終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第60話 三田の帰還


 トバリたちが出発して、三日目の朝。
 大学病院の避難民たちは、一階の待合室に集まっていた。

 その中には、不安げな表情を押し殺すユリや琴羽、それに日向の姿もある。

 別段、集まって何かをしようという話があったわけではない。
 ただ自然と、トバリたちの帰りを待つ人々がこの場所に来ているだけだ。

「……トバリさんたち、大丈夫かな」

 ユリの隣に座る少女が、そんな言葉を漏らした。

 彼女の名前は、白井しらい 恵麻えま
 スーパーで触手のゾンビが初めて現れたとき、ユリが救った子どもたちのうちの一人だ。
 それ以来、恵麻はユリと一緒に行動することが多くなっていた。



 彼女の父親は、スーパーからショッピングモールへの連絡に行ったきり、いまだに行方不明のままだ。
 そのせいで母親は精神を病んでしまい、今はほとんど寝たきりの生活を送っているとユリは聞いていた。
 彼女の精神的疲労も相当なものだろうが、しかしそれでも少女は気丈に振る舞っている。

「トバリさんたちが出発して、もう三日になりますからね……」

 琴羽の言葉通り、トバリたちが出発してから、今日が三日目の朝だ。
 トバリの言葉通りなら、昨日までに戻ってきていない時点で、何かトラブルに巻き込まれた可能性が高い。

 ユリは、今すぐにでもここを飛び出したい衝動をグッと押さえ込んでいた。

「だいじょうぶ。トバリは、だいじょうぶ」
「ユリちゃん……」

 ユリは恵麻の手を強く握りながら、そう呟く。
 それは自身の意思を誰かに伝えるためのものではなく、自分にそう言い聞かせるためのものだった。

「そうですね。トバリさんは必ず無事に帰ってきます。信じて待ちましょう」
「うん」

 琴羽はユリを抱き寄せて、その頭をゆっくりと撫でる。
 常日頃から子どもたちの相手をしているせいもあってか、その手つきは優しい。

「……ん? なんでしょうか……?」

 ユリを抱きしめていた琴羽が、そんな声を上げる。

 なにやら、病院の入り口のほうが騒がしくなっていた。
 待合室にいた人たちが、そちらに集まっているのだ。

「どうしたんだろ?」
「もしかしたら、トバリさんたちが帰ってきたのかもしれませんね」

 日向の疑問に答える琴羽のそんな言葉に、ユリは目を見開く。

「ユリ、みてくる!」
「あっ、ユリちゃん!」

 抱きしめていた琴羽を振りほどき、ユリは弾丸のように入り口のほうに向かう。
 人と人の間をすり抜け、あっという間に大学病院の入り口までたどり着いた。

「ゆ、ユリちゃん。はやいよ……」
「あ、ごめん」

 少し遅れて、息を切らせた琴羽と日向、それに恵麻がやってくる。
 彼女たちを完全に置いてけぼりにしてしまったことに、僅かながら申し訳なさを感じつつも、ユリは目の前の状況を理解しようとしていた。

「三田さんだ! 三田さんが帰ってきたぞ!!」

 まだ年若い少年の声が、大学病院の中に響く。

「――ああ。遅くなってすまない」

 その言葉を肯定するかのように、人々の間から現れたのは三田だ。
 少し服が汚れているが、目立った外傷などはないように見える。

 その姿を見つけた瞬間、ユリは三田のところに駆け寄っていた。

「三田さん!」
「む。……ユリか」

 ユリの姿を見た途端、三田の目が鋭くなる。
 それを些細な変化と判断したユリは、構わず三田に問いかけた。

「トバリは……? トバリは、いっしょじゃ、ないの……?」

 三田の近くにトバリたちがいる気配はない。
 外に出て行ったはいいものの、どこかですれ違ってしまったのか。
 そんな思考が脳裏を過ぎる。

「……夜月は」

 ユリのその質問に対して、三田は目を細め、口をきつく閉じた。
 それの意図するものがわからずに、ユリは困惑する。

「三田さん」

 だがそんな中で、三田に声をかける者がいた。
 不安げな表情を隠しきれないユリを、庇うように抱き寄せた琴羽だ。

「三田さんだけが戻ってきたということは、つまりそういうことですね?」

 琴羽が、三田をまっすぐに見据えて、意味のわからない質問をしていた。
 しかし三田は、その質問に何ら動じることなく答える。

「――ああ。『慈悲ケセド』が夜月たちを捕らえている。あとはそこにいる『王国マルクト』だけだ」

 琴羽の質問に対する三田の答えもまた、ユリにとっては意味のわからないものだ。
 だが琴羽もまた、それに納得した様子で頷いていた。

「なるほど。そういう結果になりましたか」

 三田と琴羽が何を言っているのか、ユリにはよくわからなかった。
 心臓が、まるで早鐘のように脈打っている。

「どういう、こと……?」

 ケセドが、夜月たちを捕らえている。
 三田はそう言った。

 そして、琴羽はその言葉の意味を理解し、平然としている。

 意味がわからなかった。
 わかりたくなかった。
 それを理解してしまえば、何かが壊れてしまうという確信があった。

「ユリちゃんには、わからないですよね」

 琴羽は柔和な笑みを浮かべながら、ユリの内心を読んだかのように、そう呟いた。
 そして、ユリが今まで見たことのないほどの獰猛さをその瞳に宿して、



「わたしは『セフィロトの樹』、峻厳しゅんげんの『峻厳ゲブラー』」



 琴羽は微笑を浮かべながら、

「……『セフィロトの樹』、勝利の『勝利ネツァク』」

 日向はとてもつまらなさそうな顔で、

「――俺は『セフィロトの樹』、知恵の『知恵コクマー』」

 そして三田は、何かを堪えるような表情で、そう名乗った。

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コメント

  • トッティ

    セフィトロの樹が3人…?

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