俺が少女になる時に
11 立ち上がれ
あれから随分と長い時間が経過した。
今日は俺にとってはなんでもない日だが、ギルドにとっては相当大事な日だった筈だ。
中村さんの話しの通りに制作が進んでいるとしたら、今日は対アポカリプスの魔装具が完成する日だ。
俺はベッドから降りて、ゆっくりと病室の出入り口に向かって歩き出した。
もうほぼ傷は完治した。
正直ほぼではなく普通に完治しているんだと思うが、病院はそういう所にうるさい。
だから退院できるのはまだ少し先だ。
今までの生活が騒々しすぎたから、入院生活はなんというか……ヒマすぎる。
「とりあえず……売店で菓子でも買ってくるか」
そういえば今日って漫画の発売日だったっけ?
発売日を思い出しながら、俺はドアの取っ手をつかんでスライドさせる。
随分とドアが軽く感じた。
どうやら佳奈が同時に同じ動作を行ったらしい。
「あ、兄貴!」
随分と驚いている。
分かる分かる。地味に驚くんだよな、同時に開けると扉が軽くてさ。
「おはよ、佳奈」
今日は祝日だからな。学校も休みだしお見舞いに来てくれたんだろう。
「とりあえず……中に入れよ」
俺は売店に行くのを取りやめ、佳奈を病室に迎え入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも通り何気ない会話を、佳奈と交わしていると、異変は唐突に訪れた。
あまりにも唐突すぎた。
今まで普通に俺と会話していた佳奈が、頭を抱えたかと思うと、
「……早く行かないと」
と、今までの会話と全く関連性の無い事を口にした。
「え? どうした、佳奈?」
「どうしたって、アンタ今の話し聞いてなかったの?」
「聞いてたけど……」
聞いてたからこそ訳が分からない。
今は普通に佳奈の学校生活の話や、親父から送られてきた武勇伝メールの話をしていたんだが……少なくとも、何処かに行くなんて言葉に繋がる様な事は無かったはずだ。
「じゃあ早く行きましょ」
佳奈が立ちあがってそう言う。
「行くってどこに?」
「聞いてたのか聞いて無かったかどっちなのよ……ここら一体に避難勧告が出てるから、避難するって話だったじゃない」
「避難勧告……って何の?」
だからそんな話してなかっただろ? なんだよ避難勧告って。
「ホント……何が起きるんだろうね」
「え……知らないのかよ」
「うん。何が起こるか分からないんだけど……とりあえず此処ら一体に居る人は避難だって」
なんだよそれ。そんな訳のわからない避難勧告を出して、鵜呑みにする奴なんているわけねえだろ。
じゃあなんで佳奈はこうして信じ込んでるんだ? 佳奈はこういう事があっても、そう簡単に呑む奴じゃないと思うんだけど。
冷静に考えろ……何かがおかしい。
夢? ……んな訳が無い。
じゃあやっぱりこれは……魔装具か魔法具の力なのか?
もしそうなら、曖昧な内容を信じ込むのも頷ける。
だとしても何の為に……此処ら一体に避難に避難を要請しないといけない事ってなんだ?
少しだけ考えて、すぐに結論にたどり着く。
「……アポカリプス」
思わず脳裏に浮かんだ単語を漏らす。
「ん? 何か言った?」
俺の荷物をせっせと纏めている佳奈が、そう聞いてくる。
「いや……何でもない」
「何でもないなら手伝いなさいよ」
「ああ、分かった」
そう言って、俺は荷造りを手伝う。
クソ……マジでどうなってんだ。
もしアポカリプスが出現するんだとしたら……予定より三日も早いぞ。
大丈夫なんだろうな……藤宮。
病院からの避難と言うのは、実に凄いものだった。
重症患者は皆、別の病院へ搬送されていく。
俺はというと、もうほぼ完治している為自力での避難となった。
見える人から見れば、帯刀とか避難者のスタイルじゃねーだろとかツッコまれそうだが、置いてくる訳には行かないんだから仕方が無い。
そんな俺達が避難してきたのは、病院から大分はなれた巨大な文化会館。
巨大な建物の中に、色々な用途に対応できる施設が詰まったところだ。
来るのは初めてだからよくわからんが。
「それにしても……何が起こるんだろうね」
会館の中で不安そうな佳奈が、そう漏らす。
「……なんなんだろうな」
佳奈に答えた俺は無意識に、腰に下げた刀を握っていた。
俺……こんな所に居てもいいのだろうか。
「どうしたの、兄貴?」
「いや、何でもない……ちょっとトイレ行ってくるよ」
そう言ってこの場を離れる。
ホント……こんなんで良いのかよ。
ぼんやりと悩みながら歩いていると、
「……宮代?」
と、聞き覚えのある声が聞えた。
声が聞えた方を振り返ると、そこに立っていたのは松本さんだった。
「松本さん!」
「……久しぶりだな。元気してたか?」
松本さんは、酷く疲れた表情でそう言う。
この際だ……聞いておこう。
「松本さん……今一体何が起きてるんですか?」
「……薄々分かっているんじゃないのか? アポカリプスの出現が早まったんだよ」
「早まったって……」
「……恐らく、時雨木葉が何かしたんだろう。ここ最近特級精霊の出現が無かったから、何か企んでいるんじゃないかと思ったが……まさかこんな事が起こるとはな」
悔しそうにそう言う松本さん。
「ところで、松本さんはどうして此処に? ギルドに居た方が安全なんじゃ……」
確か以前聞いた話だと、ギルドはそれなりの防衛設備が備わっていたはずだ。
「……単純な話だ。ギルドの防衛性能を持ってしても、アポカリプスの行動範囲に放り込まれたら、かなり危険って事だ。非戦闘員のメンツは此処に集まっている」
「って事は、雨宮さんやミホちゃんも?」
「……ああ来ている。上の階で作業中だ」
作業中って……まさか。
「……対アポカリプスの魔装具を作っているって事ですか?」
「……ああ。まだ最後のプログラムが出来ていない。でき次第直に送るつもりだが、アポカリプス出現時刻には間に合わない……だから藤宮達と、他のギルドからの増援が、アポカリプスの足止めをする事になっている」
「足止めって……大丈夫なんですか?」
あの時……どうにもならなかった相手だろ?
「……大丈夫な訳ないだろ。相手はあのアポカリプスだぞ……しかも、急な出現時刻が早まったから、こちらに来るはずの増援がまだ半数程しか到着していない」
「だ、駄目じゃないですか、それじゃあ!」
それじゃあ……藤宮達が死ぬかもしれないって事じゃないか。
「そ、そうだ……この場は一旦引いて、完成してから立ち向かうってのは……」
俺が藁にも縋る思いでそう言うが、松本さんは静かに首を振る。
「……そうしたいのは山々だが……それをやると、軽く日本の半分が滅ぶぞ?」
だから引けないって事かよ……。
「……じゃあ俺はそろそろ戻る。オペレーターとしての仕事もそうだが、何より少しでもミホちゃんを手伝ってあげないと」
松本さんは俺に背を向け、ゆっくりと遠ざかっていく。
……俺は、本当にこんな所に居ていいのかよ。
このままじゃ……藤宮達が死ぬかもしれないんだぞ?
そんなの……酷すぎるだろ。
「……松本さん」
俺は松本さんにぎりぎり届く様な声で、引きとめる。
「……どうした、宮代」
言え……言うんだ。
そう言い聞かせていると、脳内に刺された時のビジョンが駆け巡るが、俺は必死にそれを振り払う。
……ここで何も出来なかったら、一生後悔する。だから――。
「……ください」
「ん?」
「アポカリプスの出現ポイントを……教えてください!」
必死な思いでそう言った。
「……怖いんじゃなかったのか?」
確かに怖いよ……あの時の恐怖は拭いされない。でも――
「俺は、皆に死なれる方が怖いんです! だから……」
「……分かった」
俺の言葉を遮るようにそう言った後、ポケットからスマートフォンを取り出し、早々と操作する。
そして指が止まったかと思うと、それをこちらに放り投げた。
「松本さん……これは?」
画面にはこの辺りの地図が表示されている。
「……画面の印に向かって走れ。ナビゲーション機能が付いているから、土地勘が無い奴でも辿り着けるはずだ」
そして松本さんは薄っすらと笑みを浮かべててこう言う。
「……頼んだぞ、宮代」
そうしてその直後に、こちらに歩み寄ってくる足音が聞えた。
その方角へ目を向けると……底に居たのは雨宮さんだった。
「何か騒がしいと思って来てみれば、やっぱりキミか」
「雨宮さん……」
「……ミホちゃんの作業の方はどうなってる?」
松本さんが尋ねると、雨宮さんがこう答えた。
「とりあえず、私が手伝える事はもう無くなった、とでも言っておこう」
そう言った後、白衣から何かを取り出し、こちらに投げてきた。
「餞別だ。受け取ってくれ」
投げてきたのは緑色の宝石の様な物だった。
おそらく……魔法具だろう。
「突風を引き起こす魔法具だ。なんの役に立つかは分からないが、お守り程度に持っておけ」
お守り……か。ホント、ありがてえよ。
「……ありがとうございます!」
俺はそう言って松本さんと雨宮さんに背を向け、出現ポイントに向かって走り出した。
今日は俺にとってはなんでもない日だが、ギルドにとっては相当大事な日だった筈だ。
中村さんの話しの通りに制作が進んでいるとしたら、今日は対アポカリプスの魔装具が完成する日だ。
俺はベッドから降りて、ゆっくりと病室の出入り口に向かって歩き出した。
もうほぼ傷は完治した。
正直ほぼではなく普通に完治しているんだと思うが、病院はそういう所にうるさい。
だから退院できるのはまだ少し先だ。
今までの生活が騒々しすぎたから、入院生活はなんというか……ヒマすぎる。
「とりあえず……売店で菓子でも買ってくるか」
そういえば今日って漫画の発売日だったっけ?
発売日を思い出しながら、俺はドアの取っ手をつかんでスライドさせる。
随分とドアが軽く感じた。
どうやら佳奈が同時に同じ動作を行ったらしい。
「あ、兄貴!」
随分と驚いている。
分かる分かる。地味に驚くんだよな、同時に開けると扉が軽くてさ。
「おはよ、佳奈」
今日は祝日だからな。学校も休みだしお見舞いに来てくれたんだろう。
「とりあえず……中に入れよ」
俺は売店に行くのを取りやめ、佳奈を病室に迎え入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも通り何気ない会話を、佳奈と交わしていると、異変は唐突に訪れた。
あまりにも唐突すぎた。
今まで普通に俺と会話していた佳奈が、頭を抱えたかと思うと、
「……早く行かないと」
と、今までの会話と全く関連性の無い事を口にした。
「え? どうした、佳奈?」
「どうしたって、アンタ今の話し聞いてなかったの?」
「聞いてたけど……」
聞いてたからこそ訳が分からない。
今は普通に佳奈の学校生活の話や、親父から送られてきた武勇伝メールの話をしていたんだが……少なくとも、何処かに行くなんて言葉に繋がる様な事は無かったはずだ。
「じゃあ早く行きましょ」
佳奈が立ちあがってそう言う。
「行くってどこに?」
「聞いてたのか聞いて無かったかどっちなのよ……ここら一体に避難勧告が出てるから、避難するって話だったじゃない」
「避難勧告……って何の?」
だからそんな話してなかっただろ? なんだよ避難勧告って。
「ホント……何が起きるんだろうね」
「え……知らないのかよ」
「うん。何が起こるか分からないんだけど……とりあえず此処ら一体に居る人は避難だって」
なんだよそれ。そんな訳のわからない避難勧告を出して、鵜呑みにする奴なんているわけねえだろ。
じゃあなんで佳奈はこうして信じ込んでるんだ? 佳奈はこういう事があっても、そう簡単に呑む奴じゃないと思うんだけど。
冷静に考えろ……何かがおかしい。
夢? ……んな訳が無い。
じゃあやっぱりこれは……魔装具か魔法具の力なのか?
もしそうなら、曖昧な内容を信じ込むのも頷ける。
だとしても何の為に……此処ら一体に避難に避難を要請しないといけない事ってなんだ?
少しだけ考えて、すぐに結論にたどり着く。
「……アポカリプス」
思わず脳裏に浮かんだ単語を漏らす。
「ん? 何か言った?」
俺の荷物をせっせと纏めている佳奈が、そう聞いてくる。
「いや……何でもない」
「何でもないなら手伝いなさいよ」
「ああ、分かった」
そう言って、俺は荷造りを手伝う。
クソ……マジでどうなってんだ。
もしアポカリプスが出現するんだとしたら……予定より三日も早いぞ。
大丈夫なんだろうな……藤宮。
病院からの避難と言うのは、実に凄いものだった。
重症患者は皆、別の病院へ搬送されていく。
俺はというと、もうほぼ完治している為自力での避難となった。
見える人から見れば、帯刀とか避難者のスタイルじゃねーだろとかツッコまれそうだが、置いてくる訳には行かないんだから仕方が無い。
そんな俺達が避難してきたのは、病院から大分はなれた巨大な文化会館。
巨大な建物の中に、色々な用途に対応できる施設が詰まったところだ。
来るのは初めてだからよくわからんが。
「それにしても……何が起こるんだろうね」
会館の中で不安そうな佳奈が、そう漏らす。
「……なんなんだろうな」
佳奈に答えた俺は無意識に、腰に下げた刀を握っていた。
俺……こんな所に居てもいいのだろうか。
「どうしたの、兄貴?」
「いや、何でもない……ちょっとトイレ行ってくるよ」
そう言ってこの場を離れる。
ホント……こんなんで良いのかよ。
ぼんやりと悩みながら歩いていると、
「……宮代?」
と、聞き覚えのある声が聞えた。
声が聞えた方を振り返ると、そこに立っていたのは松本さんだった。
「松本さん!」
「……久しぶりだな。元気してたか?」
松本さんは、酷く疲れた表情でそう言う。
この際だ……聞いておこう。
「松本さん……今一体何が起きてるんですか?」
「……薄々分かっているんじゃないのか? アポカリプスの出現が早まったんだよ」
「早まったって……」
「……恐らく、時雨木葉が何かしたんだろう。ここ最近特級精霊の出現が無かったから、何か企んでいるんじゃないかと思ったが……まさかこんな事が起こるとはな」
悔しそうにそう言う松本さん。
「ところで、松本さんはどうして此処に? ギルドに居た方が安全なんじゃ……」
確か以前聞いた話だと、ギルドはそれなりの防衛設備が備わっていたはずだ。
「……単純な話だ。ギルドの防衛性能を持ってしても、アポカリプスの行動範囲に放り込まれたら、かなり危険って事だ。非戦闘員のメンツは此処に集まっている」
「って事は、雨宮さんやミホちゃんも?」
「……ああ来ている。上の階で作業中だ」
作業中って……まさか。
「……対アポカリプスの魔装具を作っているって事ですか?」
「……ああ。まだ最後のプログラムが出来ていない。でき次第直に送るつもりだが、アポカリプス出現時刻には間に合わない……だから藤宮達と、他のギルドからの増援が、アポカリプスの足止めをする事になっている」
「足止めって……大丈夫なんですか?」
あの時……どうにもならなかった相手だろ?
「……大丈夫な訳ないだろ。相手はあのアポカリプスだぞ……しかも、急な出現時刻が早まったから、こちらに来るはずの増援がまだ半数程しか到着していない」
「だ、駄目じゃないですか、それじゃあ!」
それじゃあ……藤宮達が死ぬかもしれないって事じゃないか。
「そ、そうだ……この場は一旦引いて、完成してから立ち向かうってのは……」
俺が藁にも縋る思いでそう言うが、松本さんは静かに首を振る。
「……そうしたいのは山々だが……それをやると、軽く日本の半分が滅ぶぞ?」
だから引けないって事かよ……。
「……じゃあ俺はそろそろ戻る。オペレーターとしての仕事もそうだが、何より少しでもミホちゃんを手伝ってあげないと」
松本さんは俺に背を向け、ゆっくりと遠ざかっていく。
……俺は、本当にこんな所に居ていいのかよ。
このままじゃ……藤宮達が死ぬかもしれないんだぞ?
そんなの……酷すぎるだろ。
「……松本さん」
俺は松本さんにぎりぎり届く様な声で、引きとめる。
「……どうした、宮代」
言え……言うんだ。
そう言い聞かせていると、脳内に刺された時のビジョンが駆け巡るが、俺は必死にそれを振り払う。
……ここで何も出来なかったら、一生後悔する。だから――。
「……ください」
「ん?」
「アポカリプスの出現ポイントを……教えてください!」
必死な思いでそう言った。
「……怖いんじゃなかったのか?」
確かに怖いよ……あの時の恐怖は拭いされない。でも――
「俺は、皆に死なれる方が怖いんです! だから……」
「……分かった」
俺の言葉を遮るようにそう言った後、ポケットからスマートフォンを取り出し、早々と操作する。
そして指が止まったかと思うと、それをこちらに放り投げた。
「松本さん……これは?」
画面にはこの辺りの地図が表示されている。
「……画面の印に向かって走れ。ナビゲーション機能が付いているから、土地勘が無い奴でも辿り着けるはずだ」
そして松本さんは薄っすらと笑みを浮かべててこう言う。
「……頼んだぞ、宮代」
そうしてその直後に、こちらに歩み寄ってくる足音が聞えた。
その方角へ目を向けると……底に居たのは雨宮さんだった。
「何か騒がしいと思って来てみれば、やっぱりキミか」
「雨宮さん……」
「……ミホちゃんの作業の方はどうなってる?」
松本さんが尋ねると、雨宮さんがこう答えた。
「とりあえず、私が手伝える事はもう無くなった、とでも言っておこう」
そう言った後、白衣から何かを取り出し、こちらに投げてきた。
「餞別だ。受け取ってくれ」
投げてきたのは緑色の宝石の様な物だった。
おそらく……魔法具だろう。
「突風を引き起こす魔法具だ。なんの役に立つかは分からないが、お守り程度に持っておけ」
お守り……か。ホント、ありがてえよ。
「……ありがとうございます!」
俺はそう言って松本さんと雨宮さんに背を向け、出現ポイントに向かって走り出した。
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