悠久のアトランティス

夙多史

第05話 文明を齎す者

 この地――《アトランティス》にある都市の中で最も高い建造物があの塔だ。どれほど高いかと言えば、ディオたちが今いる広場からだと天辺が目視できない。
 その塔を囲むように、複数の巨大な『顔』が浮かび上がるように出現した。まるで服飾店に置いてあるマネキン人形のような、生を感じられない人工的な『顔』の群れ。
「な、なんだよ、あれは?」
 ディオは目を見開く。イラハとヴァイスハイトは変わらぬ表情で、アビシオンは楽しそうに笑いながら、レギーナと広場の隅で怯えていた青髪の少女も驚愕を隠せぬまま、空に浮かぶ『顔』の群れを注視している。
 ……ジジ……
 耳障りなノイズが都市中に響いた。
『顔』の群れが一斉に口を開く。

【ようこそ、《アトランティス》へ。五十二名の王様候補生たち。私はウラノス。この《アトランティス》に文明を齎した原初の神の名を冠す、《アトランティス》の総合意識体です】

 丁寧でいて機械的な、男性とも女性とも取れる声が『顔』の口から発せられた。
【既に覚悟のできている候補生も多いでしょうが、君たちはこの都市で生活をしつつ、試練を乗り越え、《アトランティス》の玉座を掴むために競い合ってもらいます。王となった者はこの《アトランティス》を自由に再建し、どのような夢でも実現できます。そしてその結果、あらゆる世界に大きな影響を及ぼすことでしょう】
 イマイチはっきりしない。
 ディオは正直にそう思った。あの『顔』を宙に出現させてこうして都市全体に音声を行き届かせていることは凄い技術だが、この都市自体にそのような文明の息吹を感じない。遠目には白く美しい都市であるものの、近くで見ればこれほど寂れていてみすぼらしくなにもない都市もないだろう。秘めたる技術は目を見張る。しかし、その技術は普及しなかった。否、できなかった。ディオはそう考える。
 こんな世界の王になったところで、どんな夢や願いも叶うとは思えない。異世界に多大なる影響を与えるとも思えない。
【この《アトランティス》は、君たちの認識では古代の超文明でしょう。しかし現実に都市の有様を目の当たりにして疑念を抱いた方も大勢いるかと思います】
 ディオの心を読んだかのようにウラノスは言った。
【ですが、安心してください。現在、《アトランティス》は初期化が行われた状態です。なにもないわけではなく、次なる文明を築くために意図的にリセットされているのです。故にこの都市は《白紙の都》と呼ばれます。数々の試練を乗り越えて《アトランティス》の王となった者だけがこの私――『文明を齎す者ウラノス』の力を使役し、自由に都市を、国を、大陸を、世界を創造することができるのです】
 大仰な語りだが、内容は嘘ではない。自然とそう思えた。なにもない空中に出現している『顔』の群れがそれを裏づけているからだ。恐らくは、あれでも《アトランティス》が誇る文明の数パーセントに過ぎないのだろう。
「王となり、僕の世界を潤す仕組みを自分で設定しろ。そういうことか。面白い」
「ははは、オレ様の好きな世界が創れんのかよ。ますますやる気が出てきたぜ」
「まずいですわ。下手な者が王となったら国交を結ぶこと自体が不利益となり得ませんわ」
 ウラノスの言葉を聞いた三人は思い思いに呟いている。ディオが王様になったら……と考えなかったと言えば嘘になるが、なにも想像できなかった。ディオには彼らのような『目標』がないのだから。
 ふと気になって、ディオはイラハを見た。
「イラハは、王様になったらどうするの?」
「……わからない」
 イラハは静かに首を横に振った。
「私の使命は、王様になることじゃなかったから」
「?」
 よくわからないことを言う彼女に眉を顰めていると、再びウラノスの機械的な声が響く。
【では、肝心の君たちが乗り越えなければならない試練についてですが――】
 ゴクリと、誰のものとも知れない息を呑む音が聞こえた。

【――第一の試練は、既に終了しています】

「え?」
 ディオは思わず素っ頓狂な声を漏らした。
【先程のドラゴンは誰もが目撃したはずです。あれはこの《白紙の都》に全ての王様候補生が集ったことを確認し、私が呼び寄せたものです。君たちは人間。ドラゴンを恐れ怯えることは当然でしょう。しかし、それで都市を捨てて逃げ出す者は《アトランティス》の王として相応しくありません。《アトランティス》へ赴いた王様候補生の総数は百名。そのうち約半数の候補生が《白紙の都》の外へ逃走し、失格となりました】
 ディオは驚きにまた声を漏出しそうになった。なんの前触れもなかったドラゴンの飛来が、まさか試練だとは思いもしなかった。
 だが、そんなことより気になることがある。
 失格になった候補生は、どうなったのか?
【なお、失格者はそれぞれの世界へと強制送還いたしました。これからの試練でも、王位取得権を失った者は《アトランティス》から去っていただきます。たとえ、その時に失格者が生きていようとも死んでいようとも】
 生きていても死んでいても。
 その台詞は、これから先に待ち受けている試練の過酷さを物語っていた。死ぬかもしれない、そう考えてしまうと怖くなって体が震えそうになる。誰だってそうだろうが、ディオは死ぬのは御免だ。死体となって元の世界に戻ったりしたら、家族や恋人まで絶望の淵に落としてしまう。
「でも、生きて失格になれば無事に帰れるんだよね?」
 希望が見えてきた。王様になんてならない。なる気もない。元の世界に帰るためには早々に失格の烙印を押されればいい。目指すべきはそこだ。
 ディオがおよそ広場にいる誰とも真逆のやる気を心中で滾らせていると――
「いや、そんなに甘くはないだろう」
 思案顔のヴァイスハイトが無情な声を挟んできた。
「候補生の多くは《アトランティス》が誘拐紛いに招き入れたなにも知らない連中だ。無事に帰してもらえるとわかったのなら、貴様のように『失格になるために動く者』は当然出てくる。その行為は《アトランティス》としても面白くないはずだ。意図的な敗北を考えず、全員が王を目指すようになるなにかがあると見るべきだな」
 結論から言うと、ヴァイスハイトの予想は当たっていた。
 この後すぐに、ディオたちは真実を知ることとなる。
 ウラノスが次に紡いだ言葉が、その始まり。

【君たちの世界は、近い未来に滅びを迎えます】

 それは、候補生たちの『目的』を『王様になること』に統一するには、充分過ぎる破壊力を持っていた。

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