がいるかもしれないのよ?」
「は? どこに? ここら一面はもうとっくに踏み均されて更地だぜ?」
 帝都の外側はもうほとんど魔王軍に蹂躙されている。街を破壊してしまうことに躊躇する必要などない。姫華はともかく陽炎はいくら地形が変わろうとも気にせず遠慮なく暴れていた。
「瓦礫の陰とか地面の穴とか、人がいそうな場所はあるわ」
「どの道この辺じゃさっきの収束魔力砲に巻き込まれて消し飛んでるよ」
「決めつけはよくないわ」
「だったらお前が勝手に確認して勝手に助けろ。俺はそんな奴らのことなど知らん」
「まったく魔王は自分勝手過ぎるわ!」
「まったく勇者は面倒臭過ぎるぜ!」
 言い争いながらも二人は足を止めない。無論、次から次へと群がってくる巨人巨獣を薙ぎ払う手も止めない。
 そうして魔王軍の死体の山を積み上げ、帝都の破壊された東門の前までやってきた時――
「――ッ!?」
「――チッ!」
 陽炎たちは初めて足を止め、瞬時に後ろへ大きく跳び退った。
 瞬間、あのまま進んでいた地点に巨大な槍が突き刺さった。地面が爆散し、礫が散弾となって二人を襲う。陽炎は魔力の障壁を、姫華は極光の大楯を出現させてそれを防いだ。
「おいおい、うちの軍はこんなガキども二匹に手古摺ってんのかい?」
「油断するでない。こやつらは勇者じゃ」
 現れた二体の巨人は、今までの雑魚とは一線を画す存在だった。
 緑の鎧を纏い、地面に刺さった槍を引っこ抜いた男の巨人。
 赤い鎧を纏い、半分が狼のような姿をした女の巨人。
「いよいよ幹部のお出ましってところかしら?」
 姫華が極光の剣を構える。
「俺はゴライアス軍三連峰が一柱、グレゴリウスってんだ。よろしくな」
 緑鎧の巨人が軽薄な口調で名乗り、
「同じく、儂はプロメテウスじゃ」
 続けて赤鎧の半獣巨人も短く名を告げる。
 どちらもかなりの魔力を持っている。陽炎と対峙したネピリムとかいう幹部と同等かそれ以上の力だ。流暢に人語を介することから知力はネピリムより上だと判断できる。
「『極光の勇者』――久遠院姫華よ」
 姫華が律儀に名乗り返すと、両巨人はその目を大きく見開いた。
「マジか、噂に聞く『極光』様かよ!? おいおい、こいつを倒しゃうちの軍は連盟での地位も馬鹿上がりすんじゃね?」
「なるほどのう、雑兵程度では相手にならんわけじゃ」
 驚愕、期待、納得、感心。名前を聞いただけでそこまで感情が動くほど、『極光の勇者』の名は魔王業界に知れ渡っている。陽炎は実際に会うまで知らなかったが、それは陽炎が勇者に興味関心がなかったからに過ぎない。
「そちらの勇者は名をなんと申す? いや、お主は勇者か?」
 赤鎧の巨人――プロメテウスは陽炎の魔力に気づいたようだ。
「俺は戦での作法なんぞ糞喰らえって主義でな。悪いがてめえら雑魚に名乗れるほど安っぽい名は持ち合わせていねえんだ!」
 言い放った瞬間、陽炎は姿を消した。そしてプロメテウスの背後へと出現し、魔力を帯びた拳を後頭部へと叩きつけようとしたが――
「そうか、お主がゴライアス様の仰っていた勇者に与する魔王じゃな」
 突如、プロメテウスの全身が燃え上がって拳を引っ込めざるを得なくなった。鉄も一瞬で蒸発しそうなほどの凄まじい熱波に晒される。
 だが――
「誰があいつに与してるって?」
 魔力障壁で全身を保護した陽炎は、自身を炎で覆うことで慢心していたプロメテウスの頭を容赦の欠片もなく殴り倒した。
「なん……ッ!?」
 強制的に膝を折らされ顔面を地面に埋める赤鎧の巨人。それを見て緑鎧の巨人――グレゴリウスが慌てて槍を構える。
「てんめえ!?」
「あなたの相手は私がしてあげるわ」
 その槍の穂先は、極光の軌跡を描いた一閃になんの抵抗もできず切断されてしまった。
「おいおい、とんでもねえなこりゃ」
 グレゴリウスは背中に挿していたもう一本の槍を取り出す。ちっぽけな人間相手には巨大過ぎる得物だが、陽炎も姫華も大きさなど自他の差の勘定には入れていない。
 殴れば吹き飛び、切り裂けば斬れる。
 その事実は変わらない。
 だから、逢坂陽炎はもっと美味しい獲物を求める。
「姫華、こいつら二体ともお前にやるよ」
「え?」
 そう、崩れた東門の向こうに聳える――天を衝くほどの巨体のような獲物を。
「会いたかったぜ、『巨峰の魔王』」
 ようやく出てきた。いや、少し前から見えてはいた。だがそれが巨人だと認識したのはついさっきである。それほど規格外な大きさなのだ。
『巨峰の魔王』ゴライアス。
 奴が出てきた以上、幹部ごときなど相手にしていられない。

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