終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第22話 洗浄


「ふー……。きもちいい……」

 気持ちよさそうにシャワーを浴びるユリの後ろから、刹那が髪をごしごしと洗っている。
 ユリの頭がモコモコの泡だらけになっているので、ちょっと面白い。

 トバリがそろーりと風呂場に入ると、それに気付いたユリが声を上げた。
 ちょうど頭を洗い終えたところのようで、長い髪が背中に張り付いていた。

「トバリ。洗いっこ、しよ?」
「え。せ、刹那にやってもらえよ。僕はいいから」

 その突然の提案に、トバリは困惑の色を隠せない。
 というか、だんだんユリが積極的になってきている気がする。

 いい変化ではあるのだろうが、さすがに早い。
 もう少し段階を置くべきだと思うのだが。

「……わかった」

 トバリの返事を聞いて目に見えてしょんぼりとした顔をしたユリは、大人しく刹那に背中を洗われている。
 その姿は、ひどく哀愁を感じさせるものだった。

「……あー! わかったわかった! 洗ってやるからそんな寂しそうな顔するなよ!」
「きゃっ!?」

 トバリがヤケクソ気味にそう叫ぶと、ユリは驚いてその場で少し飛び上がった。

「刹那、スポンジ貸してくれ」

 黙々とユリの背中を擦り続けていた刹那からスポンジを借りて、ゴシゴシとユリの背中を洗っていく。
 髪は既にしっかりと洗えているようなので、身体の上の方を重点的に擦っていく感じだ。

 やはり、長期間に渡る篭城生活と半ゾンビ化してからのサバイバル生活のせいで、身体はかなり汚れている。
 三回ほど背中を洗い直して、やっとあらかた汚れを落とし終えた。

「トバリ」
「うん? どうした?」

 気持ちよさそうにトバリに身を預けていたユリは、少し恥ずかしそうにしながらも、トバリの顔を見据えて、

「……手で、やって」
「……え? なんで?」
「それだと、ちょっと痛い……」

 たしかに、トバリがスポンジで擦ったところは、少し赤くなってしまっていた。

「それなら、刹那に手で洗ってもらえはいいじゃないか」
「セツナの手、ちょっと、つめたいから……」
「あー、なるほど」

 たしかに、ゾンビである刹那の体温は低い。
 トバリは何度か洗ってもらっているのでもう慣れたが、初めて洗ってもらうユリは戸惑いが大きいのだろう。
 それに、ユリも先ほど知り合ったセツナに身体を洗ってもらうことに、まだ抵抗があるのかもしれない。

「まったく、仕方ないな」

 そうぼやきながら、トバリは素手でユリの肌に触れた。

 ……ものすごくやわらかくて、温かい。
 それがトバリの感想だった。

 子供は体温が高い。
 刹那のそれとはまた違う肌の感触に、トバリのほうも少し癒されていた。

 腕のほうもしっかりと洗い、なんとか汚れを落とした。
 背中と腕を洗い終わったので、今度は前だ。

「んっ……」

 そっと胸に触れると、ユリが悩ましげな声を漏らした。
 あまり変な声を出されると興奮してしまうのでやめてほしい。

 つつましい胸とお腹を洗い終えると、今度は下半身のほうを洗っていく。
 明鏡止水の心でユリの股を洗い、そのまま足のほうをごしごしと擦っていった。

「……よし、こんな感じでいいや」

 トバリが納得したように頷くと、ユリは脱力したようにトバリのほうにもたれかかった。

「お、おい? 大丈夫か?」
「うん。だいじょうぶ……」

 そうは言うものの、ユリの声は弱々しく、顔はかなり赤い。
 すぐに休ませてやったほうがよさそうだ。

「刹那、服を着てユリを着替えさせるのを手伝ってくれ」

 トバリがそう命令すると、刹那はすぐに身体を拭いて服に袖を通していく。
 その様子を横目に、ユリの身体をお姫様抱っこして、脱衣所の床にそっと下ろした。

「だ、だいじょうぶ、だから……」
「いいから大人しくしとけって」

 ユリのおでこに手を当てると、かなり熱かった。
 おそらく熱を出してしまっている。

 手早く身体を拭き、部屋から持ってきた服を着せていく。
 途中から、服を着た刹那もトバリのことを手伝ってくれた。

「抱き上げるから、しっかり掴まれよ?」
「う、うん」

 ユリの顔はいまだに赤いままだったが、トバリとの受け答えはしっかりしている。
 少し寝かせれば回復するだろう。

 トバリがユリをリビングのソファーに寝かせると、ユリはすぐに寝息を立て始めた。
 そんな姿を見ていると、彼女が過酷な運命を背負ってしまった少女なのだということを忘れてしまいそうになる。

「やれやれ……あ、ありがとう刹那」

 麦茶入りのコップを持ってきてくれた刹那にお礼を言って、トバリは椅子に腰かけた。
 その対面に刹那も座る。

「ユリも疲れてたんだろうなぁ……よく考えてみたら当たり前だよな」

 ユリは長い間、ゾンビの中に混じって気の休まらない生活を送ってきた。
 そんな彼女が疲れていないはずがないのだ。

「……っと。僕もちょっと疲れてるみたいだ。少し眠らせてもらうよ」

 そう言って、トバリはリビングの床に横になろうとする。
 ユリほどではないにせよ、トバリも今日は一日中動き続けていたため、少なくない疲労感を感じていた。

 だが、トバリの行動は、刹那がトバリの頭の近くに座り込んだことによって遮られる。

「……刹那?」

 刹那は自分の膝の上に手を置いて、トバリに何かを訴えかけているように見えた。
 それが意味することは、おそらく、

「もしかして……ひざ枕、してくれるのか?」

 刹那は黙ったまま、何の反応も示さない。
 だが、トバリはそれを、自分の問いかけへの答えだと判断した。

「ありがとう、刹那。……大好きだよ」

 トバリは起き上がって、刹那に口付けする。
 ……ゾンビと化した刹那と生活を共にするようになってから、トバリはずっと考えていたことがあった。



 ――刹那には、本当は意識があるのではないか。



 それがどれほど儚く脆い望みなのか、おそらくトバリ自身が一番よくわかっている。
 しかし、刹那は他のゾンビとは少し異なるのではないかと、トバリは考えていた。

 先ほどの刹那の行動も、トバリは何の命令もしていないにもかかわらず行っていた。
 日常のちょっとした場面で、刹那のその特異な性質は頻繁に顔を覗かせるのだ。
 そんなことを考えつつも、トバリは刹那の膝の上に頭を置いた。

「あー。すごく気持ちいいよ、刹那……」

 刹那のひざ枕を堪能しながら、トバリの意識は急速に遠のいていく。
 それを知ってか知らずか、刹那の手がトバリの頭を撫でた。

 我が子を撫でる母親のような、そんなやさしい手つきだ。
 刹那の表情も、心なしか普段の無表情よりも安らいでいるように見える。

「刹那……」

 その手に大きな安心感を感じながら、トバリは眠りへと落ちていった。

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